66話:塔と魔王
夕刻。
上空の天輪壁より響く鈴の音と共に王都はリングウォールに囲まれた。
王都に住む人々にとって、その音、その光景は夕方を象徴する物であり、同時にその日の終わりを告げる合図だった。
レドも例外ではなくその音を聞いて、講義という名の設立準備の作業を終えた。
その後、イエリに連れられて学院長であるアイゼンへと挨拶しに向かい、何か言われるかと身構えていたが、特に何もなく拍子抜けしてしまった。
そつなく挨拶を終わらせたレドはイエリに一緒に食事しませんかと誘われたので、寮内の食堂でイエリと食事を取る事にした。流石に竜学院内の食堂だけあって料理の種類も質も高く、レドは満足したが少しだけあの少し粗野ながらもどこかほっとする酒場の料理が恋しかった。
食事が一段落したところで、イザベル達の武器携帯の許可を取ろうとさりげなくそれをレドが口にしたところ、イエリはため息をついた。
「レド先生もですか……」
「レド先生……も?」
「はい。講義が終わってすぐにゴトランド先生が教頭室に飛び込んで来ましてね。生徒に武器を持たせる。武器を用意しろって言われまして……」
「ははは……武器については生徒に用意させるから大丈夫だが」
「いや、そもそも武器携帯がですね……」
「別に学院内で振り回させるわけではないさ。竜学院は武器の扱いや実践的な魔術なども教えているのだろ? それの延長だと思ってくれていい。自衛手段は必要だし、武器を安易に使わせない為にも、まずは持たせるところから始めないと」
レドの言葉に苦い表情を浮かべるイエリ。
「……私は剣や魔術については非才の身でしてね……レド先生の言葉は強者の驕りにしか聞こえませんが……レド先生にだけ許可を出さないというのは不公平ですね」
「ということは……あいつに許可出したのか? そのうちゴトランド騎士団なんて物を勝手に作って学院内で秩序を形成しはじめるぞ」
自分の事を棚に上げてそう言うレドにイエリが首を横に力なく振った。
「……竜学院と言えど、【血卓騎士団】にはあまり強く出れませんからね。それに彼は【古き血】のシルル家の長男です。本学院は【古き血】の各家よりの多大な寄付によって成り立っています。多少は目を瞑らないといけません」
「あんたも【古き血】の一員だろ?」
「私にさほど力はありませんよレド先生。ですので、出来る事は……バランスを取る事ぐらいです」
「バランスね……」
その言葉で、レドはようやく目の前の男の本質を掴めた気がした。剣も魔術も出来なくても……戦える男はいるのだ。
「ですので、良いでしょう。レド先生の講義を取っている生徒に限り武器携帯は許可しましょう。ただし……何度も言っていますが……」
「みだりな抜刀やひけらかしは厳禁だろ? 分かっているさ」
「はい。レド先生なら大丈夫だと思っています。しかしゴトランド先生のところが三十人……レド先生のところが十一人……武器携帯者がこんなに増えるとは……本当に気を付けてくださいね」
「ん? 俺のとこは四人だぞ。丁度良い数だ」
「四人? いえそんなはずはありません。私が見た資料では十一人の生徒がその講義を選択しているはずです」
イエリが目を丸くして声を上げた。
「いや、今日来たのはイザベル、レダス、ニルンに留学生のヒナの計四人だ。なんだまだ居たのか?」
「待ってください。なぜその四人がレド先生の講義を?……いやまさか……」
焦りはじめるイエリを見てレドは目を細めた。演技には見えないし、どうやら本気で知らないようだ。
「どうにも情報に齟齬があるようだな。いずれにせよ、俺はあの四人に講義をしていくつもりだ。まあ増える分には歓迎するが」
「ですが、彼女達は……その少し問題を抱えている生徒達でして……一人二人ならともかく全員がレド先生の講義を選んでいるのは不可解です……」
「関係ないさ。それに問題児なんてこっちが勝手に決めつけているだけだろ? 俺からすれば他の生徒となんら変わらないクソ生意気な若者だよ」
「……この件については一旦保留とさせてください。どうにも私の知らないところで何かが……動いているようです。おそらくどの生徒がどの講義を受けるかという資料が、改ざんされて私に回ってきた可能性があります。レド先生にはそのままその四人を受け持っていただいても?」
「勿論さ。既にそれなりの関係性は築けつつある」
「流石ですね……」
「ああ、そうそう、講義の一環として学院内で依頼の募集をすると思うが、まあ問題は起こさないから適当に流して欲しい」
レドがさも当たり前のようにそう言い放つが、イエリがまた深いため息をついた。
「いやいや……問題ありますよ……」
「まあそう言うなイエリ教頭。情報は共有すると約束しよう。書類改ざんについても何か分かるかもしれない。教師の事だけ調べても見えてこない事実もある。生徒同士のやり取りや流れている噂から得られる情報は案外馬鹿に出来ないぞ?」
「……はあ……すっかり私を共犯者に仕立てようとしていますね……怖い人です」
