61話:これから
大波による壊滅的な被害を受けたガディスの港では再び修復作業が開始されていた。
海はあの大灯台崩落以降も荒れており、ときおり見た事もない魔物や沈んだ神殿から逃げてきたのか、あのトカゲ達が現れるようになっていた。そのため修復作業の現場は、作業員の安全の為に防衛隊や冒険者達が警護するようになった
シース達【白竜の息吹】も同様に警護を行っていたが、今日は海が穏やかで、何事もなかったかのように小さな波が寄せては返すを繰り返しているだけだった。
「結局……僕らは何も出来なかった」
海を見つめるシースの言葉とそれに込められた感情に、【白竜の息吹】のメンバー全員が頷いた。
「結局、古竜だったり魔族だったりに翻弄されただけね。唯一それに抗っていたのはレドだけ」
「そうですね……私なんかはご迷惑を……」
イレネの言葉にリーデが落ち込む。
「リーデ。もうその話はしないって決めただろ? お前は悪くないし、俺らは全力だった。それで良いじゃないか」
「そうですね……ありがとうエリオス」
「うん。でも一つだけ気になる事があってね。魔族達の目的は大体分かったけど……結局ゾッドは何がしたかったんだろう」
シースの言葉に誰も答えられなかった。
「……アルドベッグを復活させたかったんだと思います。魔族とも協力関係を築いているようでしたが……すみません私も記憶が曖昧で。ただ……“為すべき事を為そう”……このフレーズを何度もあの人は口にしていました」
「なんだろう……為すべき事って……。でも、間違いなく、僕ら人間の敵だったと思う」
「そうね。あんなゲス野郎、死んで当然だわ」
「……シースさん。ちょっとお願いがありまして」
かしこまったリーデがシースの方へと身体を向けた。その金色の瞳には決意の色が浮かんでいた。
「ん? どうしたのリーデ?」
「はい……少しだけ……休暇をいただきたいと思いまして」
その言葉にイレネとエリオスが驚いたような表情を浮かべた。
だが、シースはただ微笑むだけだった。
田舎から出てきたばかりのシースにはなかった表情だ。
「うん。勿論いいよ。でも理由だけ、もし良ければ聞かせてくれない?」
「はい。一度故郷へ、帰ろうかと思います。私はシリス祭国から追放された身ですが、おそらくこの鎌を見せて事情を話せば……大丈夫かと思います」
そう言ってリーデは手に持つ、無くした大鎌の代わりに使っているゾッドの大鎌を少し揺らした。
「そっか。色々と、決着を付けないとね」
「……ありがとうございます、シースさん。勿論それが終わったらまた戻ってきます。今度はちゃんと、です」
「あはは、うん。リーデはもう大丈夫だよ。そうだ、ついでにイレネ達も休暇を取ったらどう?」
シースが安堵していたイレネとエリオスにそう提案した。
「あー。そういえばしばらく帰ってなかったわね」
「ああ。多分……死ぬほど心配しているぞ」
「旅に出てるんだから帰れるわけないのに……過保護な両親なのよ……」
「ベイルに一度戻って、ゆっくりすればいいよ。ちょっと最近、色々と立て続けに起きてみんな疲れてる」
「そうね……そうしようかしら。ちょっと確かめたい事もあるし」
イレネが手に持つ【アマルダの欠け月】の柄を見つめた。ゲルトハルトの力を一時的に使えた時以来、その柄に嵌まる宝石の色が緑から琥珀色に変わっていたのだ。
「それで、シースさんはどうされるのですか?」
「あー、うん。あの話、受けようかと思うんだ。僕も、色々と思うところがあって」
「良いんじゃない?」
「ああ。俺も賛成だ」
「そうなると、休暇後は……王都で集合ですか?」
「うん。もう、僕らはただの冒険者パーティではないからね」
シースの言葉を受けてイレネがぼやく。
「まさかこんな事になるとはねえ。つい数ヶ月前には想像もしていなかったわ」
イレネは自分のギルドカードを見つめて、ため息を付いた。
ギルドカードは、基本的にどのランクでも同じなのだが……Aランク以降は見た目が少し変わってくる。
Aランクは、薄い上品な金色になっており、Sランクは逆に黒くシンプルな見た目になっていた。ちなみにレドは、それを嫌がって、わざわざ普通のランクのギルドカードと同じ見た目にしていた。本人曰く、自慢しているみたいで嫌だから、だそうだ。
シース達のギルドカードは金色に輝いていた。
「師匠は、どうするんだろ」
