59話:懇願
通路の途中で水が押し寄せてきたので、レド達は一旦女王の間に戻っていた。
「規格外過ぎるな……」
そこへシースが現れ、現状を聞くとレドは思わずそう溢してしまう。
「すみません師匠。もう全然相手になりませんでした……」
「シース、お前が謝る事はない。俺の考えが甘かった」
頭を下げるシースにレドが優しく返した。
シースやロアとヨルネの三人であれば何とかなるかもしれない。そう考えていたのだが、レドの想定以上に古竜という存在は化物だった。もはや、人によってどうこう出来るレベルではないな、とレドは心底理解した。
「とにかく早くここを離れないとね。問題はどうやって……だけど」
「シースさんが塞いでくれた通路以外に出口があるかどうかですね」
「探してみよう」
イレネ、リーデ、エリオスが女王の間を調べ始めるが、隠し通路の類いもなく、出口はないように見えた。
「詰んだか……?」
レドは今いるメンバーと自分の能力、魔術、道具を駆使してなんとかこの状況を打破できないか考えたが、妙案は浮かばなかった。
勿論いくつか思い付いた脱出案はある。
しかし、今この塔全体がどういう状況なのか、アルドベッグがどこに居るのかなどの情報があまりに不足していた。この状況だっていつまで続くか分からない。
そういった不確定要素を考えれば考えるほど、レドはその案を消去せざるを得なかった。
「……僕の力で水を全て凍らせて、溶かしながら進む……とか?」
「どれぐらい水の量があるか不明だし、お前の魔力がそこまで持つのか?」
「……この地底湖の大きさを考えると流石に難しいです……」
シースが思い付いた事を口にするが、レドは一旦その可能性を考慮したうえで、却下していく。
「なんでもいい、思い浮かぶ事は片っ端から言ってくれ」
レドがそう言うと、シース達が色々と投げかけてきてくれた。
「魔術で何か船のような物を生成するのはどう?。わざと水をここに入れて水位を上昇させ、天井が近付いたら、穴を開ける。それを繰り返せば、少なくとも地底湖の湖面までは戻れるわ」
「仮に船が出来たとして、天井を破壊できるかが未知数だ。それに既にこの上が水で満たされていた場合は危険だ。もはやこの塔の何処までが水没しているか分からん」
「確かにそうね……」
イレネの案は悪くないが、やはり一か八かの賭けに近い。レドとしてはそういった案は出来る限り非常手段として残しておきたかった。一度水を入れてしまえばもう後戻りは出来ないのだから。
「逆に、床に穴を開けて地面まで掘るのはどうだろうか。レドさんは土属性の魔術が得意だから、地面にさえどり着ければ、そこから上までの脱出路を作れるのでは?」
エリオスの案は、レドも思い付かなかった案だった。理論上はいける。魔力を酷使しなければならないし、ここまでの消費を考えると、足りるかどうかが微妙だがやれない事はない。
だが……。
「……悪くない。だが、問題は、この塔の下がどうなっているか分からない点だ。塔の基礎部が地面にまで到達していればいいが……もしそうでないなら、水が噴き出してきて終わりだ」
「考えが足らなかったか……すまないレドさん」
「いや、それは俺も思い浮かばなかった案だ。そういうのが欲しい」
目を閉じていたリーデが、何かを思い付いたように目を開けた。
「シースさんの氷を解除して、昇降機前の広場に突入します。そこから湖面の上である塔の一階部分までは吹き抜けになっていますから、呼吸魔術を使って水と共に上まで行く……というのはどうでしょうか?」
「俺もそれが一番、生存率の高い方法だと考えたが……アルドベッグがそこにいる可能性がある上に、氷の解除の仕方を工夫しないと、結局ここまで押し流されてしまうのが難点だ」
賭けになるが、レドにはリーデの方法しかないように思えてきた。ただし呼吸魔術は、名前の通り水中でも息が続く魔法だが、決して泳ぎが上手くなる魔術ではないし、効果時間もさほど長くはない
そんな状況でアルドベッグに万が一襲われたらひとたまりもない。
「せめて、アルドベッグの場所さえ分かれば……」
「お、生きてるか? 重畳重畳。すっかり袋のネズミだなお前ら」
シースの独り言に、反応する軽い声。
レド達が一瞬で臨戦態勢に移行すると同時に、レド達の頭上に半透明のエギュベルが浮かんでいた。
「エギュベルさん!?」
「不完全覚醒とはいえ、腐っても古竜。アルドベッグの相手はちと荷が重かったなシース」