「バレたか。まあでも本気さ。俺はあんたと敵対する必要性も必然性もない」
それはレドの本心だった。更に言えば、あのゴトランドとも出来るだけ事を構えたくないのだが……残念ながらレドは騎士という種類の人間を毛嫌いしていた。
なので、喧嘩を売られればいつでも買ってやるとも思っていた。
ただ、イエリについては味方にしておいた方が良さそうだとレドは直感していた。何やら裏で動いている者がいる以上は一人でも味方を増やした方が得策だと判断し、レドは敵対しない程度にはイエリを利用し、そしてそれ相応の対価は渡すつもりでいた。
対価……つまり情報だ。
レドは情報収集の為にギルド支所を作ろうとしていた。この竜学院の生徒は、ほとんどがどこぞの王族貴族や豪商の子息子女だ。彼らという存在自体が情報であるとレドは認識している。そんな彼らにレドが教師として接しても得られる情報は少ないだろう。であれば、気が緩む生徒同士で腹を割った方が色々と情報は得られるのだ。
しかもそれを依頼主とそれを受ける冒険者という立場に置いてしまえば更に自然な流れとなる。
つまり竜学院内にギルド支所を作りイザベル達に依頼をこなさせる事で、勝手に情報がレドの下へと集まってくるのだ。それも大人では決して得られないような情報が。
勿論ほとんどが取るに足らない情報である可能性はある。どうでもいい情報が大半だろう。
だが、レドは情報の質よりも量を重視していた。とにかく大量に集めてその中から精査していく方がレドの性には合っていた。
レドが竜学院に来た目的の一つがこれだった。正攻法のルート、裏のルート、と情報を仕入れる方法はいくつも持っているレドだが、それとはまた別角度の情報源をレドは求めていた。なんせ学校という物は……あまりに閉鎖的なのだ。
そしてレドのもう一つの目的は――
「イエリ教頭。これも講義と関係するのだが……【塔】を利用したい」
「ん? 【塔】ですか? それは構いませんが。一応、所長であるバージェス先生の許可は必要ですよ。ただ彼女は気難しいですから……許可するかどうかは分かりません」
「ああ、勿論許可は取るからその所長とやらを紹介して欲しい……ん? バージェス? 彼女?」
レドは、先の事件で手に入れた旧世界のデータの入った携帯デバイスの解析をする為に、世界で一番遺術が進んでいる王都の、その更に最先端を行く竜学院内の遺術研究機関、通称【塔】に解析依頼をしようとしていた。
ただ、中身が中身だけに極秘に進めたい案件なので、まずは信頼できる研究員を探す所からなのだが……。
バージェスという名前を聞いて、レドの脳裏にとある女性の顔がよぎった。
「構いませんよ。おや、丁度良い、ほらあちらが【塔】の所長兼本学院の遺術学の教師であるバージェス先生ですよ」
イエリが食堂に入ってきた一人の妙齢の女性へと視線を向けた。汚れた白衣を気にせず教師服の上から羽織っており、明るい茶色の伸ばしっぱなしの髪の毛はボサボサで、猫背の為か、背が高い割にそれほど大きく見えない。細身の身体に眠そうな灰色の瞳と化粧っ気のない顔。身だしなみを整えればさぞかし美人なのだろうが、本人にそうする気は一切ないように見えた。
その髪色と瞳の色は、レドのそれととても良く似ていた。
「げっ……」
その姿を見て、レドが嫌そうな表情を浮かべた。それに気付かず、イエリがその女性へと声を掛けた。
「バージェス先生! 少しよろしいですか?」
「……? 教頭が食堂利用とは珍しいな。……ん? あれ?」
バージェスが眠そうな瞳でイエリとその隣に座るレドを交互に見つめ首を傾げ、言葉を続けた。
「なんでレド君がここに?」
「おや? お知り合いでしたか。なら話は早いですね。良かったらご一緒に食事でも」
「あー、すまんが俺は急に用事を思い出し――」
慌てて席を離れようとするレドだったが、見た目よりも素早い動きでテーブルへとやってきたバージェスが背後からレドの肩を掴んだ。
らしくない不自然な挙動でレドが振りかえると、目を細めて笑顔を浮かべるバージェスの顔が嫌でもレドの目に映った。
「久しぶりだねえ……レド君。どうしたんだい慌てて」
「ひ、久しぶりです……カリス姉さん」
引き攣った笑みを浮かべながらレドは何とかそう言えたのだった。
偶然なのかはたまた必然なのか、レドは実の姉であり、【古き血】の一つであるバージェス家に嫁いで家名が変わった、カリス・アノマ・バージェスとの再会を果たしたのだった。
☆☆☆
地下深くにある、人類がまだその存在に気付けていない国があった。
その名は【灰獄】
国の名前としてはいささか不適切であるように思えるが、そこの住人達はさしてその事を気にしていなかった。
そんな【灰獄】の中でも最下層に位置する場所に、その城はあった。鋼と鉄骨で出来た巨大建造物で周りの岩肌と一体化している。一見すると朽ちた鉄くずのように見えるこの城も、住んでいる者達はやはりそんな事は気にしていない。
