70話:それぞれの策動
シルル家、応接間。
豪奢な家具や絨毯で彩られたその応接間に二人の男がいた。
「いやあ、楽しみですねえ……明日は」
「ふん、所詮はガキ共のお遊戯よ」
ゴトランドがガウンを羽織ったまま高級ブランデーを煽った。その前に座っているのは、竜学院で魔術学を教える教師の一人であるファボラ・シテスという名の薄い頭髪の中年男性だ。黒いローブに杖。分かりやすいほどに魔術師的な恰好である。
「ですが……相手はミスリル武器で武装しています……万が一があれば……ゴトランド様の名前に傷がつきますぞ。そもそも一人はリオートの姫。他の有象無象はともかくあの姫の扱いだけはご用心されよ。シルル家といえど……」
「何を言いたいファボス! 我がシルル家は王家に続く……いやむしろこちらが正当な王家の血筋だ!! 建国者である【賢聖ベリド】の血は我がシルル家のみに流れているのだ!」
「勿論分かっております……ですが……リオートと他の小国では問題の規模が違いますゆえに……
「くどいぞ、ファボス。あんな冒険者ふぜいの部下である屑共に負けるわけがない。リオートの姫? そんな奴もいたのか。ふん、いずれにせよ屑だ」
「部下と言っても実際の騎士団の部下ではなく所詮は子供。万が一は……考えられますぞ。相手は腐ってもSランク冒険者の薫陶を受けていますからな」
ファボスの粘つくような言葉にゴトランドは珍しく深く思考し始めた。
確かに、あのガキどもにはこの数日で騎士としての心意気は叩き込んだつもりだが、所詮は子供だ。中には、見知った貴族の息子がいて、流石幼い頃から英才教育を受けているだけに中々の剣筋を見せる者もいたが……。
冒険者……それはゴトランドが一番嫌いな人種だった。下賎な身でありながら、【血卓騎士団】の騎士と対等だと勘違いしている馬鹿共。それを英雄的に祭り上げる民衆にも反吐が出る。
所詮は雑用係。屑が屑に何を教えたところで、たかが知れている。ゴトランドは本気でそう考えていたが、一方であのミスリル武器は警戒すべきだと感じていた。
野蛮で愚鈍な猿でも、鋭利な刃物を持たせれば、こちらが怪我を負う可能性はゼロではないのだ。
それに、あのミスリル武器は……ゴトランドですら持っていないほど逸品だ。あれは何としても手に入れたいとゴトランドは考えていた。
「ふむ……念には念を……か」
ゴトランドは立ち上がって、応接間の横にある部屋へと入った。
「おお、これを使われるのですか!」
「ふん、せっかくだ。吾輩のコレクションのお披露目といこう」
そこにはゴトランドがこれまで何年も金に糸目を付けずに収集している、古今東西あらゆる国の武具が並べてあった。
「それでしたら……良い方法もありますが……それをさえすれば……絶対に負けませんぞ」
「……話してみよファボス。中身によっては貴様をシルル家付きの魔術師として採用してやっても良いぞ」
「ふふふ……では必勝の策を授けましょうぞ……まずは……」
ファボスは邪悪な笑みを浮かべながら、策をゴトランドへと説明した。
☆☆☆
「レド叔父様!!」
「ティアか! 久し振りだな」
「はい! 叔父様も相変わらずで安心しました」
「まあな。しかし……お前が騎士道取っていたとはな」
夜、食堂で食事を取ろうとしたレドは半ば無理矢理イザベルが使っていたテーブルに誘われて、仕方なく行ったところ、姉でカリスの娘――つまり姪であるティアと再会を果たしたのであった。
ティアは嬉しそうに声を跳ねさせ、再会を喜んだ。しかし騎士道という単語が出てその表情は変化した。
「叔父様!! あいつもう最低の最低です!! 明日はぼっこぼこのぎったぎたにしてやってください!!」
「いや、俺とあいつが直接戦うわけじゃないからな?」
鬼の形相を浮かべるティアをレドはビールを飲みながら宥めた。
「一緒ですよ! どうせあいつお気に入りの、“頭の中までゴトランド”、な馬鹿男子四人が選ばれるんだから!」
「どんな奴がいる? 一応俺の方である程度は当たりは付けたが……」
レドはレドで既に探りを入れて、明日ゴトランド側で出てくるであろう生徒については一部だけだが大体把握していた。だが、騎士道を実際に取っている者からの情報にもレドは興味があった。
