62話:王都へようこそ!
というわけで三☆章☆です
「ようやく見えてきたな」
夕刻。
揺れる竜車の前面の窓に見えるその光景を前にレドが呟いた。客車の中で、レドと向かい合って座っているのはシースだ。
レドはいつも通り、無精髭に使い込んだ皮鎧と二本の剣を腰に差した恰好だが、髪の毛が伸びており、無造作に後ろで縛っている。
シースも髪が伸びたせいか女性らしさが増していた。鎧は流石に外していたが、【白風】とダガーだけは携えている。
レド達が乗っているのは、今は稀少となった馬の代わりに地竜という翼のない四足歩行の竜に客車を引かせている竜車と呼ばれる乗り物だった。
この世界では広く普及している乗り物で、竜車用に整備された石畳の大きな街道をレド達を乗せて進んでいく。
この街道はエウーロ大陸の最北端である王都ディザルと最南端のガディスを結んでおり、大陸中央付近で大陸の東西を結ぶもう一つの街道と交わっている。両者を合わせて【大十字街道】と呼ばれていた。
街道にはたくさんの竜車や人が行き交っており、近付く王都の華やかさを予感させるほどに街道は賑わっていた。路肩には、屋台や露店がそこかしこで開いており、テントで簡易の酒場まで出来ていた。
しかしそんな光景よりも何よりも目を奪う物が前方にあった。
「あれが……王都ディザル……!」
シースが感嘆の声を上げた。彼女の視線の先、まっすぐに続く【大十字街道】の終着点。
それこそが世界の中心と謳われる都――ディランザル王国、王都ディザル。
魔術と旧世界の技術や遺物を駆使した、他の都市では絶対に見られない超高層建造物が建ち並ぶ巨大都市。一番奥には、その中でも一際目立つ巨大な白亜の塔があり、それはディランザル王国の君主であるティアーデ五世が住まう居城、ディザル城だ。
ディザルの北側は断崖絶壁であり、その崖の遙か下には【碧海】と呼ばれる荒れた海が広がっている。
それだけでも圧倒される光景なのだが――更に目を奪う物がディザルにはあった。
「師匠! なんか凄いのが浮いていますけど!」
シースの視線がディザルの上空へと釘付けになっていた。
巨大都市の上空には、その都市を丸々すっぽりと中に納めてしまうほど巨大な輪状の建造物が浮いており、それはゆっくりと横方向に回転していた。
「凄いだろ? あれこそがディランザルの建国者である【賢聖ベリド】が王都をあの地に定めた理由だ。あれは【天輪壁】と呼ばれる旧世界の遺跡で、ディザルのいわば城壁のような物だな」
レドの解説を聞き、シースが改めてディザルの街並を見ると、確かにこういった大都市なら本来あるべき城壁がなかった。境界線代わりに小さな壁が街を囲んでいるが、都市を守る機能はなさそうだ。
「王が住む都をここまで無防備に晒しているなんて……それになんかあれ落ちてきそうです」
シースの言葉にレドが頷いた。
「まあ一見するとそうだな。だが少なくともあれは千年以上は浮き続けているし、その原理も解明されつつある。竜学院の研究者達によると、ほぼ無限の魔力を自力で精製しておりそれを動力にして浮いているから、理論上は落ちてくる事はないのだとか」
レドの答えに、難しい顔をしたシースが更に質問を重ねた。
「……理屈は分からないですけど凄い事は理解しました。ですがあれでどうやって王都を守るんですか?」
「ん? ああ、そうだな。お前に見せようと思って見えるぐらいの時間に到着するように調整していたんだが……そろそろのはずだ……お、始まったか」
レドが指差す先へとシースが視線を向けた。
【天輪壁】が少しだけ回転を速めたように見えた瞬間に、何か澄んだ鈴のような音が響き始めた。
鈴の音と共に【天輪壁】の下部から、薄透明の光の帯が現れ、それはゆっくりと地面の方へと伸びていく。
光の帯が地面に届くと【天輪壁】は静止し音も鳴り止んだ。地面にまで達した光の帯によって、王都は光の壁によって囲まれ、シースの位置からではぼんやりとしか見えなくなった。
「ああやってディザルは全周囲を光の壁によって守られているんだ。人や物の出入りが多い早朝から夕刻までは解除されるが、夕刻から朝方、つまり夜の間はああやって光壁で閉ざされてしまう。あの光壁はリングウォールと呼ばれていて物理は勿論の事、魔術的な要素も全て弾いてしまうんだ。あれを無理やり突破するのは……古竜といえど難しいだろうな」
「え、どうやって中に入るんですか!」
「心配するな。ちゃんと入る方法はある。その方法以外だと……【天輪壁】の上から侵入するしかない」
「それは……無理ですね」
遙か上空にある【天輪壁】を見つめ、鳥か飛竜でもないと無理だろうとシースは思った。
「そう……だからあの都市はこれまでに一度も陥落した事がない、絶対防御を誇る城郭都市なのさ」
近付くにつれ、その威容が露わになっていく王都に息を飲むシース。
夕日を受けて、オレンジ色に染まるリングウォールとその奥にそびえるいくつもの高層建造物の影が織りなす光景は、シースにとって生涯忘れられない光景となるだろう。
