69話:訓練場
翌日。
「うーしお前ら、今日は本格的に実戦形式で武器の使い方を教えるぞ。ついてこい」
教壇に立つレドがそう言って、講義室から出て行く。昨日は武器の特性、選択方法そしてそれぞれの武器の取り扱いをイザベル達に講義し実際に少しだけ使わせてみたところ、レドが見るに彼女達は中々に優秀だった。
流石、竜学院内で剣術や魔術の講義を受けているだけあり、全員基礎の動きが出来ていた。それに気を良くしたレドは早速翌日から実戦訓練を行う事にしたのだ。
「へへ、楽しみだぜ……俺の実力を見せ付ける時が来たようだな……」
レドの後ろで、大振りのミスリル製ダガーを二本左右の腰にぶら下げたレダスが獰猛な笑顔を浮かべている。
「そんな無防備な装備でまともに戦えるとは思えませんけどね」
そんなレダスを鼻で笑うニルンは、同じくミスリル製のロングソードを腰に差して、左手に丸い小盾を装着していた。
「実戦訓練って冒険者っぽい!」
嬉しそうに跳ねるイザベルは腰に小さなダガーを差しているが、それ以外に装備しているのは【鉱海者の腕】のみだ。
「手加減……出来るかな……?」
目を細めてニコニコしているヒナは、腰に差している刀の柄に手を置いたまま、前の四人に付いていく。
「つーかどこで実戦訓練やるんだ?」
迷いない足取りで進むレドの背中にレダスが声を掛けた。
「心配するな。訓練場は昨日の時点でこの時間から使えるように押さえてある。幸い剣術や魔術の講義は入ってなかったみたいだ」
レド達が向かっているのは本校舎の地下にある、模擬戦や剣術・魔術の講義で使う訓練場と呼ばれる場所だ。その広い空間には、魔術的保護が掛けられているおかげでどんなに中で暴れても外に影響が出る事はない。
また竜学院内のとある行事でも使われる場所で、その都合上観客席が設けられており、さながら闘技場のような見た目になっていた。
本校舎に到着し地下の訓練場へと続く階段を降りながら、レドはその先から聞き覚えのある声が聞こえてきて、急激に嫌な予感がした。
「レド先生……なんか人がいっぱいいますけど……」
「……分かってる」
レドはポケットに入れていた訓練場使用許可書に書いている日時が間違っていないかもう一度確かめた。何度見ても今日のこの時間からここを使えると書いてある。
階段を降りた先にある扉を抜けると、そこは訓練場の最上段に位置する場所で、そこから観客席がぐるりと一番下部にある訓練場を囲んでいる。見れば女子生徒ばかりが観客席に座っており、一部は黄色い声を上げているが、大多数はつまらなさそうに訓練場を見つめていた。
レドは視線を訓練場へと移す。
そこには相変わらず上半身裸のゴトランドがいて、その前に等間隔で整列する同じく上半身裸になった男子生徒達が剣を構えて立っていた。
「よし! いいか、1ミリでもずれたらやり直しだ! 規律だ! 規律と伝統を重んじろ!!」
「はい!! ゴトランド騎士団長!」
ゴトランドの声に男子生徒達は一字一句違わずにそう叫んだ。
「あほらし……やってられるかよこんなん」
しかし一人の男子が呆れたような声を出して剣を床に投げると、隊列を乱した。
「そこの貴様!! 何をしている!!」
怒声を上げた、ゴトランドがその男子生徒へと近付いた。身体が大きいだけあり、その威圧感によってその男子生徒はたじろいだ。
「いや、俺……騎士道とか選んでないし……」
「馬鹿野郎!!」
ゴトランドの叫びと同時に太い腕が振るわれた。
「がはっ……!!」
ゴトランドの岩のような拳がその男子生徒の腹へとめり込んでおり、男子生徒は胃の中の物を吐きながらそのまま床へと崩れ落ちた。
「男子たるもの騎士を目指して当然であろう! 男ですらない貴様はそこで寝ていろ。ちゃんと床は掃除しとけよ!」
そう言ってゴトランドは踵を返すと再び隊列の前に行き、騎士の心得なるものを叫び、男子生徒達がそれを復唱した。
「……俺、今初めて冒険者学で良かったって思ったわ」
「……残念ながらレダスと同意です」
「ヒナ……ああいうの嫌い……」
「レド先生! あの子救護室に運ばないと!」
イザベルが男子生徒を助けようと駆け出そうとするのを、レドが止めた。
「待て。お前が行くとややこしいだろうが。……あーめんどくせえ」
頭をガシガシと掻いたレドは大きくため息を付くと、ここで待っていろとイザベル達に言って、スタスタと観客席の中を進んでいき、軽やかに訓練場へと飛び降りた。
