64話:四者四様
翌日、早朝。
学院長であるアイゼンへ挨拶に行こうとしたレドは少しだけ無精髭を整えて、髪の毛を後ろで縛り、シャツを着た。下半身はいつも通り麻のズボンだが上半身のシャツの上には薄手の革で出来たベストのような胸甲を付けて、その上から例の黒い上着を羽織った。左胸の上で銀の紋章が輝いている。
武器の携帯は予め許可を貰っていたので遠慮無く二本の剣を腰に差した。
鏡に映る自分の姿を見て、レドはぽりぽりと頭を掻いた。
「あの俺が竜学院で教師とはな……世の中どうなるか分からんもんだな」
レドは自虐的な笑みを浮かべ、独り言を呟きながら、部屋の外まで迎えに来てくれたイエリと挨拶を交わした。
「おはようイエリ教頭。わざわざ部屋まですまない」
「おはようございますレド先生。ふふ、教師姿、良くお似合いですよ」
「世辞はやめてくれ……俺だって似合ってないのは自覚している」
「大丈夫です。どこからどう見ても立派な竜学院の教師ですよ」
「そうか……まあならいいんだ」
「では学院長への挨拶の前に、先に使う講義室を見に行きましょうか」
そうして二人は、使う予定の講義室を見に行ったのだが……。
「ゴトランド先生! 勝手に講義室を使われては困ります!」
レドが使う予定の講義室は西棟の1階部分にある比較的広い講義室だったのだが、なぜか椅子や机が外に放り出されており、代わりに一人の大男が腕を組みながら生徒達に剣だの旗だのを講義室内に飾る為の指示を出していた。刈り上げた金髪に緑色の瞳、筋骨隆々でなぜか上半身は裸である。腰には豪奢な飾りの付いた剣をぶら下げている。
その上半身裸の大男――ゴトランドにイエリが声を荒げて向かっていくが、ゴトランドは首を傾げた。
「? 何がだねイエリ? 吾輩の騎士道の講義は人気らしく一つの講義室では足りないと聞いてな、こうしてここを使わせて貰うことにしたんだが?」
「この講義室はレド先生の冒険者学をしていただく予定の講義室です! 予備の講義室は別に用意しましたでしょ?」
「あのような場所で講義するのは吾輩の騎士道に反する。それに……ふん、ここは平民の冒険者ふぜいが使うには少しもったいないわ」
ゴトランドが講義室の入口に佇むレドを見て鼻で笑った。
「すぐに元に戻してください。予備の講義室は別の場所をあてがいますので」
「断る。吾輩はここを使う事に決めたのだ。日が入るのが良い。何よりすぐに外に出れる」
「ゴトランド先生……本学院内では、私に従っていただかないと」
「……【血卓騎士団】の上級騎士であり、かつ栄えあるシルル家の長男である吾輩に対し、指図をすると?」
「本学院内では、私の方が立場は上ですよ。そういう契約です」
「やれやれ仕方ない……」
ゴトランドがまるで当然かのように腰の剣を抜こうとするので、レドが抜刀しつつ床を蹴った。
半ばまで抜刀していたゴトランドとイエリの間へとレドが割って入る。ゴトランドは見下すようにレドを見つめ、レドは曲剣を降ろさない。
「ほお……ただの優男ではないようだが……そんな細腕で吾輩の剣を受けようなぞと考える辺り、浅はかよ」
「イエリ教頭……こいつ本当に教師か? 脳まで筋肉で出来ているように見えるが」
前を向いたまま聞くレドにイエリがため息を付きながら答えた。
「レドさんと共に本日付けで着任されたゴトランド先生ですよ……選択講義の騎士道を担当していただいております。ゴトランド先生、こちらはレド先生です。冒険者学を担当されています。さて、二人とも剣を納めてください。ここは教育の場。武器の携帯は、講義の内容故に特別に許可しましたが、みだりな抜刀は教師といえど禁止です」