「まあ一週間もすれば慣れる。さて、ぼちぼちゲートが近いか。荷物をまとめろシース、こっから先は徒歩だ。鎧も念の為着とけ」
レドは手早く荷物をまとめると、シースが鎧を装着するのを待って竜車後部から飛び降りた。
その後にシースも続く。
レドが竜車の御者に手を挙げて挨拶をすると、御者はぺこりとお辞儀して来た道へと戻っていく。
「下から見ると……なんか混乱します」
真上に浮かぶ【天輪壁】を見上げてシースがため息を付いた。
「それもじき慣れるさ。さ、行くぞ。もたもたしてると夜になってしまう」
「はい!」
二人が進んだ先には人々が列を成しており、リングウォールの手前にある門のような簡素な建物の前に並んでいる。
「あれは?」
「あれがゲートだ。あそこからリングウォールの内側に入れる。まあ検問みたいなもんだな」
「なるほど……じゃあ、あっちの建物は?」
人々が並ぶ建物から少し離れた場所にそれより一回り大きいかつ豪奢な建物が建っていた。外から見る限りゲートと同じ構造のようだが、そちら側には誰も並んでいない。
「あっちは……まあ貴族用だとでも思ってくれ」
「貴族用ですか?」
「各国の要人や賓客、ディランザルの大貴族などなど……言うなれば特権階級の奴らが使うゲートだ。一般人と一緒に並ぶのを彼らは嫌がるし、一般人だって同じゲートで彼らだけが優遇されれば当然不満も募る。なので、ゲートを分けたって事だ」
「ガディスは一緒でしたよね?」
「ガディスは出入りについては緩いからな。ま、心配するな、俺らは何の問題もない。堂々と行けばいい」
レドは笑うとシースの頭をポンポンと叩いた。
「……はい! しかし入口からしてガディスとは色々と違うんですね」
実は……レドとシースならば特別ゲートを使えるのだが、レドはあえてそちらを使わなかった。
レドは既に、警戒を強めていたのだ。見た目だけで言えば美しい都市だが……その影にはガディスよりも深い闇がある事をレドはよく知っていた。
しかし満面の笑みを浮かべるシースを見て、レドが頭をかいた。
「まあ、少しずつ慣れて行けばいい。俺も当分はディザルにいるしな」
「師匠がいれば心配ないです」
「……つっても俺は竜学院で仕事があるからな。まあこれまでのようにいつでも助言出来るわけではない」
「僕だってもう子供じゃないんですから! みんなが来るまでの間にしっかりと一人でやれるように頑張ります」
「その意気だ。ま、困ったらいつでも頼れ」
「はい!」
さほど待たずに列は進んでいき、レドとシースがゲートの中へと入っていく。
手前には大きな広間があり、奥にはいくつか個室があるようで、その手前にいる衛兵達が並んでいる人々をそれぞれどの個室へと入るか振り分けていた。
レドとシースの番になると、衛兵が柔和な笑みを浮かべて声を掛けてきた。
「ようこそ王都ディザルへ。身分を証明出来る物があればご提示ください」
「シース、ギルドカードを渡すんだ」
「はい」
レドとシースがギルドカードを衛兵へと渡す。衛兵が薄い金色の輝きを放つシースのギルドカードを見て、驚いたような顔を浮かべた。しかしすぐに表情を戻し、口を開く。
「冒険者の方ですね。少し確認いたします」
衛兵は手に持つ四角い箱のような物に二人のカードを一枚ずつ順番に乗せていく。見ればそれは小型の機械のようで、付いている小さなモニターにギルドカードに込められている情報を表示していく。
「シース・アズラエス様……Aランク冒険者。レド・マクラフィン様……っ!? Sランク!? こ、これは失礼しました! す、すぐに上司を呼んで参ります!」
レドのカードの情報を読み取った瞬間、衛兵は目を剥かんばかりに驚愕し慌ててその場を去ろうとする。
それをレドは肩を掴み制止した。
「呼ばなくていい。このまま普通に通してくれたらそれでいいんだ」
「で、ですが! 規定ではSランク冒険者様が万が一こちらのゲートにいらっしゃった場合はゲート管理部部長が挨拶を……」
「挨拶なら結構だ。すまないが少し急いでいるんだ、すぐに通してくれないか? 上司には俺が無理やり通ったとでも報告しとけば、君が咎められる事はないだろ?」
「あ、いやでも……んー…………かしこまりました。では、お通りください。あ、すみません、あの……握手していただいて……よろしいですか?」
はにかみながら、おずおずと手を差し出す衛兵を見て、レドは迷った末にその手を握り返した。
それを嬉しそうにシースは見つめていた。
「あ、ありがとうございます!! 感動です!!」
「お、おう……。じゃあすまないが通らせてもらうぞ」
「もちろんです!! いってらっしゃいませレド様! シース様!」
大きく手を振る衛兵に見送られて、二人が個室へと入っていく。
「師匠、大人気ですね。流石です!」
「からかうな……。冒険者に対する一般人の反応がガディスとは少し違う、シースも気を付けておけ」
「分かりました!」
二人がそうやって会話しながら入っていった先は簡素な部屋だった。壁や天井や床に、回路のような溝が刻まれており、部屋の中心には魔方陣のような紋様が刻まれている。
