90話:重星の巨王
「何度来ても無駄だ。それとも何か妙案が?」
【転移陣】のある部屋で、相変わらず待ち構えていたヘネシーが嘲笑うかのように戻ってきたレド達を見つめていた。
「そういうお前は一人でそんなとこ突っ立っていて良いのか? 管制室が制圧されているかもしれないのにな」
レドが冗談っぽく返すも、ヘネシーは表情を変えない。
「もう我が手の届く場所まで来ている。今さら足掻こうが何をしようが無駄だ」
ヘネシーはまるで全てを分かっているかのように目を細めた。
「【天輪壁】の障壁を閉じたらその星とやらは弾かれてしまうぞ」
「弾かれたところでどうにもなるまい。王都を破壊するのが目的ではないからな」
ヘネシーは静かにそういうと両腕を宙へと掲げた。一瞬、ヘネシーが左手に付けていた指輪が淡く光るのが見えたレド達は一気に臨戦態勢に移行する。
「……もう間もなくだ。マーテル様が我が腕の中に……さて、迎えにいこうか。もはや時間など些細なことにすぎない。そしてここは……少々狭すぎるな」
ヘネシーから膨大な魔力が溢れるのを感じて、レドとグリムが飛び出す。
「っ!! 【大地の隆起】」
「【黒炭の廃盾】」
レド達の目の前に、壁と赤黒く燻る盾が魔術によって生成される。ヘネシーから暴力的なまでの魔力が天井へと放たれた。
その余波だけで、あっけなくレドとグリムが作った即席の防壁が砕け、頭上から轟音。
砕けた壁によって生じた粉塵が一気に天井へと吸われていく。
「空だ……」
天井がまるで、見えない巨人によって引き剥がされたかのように破壊されており、青い空が見えていた。その空の奥には迫る赤い光点。
青い空をバックに、ヘネシーがまるでそこだけ重力が存在しないかのようにふわりと浮き、天井から外へと消えた。
「無事?」
「何とかな……レド、今のはなんだ?」
「とにかく追うぞ! 管制室に向かわれたらまずい!」
グリムとセインが無事なのを確かめて、レドは跳躍。引き裂かれた天井から外へと出る。
【天輪壁】の外壁に立ったレドだったが、不気味なほどそこは無風で、まるで地面に立っているのと同じような感覚だった。しかし少し乗り出して下を覗けば、そこには王都の街並が見える。
前を見れば、自分が立っている円状の外壁がグルリと続いており、一周して自分の背後へと繋がっている。そのあまりのスケール感に、レドは眩暈が起きたかのように感じるほどだった。
追いついたセインとグリムがその光景を見て、レドと同じような感想を抱いた。
「高いな。落ちたら流石に死ぬぞこれ」
「高所恐怖症? あたしは転移魔術あるから平気だけどね」
「落とすぞこら」
「やれるもんならどうぞ」
緊張感のない会話をしている二人を無視してレドが宙に浮かぶヘネシーを睨む。ヘネシーはレド達は眼中にないとばかりに迫る赤い光点を見上げていた。
レドにはなぜか、ヘネシーの周囲の空間が揺らいでいるように見えた。
「レド君、【魔力注視】……使える?」
ヘネシーを睨むグリムの言葉を聞いて、レド、魔力を目に込める事で魔力の流れが見えるようになる魔術――【魔力注視】を発動させた。
本来なら微弱な魔力しか見えず、実戦においてはあまり役に立たない魔術なのだが――それによってようやくレドにはソレが見えた。
宙に浮かぶヘネシーの身体を、まるで覆っているかのように存在する半透明の巨人を。
「バカみたいな量の魔力が常に流れているせいで、【魔力注視】でおぼろげながらも見えるようになってる」
「……ありえん。あれは大規模魔術を常時発動し続けてるのと同じレベルの魔力量だぞ? 古竜レベルの魔力量がないと不可能のはずだ」
「それがあいつには可能なんだよ。多分、外部供給があるから……」
「おい、俺には見えねえぞ!?」
魔術が使えないセインにはただヘネシーが浮いているようにしか見えない。
「とにかく、あれがあの不可思議な魔術の正体だよ。ただの圧縮じゃない。あれはあの巨人の手で空間を握りつぶしていたんだよ」
「なるほどな。とはいえ、どうしたもんか」
圧倒される三人を無視して、ヘネシーが恍惚の表情のまま口を開けた。
「さあ、マーテル様。我らに……全人類に祝福を――さあ手を伸ばせ【重星の巨王】」
ヘネシーの言葉と共に巨人が、その半透明の手をまるで星を掴もうとするかのように、空へと伸ばした。
☆☆☆
【地下宮殿】
振動するロケットの内部でリュザンとイグレスが作業していると、突如、警告音が鳴りランプが赤く点滅する。
「うるせえな。なんだ?」
「んー。ん? あーまずいね」
リュザンの尖った声にイグレスが軽く答えるが、しかし警告音を発するコンソールを見つめるその表情は真剣そのものだ。
「何がまずいんだ。こんな鉄の棺桶なんざ一刻も早く出たいんだが」
「【欲災の竜星】の落下速度が不自然なほどに急加速している。この速度だと……あと15分もしないうちに落ちてくるね」
「はあ!? 何がどうなれば、あと2時間がそこまで短縮されるん……ちっ、そうかヘネシーの仕業か」