「ふむ……まあ吾輩も少し気が逸った。謝罪しようイエリよ」
ゴトランドがわざとらしく音を鳴らしながら剣を鞘に納め、レドは無言で曲剣を腰の鞘へと戻した。
「とにかく……この講義室はレド先生に使っ――」
イエリの言葉をレドが首を横に振りながら遮った。
「いい。不要だ。そちらが使わない予備の方を使わせていただく。どっちみち今からここを元に戻していては講義の時間に間に合わない」
「ですが……」
「ふむ、平民は平民なりに弁えておるようだな。イエリ、貴様の家柄は認めるが魔術も剣も使えん貴様から指図を受ける気は一切ない。安心して吾輩に生徒を預けるが良い」
ゴトランドの自信に満ちあふれた物言いにレドは心底呆れたような表情を浮かべ、付き合っていられないとばかりに背を向けて講義室の扉へと歩いていく。
「……行こうイエリ教頭。その予備の講義室とやらに案内して欲しい」
「分かりました……ゴトランド先生、あとでこの件についてはじっくりと話し合いますからね。では行きましょうレド先生」
講義室を後にしたレドとイエリが向かったのは東棟最上部の一番奥にある、明らかにこれまでは物置としてしか使われていなかったであろうボロボロの講義室。
中には、授業で使う備品やら予備の椅子や机やらが積み上がっていた。
それを見て、レドは苦笑いを浮かべる事しか出来なかった。
「なるほど、あいつが嫌がるのも無理はないな」
「すみません……あくまで予備なのでここで講義する事は想定していませんでした。私の不手際です。すぐに事務員を呼んで片付けを――」
「いや、このままで良い」
「はい?」
レドの言葉にイエリが疑問符を浮かべた。
「大丈夫。冒険者学をただの座学だと思って来るような奴には丁度良い」
「はあ……まあレド先生にお考えがあるのなら良いのですが……ではよろしくお願いします。学院長には、事情があって挨拶は夜になると伝えておきます」
「すまんなイエリ教頭。あんたも……大変そうだな」
「察していただけるだけありがたいですよ……では」
にやりと笑うレドに戸惑いの表情をイエリは浮かべるが、頭を下げてそのまま去っていった。
レドはその後、最低限の掃除を手早く魔術を使って済ませたのだった。
☆☆☆
「あー、今日からこの冒険者学の講師を務めるレドだ。敬称はいらん、呼び捨てでいいぞ」
レドは教卓に腰掛け、講義室を見渡した。雑多な備品や椅子や机が置きっぱなしで、辛うじて見付けたスペースに集まった生徒達が座っている。
集まった生徒は四人だけだった。
「レド先生!! 私はイザベル・サスーリカ・リオートです!! 早速ですが質問! その曲剣と短剣の銘を教えてください! あと使ってる素材とか! 作った職人さんは誰でしょうか!? 刻印はありますか!?」
一番前に座って、ピンと直角に手を挙げてそうまくし立てているのは、銀髪の女生徒――イザベルだった。
「リオート……? とりあえず元気なのは結構だが、ちと落ち着け」
レドは呆れ顔で答えた。しかしその目線はイザベルが付けている手甲に向けられていた。レドにはそれが妙に気になっていた。アクセサリーにしては少し大袈裟すぎる。それに、リオートという家名。それはレドも良く知っている名前だったが……それが家名となると話が変わってくる。
「……こいつほんとにSランクかよ? ただのオッサンじゃねえか」
レドを睨みながらそう吐き捨てたのは、セリアンスロープの血を引いている赤髪の男子生徒だった。短い赤髪の上にネコのような耳があり、ピアスが数個付いていた。背後には髪と同じ色の細長い尻尾が揺れており、制服をだらしなく着崩している。
「発言するのはいいが、名乗られたら名乗り返しましょうってママに教わらなかったか? がきんちょ」
