77話:三つ巴
「そっちは任せたぞ」
「言われなくても」
レドの正面から、巨大な赤褐色色のトカゲが数体迫っていた。それはこの地下迷宮に潜む、ダンジョンリザードと呼ばれる魔物だ。背後の天井や壁にも数体へばりついており、そちらにはアリアが刃を向けていた。
レドは背後はアリアに任せ、地面を蹴るとトカゲへと疾走。短剣を突き出し、詠唱。
「“白き柱よ牙を逆立て”――【霜咬】」
白い霜がまっすぐに地面を伝っていき、トカゲの群れへと牙を立てた。
「ピギャウ!!」
足下から凍りつき、身動きが取れなくなったトカゲ達へレドが迫る。
「この程度の魔物なら、余裕だな!――【無慈悲な岩槍】」
トカゲ達が毒液を吐こうと口を開けた瞬間、レドが放った魔術によって生成された槍が床より突き出され、串刺しとなった。
同時に背後では、アリアが手に持つ、彼女の代名詞的存在である氷刃の長柄武器――【雪薙ぎ】が薙ぎ払われた。それはグレイブと呼ばれる武器で長い柄の先に分厚い幅広の刃があるのだが、それが振るわれた軌道に人の頭ほどはある巨大な雪の結晶が舞い散った。
そして一瞬だけ間を置いて、それらの結晶が冷気を撒き散らしながら前方に向かい爆発。
トカゲ達を天井や壁ごと超低温まで冷却する白い風が回廊に吹いた。
「流石は、王国一の冷気属性使いだな。少々……やり過ぎな気もするが……」
レドが振り返って、その惨状を見て苦笑いを浮かべた。完全に凍りつき、極寒の世界となった回廊を背景に立つアリア。
「こうしておけば、少なくともしばらくは背後から襲われる事はないから」
「……確かに」
アリアはスタスタとレドを置いて先へと進んでいく。
「やれやれ……」
戦闘能力は申し分ないし的確な判断も出来る。この若さでSランクまで上がったのはハッタリではない事はレドにも分かる。しかし……どうにもやりづらさを感じていたレドだった。
大体どんな奴とでもパーティ組めるんだけどな……。レドは心の中で愚痴りながらアリアの後に付いていく。
既に、地下4階層まで二人は進んでいた。途中で魔物に何回か遭遇したものの、特に問題なくそれらを排除していった。
「いないわね」
「騎士のいない方へと進んだせいで、王都の端ぐらいまで移動を余儀なくさせられたからな」
「中央……戻る? 出口や抜け道が多い……中央区の方が」
「そうだな。出来れば、友好的な騎士と情報交換をしたいところだが……」
大体の騎士が貴族や特権階級の出身であり、冒険者を勝手に敵視している奴が多いが、中にはコリーヴやレッカンのように分け隔て無く接してくれる者もいる。レドとしてはそういった騎士と出会えれば、話は早いのだが、現実はそうは上手くはいかない。
「……前から誰か来る」
アリアの言葉にレドは無言で頷き、念の為、武器を構えた。
前方の暗がりから会話が聞こえてくる。
「痛ぇ……痛ぇよ!! くそ!! なんだあいつらは!」
「あの人数であの強さ。クソ冒険者に決まっている!」
「お前ら、静かにしろ! 騒いで魔物が出てきたらどうしやがる!」
声と会話の内容からして騎士達だろう。
レドは【透明化】の魔術を掛けようが迷ったが、この魔術は自身にしか効果がないので、アリアの姿を隠せない以上はあまり意味がない。
更に残念ながら分かれ道は前後にはない。後ろの回廊はまだ極寒地獄だ。
「しまったな」
「……別にこっちが隠れる必要はない」
レドが身を潜める場所を探している事を察したアリアはそう言って堂々と騎士達の前へと姿を現した。
「っ!! クソ! こっちにもいやがって!」
「殺せっ! 生かして帰すな!」
「馬鹿野郎! 負傷してるお前を庇って戦えるか!」
それは三人の騎士だった。真ん中の騎士は手酷くやられたのか、腹部のアーマーがバラバラに砕けており、血は流れていないものの、相当な衝撃を腹部に受けた事を物語っていた。そんな彼を左右から肩で支えているの二人の騎士も見れば大きな怪我はなさそうなものの、満身創痍といった感じだ。
「あー、こっちに敵対する意志はない」
レドは剣を鞘にしまい、そうその騎士達に告げた。
「どの口がっ! お前ら冒険者のせいで俺は!」
真ん中の男が吼える。
「おい落ち着け! 今戦ったら不利なのは俺らだろうが!」
「その通りだ。俺も、彼女もSランクだ。だが危害を加える気もない」
レドがアリアを指差してそう告げた。
「……信用ならねえ。さっきの奴らもお前らの仲間だろ! 四人パーティをペアに分けて挟み撃ちってわけだな! 舐めやがって!」
「二人組?」
レドはてっきりゼクス達と交戦したのかと思ったのだが……ゼクス達は協調性バラバラに見えるが、流石に魔王探索の際にパーティを分けるような事はしないはずだ。
となると……この騎士達を襲ったのは何者だ?
