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72話:助っ人二人


 王立竜学院内学院長室。


「困るのお……本学院内でこういう事をされるのは。これは……儂へと宣戦布告とみなすぞ」

「まあ、そう言うなアイゼン。俺もあいつには苦労しているんだ。()()()()()()()()()()()()()()()()()


 学院長であるアイゼンの前にあるデスクに片尻を乗せて座っているのは、軽薄そうな雰囲気を纏った男だった。赤色の伸ばしっぱなしの髪に無精髭とだらしない顔付きだが、身に纏っているのは【血卓騎士団(ブラッドナイツ)】の正装である騎士装束であり、背中には大剣を背負っていた。


 アイゼンと対等に喋るその男の名は、リュザン・ソル・ランドベリ。大貴族【古き血】の一つであるランドベリ家の現当主であり、【血卓騎士団(ブラッドナイツ)】の騎士団長を務めている男である。


 そんなリュザンに露骨に嫌そうな顔をするアイゼンが口を開いた。


「シルル家が黙っておらんだろ……処分するのはいいが、誰にさせる気なのかのお……」

「あん? なんだよ。その為にわざわざSランク冒険者なんて引っ張って来たんだろ? 冒険者ギルドからの派遣講師……()()()()()()()じゃねえか」

「……儂が呼んだわけではない。貴様の部下もな」


 アイゼンの言葉にリュザンが笑った。


「まあまあ……とにかく、あんたと竜学院自体にはダメージはないって事だけは俺が保証してやんよ」

「しかしそう都合良く事が運ぶかのお……」

「なあに、既に仕込み済みよ。あとはあいつが俺の予想通りの馬鹿であれば全て上手くいく。まあ多少は死傷者が出るかもしれねえが……()()()()()()()()がいるから問題ないだろ」

「……なぜそれを」


 アイゼンがリュザンを睨む。


「アイゼンよお……お前ちと()()()()()()()()()()()? もういい加減くたばっとけ。じゃあ俺は帰るわ!」


 言うだけ言って、リュザンはアイゼンを置き去りに部屋を出て行く。


 リュザンが扉を閉めたあと、学院長室からデスクを叩く音を聞こえた。


「ふん……どこもかしこも老いぼれだらけだ」


 リュザンの独り言は誰にも聞かれる事なく、廊下に響いた。


 

☆☆☆



「イザベル!!」


 ようやく立ち上がったニルンがイザベルへと駆け寄る。ヒナはじりじりと間合いを測りながら青騎士と睨み合っているが、レダスとイザベルが気になって集中出来ていなかった。


 壁際のレドの近くまで転がってきていたレダスは死期を悟ったかのようにレドを見上げた。


「ううう……くそ痛え……俺……死ぬのか……?」

「……アホ、メイスが当たった部分をよく見ろ」

「へ?」


 レダスは恐る恐る、あの刺々しいメイスが刺さった脇腹を見るが――そこには傷一つどころか制服すら破れていなかった。


「あれ?」


 駆け寄ったニルンの目の前でイザベルが立ち上がった。


「馬鹿な!! 確かに、ハルバードの刃があの女の首へと叩き込まれたはずだ!! 生きているなど有り得ん!!」


 ゴトランドが叫ぶ。


「いやいや……子供相手なんですから……そりゃあ【刃引(エッジレス)】ぐらいは掛けますよ」

「とはいえ、衝撃はそれなりに通るから、傷がないだけで痛みは多少あるが」


 騎士達がゴトランドの言葉を聞いて呆れたような声を上げた。


 【刃引(エッジレス)】、それは模擬戦などの際に使われる付与魔術で、簡単に言えばこの魔術を付与されると、その武器の殺傷能力は抑えられ、物体に当てても衝撃だけしか加わらないようになる。

 

 これを武器に付与さえしておけば、怪我の心配をする事なく本格的な戦闘訓練が出来るので騎士達の間ではよく使われていた。


 レドはこの魔術については知識はあったが、実際に見たのは初めてだった。見た瞬間にそれだと分かったので、レドは騎士達にイザベル達を傷付ける意志がない事に気付き、警戒を解いたのだ。