「ちっ……レダス・ガンズだ」
赤髪の男子生徒――レダスがそっぽを向きながら答えた。そんなレダスの斜め後ろから声が上がる。
「レド・マクラフィン、Sランク冒険者、元勇者【風鳴りのセイン】のパーティー【聖狼竜】のメンバー。一時期より単身ガディスへと拠点を移し、古竜襲来事件を解決に導いた。単独の冒険者としては今最も名を上げている一人ですね。僕の見立てではおそらく竜学院での講義というのも冒険者ギルドのいわば宣伝で、少しでも竜学院に対し政治的な影響力を強めたいのが狙いで――」
イザベルに負けず劣らず早口でそう喋るのは小柄で眼鏡を掛けた利発そうな青髪の男子生徒。
最後まで聞いていたら日が暮れそうな勢いだったので、途中でレドが遮った。
「長い。名前を」
「……ニルン・リリーヤです」
レドはどこかで見た事がある顔だな……と思っていたがその家名を聞いて、ため息を付いた。
「リリーヤ……ああそうかヨルネの弟か」
「……その呼び方は嫌いなので止めていただけますか? 僕は姉の、いやリリーヤ家の付属品ではありません」
「そうだな。すまなかったなニルン」
「分かっていただけたら結構です」
眼鏡をくいっとあげてニルンは言葉を締めくくった。
「じゃあ、最後の君、名前を教えてくれるか?」
そうレドが声を掛けたのは一番後ろに座っている黒髪の女生徒だった。綺麗な艶のある長い黒髪を後頭部でポニーテールにしているその女生徒は、顔を俯けたまま小さな声で答えた。
「ひ、ヒナ・アメラギ……です……よろしく……お願い……します……」
「ああ、よろしく。名前の響きからすると、嵐桜国出身か?」
エウーロ大陸より更に南に行ったところに、独特の文化や技術を持つ島国があった。
【嵐桜国】と呼ばれるその国は閉鎖的な国だったが近年になり、この大陸と交流をしはじめていた。ガディスとの間に定期便もあるのだが、嵐桜国人はあまり外に出ない気風なのか、このディザルのみならずガディスでも彼らを見掛ける事は少ない。
「は、はい……留学……してきました」
「そうか、色々と勝手は違うかもしれないが、慣れてほしい。何か分からない事があれば聞いてくれ。後はそうだな……講義に必要だからと予め教頭の許可は取ってあるから、この講義のある日だけは刀を携帯してて良いぞ。無いと不安だろ?」
「……は、はい! ありがとうございます!」
レドの言葉を聞いて初めてヒナは可愛らしい笑顔を浮かべぴょこんと頭を下げたのだった。
嵐桜国人は物心ついた頃に、刀と呼ばれる嵐桜国独特の曲剣を両親から授けられ、それと共に育てられるという。それこそ肌身離さず刀を持ち歩くそうだが、この学院内は基本的に武器の携帯は教師、生徒共に禁止されている。それは留学生のヒナも例外ではなかった。
これまでずっと傍にあった物がないのはきっと不安に違いない。そう考えての発言だった。
ちなみにこの講義を選択した生徒の武器携帯の許可をレドは当然まだ取ってない。イエリなら理解してくれるだろうとレドは踏んでいたのだ。
しかし……中々に個性的な生徒が揃ったな、とレドは感じていた。生徒が一人も来ない事すら想定していたレドとして、ある意味これだけ集まったのは意外だったのだ。
まあ、四人という数はある意味丁度良い。
では、講義をはじめるとしよう。そう考え、レドが口を開く。
「さて……まずは依頼について話そう」
「おお!! いきなり冒険者っぽい話ですね!! ところでその武器の銘はいつ――」
「イザベル、武器についての質問はとりあえず禁止だ」
「はーい!」
ニコニコするイザベルを見てレドはため息をついた。どんだけ武器が気になるんだこの子?