「父上、入りますよ」
ノックしたところで無意味と知りつつ、魔族の少女は律儀にノックしてしばらく待ってからその扉を開けた。
その部屋は、玉座と呼ぶにはあまりにも異質だった。モニターやら機械類やらのコードと配線が床が見えなくなるほどに這い回っており、玉座に座る男の周囲をモニターとホログラフィックディスプレイが埋め尽くしていた。
それぞれのモニターで数字と文字の羅列がめまぐるしく流れ、その男はまるで演奏するように三つの鍵盤を叩く。
「父上、解析の進捗はいかほどですか?」
「グリムか。だいぶ見えてきたぞ」
男の低い声が響く。魔族の少女――グリムが男に近付く。
男は一見するとただの中年男性に見えた。後ろへと撫で付けた赤髪に、魔族特有の瞳。額から生えた一本の角。中肉中背で、魔族としては特徴らしい特徴のない普通の男性だった。一つだけ特徴があるとすれば、声が低く妙に重圧感を感じさせるところだろうか。
彼の名はイグレス。
この城の主であり【灰獄】の王だった。
それはつまり彼が魔族達の王であるという事であり、そして人類に【魔王】と恐れられているまさにその人だった。しかし彼が実の娘であるグリムに向けた笑顔は父親のそれであり、魔王という称号は一見すると不釣り合いに見える。
「しかしこれは……予想以上にアレだな」
男は、携帯デバイスを掲げてそれをジッと見つめた。それはグリムがウーガダールで入手した旧世界のデータが入った携帯デバイスだ。
「アレ?」
「ヤバイ情報が満載だ。グリム、このデータは人類側に?」
「あー、うん、ごめん。人類側も持ってる」
「そうか……これ扱い方次第で、人類終わっちゃうぞ。まあそこまで解析出来るか疑問だが」
イグレスの言葉にグリムは頷く。
「父上でやっとなんだから人類には無理……と言いたいところだけど」
「ん?」
「そのデバイスを持っている人間は古竜と深く関わってる。何ならその弟子はドラグーンになってるし」
グリムはとある冒険者の事を思い浮かべて笑顔になった。
「ほお……ドラグーンとはまた」
「古竜に協力を仰げば……解析はすぐだよ」
「なるほど。それからどうなるかは……人類次第か」
「あいつら馬鹿だからきっとつまらない事に使おうとするよ。王都を壊滅させるとかそんなん」
「それされると困るんだけどなあ……ガディスならともかくディザルはまずい」
困ったような顔を浮かべるイグレスにグリムが笑みを浮かべて提案した。
「だったらデータ奪ってこようか?」
「ん? いや止めた方が良い。ディザルは我らとて危険な場所だ。あそこはあまりに【竜の爪痕】が多過ぎる」
「でも放っておいたら大変な事になるかもよ?」
「ふうむ……そうだなあ」
しばらくイグレスは思案すると、何かが閃いたのかポンと手を叩いた。
「そうか……俺が動けばいいのか」
「……父上だけずるい! 私も王都行きたい!」
「しかしなあ……流石にそのまま行くのはマズイ。グリム用の【擬体】はまだ調整中だろ?」
「今から特急でやらせるからちょっと待ってよ。どうせすぐに解析なんて出来ないよ。それに人類社会や文化については私は誰よりも詳しいよ! 父上だけだとすぐ魔族ってバレそうで不安だもん」
「確かになあ……」
また思案し始めたイグレス。グリムはあともう一押しでいけると判断し、畳みかけた。
「それに……最近……父上仕事ばっかりで私寂しい……母上もきっと悲しんでる」
グリムが悲しそうな顔をしてイグレスを見上げた。その瞳は微かに潤んでいた。
「……仕方ない。グリム用の【擬体】が調整出来次第、行くか」
「やった!! あのね、父上に会わせたい人がいるの! 彼がデータ持っているし丁度良いでしょ!?」
彼、という言葉にピクリと反応するイグレス。
「ほお……会わせたい……彼……ねえ……」
イグレスから微かな殺気が漏れている事にグリムは気付いていない。
「じゃあちょっと【擬体】調整手伝ってくるね!」
グリムはそう言って、玉座から飛び出ていった。
「……どんな野郎か知らんが……会うのが楽しみだよ」
邪悪な笑みを浮かべたイグレスだったが、しばらくして再び解析作業を始める。
こうして魔王イグレスとその娘グリムが王都潜入の準備を始めたのだった。
グリムパパ登場! いよいよ表舞台に出てきます。
レドさん家の家族構成について次話で詳しく触れるのでお楽しみに。
<あの>レドさんが敬語を使う相手は数えるほどしかいませんがその一人が今回出てきたカリスお姉たんです。
そしてついにおそらくこの物語のキーパーソンとなる魔王さんも普通にパパしながら登場しています。魔王という言葉のイメージに引っ張られないイメージで作ったキャラで中々のお気に入りです。彼がどう動き、どうなるかが色々と重要なので今後も注目していただければと。
次話更新は7月31日(金)18時です!
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