75話:ガラントの酒場
「あれーレド先生は?」
冒険者ギルド竜学院支所兼講義室。
イザベルはいつまで経ってもレドが現れないので、隣で依頼の選別をしていたレダスへと声を掛けた。
「なんだよアリアさんに会わせてくださいって……んな依頼受けるかよ……。ん? レドか? 朝寮の前で会った時は、急に冒険者ギルド本部に呼び出されたとか言ってたぞ」
レダスは、生徒達から寄せられた依頼書を読んで、受ける受けないを決めながらそう答えた。いたずらだったり、無理難題が書かれているものは基本的に却下している。
「そっかー。ちぇー、相談事があったのに」
「相談事?」
「というより、リーク? 情報漏洩?」
「大丈夫なのかよそれ」
会話しながらも手を動かす二人。その時、講義室の扉が開いた。
「帰りましたよ。やれやれ、たかが害虫駆除に大騒ぎですよ」
「ジャイアントビーは、冒険者によっては苦労するから……」
入ってきたのは依頼を受けて動いていたニルンとヒナだった。ニルンはミスリル製の短杖を腰に差しており、ヒナはいつも通り刀一本だ。
表情を見ると、依頼は無事達成できたようだ。
「お疲れ様っ! ただの蜂の巣駆除じゃなかったっけ?」
イザベルのねぎらいの言葉を受けたニルンとヒナが、受け取った依頼料をイザベルへと渡した。
「どうも【地下宮殿】から出てきたはぐれジャイアントビーみたいでね。まあきっちり討伐しましたよ」
「ヒナが羽斬って……ニルンの魔術で燃やした」
「うんうん、二人とも強くなったね。ヒナちゃんは元々強かったけど……」
「ま、先生のおかげ……とでも言っておきますよ」
ニルンはレドが居ない事を確認したのちにそう言った。
「本人に言えば喜ぶぜ?」
「うるさいですね」
ニルンは達成した依頼の事後処理をはじめようと椅子に座った。
「ヒナは……次の依頼行ってくる」
「えっと、スシパーティの準備の手伝い……だっけ?」
「うん。最近嵐桜国料理が流行ってるらしいの……ヒナ、食べた事しかないけど……力になれるのかな?」
「まあ、見た目も分からねえ奴が作るよりは良いだろうさ」
レダスの言葉にイザベルも頷いた。
「珍しくレダスがまともな事を言いました! 頼られていると思って頑張ってください!」
「うん……がんばる」
ヒナはこくりと頷いて、また講義室から出て行った。
「しかしよー、依頼も増えたよなあ。レドの予想だと依頼は多くても週に1、2件程度だったろ?」
レダスは依頼書の山を見てため息を付いた。あの事件以降、生徒達の、自分達を見る目が変わったのは実感できていた。これまでは侮蔑、憐憫といった視線だったが、今は違う。
「合同訓練のおかげだね。おかげでレド先生は大変そうだけど。まあSランク冒険者だし余裕でしょ」
「だと良いけどな」
「心配してるのぉ?」
「してねえよ!」
「はいはい」
楽しそうに会話するレダスとイザベルに、ニルンが書類から顔を上げずに声を掛けた。
「それで、先生は?」
「ギルド本部に呼び出されたんだって!」
「なんつってたっけな……確か……“ガラントの酒場に行く”とか言ってたっけな。冒険者ギルド本部には酒場もあるんだな」
「聞いた事ありますね。あれは確か――」
☆☆☆
冒険者ギルド本部。
第一秘匿会議室――通称【ガラントの酒場】
そこはさして広い部屋ではなく、大きな円卓が一つ置かれているのみだ。円卓の上には酒やら料理が所狭しと置かれてあり、それを囲む椅子の一つにレドも座っていた。
「緊急招集なんて、何年ぶりだ? セインといい、レドといい、【聖狼竜】にはまともな奴がいねえのかよ」
レドの正面に座る、黒髪の巨漢が肉にかぶりつきながら視線をレドに送った。右手にはエールの入ったジョッキを持っている。
男の名は――ゼクス。Sランク冒険者であり、Sランクパーティ【薙ぎ払う大樹】のリーダーだ。
「【紅聖リュザン】に目を付けられた哀れな仔羊……ああ可哀想なレドちゃん……あたしが慰めてあげようか?」
ゼクスの隣に座る、ドレスを着た金髪の美女が蠱惑的な笑みを浮かべ、真っ赤なワインに口を付けた。
彼女の名は――イーリャ。彼女もまたSランク冒険者であり、非公式冒険者施設【孤楼館】の主である。
「……兄妹揃って、厄介事が好きなようだな。これだから冒険者は騎士に嫌われるんだよ。私の苦労も考えてほしい」