「まずは、あいつの一番弟子を称して威張ってるリグニン・フェル・ディドスね。シルル家の分家の息子で、幼い頃からゴトランドに心酔してるとかで、剣を振るしか脳がない馬鹿。次が、そのリグニンに媚びへつらうノクラ・イル・コースね。こいつもずっと剣術をやっていたとかで、ゴトランドに気に入られてた。こいつも尻尾と剣を振るだけの馬鹿。あとは……似たり寄ったりだから誰が選ばれるかは分かんないかな」
リグニンに、ノクラ。どちらもレドが当たりを付けていた男子生徒だ。間違いなく明日出てくるだろう。しかしレドも残りの二人については絞り込めずにいた。
「誰が来たところで私達の勝利は揺るがないよティア! だって私達凄い作――」
「そこまでだイザベル。後は明日のお楽しみだ」
レドが、イザベルが喋ろうとするのを遮った。今も誰かが聞き耳を立てていないとも限らないのだ。
「ええー教えてよ~イザベル~」
「んー秘密にしとく! まあ明日ちゃーんとボコボコにしてあげるから」
「うーずるい。いいなあ……私も叔父様の講義受けたかったなあ……」
拗ねたような声を出して上目遣いで見つめてくるティアに、レドはついこないだまでガキだったのに、すっかり女に成長したもんだと感心していた。
「すまんなティア。また今度色々教えてやるさ」
「ほんと!? 約束だよ!!」
食い気味に反応するティアに少し驚くレド。それを見て、にやにやするイザベル。
「お、おう、まあカリス姉さんが許可すれば、だが……」
「お母様なら大丈夫! 問題はお父様だけど……無視よ無視」
「それは俺が怒られそうだな……。さ、もう遅い。お前らはもう部屋に戻れ」
レドがそう言って、手を叩いた。名残惜しそうな顔をしていたティアだが、素直にイザベルと共に女子寮へと戻っていく。
「さてと……念には念を入れておくか」
レドはそう呟いて、にやりと笑ったのだった。
☆☆☆
当日。訓練場に向かったレド達は愕然とする事になる。
「S席、A席は完売です!! B席C席残り僅かです! 立ち見席もありますよ~」
「ドリンクいかがっすかあ!」
訓練場の中はさながらお祭り騒ぎになっていた。既に観客席は生徒で埋まっており、一部の生徒は売り子として観客席を回っていた。
「……おいどうなってるんだよ」
「俺も知らん……どうせ……ゴトランドの仕業だ」
思わず呟いたレダスに答えるレドだが、こんな事をするのはゴトランドしかいないと分かっていた。
訓練場の控え室に向かったレド達だが、その扉の手前でイエリが立っていた。
「あーイエリ教頭……これは」
「分かっていますよ……ゴトランド先生から今朝全部聞きました……レド先生は巻き込まれたのでしょ?」
「……まあみたいなもんだ。心配しなくても大事には……いやもう既になっているか……」
「シルル家が全面的に協力してこんな事になったみたいです。最初は【血卓騎士団】のメンバーも来るという話だったのですが、それは流石にお断りしました。もし来ていればこの程度の騒ぎではすみませんよ」
イエリが大きくため息を付いた。どうやら相当に揉めたらしい事がレドには分かった。
「とにかくこうなってしまった以上は、怪我だけはないように……」
「分かってるさ。危なくなったら俺がすぐに止めに入る。あくまで、合同訓練だよ」
「ええ。お願いします。学院長はかなり難色を示していましてね。ゴトランド先生には困ったものです」
「あんなの受け入れた時点で予想出来……いやここまでとは誰も予想出来ないか。上級騎士様恐るべしだ」
「仰る通りで……では、ご武運を。あと、これは独り言なのですが……どうにも学院外の者が混ざっているみたいですねえ……困ったものです」
イエリがそう呟くと去っていった。その言葉を受け取り、レドはやはり油断ならない相手だと、心の中でイエリを賞賛した。
レドとイザベル達が控え室に入ると、レドは最後の確認を始めた。
「うっし、とりあえず昨日教えた通りに動けば問題ない。付け焼き刃の連携に頼らず各個撃破していけ。それとあくまで模擬訓練だから肩の力抜いとけよ。イザベル、いざとなったらアレやるぞ。行けるか?」
「勿論! でもやっぱり出来れば……実力で勝ちたいなあ」
「余裕だろ。あいつらには目に物見せてやるぜ」
「油断してすぐに倒されないでくださいよレダス」
「……まっすぐ行って斬る……まっすぐ行って斬る……」
ぎゃあぎゃあと騒ぐ四人を見て、レドはまあ、問題ないだろうと思っていた。今後の講義の為にも、良い経験になるだろうと思うレドだった。
仮に負けたとしても、レドには武器の引き渡しについては阻止する手立てがあった。
「ま、後悔がないように暴れてこい」