「あ、叔父様!!」
観客席でそれこそ汚物を見るような目でゴトランド達を見つめていた女子生徒の一人――ティアがその姿を見て、表情を明るくした。
ゴトランドは自分の背後に降りたレドに気付くと、ゆっくりと振り返った。手は自然と腰の剣へと向かっている。
レドはゴトランドを無視して、倒れて苦悶している男子生徒の傍で屈むと青い短剣を抜き、その切っ先を向けた。淡い光が放たれて、男子生徒を包み込んでいく。
レドが使ったのは初級回復魔術だが、殴打によるダメージにはそれで十分だったのか、男子生徒の顔色がみるみる良くなっていった。
それを見てゴトランドが笑みを浮かべて声を掛けた。
「んん!? 誰かと思えば。貴様も吾輩の講義を受けに来たのか?」
「俺は、無駄が嫌いな性分でな。残念ながらあんたの素晴らしいご高説を聞く時間はない」
レドは立ち上がりながら、にべもなくそう吐き捨てた。
「道理の分からぬ平民が何を言うかと思えば……。ふん、アレが貴様の部下か? 女に獣にチビに異国人……例の問題児達か、屑ばかりだな。貴様にふさわしい人選だ」
ゴトランドが入口近くで佇むイザベル達を見て、嘲笑った。
「生徒は部下じゃねえよ。んな事も分からないで教師やってるのか?」
「おいおいおい……貴様、正気か? なぜ吾輩が教師などという平民がやる仕事をやらねばならない? 吾輩は騎士団の見習い騎士共を立派な騎士に育てる為にここにいるのだぞ?」
その言葉が本気だとレドが悟った時、思わずため息が出てしまった。こういう輩は何を話しても無駄だという事をレドは良く知っていた。
「……そいつは結構だが、せめて学院内のルールは守って欲しいな。この場所は、今日のこの時間から俺達が使う事になっている。あんた、ちゃんと使用許可の申請したのか?」
「……? 申請? 空いていたから使った。それだけだが?」
まるで、それがまかり通るとばかりに言い放ったゴトランド。
「空いてねえんだよ。さっさとそいつら引き連れて講義室に戻ってくれ。こんなくだらない事で生徒の時間を浪費するのが勿体ない」
レドはゴトランドの顔に訓練場使用許可書を突きつけた。
ゴトランドは、それをレドの手からむしり取ると、読みもせずにそれを破り千切った。
「良いか、平民。こういうくだらないルールは、貴様らのような程度の低い存在がせめて人間らしく過ごせるようにと作られたものだ。吾輩のような者にはそういう物は必要ない」
破られた紙をレドの頭に振りかけながらそうゴトランドは言い切った。
訓練場のすぐ傍の観客席まで移動していたイザベル達は、レドがどう出るか固唾を飲んで見守っていた。レダスは今にも飛び出さんと構えている。
しかしそんな彼女達の期待に反して、レドは床に落ちた紙切れを拾い始めた。
「あーあ……ゴミを増やしやがって」
「ふん、ゴミ拾いが貴様にはふさわしい。ふむ……しかし興味が出たな。あの屑共とここで何をするつもりだった? まさか戦闘訓練か? 貴様が? あいつらに? 傑作だな」
ゴトランドが自分を睨む四人の生徒を一瞥してせせら笑う。
「お前がやってるくだらない精神論よりよっぽどマシな訓練だと思うぜ!」
レダスがゴトランドの発言を聞いて突っかかる。ニルンも声こそ出さないが同意という表情を浮かべ、大きく頷いていた。ヒナは氷のような冷たい目線でゴトランドを見つめており、イザベルは眉を釣り上げていた。
「お前らよせ。一応、教師……らしいからな。おっと失礼、教師は平民の仕事だから……なんだ? ただの上半身裸の変態か?」
レドが軽く、一応といった感じにイザベル達を注意する。
「安い挑発よ……。ふむしかし……ほお……武器だけはそれなりの物を用意しているようだ」
ゴトランドがめざとくレダス達の装備を見て目を細めた。そして、ニヤリと笑った。
「良いだろう。戦闘訓練、合同でやろうではないか」
「は?」
何を言い出すんだこの馬鹿は? と呆れた表情を浮かべたレドだったが、ゴトランドは気にせずに言葉を続けた。
「何、簡単な事よ。吾輩の講義を受けた者四人とそちらの四人で合同戦闘訓練をしようではないか。ただの戦闘訓練では面白くないだろう。せっかくだ。騎士道に乗っ取り正々堂々、血闘式でやろう。勝った方が以後この訓練場を使えるというのはどうだ」