イーリャの横にはレドの妹であるアリアが座っており、更にその横には貴族服を身に纏い、顔には眼鏡を掛けた白髪の紳士が座っていた。紳士の名は――ディートリヒ・ハインツ・エルライン。貴族であるエルライン家の現当主であり、かつ自身もSランク冒険者である。彼は酒ではなく、紅茶を飲んでいる。
「私は……その場にいただけです」
アリアが不服そうにそう言って、エールを煽った。それぞれの冒険者の後ろには給仕が立っており、器が空き次第すぐに酒や紅茶が注がれた。
「そういうのを、厄介事に巻き込まれたって言うのよアリアちゃん? アリアちゃんならあたしが助けてあげる」
イーリャが楽しそうに笑っている。その目付きに性的な感情が込められている事を察したアリアは目を合わせようともしない。
「結構です」
「あら、冷たい」
「さっきから、黙って煙草吸って酒飲むしかしてない本人はどう考えているんだよ」
ゼクスの言葉にここまで黙っていたレドは、ため息を付いた。
「正直、すまないと思っている」
レドはそれぐらいしか言う事がなかった。
「すまないで済むかよ。下手したらシルル家に【血卓騎士団】まで冒険者ギルドの敵に回る可能性あるんだぜ? お前もなんか言えよ――ディル」
ゼクスがディートリヒの隣に座る、ずっと沈黙を保っていた青髪の青年へと話題を振った。
その青年の名は――ディル。元【聖狼竜】のメンバーであり……レドの元、仲間だ。
ディルは【聖狼竜】が解散後、自らパーティを立ち上げそれなりに活躍している事をレドも風の噂で聞いていた。
レドもディルと直接顔を合わすのはあの追放された時以来であり、お互いに何とも言えない複雑な気分だった。
「……頭まで筋肉で出来ているわけでもないだろゼクス。たかがシルル家……たかが【血卓騎士団】、そんなものに怯える奴がここにいるのか?」
ディルはレドには目線は一切向けずそう言い切った。
「はっ! 違いねえ! 騎士も貴族もクソ食らえだ」
ゼクスが凶暴な笑みを浮かべながら骨を吐き捨てた。
「やれやれ……貴族でありながら冒険者でもある私の身も鑑みてほしいが……まあその通りかと」
ディートリヒが優雅に笑った。
「これだから男は野蛮で嫌いなのよ……ま、そいつらがなんだろうが、あたしの城は崩れはしないわ」
イーリャが妖しく微笑んだ。
「結局……この場は何の為に設けられたの?」
アリアがもう帰りたいとばかりに、部屋の奥に佇む人物へと声を投げた。
「いやいや……皆さんにはまずはご歓談を……と思っていたんだけどね」
その人物は一見するとただの少年だ。赤い髪に青い瞳。黒いシンプルな服を着ている。
知らない人が見れば、彼は街中にいるごく普通の少年のようで、場違いに思えるだろう。しかし当然ながら、そんな少年がSランク冒険者が集うこの場に入れるわけがない。
「皆さんには、近々僕から緊急依頼を出したいと考えていてね」
少年が軽やかな声でそうその場にいた全員に告げた。
「おいおいおい……ギルドマスター自らの依頼だと?」
ゼクスの言葉に全員が頷いた。
そう、少年の名はアルマス。
彼は冒険者ギルド本部長――つまりギルドマスターであり、それは世界中にある冒険者ギルドのトップに君臨している事を意味する。
当然アルマスは見た目通りの年齢でも無いし、レドもこの場にいる全員も、彼が普通の人間ではない事に気付いている。
「……これはシルル家どころの話ではなさそうね」
「そうだよイーリャ。そんな事は些末な事だ。リュザンはめんどくさいだけで、表立って敵対はしないさ。精々レド君への嫌がらせぐらいじゃないかな?」
「ギルドマスター……俺はそれが一番困るんだが」
レドはしかめっ面でアルマスにそう返すが、アルマスは笑顔を浮かべるだけだった。
「ま、運が悪かったと思って遊んであげなレド君。上手くやれば気に入って貰えるかもよ?」
「それの方がもっと嫌だぞ……」
「ま、でもリュザンについては、関係していないとも限らないんだなこれが」
アルマスはゆっくりと円卓に近付き、誰も座っていない、ギルドマスター専用の席へと座った。
「さて……残念ながら全員が揃っている訳ではないが、王都にいるSランク冒険者の過半数はここに集まったね。では緊急依頼について詳しく説明しよう」
アルマスはそう言って、ワインに口を付けてから再び口を開いた。
それは――歴戦の冒険者であり、少々の事では驚かないSランク冒険者達に激震を走らせるに十分な言葉だった。