 

「んで、ゴトランド隊長、まだこの茶番いつまで続けるんですか?」


 青騎士がめんどくさそうにメイスを肩に担ぎながらそうゴトランドに問いかけた。


「生徒同士の実力で言えば、向こうの生徒四人の方が上だろう。騎士見習いのレベルが下がっているな……嘆かわしい」


 赤騎士がハルバードを床に立ててそう言い切った。


「コリーヴ!! レッカン!! 貴様ら!! 手加減せず殺せと言っただろうが!! それでも【血卓騎士団(ブラッドナイツ)】の一員か! 首を出せ! 吾輩が叩き斬ってやる!!」


 怒声を上げてゴトランドは剣を抜いた。


「いやいや……ゴトランド隊長……子供の喧嘩に俺らを引っ張ってこられても迷惑ですよ……」


 青騎士――コリーヴがそれを見てため息をついた。


「義理は果たした。これ以上付き合う必要はないと思うが?」


 赤騎士――レッカンがその隣で頷く。


「……貴様ら……吾輩は……吾輩は……!」


 ゴトランドが赤を通り越して顔を青くして身体を震わせた。


「ええっと……仲間割れ?」

「……どうやら向こうはとんでもない助っ人を用意していたみたいですよ」

「痛つつ……今の話がほんとなら……その二人は生徒じゃなくて騎士って事か?」

「……強いの納得」


 とりあえず固まって武器を構えるものの、どうしたらいいか分からないイザベル達。レドはため息をついて、この場を終わらせようと壁から背を離した。


 しかしレドは次のゴトランドの言葉を聞いて、思わず足を止めてしまったのだった。


「……もう良い。これは吾輩……ひいてはシルル家への侮辱と受け取った……吾輩は! 【血卓騎士団(ブラッドナイツ)】第三騎士隊長、ゴトランド・ディザ・シルルの名に置いて【血令(けつれい)】を下す!! ”あの四人と忌々しい冒険者を殺せ”」


 レドは耳を疑ってしまった。【血令】という言葉もそうだが、それがよりにもよってこんな馬鹿の口から吐かれた言葉なのが信じられなかった。


 【血令】とは【血卓騎士団(ブラッドナイツ)】に置いては、何よりも優先される命令であり、それに背く事はつまり騎士団に背く事になる。【血卓騎士団(ブラッドナイツ)】に入団する際に必ず交わされる契約魔術に含まれており、騎士達はひとたびこれを発令されると自分の意志とは無関係に従わざるを得なくなるのだ。


