73話:赤き乱入者
「行きます!」
「……めんどくさ」
二人の騎士へとシースとアリアが同時に刃を振るった。
後ろで激突する音を聞きながら、レドは悠々と怒声を上げるゴトランドへと迫る。
「貴様、助っ人とは卑怯な!!」
怒りながらレドを指差すゴトランド。
「あん? あいつらも俺の教え子だよ。戦闘訓練は四対四ってだけで、控えと交代させる事が禁止だとは聞いていないが?」
「詭弁を! まあいい、まずは貴様からだ!」
「なあ、ゴトランド……なんでそんなにムキになる? 俺らみたいな奴なんざこれまでお前の視界には入ってこなかっただろ? こんなくだらない事に部下を動員させて、【血令】まで使いやがって。自分でもおかしいとは思わないのか?」
「黙れ! 貴様と貴様の生徒は吾輩を侮辱した! シルル家を侮辱した者には死を! それはこの国が始まってから今日まで続いてきた、絶対的なルールなのだ!」
踏み込みと共にゴトランドの剣がレドへと振り下ろされた。レドはそれをひょいと避けて、また口を開いて。
「ゴトランド、目を覚ませ。明らかにお前の行動は異常だ。何を吹き込まれた……何を仕込まれた?」
「死ね!」
ゴトランドが答えの代わりに剣を振った。
レドはそれをも躱し、ゴトランドを観察する。
先ほどまで放ってきていた巨大な斬撃は溜め時間があるせいか、接近戦では使えないようだ。ゴトランドの言動は馬鹿だが、剣筋は流石上級騎士だけあって鋭い。だがレドにとっては、ただそれだけだ。
「やれやれ……」
まあ部下の騎士の態度からして、おそらくゴトランドは騎士団にいた時もこんな感じだったのだろうが……どうにも腑に落ちないレドだった。レドはゴトランドの裏に、複数人が糸を引いているように感じて仕方がなかった。
「まあ、とりあえずその手に乗ってやるとしようか」
レドはそこで初めて、ゴトランドへと剣を振るう。
「軽いな! 鍛錬が足らんのではないか!?」
レドの曲剣はあっさりゴトランドの剣によって弾かれたが、レドは更に踏み込む。
「悪いが、俺は剣士じゃなくてね――【砂鉄塵】――【大地隆起】」
レドは嘯きながら、短剣で鋭くゴトランドの無防備に晒されている胸を突きつつ、無詠唱魔術を重ねた。ゴトランドは自分の背後にレドの魔術によって鉄混じりの砂壁が出来ている事に気もかけずに吼えた。
「惰弱!!」
ゴトランドは無理矢理戻した剣の腹でレドの突きを防ぐが、レドにとって結果は同じだった。
「とりあえずお前は大人しくしとけ――【引力】」
レドが魔術を発動、同時にゴトランドの背後にあった砂壁がバラバラに崩れる。
それは人の頭部程度の大きさの瓦礫の群れとなって、レドへと引き寄せられるように飛来。
当然、レドと砂壁の間にいたゴトランドを瓦礫が襲った。
「ぬおおお!!」
ゴトランドは振り返りながら剣で飛来する瓦礫を弾こうとするが、数が多い上に、既に眼前にまで迫っていたそれらを防げる手立てはなかった。
「ぐはっ!」
瓦礫がゴトランドの身体へと突き刺さる。その隙にレドは赤い曲剣をゴトランドの足の腱へと振るった。
「き、貴様!」
瓦礫が刺さった上半身や頭から血を流しながらゴトランドが腱を斬られ、立っていられずに床へと落ちた。
「お前はもう寝てろ」
レドは床に這いつくばり、憤怒の表情でこちらを見上げるゴトランドへとそう告げて、短剣を向けた。
「貴様だけは許さ――」
「【砂棺葬送】」
辺りに散らばった瓦礫と、ゴトランドの身体に刺さったままの瓦礫が一瞬で砂塵へと分解され、ゴトランドの身体を覆っていく。
「や、やめ――」
ゴトランドは懇願を最後まで言い終える事なく、その身体は砂に覆われそのまま石化した。