「魔王が王都に侵入した」
数秒間の沈黙の後、ゼクスが重々しく口を開いた。
「裏は取れているんだろうなギルドマスター」
「取れてなければ、この場はなかったのだろうけど……あたしもそれは聞かせてほしいわね」
イーリャの言葉にアルマスが頷いた。
「もちろん説明するよ。昨晩、リングウォール観測班より報告があって、一瞬だけノイズが走ったそうだ」
「ノイズ?」
アリアが首を傾げた。
「そう。その瞬間だけ、リングウォールが消えたそうだ」
「……ありえねえ」
ゼクスはこの場に全員の気持ちを代弁していた。
そう、王都を夜の間だけ囲う絶対防壁――リングウォールが消えるなどという事は本来ありえないのだ。これまで数百年この街を守ってきたリングウォールが一瞬とは言え、消えるなどあってはならない事だ。
「その割に……騒ぎにはなってないわね」
「そりゃあ、ほんとに一瞬だったからさ。視認すらできないだろうね。観測装置上でのみ確認できる程度の僅かな時間だよ」
「観測装置の故障という線はないのか?」
レドとしては、そちらの方が疑わしかった。
「十箇所にあるそれぞれ独立した観測装置が一斉に同じ記録を出しているんだよね。さて、それらが全部同時に故障もしくは誤作動を起こす確率はどれぐらいだろうね?」
「……限りなくゼロに近い、だな」
レドは認めるほかなかった。
「でもよ、その一瞬でどうやって侵入するんだ? そもそも魔王が侵入したっていう根拠はそれだけか?」
「そのノイズと同時に、未知の転移魔術による魔力波が観測された」
「おいおい、【転移陣】は全部監視しているはずだろ?」
ゼクスの言う通りで、王都内にある【転移陣】は全て厳重な監視下に置かれている。レドとシースが使った【転移陣】もそうだ。もしあそこで不審な動きをすれば、すぐに【血卓騎士団】が飛んでくる仕組みになっている。
「そうか……だから魔王か」
ディルの呟きに、ゼクスが視線を向けた。
「どういう事だよディル」
「僕が説明するよ。本来、転移魔術は【転移陣】を使わないと出来ないものだけど……それは我々に限った話で、本来の転移魔術は【転移陣】なんて必要ないんだ。もちろん、転移魔術はもうとうの昔に失われた魔術の一つだけど……魔王なら使用できる……かもしれない」
アルマスが言葉を濁した。まだ確証はない。だが、魔王の可能性が少しでもあるのならば……動かざるを得ないのだ。
なぜなら魔王討伐は冒険者ギルドに課せられた使命なのだ。もし万が一その動きを見逃していたら――その存在意義が問われてしまう。
「リングウォールの消失。未知の転移魔術。これらから推測される事は――リングウォールに干渉するほどの力、技術、知識を持ち、かつ古代の魔術を未だに受け継いで使用出来る者が、王都へと侵入を果たしたという事だ。疑える存在は二つ。一つは古竜。そしてもう一つが――」
「……魔王ね」
「そうだねイーリャ。古竜の可能性も十二分にあるんだけど……彼らはどちらかと言えばそういった小細工はせずに真っ正面から突破しそうな感じではある。そこについてはどう思うレド君?」
アルマスの問いにレドが答えた。
「ギルドマスターの考えで合っていると思う、俺は二体の古竜と出会ったが……あいつらは超越者だ。我々人間を、何とも思っていない。それにわざわざ王都に侵入してくる意図も不明だ」
「なるほど。でもそれを言えば、魔王だって王都に侵入する意図は不明さ。最近【黄昏派】の動きが活発だから、古竜の動きがないとは断言できないけど……わざわざ古竜が人間の為にこちらに出向いてくる事は考えにくい。であれば……魔王が侵入したと仮定した方が、安全だ」
「なるほど。で、俺らはどうすればいい?」
ゼクスが、いやゼクスだけではない。イーリャもディートリヒも笑みを浮かべていた。
ゼクスが言葉を続けた。
「さあ教えてくれよギルドマスター! 俺らはどうすればいい!!」
ゼクスの咆吼に、まるで命令を待つ飢えた猟犬を解き放つように、アルマスは答えた。
「Sランク冒険者限定でギルドマスターの名において緊急依頼を発令する――侵入した魔王と思わしき存在を滅せよ」
いっぱい新キャラ!
パパ魔王動いてます。
いよいよアレコレ動き始めます!Sランク冒険者は他にいますが、今回出てきた奴らが大体王都に常にいて、かつ実力者です。




