クリスマス2020
ヴァンクライフト家に来ていたエレンは寒空の中、ラフィリアと庭で遊んでいた。
きゃっきゃっとはしゃいでいる二人を遠目から見ていたロヴェルが「元気だな……」と遠い目をしている。
吐く息は白い。着込んでいるのにも拘わらず、寒さに身を縮こまらせた。
「兄上は寒さが苦手でしたっけ?」
たまたま横にいたサウヴェルが首を傾げた。
「あ~……精霊界は季節がほとんどないんだ……」
「ははは、慣れてしまったのですね」
「俺は氷の魔法を愛用しているんだがな……おかしいな……」
ぶつぶつと小言をもらすロヴェルに、誰もが失笑せずにはいられない。
「よし、こういう時は……」
ロヴェルがにやりと笑い、エレン~~! と叫びながら走り寄っていった。
ラフィリアと遊んでいたエレンは、突然の乱入者にぎょっとした顔をしている。
「とーさま?」
「エレン~~寒いよ~~!」
「むぎゅ!」
ロヴェルはエレンをぎゅっと抱きしめて、頬ずりしているが、何だかいつもと様子が違う。
「?……!?」
困惑しているエレンとラフィリアが首を傾げていると、ロヴェルが呟いた。
「あ~~あったかい~~~~」
子供体温で暖をとるのが目的だったらしい。案の定、ロヴェルはエレンからペシッと叩かれた。
「あいたっ」
「伯父様、そういうのちょっと……」
「兄上……」
ロヴェルにドン引きしているラフィリアとサウヴェルを見て、ロヴェルがサウヴェルに言った。
「お前もやってみれば分かる。子供は暖かいんだ」
「え? 俺ですか……?」
突然、話を振られてしまったサウヴェルがラフィリアを見たが、ラフィリアはジリ……とサウヴェルを前に構えていた。
同じような事をされるかもしれないと警戒しているようだ。
「な、何……?」
ラフィリアもエレンも十四歳だ。思春期の女の子にやることじゃない……そうエレンが言おうとすると、サウヴェルはラフィリアの頭にぽんっ、と手を置いた。
「う~ん?」
ラフィリアの赤くなった頬に、サウヴェルが自身の手の甲をぴたりと当てて体温を確かめただけらしい。
当のラフィリアは何だか気恥ずかしいらしく、ちょっと赤くなって固まっていた。
「ラフィリアの方が冷たくないか?」
「え?」
ほら、とサウヴェルがラフィリアの両頬を両手で包むと、ラフィリアも何かに気付いたようだ。
「お父さん、あったかい!」
「そうか? まあ、今日はさすがに寒いから、外で遊ぶのはほどほどにな」
そんな父娘のやりとりを微笑ましそうにエレンが見ていたら、隣にいたロヴェルがチッと舌打ちしていた。
「とーさま……あわよくばおじさまも同じ事をして、ラフィリアから嫌われればと思っていましたね?」
「ソンナコトナイヨ?」
わざとらしく片言のロヴェルに、エレンは黒い笑みを浮かべて言った。
「そんなに体温で暖をとりたいのでしたら、おじさまにくっついて下さい」
「えええええやだよ! むさいよ! ごついよ! 汗臭いよ!!」
すぐ横にいるサウヴェルに向かって言いたい放題のロヴェルに、サウヴェルが頭を抱えた。
「あ、兄上、汗臭いはさすがに酷くないですか……?」
「あ? 事実だろう」
「たしかに俺は汗っかきですが……」
落ち込むサウヴェルに、ラフィリアがムッとしたらしい。
「伯父様こそ、エレンからしたらそういうの、ウザいって言うのよ」
容赦のないラフィリアの言葉に、ピシャアアアンと衝撃を受けたロヴェルががっくりと肩を落とした。
そんなやり取りをしていると、ちらり、ちらりと白いものが空から落ちてきた。
エレンの目の前に落ちたそれに、エレンは思わず空を見上げた。
厚い曇で日が入りづらいために寒いのかと思っていたが、これが原因だったのだろう。
「雪だーー!」
わあああ! とエレンから歓声が上がり、ラフィリアも一気にテンションが上がった。
「積もるかな? 積もるかな?」