背後で金属音が聞こえレドが振り返ると、シースによってコリーヴのメイスが弾かれて、その喉元に斧剣が突きつけられていた。レッカンの方のハルバードはアリアのまるで氷のような薙刀の刃によって真っ二つに切断されている。
両騎士共に両手を挙げて降参したという意思表示をしており、観客席の戦闘も収まったところを見ると、どうやらゴトランドの【血令】は解かれたようだ。
「参った参った……まさか新進気鋭の冒険者と戦う羽目になるとは。いやあこりゃ勝てん」
「……流石はSランク冒険者だ、俺の完敗だ」
コリーヴとレッカンは負けたにも関わらずシースとアリアを褒め称えていた。
シースは斧剣をまだ構えたまま、レドの元へと駆け寄った。アリアは薙刀を握ったまま静観している。
「……師匠、その人……殺したんですか」
石化したゴトランドを見て、そうシースが尋ねた。シースの声に甘さはなかった。だが、レドは肩をすくめてそれに答える。
「まさか。こいつを殺したら間違いなくこれ以上の面倒が山ほど降ってくる。一時的に石化させてはいるが、解除すれば息を吹き戻すさ」
「なるほど……僕、正直何が何やらさっぱりですけど……力になれたでしょうか?」
「もちろんだ。助かったよシース。忙しいのにすまなかったな」
「いえ! 師匠の為ならいつでも馳せ――」
シースがにこやかに喋っている途中で、騒がしい一段が観客席からレドの傍へと飛び込んで来た。
「レド先生凄い! 流石!」
「ゴトランドが雑魚に見えたな……まあちょっとは認めてやらんでもない……かな」
「……まだ本気出してなさそうですけどね」
「昨日の手合わせ……手を抜いてた?」
それはイザベル達だった。見れば制服が破れてたり、軽傷を負っていたりするが、全員元気なようだ。
観客席にいた竜学院の制服を着た騎士らしき男達も両手を挙げている。どうやら生徒に紛れる為に彼らは武器を装備していなかったようだ。
素手とはいえ、現役騎士相手に戦えたのは立派だと感じたレドは一応褒める事にした。
「お前らも良くやった。とりあえず今回の騒動についてお前らには何ら関係のない事だから、心配はしなくていい」
「それよりレド先生! この子は?」
イザベルが興味津々という顔で、少し頬を膨らませて拗ねているシースへと視線を向けた。
「ん? ああ、俺の弟子シースだ。こう見えてAランクだし、お前らより遙かに強いぞ」
その言葉を聞いて、シースが再び笑顔になった。
「シースです! 師匠がお世話になってます!」
「こちらこそ、レド先生がお世話になりました!」
「こんなちっこいのに本当に強いのか?」
「レダスがボコボコにされたあの騎士に勝ってますからね。そりゃ強いですよ」
「……手合わせ、しよ」
「えーっと……手合わせはまた今度?」
イザベル達と仲良く喋るシース達を見てレドはため息をつくと、アリアの方へと歩もうとした。
彼女にも聞かないといけない事がある。レドは今回の騒動の裏側については今後の学園生活の為にも調べる必要があると感じていた。
だが、その歩みは、突如上から降ってきた声によって止まってしまった。
「おいおいおい……なに温い事してんの、冒険者?」
全員が、その存在に気付かなかった。
全員が、その存在に気付いた時には――その赤い乱入者は既に地面に降り立っており、ふわりとその無造作に伸ばした赤い髪が揺れた。
「ダメだろ……全然ダメ。不合格だわ、冒険者。石化なんて温い事せずにスパッといけよ。なに大人ぶってんだよ。いいか、こうやるんだ」
「えっ?」
石化したゴトランドのすぐ傍に立っていたシースですら、それに反応が出来たのは、ゴトランドの頭が音を立てて床へと落ちた後だった。
