76話:地下宮殿
冒険者ギルド本部から出て、王都の大通りをレドとアリアがお互いに少し距離をあけながら歩く。その距離感に二人の関係性が映し出されていた。
「むぅ……なんであんたと」
「俺に言うな。ギルドマスターやみんなの決めた事だ」
「……それは分かってるけど」
ギルドマスターであるアルマスから魔王討伐の緊急依頼を受けたレド達は、その後情報を交換し、解散となった。
その時に、アルマスからとある提案がされたのだ。
「まだ魔王と断定出来ている訳ではないけど、もし仮にそうであれば、これはまたとはないチャンスでもある。名前、姿形、能力、全て不明であるけれど、今回でそれが明るみになるかもしれない。そして、皆さんが強く賢い事は重々承知しているけど……今回の依頼については冒険者ギルドの代表として、一致団結して動いてほしいんだ」
「はあ? つまり共同依頼って事か?」
「そう。各個撃破は最悪のシナリオだ。本来なら【血卓騎士団】も巻き込んでやりたいんだけど、リュザンに“やなこった”、とにべもなく断られてね。だからせめて君達には一時的に自らのパーティから離れてSランクのみで構成したパーティもしくはペアで動いてほしいんだ」
「こいつらとか? 冗談だろ?」
「頼むよ、ゼクス。相手は魔王だ。それぐらいはすべきだと僕は思う。それともギルドマスター権限で命令しようか?」
「……結構だ。だが、パーティの構成、もしくはペアについては俺らで決めさせて貰うぜ」
こうして、ああでもないこうでもないと、喧嘩もとい協議した結果、ゼクス、ディートリヒ、イーリャ、ディルの四者によるパーティとレド、アリアの兄妹ペアに分かれる事になった。
リュザンに目を付けられているレドとアリアとは組みたくないというゼクスとディルの主張によって、結果、はみ出し者でペアを組んだ形だ。
レドはそれに特に不満はなかった。魔王討伐を本当に為すのなら、確かにリュザンの妨害の可能性は出来る限り取り除きたいという気持ちは分かる。
とはいえ、不服そうな様子のアリアに、さてどうしたもんかとレドは頭を抱えていた。
年ごろの女性の心理はともかくとして、さして面識のない同業者である実の妹にはどう接したらいいかレドには分からなかった。
「やれやれ……問題は山積みだ」
「どうするつもり」
「魔王を滅せよと言われてもな。姿形も名前も能力も分からないんだ探しようがない。ゼクス達に任せるのも手だが……」
レドとしては魔王討伐というこの依頼は正直あまり乗り気ではなかった。というのもの、どうにも引っかかる点が多すぎるからだ。
ゼクス達は乗り気だったので、全て彼らに託したい気持ちもあったが……。
「心当たりがあるんだよなあ……」
「心当たり?」
アリアがレドに少し近付いてきた。既にこの会話は魔術で秘匿されており、周りには微妙な距離をおいて歩く無言の男女二人組に見えるだろう。なので、別に近付く必要はないのだが……。
「魔王が王都に侵入する理由についてだ」
「……それは?」
「俺だよ……」
「なんで」
アリアが嫌そうな表情を浮かべた。そんな顔で兄を見ないで欲しいと思うレドだった。
「俺が旧世界の遺跡からデータを持ち帰ってきたせいだ。今はカリス姉さんとこに解析を頼んでいるが……。ただ、魔王自ら来るってのは解せないがな。てっきり部下の魔族辺りが来るかもしれないとは思っていたが……」
とはいえ、守りの堅い王都に魔族が侵入するなどよほどの事がない限り、可能性は低いとレドは考えていた。
だが逆に言えば、魔王であれば、それが出来るかもしれない。
守りが堅く、魔族の侵入を拒む王都だからこそ――侵入者が魔王である可能性は高い。
「……巻き込まれたこっちは良い迷惑」
「すまん。しかしこのデータについて、ギルドマスターも知っているはずなんだがな……」
それもレドが気になっている点だ。アルマスは間違いなく、あのデータの存在を知っているのにその事についてついぞ言及しなかった。
「竜学院内でも不穏な動きもあるし……厄介事が雪だるま式に増えてる気がするぞ」
「とにかく魔王を早く探して何とかしないと……仕事が捗らない」
「……ああ、そういえばアリア、あの時は助かった。ありがとう。ちゃんと礼、言ってなかったな」
「仕事だったから……それだけ」
レドと目線を合わせず、そう言って、アリアは前を歩いていく。
レドとしては、誰からのどんな依頼か聞きたいところだが、聞いたところで教えてはくれないだろうという予感はしていた。
「じゃあ、とりあえず魔王の居場所ぐらいは探すか。討伐はゼクス達に任せよう」
「居場所ね……まあ考えられる場所は一つしかないけど」
「だな。まあ問題はそこのどこにいるか……だな」
レドとアリアが裏路地に入り、とある建物の前で足を止めた。
それは一見するとただの民家だ。レドとアリアは遠慮無くその玄関を開けて入っていく。中には民家同様に家具や生活用品が置いてあるが、どこか無機的で、生活感を感じられない。
レドとアリアは勝手知ったるとばかりに居間をつっきり、その先にある地下へと続く階段を降りていく。
「で、どこから探す?」
「表層付近の可能性が高い。深層は転移魔術が使えない上に、地上に出るにはちと不便だ」
「深層からの抜け道の可能性は?」
「ない……とは言い切れないな。だがその可能性はひとまず保留だ」
