88話:不死鳥と魔王
「一旦退くぞ!」
「くそ、なんだよあの魔術! 近付けねえ」
「私も撤退に賛成! あれはちょっと厳しいかも」
レド達の周囲には破壊の跡が散乱していた。【転移陣】の前から一歩も動いていないヘネシーが涼しい顔で三人の様子を眺めている。
「この時代の人間はやはり弱いままか。まるで成長していない……」
「うぜえな! やっぱりあいつ殺す!」
走り出そうとするセインを無理矢理連れて扉から抜け出すレドとグリム。
「三人揃って手も足も出ねえとか情けないぜ」
渋々ついていくセインが悔しそうにそう呟いた。
「参ったなしかし……魔術なのかどうかも不明なあの攻撃はどうしようもない」
レドは、援護をしながらヘネシーの攻撃を観察し続けたが、それでもその攻撃の正体が掴めなかった。
「あの攻撃の原理は圧縮。おそらく重力を操作しているんだと思うけど……魔術まで圧縮しちゃうのはちょっと意味がわかんない」
グリムの言うように、ヘネシーの攻撃範囲内に入るとそれが剣だろうが魔術だろうが全て圧縮され、無効化されてしまう。例えば魔術で生成し放った石つぶてなら、まだ分かるが、固定した形のないグリムの炎すらも圧縮されてしまう。
どう見ても防御不可能なその技に、レド達は攻めあぐねた結果、撤退を選んだのだった。
ヘネシーが追ってこない事を確認して、レド達は通路の先にあった小部屋へと身を隠した。幸いそこには竜族もおらず、セインは一息つくと、ため息をつきながらレド達に声をかけた。
「でもどうするんだよ。このままじゃ増援も期待できないぞ。アレが落ちてくるのを指くわえて待つのか?」
「……俺達だけで止めるしかない」
「難しいと思うよ? 管制室には竜族が控えているだろうし、万が一そこを制圧できたとしても、コンソールを操作不可能なまでに破壊されたら終わりだよ。彼らは落とせばいいだけ。私達はその制御を行って落ちてこないようにしないといけない。これがどれだけ大変か分かる?」
グリムの言葉にレドは頷いた。おそらく、すでにあの星は落下するように指示されているだろう。それを上書きするには……取り除かなければならない障害があまりに多過ぎる。
「詰んだのか?」
「……んーパパがいれば何とかなるかもだけど……地下で別れたっきり全然応答しないし……」
「パパ……魔王か。いや【魔王】は別にいるんだっけか」
「うん。【魔王】はいわば私達魔族の始祖みたいな存在でね。今はまだ眠っているけど……彼女を起こさない事もまた私達魔族の使命なの。まあ、一部のバカは彼女を目覚めさせ、魔族の復興をなんて言ってるけどね。で、今、魔族を束ねているのが私の父であり、君達が魔王と呼んでいる存在が――イグレス」
「イグレス……か」
「父なら、私以上に知識も魔力もある。この状況を何とかできるかもしれない。とはいえさっきから通信魔術を使っているんだけど、全然音沙汰なくてね。呼び出し自体はできているから生きているのは確かだけど……あ、もしかして……」
グリムがハッと何かに気付いたような顔をすると、部屋の中をキョロキョロと見わたした。
「そうか……パパの位置的に地下だから届きにくいのかも。だったら……」
グリムは部屋の隅にあったコンソールへと駆け寄ると、急いで起動させて何やら操作しはじめた。
「どうしたグリム」
レドとセインが、グリムの背後からコンソールの画面を覗き込む。そこには、何か巨大な建造物の構造図を写しだしていた。
「これは……【地下宮殿】か?」
レドがその構造から推測して口にした。
「正解。やっぱり……竜族はここにずっと潜んでいたんだ。私達でも把握できてなかったこの遺跡の構造を完璧に理解していたんだよ。通信魔術の感じから言うと、パパがいるのは……ここ」
映る構造図の一番下。そこには広大な空間が存在し、その上から地上らしき部分まで吹き抜けになっている場所だ。それはレドですらも知らない、【地下宮殿】の未知の部分だった。
「ここは?」
「……分かんないけど、きっと重要施設だ。なぜかこんな上空にある【天輪壁】と繋がっているんだもん」
「繋がってる?」
「きっと、この地下施設とここは、同じ目的で造られた施設なんだよ。だから、繋がっている。であればこの魔力通信網を利用して、ここのコンソールに繋げば……」
☆☆☆
グリム達が構造図で見ていた【地下宮殿】の最深部。その空間に、リュザンの声が響く。
「んで、てめえはいつまで隠れている気だ?」
コンソールから目を離さず操作をし続けるリュザンの背後へと、とある人物が現れた。一見するとただの中年男性だが、後ろへと撫で付けた赤髪に魔族特有の瞳が、彼が常人ではない事を示していた。額から生えた一本の角を見て、リュザンはすぐに存在が誰であるか見当がついた。
「これはこれは……魔族の親玉がこんなところに何の用だ」
「概ね、君と同じだよ不死鳥のリュザン」
魔族の男――イグレスが笑いながら、リュザンへと歩み寄る。
「そうか……そういやお前は転移魔術を復活させてたんだったな」
「そう。俺も星を迎撃しようと思ってね。今から上に行ったところで、もはや間に合わない」
