71話:戦闘開始
「僕らだけで十分ですよ……あんな雑魚ども」
「流石リグニン様! 先輩方の手を煩わせるわけにはいかないで――痛っ!」
戦闘態勢を取っているイザベル達の前に二人の男子――リグニンとノクラがそれぞれのロングソードを構えて悠然と歩み出てきた。
金髪碧眼のリグニンが手甲で、黒髪のノクラの胸を叩いた。
「馬鹿野郎。余計な事は喋るな」
「す、すみません!」
レドはヘルムで表情は見えないが残る二人を観察した。メイスを持っている方は全体的に青い鎧を纏っており、ハルバードを持つ騎士の鎧は赤かった。二人とも見た目ではなく、性能で装備を選んでいる事がレドには分かり、おそらく素人ではない。大方ゴトランドの部下の現役騎士辺りだろうと推測する。
どうやらその赤騎士と青騎士は戦いに参加するそぶりはなく、リグニン達の戦いを見守る形のようだ。まるで、リグニン達が負けたところで自分には関係ないとばかりに。
レドはとりあえずいつでも飛び出せるように身構えつつイザベル達を見守る事にした。
「舐めてやがるな」
「むしろ好都合です」
リグニン達二人だけで戦う気なのを見たレダスが憤るも、ニルンは冷静に前の二人を見据えた。
リグニンは豪奢なアーマーにこれまたゴテゴテと装飾のついたロングソード。ただし、刀身に陽炎がゆらめいているのを見る限り、ただの剣ではなさそうだ。
ノクラはそれよりも地味めなアーマーに青い光りを放つショートソードだが、右手にはカイトシールドを装備していた。
「行くぞノクラ、僕の援護をしろ!」
「は、はい!」
リグニンが笑みを浮かべ、イザベルの方へと駆けていく。この四人の中でいちばん弱そうだとリグニンは判断したからだ。
イザベルは左手でダガーを抜いて構えた。右手を引き、左手のダガーを身体の前方に持ってきており、見ている者にはまるで獲物を待ち構えている獣のような印象を与えた。
「……あの構え、見覚えがあるな」
「あれはリオートの姫らしいぞ。ならばおそらく……」
もはや観戦者の一部となっていた騎士達二人がイザベルを見て、感心したように呟いた。
しかしその声はリグニンに届く事はなく、彼はただがむしゃらに剣をイザベルへと振る。その剣はにわかに熱を帯び、赤く発光。
レドは、おそらく高熱魔術が付与された武器だと見抜いた。一見地味だが、熱に弱い素材の武具なら易々と切り裂く上に、身体に直接当たれば、切り傷だけではすまない。かなり厄介な能力だ。
しかし、幼い頃から剣術を嗜んでいるはずのそのリグニンの剣閃は、レドから見てもあまりに粗雑だった。明らかに振り慣れていない武器を無理矢理使っているようにしか見えない。
「レド先生に比べて、遅すぎ!」
イザベルは待ってましたとばかりに左手のダガーで、リグニンのロングソードを弾く。鳴り響くのは軽やかな金属音。
「へ?」
目の前の女子にあっけなく剣を上へと弾かれて、がら空きになったリグニンの胴に――イザベルの手甲を纏った右拳が突き刺さった。
その瞬間にイザベルの手甲が微かに発光したのを、レドと騎士達は見逃さなかった。
「ガハア!!」
女子の膂力から放たれたとは思えないその重い一撃に思わず後ろに数歩引いてしまったリグニン。
アーマーが割れてしまったかと錯角するほどで、リグニンは思わず自分の腹部を確認したが、特に傷などはなかった。しかし、その隙を見逃すニルンではない。
「隙あり!」
盾を構えながら詰めてきたニルンが鋭い突きをリグニンへと放ち、同時にイザベルはバックステップ。
「リグニン様!」
飛び出してきたノクラがカイトシールドでそれを防ぐ。
「くそ、あの女! ぶっ殺す!!」
後ろで吼えるリグニンに、赤い疾風が迫る。
「させねえよばーか!」
前傾姿勢で、だらりと下げた両手にダガーを構えたレダスがリグニンを強襲。
「なっ!?」
低い位置からの速い一撃に何とか反応できたリグニンがレダスから放たれる連撃を捌いていく。
「獣ふぜいがあああ!! 調子に乗るなあああ!!!」
最初は速さに圧倒されたものの、一撃一撃の攻撃が軽い事に気付いたリグニンは無理矢理ロングソードによる横斬りをその中に割り込ませた。
「当たらねえよ!」
しかしそれを読んでいたレダスは跳躍。横なぎの剣を回避しつつ蹴りをリグニンへと叩き込み、そのまま宙返りしつつ後退。
「この僕を足蹴にするとは貴様! 万死に値す――」
レダスと交代するようにリグニンに迫るのは、まだ抜刀すらせずに疾走するヒナ。その左手は鞘を、右手は柄を握っている。
「“零れ数え歌――」