シースは何となく、冒険者ギルドの方へと目線を向けたのだった。
☆☆☆
「……疲れた。もう仕事したくない」
「おい、支部長。しっかりしろ」
冒険者ギルドガディス支部、支部長室。
ソファでダレているディアスの前でレドが煙草を吸いながら呆れたような表情を浮かべていた。ディアスはもう何日も家に帰れていないのか、着ているシャツにシワは出来ているし、目の下には隈が出来ていた。
「一体、どれだけの書類や報告書を書かされたと思っている? カイラ上層部も冒険者ギルド本部も、更にディランザル評議会までも今更事件についての情報を寄こせと、癇癪を起こした赤子のようにわめき立てているんだぞ」
「……ご愁傷様だ。だがその報告書のほとんどは俺が書いた奴だろうが」
「……そういえばそうだった」
「おい」
大灯台崩落以降、レドとディアスは後処理に追われていた。幸いというか、地上で待機していた防衛隊や冒険者のおかげで沿岸部の避難は済んでおり人的被害はほぼなかったが、商業都市として港が崩れたのは大打撃だった。
その影響は、商業、漁業、そして観光業にまで大きく及び、カイラ上層部も焦っていた。
「いずれにせよ……ウーガダールは完全に壊れ、海へと沈んだ。魔族も死んだし、古竜はどこかへ消えた。上出来だろうさ」
「感謝はしているよレド」
「……気持ち悪いな」
「本心だよ。今回ばかりは、お前に任せっぱなしだった。だから、今回は全面的にお前の手柄にしているだろ」
「……仕方ない。動けないそっちの事情も分かってはいる。納得はしていないがな。しかしな……やり過ぎだぞほんと」
今回の事件の真相について、冒険者ギルドとカイラ上層部は何度も協議を重ねた上で、ウーガダールについては触れないものの、魔族と古竜の仕業だと発表した。
そしてそれによる被害を最小限にまで減らせたのは、Sランク冒険者であるレドと冒険者パーティ【白竜の息吹】のおかげであると大々的に発表し、同時にシース達をAランクへと昇格させた。因みにロアとヨルネについては巻き込まれた一般人として処理された。本人達もそれで良いそうだ。
結果として、シース達は魔族二体とそれに協力していた連続殺人鬼かつシリス祭国の賞金首であるゾッドを討伐できたのだ。前代未聞の手柄で、誰もAランク昇格については文句は言わなかった。
表面上は、だが……。
そして防衛隊やらカイラ上層部から色々と報酬という名のゴマすりを受けたレドはいい加減それにも嫌気が差してきていたが、当然の報酬でもあると思っていた。
「私がこの街に赴任した途端に立て続けにこんな事が起きて、私の立場も相当怪しくなってきてはいる」
「結果、ギリギリ処理しきれていると俺は思うがな。きっとミラゼルもそう思うさ」
レドは、王都にいる冒険者ギルドの本部にいるであろうミラゼルの事を思い、苦笑いを浮かべた。
「それが余計に嫌なんだよ……」
「だろうな」
「ああ、それで思い出した。ミラゼル様からレド宛の書簡を預かっている」
「……燃やしてくれ」
「したら私が物理的に燃える」
そう言って、ディアスが丸まった書簡をレドへと手渡した。
「嫌な予感しかしないがな……【解錠】」
魔術で書簡を開け、レドは素早く目を通していく。
「なるほど……まあ概ね予想通りの展開だな」
そう言って、レドが書簡をディアスへと渡した。ディアスがそれを読んで深いため息をついた。
「……私としては反対というか……いや……私の勘によると……こっちのがいいのか……」
「それはどういう意味だこら」
「……最近起きたあれこれがどうも、レド、お前絡みだからな……」
「心当たりは……ないぞ?」
「言葉を濁すな言葉を。それで、どうするんだ? 受ける気か?」
「……まあな。本音を言えば、断りたいんだが……気掛かりがいくつかある」
レドがそう言って、煙草を吸って、煙を吐いた。
ミラゼルの書簡は、端的に言えば、冒険者ギルド本部としての、お願いであった。
今回の事件を受けて、レドの評価が本部で急上昇し、結果として……本部お抱えの冒険者兼講師として王都に招きたいとの事だった。
レドとしてはまっぴらごめんなのだが、レドとしても王都に行かなければならない理由がいくつかあったのだ。
「シースの事だろ? お前は過保護過ぎる……と言いたいところだが、おそらくそうした方がいい」
「シースが正式な勇者候補として【血盟】に選ばれてしまったからな。毒蛇に毒虫しかいない王都に行けば、どうなるかは火を見るより明らかだ」