それは、ゴトランドの死を意味していた。
その赤い乱入者はいつの間にか背負っていた大剣を抜刀しており、そして既にそれを振り抜いていたのだ。
「嘘……何も……見えなかった」
シースが愕然とした様子で、その赤い乱入者を見つめた。シースの目を持ってしても着地、抜刀の動きが見えなかった。
「馬鹿な……なぜ……ここに……【紅聖リュザン】が……」
レドは思考が完全止まってしまった。レドは勿論その赤い乱入者――リュザンの事を知っていた。いや、知らない者は王都にはいないほどだ。
建国者【賢聖ベリド】直系の血筋であるランドベリ家現当主であり、【血卓騎士団】の騎士団長。
このディランザル王国において、王族に比肩するほどの立場にいる男であり、また騎士としても歴代最強とも言われているほどだ。権力、武力共に最高峰であり、逆らう事はつまり死を意味する存在だ。
レドは混乱しながら必至になんとか頭を回転させはじめた。
なぜ、こいつがこんなところにいるんだ? しかもなぜ、部下であるはずのゴトランドを殺した?
分からない。分からないが、とにかく状況が限りなく最悪の方向へと向かっている事だけは分かった。
コリーヴやレッカンや観客席の騎士達は皆膝を付き、頭をリュザンへと向けて垂れていた。
しかし、その顔や態度を見るに、騎士団長の登場を予期していたとはとても思えない。
「馬鹿の最期を楽しみにちょっと顔を出してみたら、これだぜ? Sランクが二人、Aランクが一人いながら、ゴトランド如きもきっちり殺せないとか、それでもお前ら冒険者かよ」
リュザンが小馬鹿にしたような声で喋りながら、レドへと歩み寄る。それをシース含め誰も止める事が出来なかった。否、止めようとする気さえ出なかった。
シースは自分の足が動かない事に唖然としていた。それが、恐怖だという事をシースは認めたくなかった。
レドはまっすぐに近付いてくるリュザンから目を離さなかった。
既に攻防は始まっている。下手な受け答えをすれば……待っているのは明確な死だ。
「殺す必要はなかった……はずだ」
「お前、俺が思っていたより全然甘ちゃんだな。敵はきっちり殺しておかないと後ろから刺されるぜ?」
へらへらと笑いながらリュザンが指で首を切る真似をした。
「そいつは確かにどうしようもない馬鹿だが、殺すほどの事はしていないだろ?」
「お前の生徒、この馬鹿に殺されそうだったぜ?」
「仮にそうだとしても、それを裁く権利は俺達にはない。冒険者は軍人や騎士とは違う。人殺しは管轄外だ」
レドはすぐ目の前にまで迫ったリュザンを睨みながらそう言い切った。
「俺を前に言うよねえ。ま、確かに冒険者ギルドも人に危害を加える系の依頼は受け付けないもんなあ」
「当たり前だ。我々には守るべき法もある」
「ほら、俺とか騎士団とかはさ、権力で大体どうにかなっちゃうから、そういう法令遵守の意識がつい薄くなっちゃうのよねえ……」
冗談っぽく言うリュザンだが、それが本音である事はレドにも分かった。
「何が……目的だ。この騒動、あんたも裏で糸を引いているのは分かっている」
「あ、気付いた? 俺以外の奴にも気付いている辺りは流石だねえ。ミラゼルちゃんも一目置いてるわけだ」
「……話す気はないのか」
「力ずくで聞き出すって手もあるぜ? SランクとAランクの三人で掛かってくれば……流石の俺も剣を使わないといけないしな。お前一人なら、素手で十分だが」
そう言って、リュザンが笑いながら大剣の先端を地面に突き立てた。鈍色の刃に不規則な赤い回路が走っており、不気味に発光している。