爽やかに笑うエギュベル。実体ではないところを見ると、この神殿でこれまでによく見たあのホログラフィックディスプレイだろうとレドは推測した。
だが、これはチャンスだ。レドはこの機会を逃してはならないとばかりにエギュベルへと言葉を投げかけた。
「エギュベル、ここから脱出する方法はないか?」
レドの問いにエギュベルが首を横に振った。
「お前らでは無理だな。アルドベッグが完全にあの吹き抜けを壊しやがって、この塔の下層部は完全に水没している。シースの氷で水をせき止めているんだろうが、解除した瞬間に終わりだし、そもそもそこに浸水するのも時間の問題だ」
「……アルドベッグはどこにいる」
「さてな……まあまだこの地底湖のどこかにはいると思うが。あーあと、あの生意気なガキと魔術師のカップルは無事だぞ。お前らを助けろ助けろうるさくてな」
「そうか。そいつは朗報だが……。なあエギュベル、あんたは古竜だ。こうやってこのホログラフィックディスプレイだがなんだかを使いこなしているところを見ると、こういうのの操作は簡単にできるのだろ?」
レドは分の悪い賭けだが、ある一つの方法を思い付いていた。はっきり言って、絶対に選びたくない案だったし、そもそも本末転倒な結末になる可能性の方が高い方法だった。
だが、これまでに手に入れた情報と、古竜であるエギュベルの協力があれば……あるいは可能かもしれないという小さな可能性にレドは望みを託す事にしたのだ。
「使えるねえ。……いいね、良い顔をしているぞ、人間。何を考えている? 言ってみろよ」
「――ウーガダールを完全起動させてくれ」
レドのその言葉に、エギュベルとリーデ以外の全員が驚愕の表情を浮かべ、そして口を開いた。
「し、師匠! 何を言っているんですか!」
「それを止める為にあたし達はこんな地の底まで来たんでしょ!?」
「レドさん、どうしたんだ!」
「……なるほど……そういう事ですか」
リーデだけは、レドが意図している事に気付いたが、やはりそれは難しいのではないかという結論に至った。
それはあまりに危険な賭けだ。
「……あはは!! 悪くない!! 悪くないぞ人間! レドだったな! 流石はシースの師匠だ。普通の奴ならそんな事思いもしないし、仮に思い付いても躊躇うはずだ」
「その反応からすると、出来るのだな」
レドにエギュベルがまっすぐに答えた。
「出来る」
「そうか」
「師匠! どういう事ですか!」
「この神殿は元々何の為に造られたか、思い出せお前ら」
レドの言葉にシース達が考え、口にしていく。
「アルドベッグを復活させる為?」
「そうだなシース。ではなぜこんな大層な神殿が必要なんだ? アルドベッグが復活する条件はなんだ?」
「大量の水……ですね」
「その通りだリーデ」
レドの言葉を受けて、イレネが語る。
「……ベイルは水と緑が豊かな土地だったけど、この神殿のせいで砂漠になった。つまりこの神殿……いえこの兵器は周囲の水を吸収する力を持っている……そうか……だからここを今発動させれば……」
イレネの言葉にエリオスが続いた。
「――地底湖の水が吸収される。だが、消えた水はどこへ行くのだ?」
「この塔は言わば制御塔だ。で、あればあの外周の無駄に大きな輪状の建造物はなんだ?」
「そうか……あそこが貯水槽の役割をしているんだ!」
シース達が答えに辿り着き、喜んでいるが、リーデだけは浮かない顔をしていた。
「ですが……地底湖の水だけで済むのでしょうか? それでガディスまで砂漠になってしまっては……元も子もありません」
「それは俺も分かっている。だから――エギュベル。この神殿を完全起動させた場合、被害はどの程度になると予想される?」
レドが空中にいるエギュベルへと問う。
それにエギュベルが拍手を送った。
「素晴らしい師匠っぷりだ。お前、冒険者するより講師とかの方が向いているんじゃねえか?」
「……もはやそういうもんだよ」
「面白い。いいなお前、どうだドラグーンにならないか? もっと強くなれるぜ?」
「断る。今の俺にはもうそういう強さはいらないって事ぐらいは気付いているさ」
「んだよ若造の癖に。まあ面白いから答えてやると、ウーガダールを起動する際に貯水する量を予め設定出来る。だから……この地底湖の水を抜く程度にしておけば、何の被害も出ない」
エギュベルの答えに、レドはとりあえず危惧すべき事案が一個解消されたことに安堵した。
