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68話:ミスリル


「レド先生、なんで講義変更は駄目なんですか!」


 講義室に到着したレドを待ち受けていたのは、入口で仁王立ちしてふくれっ面をしているイザベルだった。


「なんだよいきなり」

「冒険者学を取りたいって友達と一緒に教員室に講義変更の直談判をしにいったんですよ! そしたらですよ! 諸事情あってしばらくは講義変更を受け付けないの一点張りで!」

「あー。そういえば今朝の職員会議でそんな話してたな」


 レドは今朝、イエリに請われて参加した職員会議で選択講義についての話があったのを思い出した。


 イエリの話によると、選択講義が自分達の希望に添っていないという抗議が何人かの生徒から上がっており、更に講義変更を希望する者も複数いるそうだ。


 一部の教師から、意図的な操作があったのではないかという疑いと講義変更はさせるべきだという声も上がったが、ゴトランドとその腰巾着達によってその意見は封殺された。赴任してきて二日目で既に派閥を作ったゴトランドは流石というか何というか……レドは呆れた目線でそれを見る事しか出来なかった。


 レドはそれを黙って見守っていたが、イエリも同じようにそれを黙殺したのが意外だった。結局、生徒には個別で対応するものの講義変更は受け付けないという結論に至って会議は終わったのだった。


 イザベルが眉を釣り上げて声を上げた。


「おかしいですよ! ()()講義なのに選択の余地すらないなんて!」

「……とにかくだ。その友達? が俺の講義を受けたいという気持ちは嬉しいし、出来れば俺だって変更させてやりたいんだがな……なんせ俺は来たばかりの派遣講師だ。残念ながら決定を覆すほどの力はない」

「Sランクなのにぃ」

「Sランクだからといってなんでも出来るわけじゃないさ。さあ座れ。その話はまた後だ」


 イザベルはふくれっ面のまま、昨日とは打って変わって整頓された講義室の中へと戻っていく。講義室はレドの指示通り、教室というよりも事務室のように様変わりしており、昨日レドが事務員に手配した一通りの事務用品が届いていた。


 だがそれよりもレドの目は窓際に奪われた。


「……誰だこれを持ち込んだアホは」


 講義室の窓際にまるで一流の武器屋のショーウィンドウのように並べられた武器の数々。ロングソード、ショートソード、ダガーといった剣類だけでなく、槍やハルバードといった長柄武器からボウガンや弓などの遠距離武器まで揃っている。


 何よりその全てが薄らと蒼い光を帯びており、それら全てにミスリルが含まれている事にレドは気付いた。


 ミスリルは魔力伝導率が良く、魔術を使う者の武器を作るには最高の素材だ。レドの二振りの剣も刀身にミスリルが含まれている。

 需要が年々高くなっているミスリルだが、その原石は限られた場所でしか産出されない。更に原石のままでは使えず、素材として使用するには特殊な技術を用いた加工処理をする必要があるのだが、その技術も世界で最大のミスリル鉱山を持つ、とある国が独占していた。


 その国の名はリオート、エウーロ大陸の西部にある年中雪と氷に閉ざされた山脈にその領土はあった。

 ミスリル輸出とそれを扱う特殊な技術と工業力で、小国ながらもかなり発言力のある国だ。


 光の速さで視線を逸らしたイザベルに、レダス達が無言で目線を集中させた。


「……武器携帯の許可は出したし、武器も各自で準備しろ、持っていない者については俺が用意すると昨日は言ったが……武器屋開けるほどの量を持ってこいとは一言も言っていないぞ――イザベル・サスーリカ・()()()()!」

「いや、ほら、せっかくだから……良い武器の方がいいかなあって……てへへ」


 ウィンクをして小さく舌を出すイザベル。反省しているようにレドには見えなかった。


「どうやって用意したんだよ……こんな量……」


 レダスが呆れたような口調でそう呟いた。


「……おそらくここにある武器を全て売れば、それだけで当分は食べるに困らないでしょうね」


 ニルンが興味深そうに武器を眺めている。どうやらニルンはミスリルの価値を理解しているようだった。


「大丈夫だよ……【九歌(くか)】の方が凄いから……へへへ」


 ヒナは笑顔で抱えていた刀へとそう語りかけた。シンプルな鞘に入っているものの、細く長いその形は嵐桜国独自の曲剣である刀だとレドは一目見て分かった。


「イザベル、どっからこれを手に入れた?」

「へ? どっからも何も全部()()()()()ですけど? あ、そのロングソードなんかは私が作った奴ですよ! 結構凄いでしょ!?」


 イザベルがそう言って、嬉しそうにロングソードを手に取って、レドへと見せてきた。


 レドはそのロングソードを見て、それが普通のロングソードではなくリオート産の物である事が良く分かった。なんせミスリルが放つ蒼い光の鮮やかさが違う。更にこの光の量でミスリルの含有率が大体分かるのだが……市場に出回っているミスリル武器の含有率が大体10~20%だとすると、このロングソードは60%近くがミスリルだろう。