リグニンは初めてそこで、殺気というものが本質的に何であるかを悟った。
「ひっ!」
目の前で鞘から抜刀し、その勢いのまま刀を振るうヒナを見て、リグニンは防御をする事すら出来なかった。
「ま、待ってく――」
「――緋天”」
リグニンに出来たのは、手で顔を庇うという無意識の防御反応ぐらいだった。
金属音と火花が散りつつ、首を狙い澄ましたヒナの一閃でリグニンの腕が弾かれた。同時にリグニンは手に持つ剣を床へと落としてしまう。
「“弐殺――散華”」
流れるようなヒナの連撃が止まらない。リグニンのアーマーがまるで紙切れのように切断されていく。
「うわああ止めろおおおお!!」
「リグニン様!」
防御重視のニルンを攻めきれずにいたノクラが、思わずリグニンの方へと視線を向けた。
その瞬間にヒナがリグニンの横を通り抜けると共に最後の一撃を放った。
「――死獄”」
ヒナの後ろで、リグニンが床へと膝を付いた。その瞬間に、まるで手品のようにリグニンが着ていたアーマーだけがバラバラと床へと落ちる。見れば、リグニン自体には傷一つ付いていない。
彼の周囲に散らばるのは、滑らかな切断面を見せる鎧の残骸だ。
「馬鹿な!! あれは吾輩が下賜したアダマンタイトを含んでいる最高級のアーマーだぞ!!」
それを見たゴトランドが吼える。その表情から、リグニンよりも鎧の方を心配しているようにレドには受け取れた。
「やはりあの姫は【氷の手】の使い手か。厄介だな」
「動きはまだ荒い。食らわなければいいだけだ」
その言葉をイザベルは聞いて、一回使っただけで自分の技を見抜かれた事に内心驚いていた。
金属加工の聖地であるリオートで生まれ、発展した戦闘術【氷の手】とは簡単言えば、防御、カウンター特化の戦闘術である。
パリングダガーを左手に、右手にはリオート独特の手甲である【氷の手】を装備するのが特徴であり、それがこの戦闘術の名前の由来となった。
ただのカウンター特化の戦闘術ならばありふれているが、【氷の手】の厄介なところはその手甲の能力にあった。リオート独特のこの手甲は元々金属加工の為に使われる物であり、触れた金属を変性させる事が出来る。つまりひとたびそれを食らってしまえば、武具の素材によっては簡単に壊されてしまう。
故に別名は【金属破壊】
更にイザベルは【氷の手】の中でも最高の性能を誇る【鉱海者の腕】を装備している為、その凶悪さは更に上がっている。
最硬の金属の一つであるアダマンタイトを含んだリグニンの鎧を、ヒナがいとも簡単に斬れたのはヒナの技術、持っている刀の切れ味も勿論関係あるが、何よりもイザベルの【氷の手】が命中し、鎧を軟化させたおかげだ。
「まあだが予想通り、連携でなくスイッチ式に攻めてくるな。無理もない」
「しかし……困ったものだ」
「まったくだ」
騎士達は冷静にイザベル達の動きを観察していた。それを見たゴトランドが怒声を上げる。
「ノクラ! 貴様何を遊んでおる! それに貴様らも何をのんびり見ておる! さっさとあいつらをぶっ殺せ!」
「だとよ。あの小僧がやられるのも時間の問題だろ」
「命令とあっちゃ仕方ない。やるか」
余裕そうな様子で、青騎士とハルバードを構えた赤騎士がイザベル達へと向かう。
「四対一とは卑怯な!」
先にノクラを倒そうとしたイザベル達の動きを読んで、ノクラは悪態をつきながら後退。騎士達の背後へと回り、呆然としているリグニンを後ろへと引っ張っていく。
「あいつら、なんかやたら強そうなの気のせい?」
「あん? 余裕だろ」
「……僕もそんな気がします」
「強いよ、あの二人」
リグニン達とは桁の違う強さを敏感に感じとったイザベル達が警戒する。
レドもここまでは傍観していたが、あの二人の出方次第では仕込んでいた手を使う時が来たかもしれないと、さりげなく腰の短剣の柄へと手をやった。
「とりあえず掛けとくぞ」
「おう」
青騎士が魔術を発動させた。淡い光が自身のメイスと赤騎士のハルバードを包む。
「……ふむ。部下はまともか」
レドはそれを見て、手を短剣の柄から離し、再び腕を組んだ。
「ニルン、今のは?」
「分かりませんが、何かしら付与魔術でしょう。いずれにせよ、あの武器をまともに食らえば死にますよ」
「当たらなければいいんだよ! 俺が先に行く!」
「あ、レダス待って!」
「……援護する」
レダスの後を追って、ヒナも疾走。ヒナの刀は抜いたままだ。
「行きましょう! 防御は僕らが受け持たないと」
「うん!」
ニルンとイザベルが頷きあって、その後を追った。