階段を降りた先には、石造りのちょっとした空間があった。奥には大きな扉があり、その両側に【血卓騎士団】の騎士が剣を持って立っている。
「……ギルドカード、もしくは進入許可証の提示を」
右側の騎士の言葉にレドとアリアがギルドカードを提示した。
「確認した。現在、内部では騎士団による大規模調査が行われている。邪魔をしない方が良いと忠告しておく」
右側の騎士の業務的な言葉にレドとアリアは顔を見合わせる。しかし、すぐにアリアは顔を逸らせた。
レドはやれやれとため息をつく。
そんなレドを見て左側の騎士が口を開いた。その顔には嗜虐的な笑みが浮かんでいる。
「特に、あんた。あんたは気を付けた方がいい。あんたの事を良く思っていない騎士は多いぜ? そっちの女が無事に帰ってこれるといいな」
その悪意の籠もった言葉を聞きながらレドは気にせず開かれた扉を通過する。すれ違い様に、レドはその騎士へと言葉を投げた。
「寝首を掻かれないように精々気を付けるとするよ。お前ら騎士様の得意技だろ?」
「っ!! てめえ!!」
騎士が剣を振り上げるが、それと同時に扉が閉まった。
「そういうとこ」
「……すまんな。大人げなかった」
「ま、あんたが言わなかったら私が殴ってた」
「……それは止めとけ」
レドとアリアの目の前には巨大な回廊が奥へと続いていた。左右にも続いており、丁字路の真ん中に出たような感じだ。
回廊の壁は微かに発光しているせいで、真っ暗闇というわけではないが、遠く先まで見えるほどの光量はない。
「さてと……しかし、騎士団の大規模調査か。やはり奴らも独自に動いているんだな」
「別にここはあいつらの物でもない。気にせず探せばいい」
「だな……じゃあ行きますか」
レドとアリアがそれぞれ武器を抜刀して、回廊を進んでいく。
この場所の名は【地下宮殿】
それは王都地下に張り巡らされている巨大遺跡であり、地下深くまで続いている。その深淵を見た人間は未だにおらず、魔物も徘徊している危険な場所だ。
地上へと繋がる入口は全て厳重に監視もしくは封鎖されているが、今でも年に数カ所新しい入口や抜け道が見付かっている。
その特性上、裏社会の人間や犯罪者などもここに住み着いており、一般市民の立ち入りは堅く禁止されている。故に、王都で隠れ潜む場所と言えば……この【地下宮殿】がまず一番の候補に挙がるのだ。
レドもアリアも、そしておそらく騎士団も魔王がいるならばここだろうと推測したのだ。レドはきっとゼクス達も訪れているだろうと確信していた。
「さて、面倒事が起きなければいいが……」
「縁起でも無い」
こうしてレドとアリアという兄妹ペアの【地下宮殿】探索が始まった。
☆☆☆
【地下宮殿】
表層、【行灯交差路】付近。
「んーグリム、ほどほどにしときなさい。ただしきっちり殺しなさい」
「はーい」
ぐしゃり、という卵か何かが割れる音と共に、暗闇から現れたのは魔族の少女――グリムだった。その手は血で染まっており、手には頭蓋骨の破片がへばりついている。
その足下には騎士達の死体が横たわっていた。
「なんか増えてきたねー。やっぱりバレたんじゃない?」
「ふうむ……計算していたよりもずっと速いな。観測精度、それによる推測、そして行動。全て俺の計算以上の速さだ」
グリムに目線を向けず、手元のデバイスを操作しているのはグリムの父であり、魔王と呼ばれる存在――イグレスだ。着ているのはスーツと呼ばれる衣装であり、貴族達の着る服を簡素化させたような見た目だった。
「ね? だから言ったでしょ? 人間は馬鹿に出来ないって」
「ふむ……確かに。いやあ参った参った」
「どうするのー?」
「どうするもこうするも、あのデータをさっさと回収して脱出だよ。もたもたしていると、奴らが出てくるぞ」
イグレスはデバイスから顔を上げると、歩き出した。
「ほんとに来るかなあ?」
「来るさ。そういう【盟約】だからな。百年経とうが千年経とうが奴らはやってくる」
「めんどくさー。まあ古竜を直接相手するよりはマシだけど」
「なんて言っていると……お客さんだ」
イグレスは前からゆっくりと歩いてくる影を睨む。
「よーイグレス。よくもまあヌケヌケとここに顔出せたよなあ……最初は半信半疑だったぜ? いやいや、そんなまさかってな。そしたらよお……ほんとにいやがるとは。俺様びっくり!」
それは軽薄そうな空気を纏っている一人の男だった。じゃらじゃらとアクセサリーを付けているスキンヘッドの青年で、全身に隙間無くびっしりとタトゥーを入れている
その両手にはナイフを持っていた。
「噂をすれば……か。グリム、援護しろ。俺が出る」
「……あれが?」
「ああ。我ら魔族にとって真の敵である――竜族だ」
イグレスの言葉と同時に、スキンヘッド男が笑った。
「ギャハハハ!! 真の敵? 良く言うぜ出来損ない共が! 人にもなれず、竜にも至れなかったお前らが魔族なんて名前で呼ばれているのがちゃんちゃらおかしいぜ!! 欠陥品はここで死んどけ!!」
「……前時代の遺物が」
魔王イグレスとグリムの戦いが始まる。
マクラフィン兄妹はちょっと気まずいけど、なんやかんや思考は似ていたりします。
そしてやっぱり侵入者は魔王さんでした。
少しずつ魔族の謎や旧世界についても触れていきたいと思います。
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次話は8月24日(月)です