「やなこった。血闘式って【血卓騎士団】のやり方でお互いの武器を賭けてやる奴だろ? お前、あのミスリル武器が欲しいだけだろ」
レドが即座に否定した。こんな展開になるならミスリル武器なんて持たせなければ良かったと後悔したが、今更である。
「自信がないならそれで良い。まあ、あんな屑共と吾輩の部下ではそもそも勝負にならんからな。負けるのが怖いのなら雑魚らしく引っ込んでいろ。今後の訓練は小さな講義室でやる事だな。吾輩はここを使わせていただこう」
「ふん、勝手にし――」
「受けてたちますよ!」
レドの言葉を遮るように、訓練場へと飛び降りたイザベルが叫んだ。
「さっきから黙って聞いてりゃ獣だの屑だの。ぶっ飛ばすぞ」
レダスがその横に音も無く着地し、啖呵を切る。
「こういう頭悪いやり方は好みではないんですがね……」
ニルンがブツブツ言いながら、レダスの横へと降り立つ。
「……絶対に負けない」
ヒナがまるで重力を感じさせないような着地をして、まっすぐにゴトランドを睨んだ。
「お前ら何勝手な事言ってい――」
「では、勝負成立だな! 明日、ここで今と同じ時間に始めよう!! せっかくだ、四対四の集団戦にしようではないか!」
「ふざけんな! そんなくだらない事の為に講義の時間を割けるか! そもそもこの武器はイザベルの私物で賭けに――」
レドはそう叫ぶがゴトランドは聞く耳を持たず、なぜか訓練場をレド達に明け渡そうと生徒達に移動するように指示していた。
「おい! 聞けよ!」
「貴様も尻の穴が小さい男だな。貴様の部下がやると言っている上に、その言った本人の私物なら問題なかろう。貴様はまるで人格者のように振る舞っているが、実はお前が一番、部下を信じていないのではないか?」
「そういう問題じゃねえ!」
「ふん、今日は一日ここを使わせてやろう。せめてもの情けだ。明日の血闘、瞬殺では面白くないからな。せいぜい足掻くが良い。お前ら、講義室まで走るぞ! 女はさっさと飲み物の準備をしろ!」
手を伸ばして止めようとした姿勢のままのレドをおいて、ゴトランド達は訓練場から出ていったのだった。
「ばーか、死ね筋肉脳筋クソ騎士!」
去っていったゴトランドに悪態を付くレダスの頭をレドがぽかりと叩いた。
「お前らなあ……」
レドは呆れて何も言えなかった。
「勝てばいいんですよレド先生。ゴトランドを相手する訳じゃないんですから。あんな馬鹿みたいな講義受けてる奴になんか私達は負けません!」
「あほ! 勝つ勝たないの問題じゃない! この争い自体が無意味なんだよ!」
「なんだよーあんだけコケにされてムカつかないのかよ」
レダスが叩かれた頭をさすりながらレドに恨みがましく言った。
「ああいう輩の挑発にはな、乗ったら負けなんだよ……はあ……ニルン、お前は止めると思ったに……」
「僕は騎士とか、ああいう偉そうな奴が大っ嫌いですからね。無理な話です」
「ヒナも……嫌い……絶対に負けない」
全員が闘志を剥き出しにしているのを見て、レドは説得を諦めた。ゴトランドはどうやら敵に火を付けるのだけは一流のようだ。
そして、イザベル達を御せていない自分の甘さを見せ付けられたようにレドは感じた。
「結局俺は、お前らの事を何も理解できていなかったんだな……」
「当たり前ですよ。何様ですか? たかが数日一緒にいたぐらいで分かった気でいるのは気持ち悪いので止めてください」
ニルンの言葉がレドに刺さる。
「お前の言う通りだよニルン。しかし四対四か……やれやれだな」
「早速訓練しようぜ! 明日はぜってーに勝って一泡吹かせてやるよ!」
「分かった分かった。うっし、じゃあ集団戦における注意点を教えるぞ。冒険者ならパーティで戦うのは基本だからな。いずれ教える事だ、それが少し早まったと思うさ」
レドは切り替えて、この四人をどう訓練するかを思考しはじめた。
こうして夕刻まで、訓練は続いたのだった。
ゴトランドさんは書いてて楽しいキャラですね。三章は、こういう人の悪意みたいなものがテーマだったりします。
イザベル達の装備を見て分かると思いますが、彼女達のパーティはシース達に比べると、超々攻撃的なパーティになっています。どういう戦いをするのか、予想しながら続きをお待ちいただければと思います。
次回更新は8月7日(金)の18時です!
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