58話:決壊
「あー身体動かしにくいなあ……これ表面だけ戻ってるだけで中はボロボロか……」
独りごちるアルドベッグが空中に漂う水塊を従えて昇降機へと向かう。その歩みに淀みはないが、本人としては全盛期の百分の一の力も出ていない事が不満だった。
そもそも、彼女としてはまだ目覚める予定はなかった。
何かの保険としてずっと可愛がっていたペット達に自分の血を分け与えて、何かあれば起こすようにと伝えていた。まさかまだそれを律儀に覚えていて更に本当に起こしてくれるとはアルドベッグも思っていなかったのだ。
「エギュベルもなんか丸くなってるし……他の奴らもまだ生きているのかな? せっかくだし全員起こすか」
うんうんと自分の言葉に頷くアルドベッグは、自分の考えが案外悪くないように感じた。今の世界の状況は謎だが、あの人間達を見る限り、どうやらまだまだ人類はしぶとく生き延びているようだ。
ならば――星を浄化させるという我々に与えられた使命を全うさせる時が再び来たのではないか?
アルドベッグはとりあえずの目的が出来た事に安堵した。堕落と退屈は何年生きようと苦痛なのだ。
「“為すべき事を為そう”……か」
邪悪な笑みを浮かべるアルドベッグの背後に足音が迫る。
昇降機前の空間へと三つの影が飛び込んできた。
「追い付いた!」
「悪いが、先に行かせてもらう!――【雷実の狩人】」
足と剣に雷を纏ったロアが叫びながら加速。アルドベッグの背中へと突きを放つ。
「三匹も通しちゃうなんてデュレスちゃんはダメダメね……ま、そこが可愛いんだけど」
アルドベッグが後ろを振り向きもせず手を振ると、漂っていた水塊から触手が針のように放たれロアを迎撃。
「ちっ!」
ロアは突きの軌道を変化させ、自分へと迫る水の触手へと薙ぎ払う。あっさりと切れた触手がただの水へと戻り、床へと落ちた。
その隙に今度はシースが前へと飛び出す。
「相手が水なら、僕に任せて! 【凍夜白閃】」
シースが【白風】を払って、白い斬撃をアルドベッグへと放つ。
しかし、それがアルドベッグへと届く前に、水塊が変化して出来た壁へとぶつかり、それを凍結させるだけに終わった。
「邪魔だ!」
ロアが力任せに剣でその氷の壁を叩き割ってアルドベッグに追い付こうとするも、既にその周囲には水塊が四つも生成されており、まるで衛星のようにゆっくりとアルドベッグの周囲を回っている。
それぞれから今度は槍のような触手が一斉に放たれた。
「キリがないわね……“白き王よその威光を示せ”【凍結領域】」
後ろからヨルネが魔術を放って、ロアへと迫る槍を凍結させ動きを止めた。更にシースもそれに続いて凍った槍を砕きながら疾走。
左右に分かれたシースとロアが挟むようにアルドベッグへと迫る。
「へー、最近の人間は随分と器用に魔力を使うんだね」
そこで初めてアルドベッグが視線を迫る三人へと向けた。
「首は貰うぞ古竜!――【星海の雷】」
ロアの剣が雷鳴を轟かせながらアルドベッグの首へと迫る。
「手加減はしないよ!【錐穿つ竜氷】」
シースが氷の風を螺旋状に放つ。
「……これで終わって!――【火焰の鉄槌】」
ヨルネの魔術によって、炎の塊がまるで槌のようにアルドベッグへと叩き付けられた。
殺到するその一つ一つが、普通の人間であれば即死するレベルの技であり、魔族ですらも致命傷を負いかねないほどの威力があった。
「はいはい、面白いね」
ロアの剣を首で、シースの放った氷の槍を右手で、頭上から迫るヨルネの炎槌を左手で――アルドベッグはただ受けるのみだった。
ただそれだけで、ロアの剣は首の皮一枚も切れず、シースの氷槍は砕け、ヨルネの炎槌は掻き消えた。
「……硬すぎる!」
アルドベッグの反撃を警戒してロアとシースが距離を取ろうとバックステップ。ヨルネも防御魔術を放とうと構えていた。