 それだけの事もあり、これを発令出来るのは【血卓騎士団(ブラッドナイツ)】の中でも一握りの上級騎士だけであり、みだりに使える物では決してないはずだ。


 そんな発令権をこの馬鹿に与えたのか? レドにはにわかに信じがたい事だった。


「いやいや……隊長……落ち着いてくださいよ。【血令】って……そもそも隊長それ使えないで――嘘だろ?」

「ゴトランド隊長、冷静になれ。たかが訓練だ……っ!? 馬鹿な!!」

「【血令】は絶対……そうだろ? ふははは!! 感謝するぞ()()よ!」


 ニヤリと笑うゴトランド。

 コリーヴ達が言葉とは裏腹に武器を構えて、イザベル達へと向かってくる。既に【刃引(エッジレス)】は解除されていた。


「……お前ら……逃げろ……!」

「手加減……出来ん……早く!」


 騎士達の絞り出したような声と正反対に、その動きには殺気が纏っていた。レドはコリーヴ達が本気でイザベル達を殺しに来ているのが分かった。


「フハハ!! こうなったら吾輩自ら手を下してやろう!! 何、屑が数人死んだところで……シルル家の前では些事に過ぎぬ」


 ゴトランドが高笑いし剣を掲げた。


「ここまでの大馬鹿野郎だったとはな……お前ら下がれ!」


 レドが抜刀しつつイザベル達の前へと躍り出た。


「でも!」


 イザベルがまだ戦えるとばかりに声を上がるが、レドは首を横に振った。


「観客席にいる無関係の生徒をすぐにここから避難させろ! もう訓練じゃなくなってる。騎士が他にも紛れている可能性があるから十分に気を付けろ!」

「……分かりました。だけどレド先生は?」


 イザベル達の心配そうな表情を見て、レドは笑みを浮かべた。


「心配すんな、後は任せとけ」


 レドは地面を蹴って、加速。迫るコリーヴへ青い短剣を突き出した。


「【大地隆起(ガイア・リッジ)】」


 コリーヴの足下の床が隆起する。しかしコリーヴは逆にそれを蹴って、跳躍。


「逃げ場があるとでも?」


 レドが短剣を空中にいるコリーヴへと向けた。


「【血令】には逆らえぬ! 貴様も逃げろ!」


 魔術を撃とうとするレドに、レッカンがそう言いながらも的確にレドの胸を狙ってハルバードを突き、魔術行使を妨害。


「流石に騎士だけあって対応が早いな!」


 魔術を諦めて、レドは赤い曲剣で迫るハルバードを弾いた。その重い一撃を受け、レドはイザベルは良く奮闘したと感心していた。


「ふんぬうううううう!! 【大地裂き】!!」


 レドは奥から発せられている殺気を感じ、大きくサイドステップ。


 レドと同じように左右に避けたコリーヴとレッカンの間から巨大な斬撃が振り下ろされた。


 衝撃と破砕音が響き、訓練場の床がまるで引き裂かれたかのように切断されている。


 それを放ったゴトランドが再び剣を掲げた。


「仲間ごと斬る気かよあの馬鹿!!」


 訓練場に施されている防護魔術のおかげで観客席に被害はないが、無ければ今頃観客席に甚大な被害を及ぼしていただろう。


 左右から迫るコリーヴとレッカン。そして後ろから敵味方関係なく巨大な斬撃を放ってくるゴトランド。


 それはレドを以てしても厄介な敵だった。


「騎士三人同時はちと厳しいか……やれやれこの手は使いたくなかったんだがな」


 レドは、チラリと観客席へと視線を向けた。


 制服を着た金髪の少女がこちらへと疾走しているのが見え、それと別方向からも茶色の髪の女生徒らしき者が走ってきているのが一瞬見えた。


「あれは……?」

 

 前者はレドの要請通りに動いてくれている人物であり、レドとしては問題ないのだが……後者はレドも想定していない人物だった。


 何となく見覚えはあるが……もしその記憶が合っていれば、なぜこんなところに彼女がいるのかがレドには分からなかった。


 レドがそっちに意識を取られた瞬間を狙ってコリーヴが接近。メイスを下から掬うようにレドへと振り上げた。


「まともにやり合う気はない!」


 レドは剣で受けずにバックステップ。あんな物をまともに剣で受けたらロクな事にならない事をレドは良く知っていた。


 しかしそれを読んでいたレッカンがハルバードを既にその位置へと置くように振っていた。


「連携は一流だな!」


 お互いの武器のリーチ、そして相手の挙動を把握した良い連携だ。


 レドはギリギリそれを躱し、サイドステップ。ゴトランドの動きが読めない分そっちに注意を割かなければならず、中々目の前の二人に集中出来ない。更に下手な魔術行使は読まれてすぐに間合いを詰められるので安易には使用出来ない。


 いずれにせよ、【血令】を発動させたゴトランドを何とかしない事にはどうにもならない。見れば、観客席でも戦闘が始まっていた。おそらく観客席にゴトランドが潜ませていた騎士がイザベル達を狙ったのだろう。


 しかしそこでレドはふと、この状況に強烈な違和感を覚えた。


 たかが生徒同士の合同訓練なのに……なぜかやけにゴトランド側が本気である。

 勝つために無理矢理部下の騎士を生徒として決闘に出すまでは百歩譲って分かるとしても、ここまで大事にして観客席にまで騎士を配置するのは少しやり過ぎではないだろうか?