「だったら手伝え。ぶっ殺すのはその後にしてやる」
「これ、本当に飛ぶのか?」
イグレスがリュザンの横に立ち、上を見上げた。旧世界の遺産であり、もはや骨董品どころか化石と呼んで差し支えないそのロケットを見て、イグレスがため息をついた。
「別に宇宙まで行く必要はない。まっすぐ飛んで、落ちてくる星に当たればそれでいい。それで両方が空中で爆発四散すれば最高だ。まあ、実際は軌道が逸れる程度だろうが、王都には被害が出ない」
「ふむ……どれ、ちょっと調べてみよう」
イグレスがコンソールを操作しはじめた。その指捌きはリュザンが見ても見事なものだ。リュザンはこのイグレスという男のことをよく知っていた。イグレスが、古の技術や魔術を復活させる事に関してはこの世界で一番であることを。
「ふふふ、しかし君とこうして肩を並べるのは随分と久しぶりだな。前会った時は可愛らしいお嬢さんだったのに、随分と厳つくなったな」
イグレスが笑みを浮かべながら操作を続ける。
「口を動かす暇があったら手を動かせ。俺にも色々あるんだよ」
「ふむ……内部のエーテル重油は劣化気味だが打ち上げる程度なら問題ないだろうね。問題は……制御システムが完全に壊れている。後から何やら違う物で上書きされている……生命維持装置のようだが……」
「不死気取りのバカは殺してやったよ。それはもう無視していい」
「とはいえ、一からこれだけのデカブツを制御するプログラムを組むのは俺でも不可能だぞ」
「何とかしろ」
リュザンの有無を言わせない言葉にイグレスは肩をすくめた。
「やれやれ……いずれにせよ、遠隔操作は不可能だ。とてもじゃないが、落ちてくる星に当てるなんて無理だな」
「手動ならどうだ?」
「それなら、可能かもしれないが……手動ということは、コレに乗るって事になるぞ?」
イグレスが嫌そうな顔でロケットを見上げた。
「お前なら、転移魔術で簡単に脱出できるだろ。手伝え」
「……ええ」
「ええ、じゃねえよ。アレが落ちてきて困るのはお前らも一緒だろうが」
「そうだが……しかしリュザン。仮に上手くいってあの星に当てられたとして、空中で爆発四散したとしてだ。中身はどうする? そんなもんで死ぬ相手じゃないのは知っているだろ?」
「星は【天輪壁】の中央を目指して落ちてきているはずだ。なら、まずはリングの障壁を閉じてしまえばいい。万が一軌道が逸れなくても王都に被害はでない。あとは残骸から中身を回収して、二度とこの星に帰ってこれないように太陽にでも飛ばしてやる」
リュザンはその【天輪壁】の障壁を閉じる為には誰かが【天輪壁】内でその操作するしかない事を知っていた。問題は、誰がやるか、である。
「俺とお前はこいつを飛ばすのに手一杯だ。今から転移魔術で上に行って軌道を逸らせるのも手だが……」
「その時間はなさそうだね。おそらく竜族も妨害してくるし、最悪、システムを破壊されたら終わりだ」
「冒険者どもが乗り込んでいるはずだが……何とかそいつらと繋がらないか?」
「ふむ……うちの娘がいれば……ちょっと調べてみようか。どうやら上と通信網は繋がっているようだし」
イグレスがそうして【天輪壁】へとアクセスしようとした瞬間に、コンソールに着信の知らせが表示された。
「あん?」
「ふふふ……やはり俺の娘は優秀だ。もしかしたら、何とかなるかもしれない」
イグレスは確信を持ちながら【天輪壁】から受信した通話を開いた。自分のいる場所を察知して通信を向こうからかけてくるなんて事をするのは自分の娘以外ありえない。そうイグレスは思っていた。
しかしコンソールから聞こえてきたのは……。
「なんかどっかに繋がったっぽいですけど!! アリアさん、どうしましょう!?」
「私が知るわけないでしょ!?」
少女達のあわてふためいた声だった。
クライマックスに向けてアレコレ動いています!
お知らせ:活動報告にてレドさんのキャラデザを公開しております!!是非とも見ていただければと思います
いよいよ書籍一巻発売まで一か月を切りました!
内容についてはWEB版をベースに、細かい修正やシーンの追加削除、更に一万字超えの読み切りが付いてくるなどかなりパワーアップしております!
あとキャラデザを見てもらったら分かると思いますが、担当イラストレーターの赤井てら様の素晴らしいイラストがこれでもかと楽しめる作品になっております(表紙からはじまり口絵、挿絵ともに素晴らしいクオリティです)
少しでも内容を気に入っていただけた方には自信を持ってオススメできる物に仕上がったと思っております。是非とも予約、またご購入していただければ幸いです!
というわけで書籍情報おさらい:
タイトル:冒険者ギルドの万能アドバイザー ~勇者パーティを追放されたけど、愛弟子達が代わりに魔王討伐してくれるそうです~~
出版社:双葉社
レーベル:Mノベルス
イラストレーター:赤井てら
発売日:11月30日予定
発売と同時に三章完結させる予定です! WEB版、書籍版共に楽しんでください。
上記に伴い更新頻度を上げます。次の更新は11月4日(水)頃になります!