「ですが師匠。仮に問題ないとしても……僕達が死なない為とはいえ、街に被害が及ぶかもしれないものを勝手に起動させていいのでしょうか? もし万が一があった場合は……」
「……そもそも、いつ起動してガディスが滅びてもおかしくない状況だった。しかもそれは事前に分かっていた。だが、実際にそれを阻止する為に動いたのは俺達だけだ。俺だってそうせざるを得ない事ぐらいは理解しているが……気持ちは別だ」
もし、もう少し戦力を投入出来ていれば。こんな事態にはなってなかったかもしれない。
レドの言葉が続く。
「俺は……死にたくない。何よりお前らを誰一人死なせたくないんだ。だから、その為になら、万が一すらも飲み込んで生き残る方法を選ぶ。もしかしたら街に被害が及ぶかもしれない……ただその為だけに自分達を犠牲に出来るほど――俺は人間が出来ていない!」
レドの言葉に全員が返せなかった。レドも格好悪い事を言っている自覚はあったし、ただの開き直りだと分かっていた。
「言うねえ。でも良いのか? こんだけ破壊されてたら、被害が出ないように設定していたとしてもウーガダールが暴走して上の街が消えるかもしれないぜ? 自分の命の為に何万人もの命を犠牲にするのか?」
「何万人の為に少数の命を犠牲にしても良い理由もない。ま、いずれにせよ、俺がこれを提案しようとしまいと……エギュベル、あんた、ウーガダールを起動させる気だろ?」
レドの言葉に、エギュベルが押し黙った。
「え、師匠どういう事ですか?」
「エギュベルのそもそもの目的がずっと不明瞭だった。だが、この場所での行動を見た限りでは、エギュベルはアルドベッグの復活を少なくとも今は望んでいない。あの場でアルドベッグが復活した際にすぐに攻撃しなかった理由は分からないが……少なくとも今もこの塔に残っている理由は間違いなくアルドベッグだ」
レドの説明にエギュベルが不敵に笑った。
「正解だと言っておこうか。あの場で攻撃しなかった理由は、単純に久々に旧友に会えて嬉しかったし、データを盗んだ魔族を捕らえる方が優先度が高かったから」
「あんたがこれからアルドベッグと対話をするのか……戦うのか。それも分からない。だが、少なくとも水を必要とする同格の古竜を相手にするのに、相手の有利なフィールドを残してしておくか? いや残さない。俺だったら神殿を起動させて水を奪おうと考える」
「それも正解だ。アルドベッグがここから出たところで起動させて力を奪うつもりだった。ウーガダールは皮肉な事にあいつの為に造られた兵器であったと同時に、あいつを封じる事の出来る唯一の兵器なのさ。そしてこいつがその最後の一基なんだ。これをこのタイミングで使わないと……手が付けられなくなる」
「だから、シース。俺らが望もうと望むまいと……神殿は発動していたんだ。だからこれは……交渉じゃない懇願だ」
そう言って、レドは床に膝を付き、エギュベルへと頭を下げた。
「古竜……【炎賛竜エギュベル】よ、頼む……どうか、上の街に被害が出ないように規模を調整してくれないか? 貴女達からすれば人間は取るに足らない存在かもしれないが、少なくともそこに命があって暮らしがあって――歴史があるんだ。それがこんな事で消えて欲しくないんだ――頼む!」
レドの後ろで、シース達全員が同じように膝を付き頭を下げた。言葉はもはや不要だろうと全員黙ったままだった。
「……歴史……ねえ。知ってて言っているのかそれは? だが……悪くない。ははっ、これだから人間は面白いんだよ」
エギュベルの笑い声が響いた。
「レド、これで貸し一つだぜ? 街に被害が及ばないようにしっかりばっちり地底湖の水だけ吸収して、ついでにお前らが上がって来られるように昇降機も下げといてやる」
「……感謝する【炎賛竜エギュベル】」
「やめろやめろ、かしこまった感じがあたしは嫌いなんだ。うっし、じゃあいっちょ起動させるからちと待ってろ。なあに、既に起動シークエンスはスタンバイ済みだ。ほれ、ポチッとな」
エギュベルの軽い言葉と同時に――ウーガダールが完全起動した。
レドさんも人間ですからねえ。不平も不満もあるんやで。
あと2話で二章もおしまいです! うわーおしまいだああ。
二章が終わりましたら、しばらく書籍化作業の為のお休みをいただいてその後三章開幕となります!
最後までお付き合いいただければと