「それに付随して、【竜学院】のアイゼン公が何やら企んでいるらしいからな。レド、お前も付いていった方がいい」
「……まあ、直接手出しするつもりはないが、あまりに目に余るようなら……今回得た人脈で戦わせてもらうさ」
シースが勇者の候補として選ばれた為、王都に招集されたのだ。しばらくは王都で冒険者として活動する事になるだろう。
それ自体は決して悪い事ではないし、レドもいずれはそうアドバイスしようと思っていた。王都とこの街では規模が違い過ぎる。なので舞い込んでくる依頼の質も全く違う。より強く、そして冒険者としての実力を高めたいのなら王都は避けては通れない場所だ。
しかし同時に、ガディスとは比較にならないほど、悪意や敵意を持つ存在が増える。特に勇者候補となれば各方面から色んな手が伸びてくるだろう。中には毒を仕込んでいる者もいる。
レドは強くなったシース達を認めない訳でないが、そういった事に対応出来るかどうかは強さとはまた違った方向の能力が必要だという事を知っていた。そしてそれを知るにはシース達はまだ若く、経験不足だった。
「こう言うと、傲慢かもしれないがな……あいつらにはまだそういう裏方のサポートが必要だ」
「そうだな。ふん、お前の一番得意なことじゃないか。よくあの蠱毒の壺の中のような王都でセインを守っていたよ」
「ま、結果裏目に出てしまった辺り、詰めが甘いんだよ俺は。まあそれに王都に行かなければならない理由はそれだけじゃない」
レドは腰のポーチから取り出した銀色に光る携帯デバイスを机の上に置いた。
「これが例の奴か」
「ああ。ヨルネから預かっている。これの解析を早急に始めないといけないし、他の人間には任せられない」
レドはヨルネから、“持っていてもトラブルの元だから……ただし中身が分かったら教えてほしい”、と言われ、デバイスを預かったのだ。中身は魔族も欲しがった旧世界の遺跡のデータだ。それが今後世界にどういう影響を及ぼすのか、レドは想像もしたくなかった。
「旧世界レベルの遺物の解析となると……【竜学院】の地下にある研究施設でないと無理だろうな」
ディアスが見たくもないとばかりに、デバイスから目を離した。
「ああ。となると、やはり【竜学院】にやってもらうしかないんだが、あそこはアイゼン公のお膝元だ。さてどうしたもんか……」
「とぼけるなレド。どうせ、既に考えはあるのだろ?」
「まあな。あまり気乗りはしないのだが……。実は向こうから既にお誘いがあってな。デバイスの事は……知っていると想定した方がいいだろうな」
レドはデバイスを再びポーチにしまうと、吸いきった煙草を灰皿へと押しつけた。
「ほお……どういう誘いだ?」
「……冒険者ギルドからの派遣講師として【竜学院】で講義をしろとさ」
「なるほど。丁度良い隠れ蓑になるじゃないか」
「裏の意図がなければ、な。何を企んでいるのか……」
「レド、お前が思っている以上にお前の冒険者としての評価、そして同時に講師としての評価が上がっている。純粋に講師をして欲しいからという線もあるぞ」
「やれやれ、古竜にも言われたよ。講師の方が向いていると」
「古竜のお墨付きだ。胸張って講師すればいい」
ディアスの言葉にレドは渋々頷いたのだった。
こうしてレドとシース達はディランザル王国、王都ディザルへと活動の拠点を移す事となる。
世界でこの上なしと評される教育機関【竜学院】の派遣講師として務める事になったレド。
策謀渦巻く王都で、勇者候補として選ばれたシース。
それぞれの物語の幕が再び上がろうとしていた。
二章完結っっっ!!!
趣味に走ったおかげでかなり反省点の多い章でしたが、世界観や重要な設定のチラ見せは出来たので個人的には満足しています。
次の三章については、舞台が変わり、王都でもお話になります。学園編? ダヨ!!!
レドさんの講師生活を中心にコンパクトに書いていく予定です。新キャラもまた色々と出てきますが、二章ほどアレコレは多分な……はず……。
ブクマ、評価、感想が励みになりここまで書けました。応援ありがとうございました!
まだの方は少しでも良いと思ったらブクマ評価お願いします! つまらんなら星1でも大丈夫ダヨ!
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