リュザンが舌打ちをすると、作業の手を早めた。
「考えられるとすれば、奴の代名詞的な魔導術である【重星の巨王】がまだ現役ってことだろうね。無理矢理に重力の腕で星を掴んだか。やれやれ、エーテル濃度が薄くなった現代でよくやる」
「遊んでる暇はないな。すぐに飛ばすぞ。ついでに上の連中にすぐにでも障壁を閉めるように指示しておけ」
「もうすでにこの会話を繋げているさ。というわけで、諸君、あと10分で飛ばすから、我々の合図と同時に障壁を」
イグレスの声に、ロケット内部にあるスピーカーからイザベルの慌てふためいた声が流れる。
『急に言われても困るって! あと10分!? というかそっちの準備は!? あと一時間はかかるって言ってませんでした!?』
「最低限の安全確保をしなければ、すぐにでも飛ばせるさ。しかしこうなると弾頭に仕掛けを入れるのも難しいね。どうするリュザン?」
「はあ……俺が乗る」
ため息を付いたリュザンが剣を手に取った。
「……もしかして生きて帰る気ない?」
手がブレて見えないほどの速度で、最終確認を行うイグレスにリュザンが答える。
「本当なら弾頭にエーテル重油をぶっ込んで派手に爆破させるつもりだったがそんな時間はねえ。なら俺が直接あのクソったれな星をぶった斬ってやる。あれがまんま降ってきたら、いくら障壁が閉じてようと【天輪壁】はただではすまない。結果、【天輪壁】がぶっ壊れて王都に落ちてきたら最悪だろ」
「うわー、野蛮。あーあ、良いのその身体? 久々の当たりだったんじゃないの? 流石に生身で突っ込んだらタダじゃすまないと思うけど」
「……ま、なるようになるさ」
リュザンはそういうと、ロケット内部を上へと登り始めた。
「手伝いたいところだけどあいにくと今回の装備と擬体は火力がイマイチでね」
「お前は脱出して後始末をしろ。出来るのはお前ぐらいだろうさ」
「まあね。じゃあ、あと10分で飛ばすよ?」
「任せた」
イグレスは大急ぎで最終調整をはじめた。すでに、発射準備と地上障壁を開けるところまで進んでいる。上から大量の瓦礫が降ってきたが、その程度は障害にならない。どうせ少しの間、飛べば良いだけなのだから。
すでに、【欲災の竜星】は上空付近まで迫ってきている。あとは発射し、位置情報を元にギリギリまで誘導するだけだ。
「グリム――聞こえるかい? 予定変更だ。あと10分以内に飛ぶ。何とかヘネシーの気を逸らしてくれ。奴の魔導術は強力な分、長く使えるわけじゃない。そこを何とか……上手くやりなさい」
イグレスの魔力通信にグリムが答えた。
『……あと1……分!? 無茶言……なっ……も……!』
「あちゃあ、やっぱりエーテル濃度が更に薄くなったせいで魔力が届きにくいな。ただ聞こえていそうだからこのまま伝えるけど、おそらくどう足掻いてもあの星はそこに落ちてくる。そこからが本当の戦いだから気を引き締めて。じゃ、また後で会おうか」
『ちょ……待っ……よ! いき……飛ぶ……てそ』
イグレスは途中で通信を切ると、エーテルエンジンを起動させた。ロケットが振動を始める。
「やれやれまさかこんなことで、空を飛ぶことになるとはね。因果な人生……いや魔生? か。じゃあ、行きますか。フェーズ1から10をすっ飛ばしてと……」
イグレス達が乗るロケットが収まる格納庫は、上から降ってきた瓦礫で埋め尽くされていた。しかし、イグレスとリュザンの魔術のおかげでロケットの周りだけは不自然に瓦礫が弾かれており、発射への支障はない。
上を見れば遙か彼方には四角に切り取られた空が見え、更にその奥には赤い星が見えた。
「さて……何百年ぶりかの空の旅。短い間だが、楽しもうじゃないか」
イグレスの言葉と共に、ロケットの下部から青い炎が噴き上がった。
リュザンさんロケット発射
お知らせ:活動報告にてシース、リーデのキャラデザを公開しております!!是非とも見ていただければと思います
いよいよ書籍一巻発売まで一か月を切りました!
内容についてはWEB版をベースに、細かい修正やシーンの追加削除、更に一万字超えの読み切りが付いてくるなどかなりパワーアップしております!
担当イラストレーターの赤井てら様の素晴らしいイラストがこれでもかと楽しめる作品になっております(表紙からはじまり口絵、挿絵ともに素晴らしいクオリティです)
少しでも内容を気に入っていただけた方には自信を持ってオススメできる物に仕上がったと思っております。是非とも予約、またご購入していただければ幸いです!
というわけで書籍情報おさらい:
タイトル:冒険者ギルドの万能アドバイザー ~勇者パーティを追放されたけど、愛弟子達が代わりに魔王討伐してくれるそうです~~
出版社:双葉社
レーベル:Mノベルス
イラストレーター:赤井てら
発売日:11月30日予定
発売と同時に三章完結させる予定です! WEB版、書籍版共に楽しんでください。
上記に伴い更新頻度を上げます。次の更新は11月11日(水)頃になります!