しかしアルドベッグは何をすることもなく佇むだけだった。
「……んー調子悪いなあ。というか……あれ?」
アルドベッグはまるで何事もなかったかのように壁を見つめていた。
「……水がある?」
アルドベッグがそう呟くと手を壁へと向けた。
そこで、シース達はようやく気付いたのだった。
目の前の古竜は水を操る事が出来て、そしてこの神殿は中こそ無事だが、ほとんどの部分が地底湖に沈んでいたという事に。
更にここは神殿の中心にあった塔の最下層であり、当然ながら壁の向こうには――大量の水があった。
「……なんだ、水あるじゃん」
「っ!! まずい!」
まるで、巨大な破城槌で叩かれたかのような衝撃音と揺れがシース達のいるこの中央塔を襲った。見れば、アルドベッグが手を向けた先にある壁が内側へと凹んでいた。
「ウーガダール壊れちゃうけど……結果水が得られたらいっか。上の街とやらは私自らが潰せばいいし」
その言葉と共に、壁に亀裂が入り水が勢いよく吹き出した。
「昇降機へ走れ! 沈むぞ!」
ロアが叫ぶと同時に昇降機へと走った。それに続くヨルネだったが、シースは後ろの通路を振りかえると、その場に留まった。
「シース! 何をしている!」
水が空間を満たしていく中、昇降機へと乗ったロアがシースに早く来いとばかり叫ぶ。アルドベッグはただ嬉しそうに壁から吹き出る水を浴びているだけだった。
「こうなったらもう助からないぞ!」
「……逃げ場は……ないよ?」
「師匠達を放ってはおけません……行ってください」
ロアとヨルネの言葉にシースは首を振って笑顔で答え、通路へと戻っていった。
「あの馬鹿……」
「……行きましょう。きっと……何か……手があるのよ」
昇降機が水浸しになりながらも扉を閉じて、上昇していく。
シースは通路へと戻ると、ありったけの魔力を【白風】へと込めた。
通路は緩やかに下っている為、水が通路へと流れて込んで来ていた。そうなるとまずレド達のいる空間が沈む。
それを、シースは見過ごす事なかった。
「……【永久氷墓】」
シースが床へと【白風】を突き立てて力を解放。
通路の入口のから流れ込んでくる水が凍結し、更に氷柱となって入口を塞いだ。それによって、水の流入は止められたが、シースにそこから先の考えがあるわけではなかった。
「……別の出口を探さなきゃ」
シースはレド達に合流しようと通路を逆に戻っていった。
☆☆☆
中央塔上部まで戻っていたエギュベルも、その異変に気付いた。
「あいつ……まさかここを壊す気か?」
昔から平気でそういう事をするやつだったな、とエギュベルは遠い過去を思い出した。自分の為に大層な兵器を作らせて数回使っては飽きて放置するを繰り返していたアルドベッグを、苦い顔で見ていたエギュベル。
エギュベルは手も触れずに通路の壁際にあったコンソールを操作していく。軽く神殿全体にスキャンをかけた結果、既にデータを盗んだあの魔族の姿はなかった。エギュベルも地の果てまで追う事を考えたが……。
ホログラムが空中に現れ、この神殿の構造図が表示され、下層部が真っ赤に染まっていた。
「お、まだ生きてんじゃん」
見れば、人を表す赤いドットが固まりになって女王の間に表示されていた。そこだけはどうやらまだ水没していないようだ。
「水が入ってくる前に氷で塞いだのか? どうも二人だけは昇降機で逃れているようだが……」
エギュベルはどう動くべきかしばらく思案すると、そのまま昇降機の方へと向かった。
ラスボス戦というほど相手にされなかった感じ。からの脱出です。ゲームなら制限時間出るやつ。
次話で脱出そして…
二章最後までよろしくお願いします!
……まだ真のラスボス戦があるとかないとか……
感想お気軽に!