ヴァンクライフト領はどちらかといえば、山を除いて雪はあまり積もらない。
例外は大寒波で大荒れになった時くらいだろうか。
「今日はとても冷えそうだな。馬小屋の者達にも暖をとるように言わなければ」
サウヴェルがそう言って片手を上げてこの場から去って行く。
ラフィリアとエレンは、積もったら遊べると今からわくわくした気持ちで会話をしていた。
「雪だるま作ろうね!」
「うん!」
楽しそうに笑う二人に、ロヴェルが水を差す。
「エレン~~帰ろうよ~~~~」
さむいよ~~~~と続けられた言葉に、エレンが呆れた。
「まあ、確かに寒いわね」
肯定するラフィリアに、エレンも思わず笑った。
*
屋敷の中に戻った三人は、ローレン達から暖かい紅茶を入れて貰った。窓の外ではちらちらと本格的に降ってきている。
メイド達はバタバタと忙しい。各部屋の暖炉に薪を運んでいるようであった。
ローレンが暖炉の準備をしている。薪を一本手に取り、ナイフで薪を削ってわざとささくれを作っていたのが目に入り、「それは何をしているのですか?」とエレンが聞いた。
「フェザースティックと言いまして、これを作ってから火をつけるのですよ」
ローレンが慣れた手つきで薪を削っていくと、なんだか彼岸花のような花ができあがっていった。
綺麗なそれを三段作り、次の薪へと手を動かす。それを合計三本作ってマッチで火を付けると、あっという間に燃え広がった。
「へええ~~!」
ローレンの器用さにエレンが目を輝かせていると、それを見ていたラフィリアがうげ~~という顔をして嫌がっていた。
「見習い騎士には必須ですからね。遠征でこれでもかと作らされたのでしょう」
ほっほっほっとローレンが笑う。凝ってしまう人は凝ってしまうので、ラフィリアは意外と苦手なのかもしれない。
「ラフィリア器用なのに、こういうのは苦手?」
「違う違う。私の方が上手いからっていつもやらされるの」
「え~~?」
予想外に器用貧乏のくじを引いてしまっていたようだ。
その後の料理なども「ラフィリアの方が美味しいから」とやらされるのでラフィリアはうんざりしているという。
「ラフィリアの料理は美味しいから、みんなも食べたいんだね!」
エレンの言葉に、ラフィリアが顔をほんのり赤らめた。
「……エレンってそういうとこあるよね」
「え?」
きょとんとするエレンに、ラフィリアは苦笑した。
「エレンになら作るのにな~」
「ほんとっ?」
「うん。何か食べたいものある?」
思いのほか、急なリクエストにエレンは胸がときめいた。
あったかいラフィリアのシチューもいいけれど、お菓子も捨てがたい。
う~ん、う~~ん、と考えていると、ふとこの時期は……と思い出したものがあった。
転生前のこの時期は、クリスマスだった。
「えっとね……鳥の照り焼きとか七面鳥とか……クッキーとかケーキかなぁ」
「え? そんなに?」
思い出していた料理が全部口に出ていたらしい。小食のエレンがそんなに食べるのかとラフィリア達が目を丸くしていると、エレンは慌てて両手を振って否定した。
「あ、あのね、違うの。この時期、違うところではお祝いをやるらしくて、その時の料理がーー」
奇しくもこの時クリスマスというものを説明してしまったが為に、なんと急遽、クリスマスをやることになったのだった。
*
それというのも、この説明を水鏡で見ていた人物の一言に始まった。
「エレンちゃん~! ケーキって何かしら? いや~~~ん! お菓子の気配がするわぁ~~~~!」
突如現れたオリジンに、みながぎょっとする。
エレンは思わず、「マジか」と呟いた。
「かーさま、鋭すぎませんかね?」
「当たってた? やったわ~~!」
当たったから景品として食べられる、の勢いである。
いや、材料が足りませんよとエレンはオリジンの喜びを無情にも叩き落とした。
「ええ~~!? 何が足りないの?」
「苺が旬じゃありませんからね……」
