87話:ヘネシー
対フラパンの戦いはヒナの疾走と共に開始された。
「“零れ数え歌――緋天”」
「無駄ぁ!!」
ヒナの抜刀からの一撃にフラパンが盾を押し出す。ヒナの下段から放たれる三日月のような剣閃が盾に触れると同時に、金属音と火花が散る。
「ん?」
「“弐殺――飛んで――死獄”」
ヒナから連撃が放たれるたびに、火花が散り金属が削られる音が響く。盾に触れる前に弾かれていたアリアのグレイブと違いその刃は盾の表面へと届き、傷を付けていく。
「生意気な小娘が!」
「……硬い」
苛立ったフラパンの突進を避けつつ、ヒナはすれ違い様にその脇腹を切りつけるも、やはり傷を付けるだけに終わる。
「あんたなんで弾かれないのよ」
それを見ていたアリアが疑問を口にする。自分のグレイブとあのヒナの武器の間にそこまで切れ味の差があるとは思えないし、そもそもあの盾や鎧を覆う障壁の前では物理的な切れ味はあまり関係ないようにアリアは感じていた。
「形ない物を斬るのも剣士の基本だから……でも盾自体が鉄より固いから斬るのは難しいかも」
「嵐桜国の剣士の言う基本の基準が分からない……」
ため息を付くアリアとヒナに代わって、イザベルが飛び出す。邪魔しようとするトカゲをニルンとレダスが抑えている。
「相手が金属なら私にお任せ!」
「ぬおおお!! 無駄だああ!!」
左右の盾を突き出してくるフラパンの猛攻の前でイザベルが【鉱海者の腕】を装備した右手を前へと突き出す。それはカウンター特化の戦闘術【氷の手】唯一の攻撃的な構えだった。
右から迫る盾へと右手を振るう。ヒナに斬られたせいでプラパンの盾は障壁を上手く発動させられず、イザベルの手甲がその表面に触れ、淡く発光する。そのままイザベルは衝撃を流すようにステップを刻みつつ身体を捻って左右の盾を躱しフラパンの懐へと入り込む。
「き、貴様!」
「この鎧も硬そうだねえ」
イザベルの右手が鎧に触れ、手甲から光が放たれた。その光はフラパンを覆う鎧全体へと伝播していく。ハグするような形で締め上げようとするフラパンの腕をかいくぐって、イザベルは脇から抜け出した。
「アリアさん、ヒナ! あとは任せました!」
「ふん、何をしたかと思えば光っただけではないか! 我が鉄壁の盾と鎧の前では無力!!」
「任せて――“夢月”」
ヒナの斬撃をフラパンが盾で防ぐ。
「馬鹿な!?」
しかし盾があっさりと切断され、床へと落ちた。驚くフラパンへとアリアのグレイブが迫る。咄嗟に盾でそれを防ぐが、まるでバターのように盾が切り裂かれた。
「嘘みたい」
驚くアリアの横をヒナが通り過ぎる。
「“失薙――“穿蜂”」
ヒナの袈裟斬りが鎧を切り裂き、放たれた突きがフラパンの胸を突き破った。
「がはっ!! 俺様の鎧が!?」
ありえない光景を見たとばかりに驚くフラパンへとアリアがグレイブを構えた。
「なんか分かんないけど、鎧も盾もないあんたはただデカいだけ――クズよ」
アリアが振るったグレイブから雪の結晶が放たれフラパンへと直撃。
「俺様がこんな奴らに負――」
最後まで言い切る前にフラパンは立ったまま凍り付いた。同時に、トカゲ達の肉体が崩れていく。
「やりましたねアリアさん!」
笑顔で駆け寄ってくるイザベル達にアリアはため息をついた。
「……まあ助かったから、説教はお兄ちゃ――じゃなかったアイツに任せる事にする」
「お兄ちゃん?」
「言ってない。ほら、さっさとあんたらの先生を探しにいくわよ」
「はーい!」
アリア達5人が回廊を駆けていく。その騒ぎを聞き付けて、竜族や眷属がやってくる事も知らずに。
☆☆☆
「やけに静かだな」
「んー、さっきの回廊の騒ぎでそっちに敵が集中したのかも?」
「俺らには好都合じゃねえか」
回廊の上にある入り組んだ廊下を走りながら、敵と遭遇しない事に違和感を覚えたレドだったがグリムもセインもこれ幸いとばかりに先を進む。
「そろそろだよ、例の使われていない【転移陣】がある部屋」
しかしその先にあったのは、扉の残骸だった。その奥には床が崩れた空間があるだけで、何もない。レドが下を見れば、下にある回廊の床に瓦礫が落ちており、戦闘の跡が残っていた。
「誰かが転移してきたけど何かしらの原因で下に落ちた、か」
レドが見たところそんなところだろうと推測した。そもそもここに繋がる【転移陣】が他にあったのが驚きだった。
「少なくとも戦闘になっているって事はその侵入者は竜族の味方ではないって事だな。誰か知らんが感謝しようぜ」
「そうだね。さて、遠回りになるけど迂回して作戦通り地上に繋がる【転移陣】を解放させよう」