「元気のいいのが来たな。セリアンスロープの血を引いてるだけあって速いぞ」
「あの嵐桜国人もかなりの手練れだ、ま、問題ないがな」
レダスが接近する前に、青騎士が動いた。その動きに一切無駄はなく、一見鈍重に見えるその攻撃はまるでレダスの攻撃を先読みしたような位置に振られた。両手のダガーを振るうレダスのダガーはあっけなく弾かれた。
「上手いな。レダスの動きを読んでいたか」
レドはそれを感心して見ていた。
「ちっ!」
隙だらけになったレダスの脇腹へとメイスが迫る。
「“護国”」
横から滑り込んできたヒナがそのメイスを受けた。同時にレダスが後退する。
「良い剣筋だ。その若さでその技量、流石は嵐桜国人だな!」
青騎士がヒナを褒めながらもメイスを引き、一歩大きく踏み込んだ。
「っ!!」
青騎士の肩を前に突き出したタックルを食らったヒナは、咄嗟に後ろに飛んで衝撃を殺すも、ダメージは消しきれなかった。
「くっ……」
たった一撃なのにヒナの足がふらついた。
「俺がやる!」
レダスが再び青騎士へと飛び込む。しかし、それを読んでいた青騎士は置くような形でメイスを振った。
「嘘だろ……? ぐはっ!!」
ダガーで防御するも、その重い一撃を止められずメイスがレダスの脇腹へとめり込む。
「やった!! いいぞコリーヴ!! そのままその獣の頭を潰せ!!」
思わず声を上げたゴトランドは、嗜虐的な笑みを浮かべながら叫んだ。
青騎士がメイスを振りぬいた勢いでレダスが吹き飛ぶ。
「レダス!!」
イザベルが思わずそちらに気を取られ、声を上げてしまう。
「俺の前で余所見とは随分と余裕だな、リオートの姫よ」
赤騎士が容赦なくハルバードを横薙ぎにイザベルへと払う。
「人の心配してる場合ではないですよ!」
そこにニルンが飛び込んで盾でハルバードを止める。しかし、その一撃はあまりに速く重い。ニルンの小さな身体では止められず、盾ごと吹っ飛ばされてしまう。
迫る刃にイザベルは無意識に左手のダガーを振るった。
それはイザベルの身体に染み付いた、防衛反応のような物だ。ハルバードを止めるのではなく、受け流す。その勢い、流れすら利用し、ほんの少しの力を加えるだけ。
それによって、ハルバードの軌跡が大きく逸れた。
「素晴らしいな」
赤騎士が驚愕すると共にそのイザベルの動きを賞賛した。
簡単そうにやっているが、並大抵の技術では出来ない芸当だという事は赤騎士は良く理解していた。
ダガーで弾く角度、タイミング、力加減。どれを取っても精密さと緻密さがいる技術であり、何よりも自分の目前まで迫る凶器に対しそこまで冷静に見て反応する度胸。
それを、まだ十代の少女が実戦で使えているのだ。
「リオート恐るべしだな――だが」
弾かれたハルバードの動きと連動して赤騎士は身体を捻り、ハルバードの穂先と反対側にある石突を薙いだ。
「くっ!」
先ほど一撃よりも速く、更に面積が小さい石突をイザベルは右手の手甲で受け流した。
「ほお。まだ反応できるか」
「まだまだ!」
身体を回転させた赤騎士が今度は遠心力を乗せた大薙ぎをイザベルへと叩き込む。
ダガーだけでは受け流し切れずイザベルは更に右手をそれを使って弾くも、これまでで一番速く重い一撃にその角度が足りず、少しだけ軌道が上へとズレたハルバードの刃がまともにイザベルの首へと命中。
「イザベル!」
「きゃああ!!」
悲鳴を上げたイザベルは、こうして凶刃に倒れたのだった。
イザベルちゃん!!
イザベル達は流石に連携までは練習出来ていないので、感想でも推測された読者もいましたが、スイッチ式に戦っています。
レダスは、速さと手数重視。セリアンスロープは全体的に身体能力が人間よりも高いと言われており、レダスも同様に身体能力だけで言えばかなり上位の部類に入ります。イザベルは作中でもあった【氷の手】という戦闘術を幼い頃から叩き込まれています。ニルンはオーソドックスなソード&シールド。実はレドからは魔術の使用は控えるように言われています、理由はまた作中で。ヒナは、嵐桜国の独特の剣術です。抜刀術、防御特化の技など、かなりバランスの良い剣術で、四人の中では群を抜いて高い戦闘能力を持っています。
たぶんきっと反省会でレドさんが詳しく説明してくれるやろ()
次話で、この章、ひいてはこの物語においてもかなりの重要人物が登場します。お楽しみに!
次話は8月12日(水)の18時です!
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