「苺? 苺があればいいの?」
「え……かーさままさか……」
ちょっと精霊界に戻るわね! と颯爽と消えていったオリジンに、エレンが慌ててついて行く。このままではカカオの二の舞だ。
オリジンはお菓子の材料になると聞けば、その権力と自身の力を最大にフル活用してしまうのだ。
「かーさま、待って下さい! どうせなら甘くて赤くて大ぶりの品種改良をお願いします!」
エレンもエレンだった。
*
かくして整った材料で、料理長たちとラフィリアによる大研究会が勃発した。
エレンの身振り手振りにより、クリスマスケーキが再現されたのだ。
他にも暖かいシチューやパイ、鳥の丸焼きなどが再現されていく。
今回、ケーキの生地は大きなカステラにした。これなら、料理長達も作り慣れていたからだ。
「こんなお菓子の作り方があるとは……なんと奥の深い」
「エレンってほんと物知りよね~」
「精霊だから……」
最近では、そんな一言で片付けられてしまう便利な言葉になってしまっていた。
生クリームでたっぷり覆い、大ぶりの真っ赤な苺を切り分けてトッピングしていく。
オリジンお手製の品種改良済みの苺がこれでもかとふんだんに盛られていった。
どや顔で大きなザルいっぱいの苺を収穫してきたオリジンに、誰もが度肝を抜かれたのは言うまでもない。
「ふーちゃんとおーちゃんが手伝ってくれたのよ~~」
植物を司るフランとオープストを無駄遣いしている精霊の女王に、エレンはこっそり、カステラのハギレでつくるケーキを提案した。
「ガラスのコップにカステラのハギレを詰めて……生クリームで層を作って、こう、苺をトッピングしたら可愛くないですか?」
「まあ、エレン様。素晴らしいですわ!」
メイド達も大喜びだ。これはこれで、使用人用にもできるとたくさん作られていった。
「これは少しお裾分けでいただいても良いですか? 苺を造るのを手伝ってくれた精霊に差し入れたいんです」
「はい。おいくつお包みしましょうか?」
「ふたつーー」
「エレンちゃん、予備が欲しいわ。五つよ!」
「……それはかーさまが食べるんでしょう?」
「えっ!? ど、どうして分かったのかしら!?」
そんなやりとりをしながら、クリスマスの準備をしていった。
「クリスマスとはどういう意味なんだい?」
ロヴェルの疑問に、エレンは「えーと……」と、思い出しながら答えた。
「……たしか、有名な人が生まれてきた事をお祝いする催しです」
「その人の誕生日なのかい?」
「いえ、誕生日は分からないそうなんです。その地方の神様みたいな方らしくて、生まれてきてくれてありがとう! って祝いたいから定められたみたいですね」
「へええ」
「そんな子いたかしら?」
オリジンの言葉に、エレンはドキーッとしてしまう。
世界を統べる女王が目の前にいるのだから、仕方ない。
地球のお祭りだと言っても、誰も信じてもらえないだろう。
「生まれてきてくれてありがとうか……俺からしたらエレンかな?」
「えっ!?」
予想外のロヴェルの言葉に、エレンは狼狽えた。
クリスマスで当てはめるなら、聖母マリアの子……と言うことは、確かにエレンが当てはまるのかもしれない。
(いやいやいやいや、無理無理無理!)
畏れ多すぎる。エレンは首を左右に振って固辞した。
「この神話でいうなら、当てはめるべきはかーさまですよ!」
「あら」
「かーさまが納得したら、ケーキ食べ放題!!」
「きゃ~~~! いいわよ~~~~!」
ケーキで釣れたオリジンに、エレンはホッと胸をなで下ろす。
「と、いうわけで、今日は精霊の女王様ありがとうの日にしますね!」
エレンの宣言に、誰もが笑いながら頷いたのだった。
気付けばクリスマスの日が認定され、精霊の女王にお菓子を捧げる日ーーが習慣化するまでそう時間はかからないのかもしれない。
エレンのクリスマス絵を頂きまして、急遽書いてみました。
メリークリスマス!