 それは王族ですら所有できないほどに贅沢な一本だ。


 更にレドは、イザベルがいつも付けている手甲へと目を向けた。


「その手甲……まさか【鉱海者の腕(オーレス・ハンド)】か……?」

「おお! 流石レド先生!! よくご存じで!」


 まさかとは思っていたが……レドの疑いは確信に変わった。

 イザベル・サスーリカ・リオート。その名前から王族か貴族であり、かつリオートと国名が付いている時点でレドはリオートの王族関係だと察していた。だが、イザベルの手甲が【鉱海者の腕(オーレス・ハンド)】だと分かり、間違いなくイザベルはリオート王家直系の娘だとレドは確信したのだ。


「馬鹿野郎……それ、リオート王家の秘宝中の秘宝だろうが……アクセサリー感覚で付けていいもんじゃないぞ……」

「先生……【鉱海者の腕(オーレス・ハンド)】って何……?」


 ヒナが手を挙げてそう質問した。


「聞いた事はありますね……確か今のミスリル加工技術の元となった魔装具だとか」


 それにニルンが答える。レドはニルンの知識量に感心して、口を開いた。


「その通りだニルン。良く知っていたな。ミスリルは冒険者にとっても重要な素材だ。せっかくだからミスリルについて少し講義をしようか。イザベルにも手伝ってもらうぞ」

「もちろんですとも!」


 イザベルが嬉しそうにそう言って立ち上がると、教壇のレドの横に立った。


「さて、まずはミスリルについてだが、レダス、その特長は何かわかるか?」

「あん? 知らねえよ。金とかと一緒で高い素材なんだろ?」


 レダスが顔をしかめながら答えた。レドはそれに対し頷く。


「その通りだレダス。価格の事は大事だから知っている事は大事だぞ。レダスの言う通り、ミスリルは高い。アダマンタイトやオリハルコンと並ぶほど高価な素材だ。もう一歩踏み込もうか。ではなぜ高いのか。ヒナ、分かるか?」

「貴重……だから? 嵐桜国では聞いた事ないし……」

「正解だヒナ。ミスリルは貴重だ。貴重だが、需要は大きい。故に価格はどうしても高くなってしまう」

「需要が大きいのはなぜ……?」


 ヒナの疑問にイザベルが答えた。


「それはね! ミスリルは魔力伝導率が最も高い鉱石で、魔力を通すとそれを増幅させる力があるからだよ! 正確に言うと、通された魔力をより純粋な魔力にするって感じかな? 人が放つ魔力って実は色んな不純物が混ざってて魔術の行使自体は出来ても精確さや緻密さはどうしても下がっちゃうの。だけど、ミスリルを通すとその不純物が濾過されて、より純粋な魔力に近付くから、精確で緻密な魔術行使が出来るようになるんだよ。ちなみにこの蒼い光は【濾過光】って呼ばれていて、空気中に含まれる魔力に反応して濾過させているんだよ」

「流石は()()()()()()()だな。ミスリルについては俺より知識があるな」

「へへへ……ってバレてる!?」


 目を丸くして、レドを見つめるイザベル。


「隠してるつもりだったのか?」

「一応……?」

「はあ……。まあいい。とにかく、ミスリルは魔術を使う者にとっては必要不可欠な素材なんだ。更に最近は遺術を再現する際にミスリルを使う事が多く、お前らも知らないだけで実はこの王都の様々な部分にミスリルは使われている。そんな訳で、ミスリルの有用性は理解できたと思う。だが、ミスリルには欠点がある」

「欠点? 聞く限りではちょーすげー素材にしか聞こえねえけど」


 レダスの言葉にイザベルがおっしゃる通りとばかりに大きく頷いた。


「ミスリルに欠点なんてありません!!」

「……お前が言うかなあ……。いいか、ミスリルは需要が高い。しかしその高さの割に生産量がかなり少ないんだ。つまり需要と供給が釣り合っていない。需要の方が高くなるとどうしても価格は上がってしまう」

「ミスリルの最大産出国は……リオートですよね」

「そうだなニルン。そもそもミスリル鉱石自体の産出が限られている。だが問題はそれだけではない。ミスリルは原石のままだと使い物にならないんだ」

「使い物に……ならない……?」


 ヒナがゆっくりと首を傾げた。それにレドが答えていく。


「そう。ミスリルの原石は不純物を多く含んでいる上に、物質的にかなり不安定なんだ。原石を下手に扱うと……魔力爆発を起こす」

「魔力爆発……ってなんだよ」

「ミスリルは魔力を増幅させるって話をさっきしただろ? あれはとある特殊な加工技術によってミスリルを安定させているから出来る事なんだ。原石のまま、魔力に触れさせてしまうと……魔力を増幅させ過ぎて爆発する」