 しかし、レドにはそれ以上思考する暇は与えては貰えなかった。


 コリーヴとレッカンがまるで操られた二対の剣のようにレドに迫って来る。レドはハルバードとメイスの連撃を躱しつつ、なんとか致命傷を食らわないように動くが、その一瞬の隙を見計らったゴトランドの斬撃がレドへと振り下ろされた。


 レドは決して前衛に特化しているわけではないので、そもそも前衛を本職とする騎士二人を相手するのは無理があった。それを経験と勘で何とか押さえ込んでいたが、ゴトランドの介入までは防ぎきれない。


 だが、既にレドはゴトランドの斬撃を防ごうとすらしていなかった。


 観客席から飛び出してくる影が二つ。


「【永久氷墓(カザニス)】!!」

「……【氷刃絶壁(アイスエッジ・リッズ)】」


 レドの前に巨大な氷の牙と壁がそそり立ち、ゴトランドの斬撃を防ぎ、砕け散った。


 舞い散る氷と共に、レドに前に降り立ったのは斧剣を手に持つ竜学院の制服を身に纏った金髪の少女――シースだった。


「師匠! お待たせしました!」


 そんなシースの横に着地したのは、薙刀と呼ばれる特殊な長柄武器を手に持った、ショートカットにした茶髪の女生徒だった。


「……助けるつもりはなかったけど……これも依頼だから……」


 その姿を見た、未だに避難しようとしない男子生徒の一人が声を上げた。


「お、おい! 見ろ! あれ!  Sランク冒険者の【雪薙ぎのアリア】じゃね!? やべえええ実物めっちゃかわえええええ!!」

「は? まじで? え? うちの卒業生だろ? なんで制服を? いや可愛いけど……」


 その言葉を聞いて、一瞬その女生徒が頬を赤らめたのをレドは見逃さなかった。


「なんか分からんが助太刀してくれるって事でいいのか?」

「……しゃあなしで助ける」


 そう短くその女生徒――アリアが答えた。


「そうか。助かる」

「あれ? 師匠は彼女にも依頼したんじゃないんですか?」


 シースがアリアを不思議そうに見つめた。てっきりと自分と同じように師匠に頼まれてここにいるのかと思っていた。


「いや俺が仕込んだのはお前だけだが……まあいい、とにかく今はこいつらを倒すのが先決だ! 二人は騎士を! 奥のあのアホは俺が倒す」


 こうして、高位ランク冒険者三人対騎士三人の戦闘が始まったのだった。


制服姿のシースちゃん!!

というわけで、三章そして今後の展開にも大きく絡んでくるリュザンさんの登場です!


そこ! リュザンの事、赤レドって呼ぶのやめーや。冗談はともかく、ランドベリ家は唯一未だに建国者である【賢聖ベリド】の血筋を守っている家系であり、王族とはまた別の特権階級です。今の所、登場人物の中では、人類社会において一番地位が高い人物です。


そして、名前だけちらっと登場していたSランク冒険者のアリアちゃんもここで登場です。なぜこの場にいたのか? 依頼とは何か?

その辺りはまた作中で語りたいと思います


次話ですが8月14日(金)の18時になります! お楽しみに!

感想、質問、ツッコミ、お気軽にどうぞ!

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新作! 隠居したい元Sランク冒険者のおっさんとドラゴン娘が繰り広げる規格外なスローライフ!

「先日救っていただいたドラゴンです」と押しかけ女房してきた美少女と、それに困っている、隠居した元Sランクオッサン冒険者による辺境スローライフ



興味ある方は是非読んでみてください!
― 新着の感想 ―
[一言] ???「ゴトランド?……お前如きにそんな上等な名前はいらないねぇ………………お前には、《ゴミ》と言う名で十分だろう?」
[気になる点] インチョーおじいちゃん、 煽られて激おこプンプン丸٩(๑`^´๑)۶ですか? ウラがありそうな二人の会話で きな臭さしかないですね。 [一言] うわー 大衆の面前で「生徒を殺せ」 しか…
[一言] え?次回制服姿のシースの姿絵公開?と聞いてw
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