「あれは簡易の【転移陣】だ」
「師匠が、前ディザルとガディスを短時間で往復した時に使った奴ですよね」
「よく覚えているな……。そう、あれの簡易版というか現代の技術で再現した物だな」
レドがその魔方陣の上に立つとシースを手招きした。
「これ、どうしたら良いんですか?」
「心配するな、勝手に起動される」
シースが魔方陣の上に乗った瞬間に魔方陣が発光。
「うわ!」
シースが驚いたような声を上げた瞬間に、辺りが白い光が包まれた。体感で1秒もかからないうちに、白い光が消える。
「あれ? なんか同じ場所に見え……あ、扉がある」
シースが背後を振りかえると、自分が入ってきたはずの扉がなくなっており、代わりに何もなかったはずの前の壁には扉が出現していた。
「もう転移したぞ。さ、行くぞ」
「は、はい」
さっさと部屋から出るレドの後にシースが付いていく。出た先も先ほどまでいたゲートと同じような建物の中のようで、同じく転移を済ませた人々が出口へと向かっていた。
扉から外に出るとそこは既に王都の中であり、目の前は広場になっていた。
「凄い……凄い! 師匠!」
シースが興奮するのも無理はなかった。
広場にはこれまでシースが見た事がないほどたくさんの人がおり、派手な装飾の屋台や露店が出ていて、シースには何かのお祭りかと思ってしまうほどだった。
緑豊かな広場の向こうには背の高い建造物群が見え、夕日を受けてキラキラと輝いている。
「……狂乱と狂騒の街、王都ディザルへようこそ……なーんてな」
レドが驚きのあまり動きが止まったシースを見て、笑いながら役者のような大振りな仕草でそう言ったのだった。
☆☆☆
「確か……今日だったのぉ、例の彼が来るのは」
王都、貴族区南部にある【王立竜学院】――たんに竜学院と呼ぶ者が多い――の学院長室。
一人の高齢の老人がシンプルながらも上品な光沢を放つ皮製の椅子に座っており、その前にあるデスクの傍に立つ、黒髪をセンターでピッチリと分けた中年男性へと声を掛けた。
「でしたねえ。多分ぼちぼち王都に着いている頃じゃないでしょうか? 学院長には明日朝にでも挨拶に行かせる予定です」
「ふむ……色々と頼むぞイエリ君。分かっていると思うが……くれぐれも粗相がないように……」
学院長である老人――アイゼンに対し、教頭である中年男性――イエリは鷹揚に頷いた。
「承知しています。なにせ冒険者ギルド本部の肝いりですからね。しかし……よくお許しになられましたね学院長」
特に表情を変えないイエリにアイゼンが首肯する。
長年の付き合いといえど、イエリには未だにこの目の前の老人の考えている事が分からなかった。
「うむ。まあ取引じゃな。最近は何かときな臭い……炙り出しには丁度良い薬となるだろう」
「毒にならなければ良いのですが。ただですら本学院には……個性豊かな教師と生徒が多いですから」
「それは……本人次第かのぉ」
「担当させるのは……新規開設する選択講義の一つ……冒険者学でしたっけ」
「ほほほ、冒険者ギルドの要望だからのぉ。あやつらが何を考えているかは分からんが……まあ一部生徒の為にはなるだろう」
そう言ってアイゼンが顔を歪めた。それに薄ら寒い何かを感じながらイエリは黙って頭を下げて、その後退室した。
外へと出た、イエリは大きく息を吸って吐いた。あの部屋では、あまり呼吸したくないというイエリの本能が無意識にそうさせていたのかもしれない。
あまりにあの部屋は……死臭に満ちている。そうイエリは感じていた。
「さてSランク冒険者さんのお手並み……拝見させてもらいましょうか」
廊下の窓から覗く、薄暮の街並を見て、イエリはそう呟いたのだった。
というわけで舞台もガディスからディザルへと変わり、新キャラも色々と出てくる予定です。
それでも変わらずレドさん中心に話は進みますので最後までお付き合いいただければと思います。
王都に関しては、技術、文明レベルがガディスと比べかなり高くなっていますね。だてに世界の中心を名乗っていないです。また冒険者という存在についても、ガディスとは異なっています。その辺りはまた作中で触れたいと思っています。
リングウォールについては昼間は解除されていますが、一応検問所はあります。とはいえ、他の都市と比べ人や物の出入りが尋常でなく多いので、ほとんどの場合が検問はなくそのまま入れます。ただ、作中では描写していませんが国境付近でやや厳しめの検問があるとか。
補足が長くなってしまった……
作者からのお知らせです! 更新頻度についてですがアナウンス通り、
【毎週、月・水・金の週3話更新】となります。更新時間は18時。
毎日更新にしたいところですが、書籍化作業と本業がいそがしく、クオリティの維持が困難と判断した為です。ご理解いただきますようお願いいたします。
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