「こええな……」


 レダスは窓際から少しだけ廊下側へと移動した。


「怖いぞ。なんせそれで鉱山一つ吹き飛んだという記録も残っているぐらいだ。一つの原石に安易に魔力を込めたばっかりにそれが爆発し、ミスリルの鉱脈へと連鎖したんだ。だからミスリルを掘り出すってのはとても繊細な工程が必要で、更に掘り出したミスリル原石を安定化させる加工技術が必要だ」

「その技術を独占しているのが……リオートですよね」


 ニルンの言葉にイザベルが再びふくれっ面になった。


「独占じゃないもん! 保護だもん!」

「話を戻すとミスリルの安定化そして加工の為に、古の時代に造られたのがイザベルが今身に付けている【鉱海者の腕(オーレス・ハンド)】だ。これを元にミスリルの安定化・加工技術を発展させ、一大産業にしたのが今のリオートだな」

「なるほど……つまり本家ってやつ……」


 ヒナが納得いったとばかりに頷いた。


「【鉱海者の腕(オーレス・ハンド)】は代々リオート王家に受け継がれてきた。それを持っているという事は……」

「なるほど。納得いったぜ。だから教師共もイザベルには頭上がらないんだな」


 レダスの言葉にニルンとヒナが頷いた。


「リオート王家の姫に万が一があったら、間違いなく国際問題になりますからね」

「……あんまり家の事でそう言われるのは好きじゃないです」


 イザベルが拗ねたような声でそうレドに告げた。


「分かっているさ。少なくとも俺はお前がリオートの姫だろうが何だろうが特別扱いするつもりはない」

「流石レド先生!」

「さて、というわけで、ざっとミスリルについて説明したが……ふむ、ヒナ以外は武器を持ってきていないな」


 レドは、レダスもニルンも武器を持っていない事を確認した。


「持ってねえよ。別に冒険者やクソ騎士なんてなりたいわけでもねえし」

「暴力はあまり好みませんね。まあ魔術は多少嗜んでいますが」


 二人の言葉を聞いてレドは手を顎に当てて思考する。

 講義では、武器の扱いも教えるつもりでいた。彼らに手持ちがあればそれを教えるつもりだったが持っていないとなると武器選びから始めないといけない。武器自体は適当に武器屋で用意しようと思っていたが……せっかくミスリルについて講義したのだからミスリル製の武器を持たせるのも悪くないかとレドは思い始めた。


「イザベル。この二人とお前の武器を、持ってきた中から選んでもいいか?」

「もちろんですよ! 何なら全部レド先生にプレゼントしますよ」

「いや流石にこんな量はいらねえよ……。だが結果的に助かったぞイザベル。ありがとな」


 そう言ってレドはイザベルに笑顔を向けた。


「いえいえ~へへへ……私の国の武器なんで質は一級品ですよ!」

「え、選んでいいのか? マジで?」

「最終は自分の好みだが……一応はそれぞれの武器の特徴をこれから講義する。それを聞いて各自選ぶといい。ヒナは刀を使うつもりだろうしそれで構わないが、他の武器についての知識を持っておくのは悪い事ではないから良く聞いておくように」

「はい……!」


 そうしてレドは武器を一本一本手に取り、解説を始めたのだった。


 最終的に全員の武器が決まり、いよいよ翌日から依頼募集前の実戦訓練がはじまるのだった。


おお、レドさんが講義してる!

というわけで、ミスリルについて熱く語りました。いいよねミスリル……響きがいい……


リオートは小国ながら、歴代の国王が優秀で今もなお国際社会で強い発言権を持っています。更に国自体が厳しい環境下にある為、攻めるは難し守るは易しという地理的要因、更に各国の軍事産業における重要な素材であるミスリル輸出による経済操作によって、未だにその強固な地盤は崩れる要素はないとか。


次話更新は8月5日(水)の18時です!

レドさんによる実践形式での四人の指導になるとか。


感想もはいぱーお気軽にどうぞ!

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新作! 隠居したい元Sランク冒険者のおっさんとドラゴン娘が繰り広げる規格外なスローライフ!

「先日救っていただいたドラゴンです」と押しかけ女房してきた美少女と、それに困っている、隠居した元Sランクオッサン冒険者による辺境スローライフ



興味ある方は是非読んでみてください!
― 新着の感想 ―
[気になる点] ミスリル含有武器の展覧場… 盗難とか強盗とか悪い予感しかしない [一言] ああ! また一気に進んでるうぅ!
[良い点] この私としたことが、見忘れていただと! お疲れ様です。ミスリル、不安定な物質で爆発しやすいなんかロマンを感じますね。 [気になる点] レド先生が先生らしく振舞っている! [一言] 編集部に…
2020/08/05 18:20 退会済み
管理
[一言] なんだ、いい子じゃないか。 意地悪令嬢は出てこないのか……
感想一覧
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