「……そうだな」
3人はそのままそこを迂回しついに地上へと繋がる【転移陣】が設置されている部屋の手前に辿り着いた。
扉の前には、武装したトカゲが立っているのみだ。
「あれだけか?」
レドが疑問に口にする。重要な拠点なはずなのに随分と手薄だ。
「例の侵入者の方に戦力を割いたとか?」
「どっちにしろ、やるしかないだろ」
「そうだね」
素早く接近したレドとセインによって武装トカゲ達は反撃する時間も与えられずに絶命する。扉が、音も無く横へとスライドし開いた。
中へと飛び込んだレド達の前には巨大な【転移陣】があったが、その広いの部屋の中にはそれ以外は何もなかった。
ただ1人の男を除いて。
「君達が例の侵入者だね。どうやってここまでやって来たか分からないけど、心から歓迎するよ。ようこそ我が城へ」
その男は貴族のような服を着ており柔和な笑顔を浮かべていた。しかしその瞳の瞳孔は縦長で、決して笑ってはいなかった。
「私は代理で竜族の代表をしている、ヘネシーだ」
「ご丁寧に――どうも!!」
セインが凶悪な笑みを浮かべながら疾走し、大剣を振るが、ヘネシーは指輪をそれぞれの指に付けている右手を小さく動かすだけで、その大剣の動きを空中で止めた。
「っ!? ちっ!」
悪寒が走り、セインは素早く大剣から手を離しバックステップ。その瞬間に、大剣が圧縮され鉄くずとなって床へと落ちた。
「元勇者という割には随分と粗暴だ」
襲われたというのに平然と立つヘネシーの笑みは崩れない。武器を構えたままレドはヘネシーを観察する。明らかにこれまでに見た竜族とは格が違うのが分かる。代理とはいえ代表と自称しているだけはある。
「……今のは魔術かな?」
「さてな。魔力は一切感じなかった」
レドがグリムにそう答えた。グリムは視線をヘネシーに向けたまま語る
「私はあんまり竜族には詳しくないんだけど、ヘネシーの名前は知ってる。調停者だとかバランサーだとか色々と異名があるけど……歴史の闇に消えたはずだったのに」
「なるほど、君が魔族か。ふふふ、そんな擬体まで用意して……君達は相変わらず出来損ないのままのようだ」
グリムを見るヘネシーの声には、侮蔑と憐憫が混じっていた。
「あんたらの時代なんてなかったしこれからもないんだよ。なのにこんなに派手に事を起こして」
「マーテルさえ帰ってこれば、全ては終わり……そして始まる」
「マーテル? 【欲災の竜星】の事か?」
レドの言葉に、ヘネシーが頷いた。
「そう……我が愛しの主にして……この星に唯一残った人類」
「はあ? 何訳分かんねえ事を言っているんだ? この場だけでも人間は2人いるし、遙か下にはうんざりするほどいるぞ」
セインが腰のロングソードを抜きながら、そう言い放つ。
「ああ……君達は何も受け継いでいないただの偽物……守る価値もないゴミだ。そのゴミにすらなれなかった魔族はそれ以下だ」
ヘネシーが向けた氷の視線を受けてレドとセインは肌が粟立った。その言葉には嘘は無く、ゆえに恐ろしかった。この男は見た目は人間だが、中身は全く違うという事がよく分かった。
「レド、こいつと何を話しても無駄だよ。それにここに戦力がいない理由が分かった。必要ないんだよ。こいつさえいれば、十分って事」
「もう一組の侵入者の方に皆を行かせたので私が代わりにここを守っている。10人にも満たない人間で何が出来る? もうすぐマーテルが降臨し、黄昏の時代が始まる」
大仰な仕草で手を広げるヘネシーへとセインが剣を向けた。
「とにかくよ、こいつをぶっ倒せば話は終いだろ?」
「そういう事だけど……それが出来たら苦労しないんだけどね」
そう言いつつもグリムは魔術を放つ準備をしていた。
「逃げるわけにも行かないしな」
レドも短剣を向けた。相手の力が未知数な以上は、魔術をとにかく叩き込んで様子を見るしかない。
「人と魔族の組み合わせは中々に新鮮だ。ではあの時より、どれだけ成長したか見せてもらおう」
ヘネシーの言葉が、戦闘の合図だった。
レド達の激闘が始まる。
いきなりラスボス?戦ですが、次話は間話となる予定です。
次話更新は10月16日(金)です!
書籍第一巻について
タイトル:冒険者ギルドの万能アドバイザー ~勇者パーティを追放されたけど、愛弟子達が代わりに魔王討伐してくれるそうです~
出版社:双葉社
レーベル:Mノベルス
イラストレーター:赤井てら
発売日:11月30日予定
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