「……【紅聖リュザン】に刃を向けるほど俺も馬鹿じゃない。なるほど……それがあんたの手法か」
レドは深く息を吸って、吐いた。落ち着け、冷静になるんだ。
この男はわざとこちらを煽って、刃を向けさせようとしている。そうすれば、正当防衛になり仮にこちらが死んでも事故扱いで終わるだろう。
嫌な奴だ。
レドは心からこの男が好きになれなかった。
「ふうむ……しかしここで殺すよりも……生かした方が面白そうなんだよなあ、お前。どんだけ厄介事を背負っているんだ?」
「それは光栄だ。俺も死ぬのはあまり好きじゃなくてね。出来ればこの厄介事そっくりそのままあんたに渡したいぐらいだが?」
「俺相手にそういう口を利く奴はあんまりいねえから、なんか新鮮だわ。うっし、じゃあお前ら撤収~」
リュザンはパンパンと手を叩くと、地面を蹴って跳躍。あっという間に観客席上部に着地するとそのままスタスタと上の出口へと向かっていった。
騎士達が無言でその後に続いていく。
場に残されたのは、レド達と、ゴトランドの死体だけだった。
「ふぅぅ……死ぬかと思ったぞ」
「……リュザンに喧嘩売るとか自殺する気? 」
レドの呟きに対し辛辣に返したアリアの言葉でようやく、それ以外の全員が動き始めた。
「むう……今の赤毛のおっさん誰? やばい人なのは分かったけど」
「ヒナも……知らない。けど多分凄く強い。誰よりも……強い」
女子同士で顔を合わせて首を捻った。それに対し、レダスが声を荒げた。
「なんでお前ら知らねえんだよ!【血卓騎士団】の団長だぞ! 世界最強の男だぞ! なんか……思ってたよりも軽いというか……なんか嫌な奴だったけど……」
「魔術を使った様子もないですし……不可解だ」
ニルンは不思議そうにリュザンの行動について分析するも、分かった事は、何も分からないという事だけだった。
「師匠……今の人……」
「……いいか、シース。あいつとは今後絶対に関わるな。喋るな、見るな、絶対に敵対するな」
「はい。あの人、多分古竜レベルの強さですよ。人の身でどうやってあそこまで……」
「……嫌すぎる奴に目を付けられた気がするよまったく……さて……面倒なのはこれからだな」
レドはゴトランドの死体と、リュザンが去っていった出口を見て、ため息を付いたのだった。
こうして合同戦闘訓練は赤き乱入者によって終わりを迎えたのだった。
ゴトランドせんせえええええ!!!
というわけで、ゴトランドさん退場です。
作中にもありましたが、冒険者と騎士の間にある最も明確な差は、殺人が合法か否かです。
冒険者には、それなりの特例や特権が存在しますがそれでも犯罪を犯せばそっこうで捕まりますし、人を殺せば処罰されます。犯罪を犯した冒険者は、当然国や街の警察的な者や軍人、王国であれば騎士に追われますが、それ以外にも冒険者ギルド直属のやべー奴らであるギルドナイトにも追われます。
騎士団は本来、秩序を保つ、犯罪者を処罰するといった機能を持っている為、冒険者と違い殺人が許されるパターンがあります。その特例の拡大解釈がどうやら問題なようで……まあまた作中で語りたいと思います。
次話からイザベル達による依頼受付がスタートすると同時にレドさんがいつも如く厄介事に巻き込まれていきます
次話は8月17日(月)の18時更新予定です!
感想疑問、いつでも何度でもお気軽に!
新作はじめました!
異海のルインダイバー https://ncode.syosetu.com/n1880gl/
ローファンですが、この作品を楽しんでいただける方には強くおすすめ出来る作品です!更新までの時間に良ければ是非読んでくださいね!