「俺と彼女は最初から二人だ。もう一組冒険者パーティがここに潜っていると思うが、そちらは四人のはず。一体何に襲われた?」
「信じられるか! あのクソガキとおっさんはお前らの仲間だろうが!」
「……そんな二人知らない」
「嘘をつけ!」
「どこで襲われた? 状況は?」
レドの言葉に、左右の騎士が顔を見合わせて、それから右の騎士が口を開いた。
「……この先の回廊の十字路を東に進んだ先だ。そいつらが何かとの戦闘中に出くわして、それに巻き込まれた。気を付けろ、あんたらの仲間じゃないならな」
「助かった。気を付けて戻れよ」
騎士の言葉にレドとアリアは頷くと、そのまま疾走を開始した。
「どう思う?」
「怪しい……何かと戦闘中ってのが引っかかる」
「だな。だが、もしその二人組が魔王なら……なぜ奴らは魔族と気付かなかった? あんな分かりやすい特徴があるのに」
「……分かんない」
回廊を走りながらレドとアリアは言葉を交わすが、結局行ってみないと分からないという事で一致した。
騎士達の言っていた十字路に差しかかった瞬間に、レドは回廊の奥から多大な魔力を行使する際に出る魔力波を感知した。
「……っ!! なんだこの魔力波は?」
「尋常でない魔力量が込められた魔術行使だと思う」
「俺の悪運もここまで続くと流石に嫌になるが……確かめないと」
レドとアリアは東へと進む。進むにつれ、回廊が戦闘によって酷く破壊されているのが目に付くようになっていった。何より――レドの鼻につくのは……。
「火の燻る匂いだ。これは……大当たりかもな」
「大ハズレの間違いでは?」
「それを言うな……。とにかくゼクス達と戦闘しているなら援護、そうでないなら……様子見しよう」
「……うん」
前方から戦闘音が聞こえる。
レドとアリアは、崩れた天井の瓦礫の陰に身を潜ませた。
前方で戦っているのは確かに騎士達が言っていた通り、中年男性と少女だった。その二人組が、何やらスキンヘッドの青年と戦闘をしている。
「……どういう事だ?」
その少女にレドは見覚えがあった。忘れるわけがない。だが、違和感があった。
「知ってる人? 魔族には見えないけど」
「知ってるが、そこが大問題だ」
あの戦っている少女がグリムだという確信がレドにはあった。炎剣を召喚する魔術を使っており、それも同じだ。
なのに、どう見てもグリムは人間の少女にしか見えなかった。
「あの男は分からんが、少女の方は間違いなく魔族だ。魔族なんだが……」
「人間にしか見えない……まさか変身魔術?」
「……かもしれない。だが、姿を変える魔術ってのは基本的に難易度が高い上に他の魔術との並立行使が出来ないはずだ。もちろん、魔族が持つ未知の技術や魔術の可能性もあるが」
「いずれにせよ、あの少女が魔族なら――あの男も魔族」
「……魔王、かもしれんな」
「なんかイメージと違う」
「まだ分からんがな……」
レドとアリアはその三者の戦いをつぶさに観察する。はっきり言って、その動きは人の範疇を超えていた。
スキンヘッドの青年の動きはレドですら追い切れないほど速く、しかしそれを平然とグリムとその仲間らしき魔族の男が受けきっている。
「どうする?」
「……様子見だ。今出て行っても危険しかない」
「でも……バレてるみたいっ!」
レドとアリアは咄嗟に地面を蹴って、左右に回避。
いつの間にか、レド達の存在に気付いたスキンヘッドの青年がレド達が元いた位置の床にナイフを突き立てていた。
ただそれだけで、床が破砕され、瓦礫が舞う。
「おいおいおい! 見学料はタダじゃないんだぜ人間!! お代は命で結構だ!!」
叫ぶスキンヘッドの青年の瞳は真っ赤に染まっており、瞳孔が縦長になっているのをレドは見逃さなかった。
「くそ、やるしかないか! アリア! 無理はするなよ!」
「言われなくても!」
こうして、三つ巴の戦いが始まった。
☆☆☆
竜学院地下。
【塔】、所長室。
「あーカリス所長」
「んー、ああリードマンか」