レドはそう言って、笑顔を四人に向けた。
「分かりました!」
「やってやるぜ!」
「ま、怪我しない程度にやりますよ」
「まっすぐ行って……斬る!」
イザベルを先頭に、四人が訓練場への入口へと向かった。
レドは少し距離を開けて、その後ろについていく。
四人が通路から訓練場へと出た瞬間に、観客席が静まった。その目には好奇と憐憫の感情が含まれているような気がして、イザベルは表情を引き締めた。どうやら騎士道を取っている生徒は優先して最前列に座れるらしく、ティアを含め何人かの女生徒がこちらに向けて小さく手を振ってくれていた。
イザベルにはそれで十分だった。
レドもその後に続いて入り、観客席へと視線を向けると壁に背を預けた。その姿を見て、観客席がざわつくが、すぐに静まった。
レドは観客席の一番奥の立ち見席に、とある姿を見て小さく頷いた。どうやら予定通りに来てくれたようでレドはホッとした。
その少しの油断と同時に、別の場所からレドは強烈な視線を感じた。
一瞬すぎてそれがどこから来たのかレドには捕捉しきれなかった。
……今のは……なんだ? レドは表情を変えないものの、微かに動揺していた。今の視線……只者ではない事は分かる。なぜそんな者がこんなところに?
疑問は尽きないが、レドは意識を目の前へと集中させた。
イザベル達と反対側からゴトランドを先頭に四人の騎士がゆっくりと入ってきた。その瞬間に割れんばかりの声援と拍手が会場全体を包みこんだ。
「うるさっ!」
「ちっ、やりづれえな」
「僕はむしろやる気になりましたけどね」
「まっすぐ行って斬る」
レドはイザベル達が雰囲気に呑まれていない事を確認し、注意しようと開けた口を閉じた。中々に図太い連中だ。
ゴトランドが優雅に観客席にお辞儀をすると、にやりとレドへと笑いかけた。しかしレドはそれを無視した。
「さあ、では始めようか! 我がゴトランド騎士団の精鋭四人だ!」
「レド先生の弟子四名です! 絶対に負けません!」
イザベルの発言に、レドは弟子にした覚えはないぞ……と心の中でぼやいた。
「では、正々堂々、騎士道に則って勝負しようではないか! まず血闘とは――」
レドはゴトランドがお得意のご高説を垂れている間に相手側四人を観察した。二人は予想通り、リグニンとノクラだ。自慢の鎧やら、武器やらをゴテゴテと身に付けていて、レドには滑稽な騎士人形を連想させた。
それにしても……随分と高価かつ貴重な武具を装備している。レドは、あれらの武具をあの生徒達が自力で用意出来たとは思えないので、きっとゴトランドの仕業だろう。
「あいつ、負けたら武具を差し出すってルール忘れたのか?」
思わずレドはそう独り言を呟いてしまった。
レドはそれよりも、残り二人が気になった。二人はヘルムを被っており、顔が見えない上にフルプレートメイルを着込んでいるのか、体型すらも分からない。立ち姿から男だという事は分かるが……。
一人は、先端が丸く、棘が出ている殴打武器――メイスを装備しており、もう一人は槍と斧を合わせた長柄武器――ハルバードを持っている。
レドはその立ち姿、雰囲気からしてその二人がかなりの手練れだと推測できた。昨日見た限りあんな生徒はゴトランドの生徒にはいなかったように思う。となると……。
「やれやれ……手の込んだ事を」
レドは思わずそう呟いてしまった。そして、人の事を言えないなと自虐の笑みを浮かべたのだった。
「――というわけで! これより四対四での血闘を始める! 両者用意――始め!!」
こうしてゴトランドの声と共に、騎士道、冒険者学の合同戦闘訓練がはじまった。
ゴトランドさんサイドもレドさんサイドも何やら仕込んでいるようで……。
ゴトランドさんについての補足ですが、彼は基本的に馬鹿です。外交問題とかしったこっちゃないというスタンスですね。というのも、そもそもこの王国がこの大陸では覇者であり、王家についで力があるとされる貴族【古き血】の更に上位に位置するシルル家の長男なので彼に表立って刃向かえる存在は王都でも数えるほどしかいません。
これまでは騎士団という閉鎖的なところで傍若無人にのさばっていて、それをそのまま持ってきてしまっていますね……当然それが面白くない人達もいるので……。
というわけで、いよいよ次話から戦闘開始です!
次話は8月10日(月)です!
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