「ああん? いいよ講義なんて。別によー、俺は冒険者なんてダセえのになりたくないんだよ。この講義を受けたのも仕方なくだよ仕方なく。誰が好き好んでこんな講義受けるかよ」
「口調に知性の欠片も感じられませんが、残念ながら僕もそいつに同意です。冒険者なんてくだらない」
レダスとニルンの言葉にレドが返す。
「ふむ……ではどういった理由でこの講義を選択したんだ? 冒険者になりたいからという訳では無いのか」
「レド先生に興味があるので選択しました!! 冒険者には全く興味ありません!」
イザベルが挙手する。目の前に冒険者がいながらも潔い言いっぷりである。
「うん、気持ちは嬉しいがお前はちと黙っとけ」
「ヒナは……あの……その……」
反対に言っていいかどうか分からずヒナが口を開いては閉じてを繰り返す。
律儀にヒナが喋り終わるまで待とうとしたレダスだが、業を煮やしたのか口を挟む。
「ちっ……見て分かんねえのかよ。こいつらも俺も、この学校の教師や生徒から爪弾きにされている、はぐれ者なんだよ」
レダスの言葉に、ニルンが嫌そうな表情を浮かべ、あのイザベルですら笑顔が少し曇った。ヒナは顔を真っ赤にして俯いてしまう。
「……自由奔放で好き放題する癖に、教師達が妙に遠慮して距離をおきたがる武器オタクな女に、口ばっか達者で生徒だけでなく教師にすら見下したような口調で喋るチビ、何考えてるか分からねえいつもオドオドしてる嵐桜国人、それに、セリアンスロープ混じりの俺だ。レド、だったか? 要するあんたはこの学校のお荷物生徒を押しつけられたのさ。選択講義? 馬鹿馬鹿しい。俺らには最初から選択の余地なんざなかったんだよ」
レダスが自虐気味にそう語ると用は済んだとばかりに、机に腰掛けポケットから煙草を取り出した。
半ば強制的に選択させられた講義なんてまともに受ける気は一切ないという雰囲気を押し出していた。
「レダス、お前見た目と違って良く人を見ているし、何より優しいんだな。おかげでお前らの事がよく掴めた。才能あるぞお前」
てっきりレドが煙草を吸うのを注意するのかと構えていたレダスだが、逆に褒められてしまった。
「な、なんだよ! うぜえな! というか煙草注意しろよ!」
「あん? なんだお前怒られたいのか? 思春期かよ。いや思春期か……。あーうん。めんどいから怒らん。好きにしろ。お前ら全員そうだぞ。なぜ、わざわざこんなぼろい端の端にある講義室を選んだと思っている?」
レドはそう言ってニヤリと笑った。
「なるほど……先生が好き放題する為ですね! ここであれば誰も来ませんし、何をしたところでバレはしない」
「バレない……じゃあみんなで……素振り……するとか?」
イザベルの言葉にレドが頷き、ヒナの言葉には首を横に振った。
実際ここをあてがわれたのは偶然で、さもその為に選んだとレドが言ったのは、彼らをその気にさせる為だ。
「いいか、お前ら。お前らがお荷物だろうがはぐれ者だろうがな。どうでもいいんだよ。なぜだか分かるか? そんな事は冒険者には全く関係がないからだ。お荷物? 上等。爪弾き? はぐれ者? 社会不適合者? おいおい、勘弁してくれ……冒険者なんて――そういう奴らの集まりだろうが」
そう言い切ったレドに、全員が黙ってしまった。
「……確かに。冒険者なんて犯罪者の集まり程度の認識でしたが……確かに僕を除くここに集まった奴らにはうってつけかもしれませんね。まあそれでも僕は冒険者なんてなる気はさらさらありませんが」
最初に口を開いたのはニルンだった。レドはその言葉を否定しない。
「気にするな。単位なら心配しなくてもやるし、冒険者になれなんて口が裂けても言わん。だが、この講義を選択した以上は、俺のやり方に従ってもらう。俺も金を貰ってやってるんでな。依頼と依頼主だけには誠意を見せるのが冒険者の鉄則だ」
「やります!! だってなんだか楽しそうだもん!」
イザベルが嬉しそうな声を上げ、レダスは煙草を結局吸わずにしまい、単位を貰えるならまあ……と言った感じであった。ヒナは真剣な表情でレドの言葉を聞いており、ニルンはレドが何か言えばすぐに反論してやろうと構えていた。
そんな四人を見て、レドは流れるような仕草で煙草を取り出し火を付けると、一服。
そして全員に視線を一度合わせ、紫煙を吐きながらこう言ったのだった。
「早速だが……お前らに依頼がある」
ドドドッと新キャラ大量投入。そしてレドさん案外ノリノリやん!
特に、レドの教え子となる彼ら彼女らはメインキャラとして今後活躍するはずなので、暖かく見守ってやってください。
シース達との対比を楽しんでいただければと思います。思春期のクソ生意気な学生っていいよね……としみじみ。
レダス達は、半ば強制的に冒険者学を選ばされましたが、イザベルだけは自分から冒険者学を選んでますね。彼ら彼女らの学院内での立場なども今後作中で触れていきます。
次話更新は7/27(月)の予定です! レドさん流の講義がはじまります。お楽しみに!
感想もお気軽にどうぞ! 必ず目を通して返信させていただきます~