椅子に座り、デスクの上のモニターから顔を上げずにカリスが部屋に入ってきた白衣を着た青年――リードマンへと答えた。
「例のデータ。解析終わったんですが……」
「随分と早いな」
カリスはモニターをずらすと、リードマンを手招きした。リードマンは勧められるままにカリスのデスクの前にある椅子へと座った。
「コーヒーは?」
「……いただきます。話が長くなりそうで」
カリスはデスクの上にあったポットからコーヒーを使い捨てカップに注ぐと、それをリードマンへと渡した。
リードマンはそれに少し口を付けると、喋り始めた。
「まず、早かった理由としては既にデコード済みでした」
「デコード済み?」
「はい。おそらくあの携帯デバイスに取り込む時点でデコード作業を行っていたのかと思います。はっきり言うと、あの携帯デバイス自体が既に遺産クラスの物ですよ。おかげで竜言語データを変換するだけで済みました」
「なるほど……魔族から手に入れたらしいからな。まあ有り得る話だ」
カリスはレドから聞いた話を包み隠さずリードマンには話していた。彼は信用出来るし、そもそもこの【塔】にいるのは自分同様変人ばかりだという事をカリスは良く知っていた。
金も地位も名誉も捨てた、ただ学術的好奇心を満たしたいが為に生きているような奴しかいない。並の技術者なら魔族の品だと分かればおじけづくが、そんな奴はここには存在しない。
「で、肝心の中身ですが……まあ見て貰った方が早いかと思い、持ってきました」
リードマンがカリスへと携帯デバイスを手渡した。カリスはそれを自身の端末に差し込み、そのデータをモニターに表示させた。
「これは……なんだ?」
カリスは旧世界の技術については多少知識はあるものの、専門はどちらかと言えば魔術的な構造や仕組みの方だ。そのデータが何かしらの設計図のような物であり、それ以外にも何やらあるが、それが何を指し示しているかはカリスには分からなかった。
「推測はいくつか立ちますが、僕としては、とある物体の設計図とそれを制御する為のデータの可能性が一番高いかと」
「設計図と制御ね。確かに、そんな感じはするが……問題は、何の設計図で何を制御するんだ?」
「これもまた推測でしかないんですがね……これは……星の作り方かと」
「……これはまた」
カリスは思わず笑ってしまった。星の設計図とはまた……厄介な物を。
「ええ。その星の設計図と制御データとアクセスコード。これらが含まれているかと思います」
「アクセスコード?」
「……おそらくですが、この星は既に作り上げられており……どこかで起動している可能性があります」
「古代の設計図だ。当然作るために書いたのだろうからな。だが、もう既に朽ちているのでは?」
旧世界の遺物で今もなお動いている物はないとはいえないが、その数は少ない。
「それが……このアクセスコード、まだ有効そうなようで。【天輪壁】解析で見付かった、あの未だに生きているネットワーク上で使えそうなんです」
「……試したのか?」
「まさか。その許可を得たくて来た次第です」
「なるほどね。その星とやらの特徴や用途を設計図や制御データから推測してまとめた物をレポートにしてくれ。まだ下手に動かさない方が良い」
「分かりました。今日中には提出出来るかと」
「頼む。あと、言うまでもないが……」
「分かっていますよカリス所長」
そう言って、携帯デバイスを持ってリードマンが部屋を去っていった。
「やれやれ、未だに形成され古代より生き続けるネットワークに、人工の星と来たか……」
カリスはそう呟いて、天井を見上げた。
あの王都の空に浮かぶ巨大な物体も、その遙か先にある夜空の星も、急に薄気味悪い物にカリスには思えてきたのだった。
三つ巴!
アリアさんは氷雪系最強()との呼び声が高いですが、シースさんと被ってますね。
というわけで次話で戦闘、そして少しずつ色んな謎が明かされていきます。
次回更新は8月26日(水)18時です!
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