56話:交渉決裂
「……全く……何年越しの伏線だそれ。ペットに自分の血を仕込んでおくなんざ小賢しい真似を」
デュレスの頭を撫でるアルドベッグへとエギュベルが苦々しく声をかけた。
その二人を除く全員が、どうすれば良いか分からず、唖然とした表情を浮かべ突っ立っていた。
レドにはこの状況がすぐには飲み込めなかった。デュレスはアルドベッグを目覚めさす為に神殿を起動させようとしていたのではないのか? ならなぜ、神殿が完全起動していないのに目覚めたのだ?
ここまでの苦労が全て泡になったような感覚に襲われ、レドは膝が崩れそうになるのを必死に抑えた。自分がしっかりしないといけない。その気持ちがレドに何とか冷静さを保たせていた。
「……神殿の完全起動はまだのはずだ。なぜ目覚めたんだ?」
自分の声が震えないように気を付けてレドが問う。放っておけば古竜同士で話が進んでしまう。主導権は握れなくても、話に置いていかれてはならない。
それが出来るのはおそらく自分だけだ。
「ん? 何よまだいるじゃん人間。デュレスちゃん、言ったでしょ? ちゃんと全員抜かりなくぶっ殺すまでは起こしたら駄目だって」
「……申し……訳……ございま……せん」
まだ生きていたデュレスがアルドベッグの胸の中で途切れ途切れになりながらも謝罪をした。
「はん、そいつも必死だったのさ。しかし、ふむ……見たところ、やはりまだ不完全覚醒か。まああの程度の量では無理だわな」
「あー誰かと思えばエギュベルじゃん。ひっさー。わざわざ起こしに来たの? 暇人?」
「逆だよ。お前が起きると大体物事がややこしくなるから、起きないようにしようと思ったんだが、見事にやられた」
「昔からエギュベルは雑でてきとーで行き当たりばったりだもん。でも、確かにあれだね、身体動かしにくいかも。よし、とりあえず水がいるね。ウーガダールが起動していないみたいだし動かしますか」
アルドベッグが、胸の中のデュレスを雑に床に投げ捨てると、立ち上がった。全裸の身体を水のヴェールが覆っていき、ドレス姿になった。それはエギュベルの着ている黒いビスチェドレスと形がよく似ていた。
アルドベッグの黒く長い髪は腰まで届き、水が身体の周りをふよふよと漂っていた。
その姿はさながら水の精霊のようだが、そんな可愛いらしい物ではない事をレドは知っている。
「悪いが……この神殿を起動させるつもりはない。俺らには俺らの事情がある。お前ら古竜同士にどういう因縁があるか知らんが、そういうのは俺らの見えないところでやれ」
レドが剣先をアルドベッグへと向けた。こいつがなんであれ、神殿を起動させようとするのならば間違いなく敵だ。
「こいつ誰よ。それにそっちのちっこいのからはエギュベルの血の匂いがするし……あんたまだ人形遊びとかやってんの?」
「お前の動物趣味よりはマシだ」
「動物の方がよっぽど可愛いのに……」
「そこの人間共は、ウーガダールの真上に街を作った大馬鹿共の子孫だ。街を砂漠にされたくないからってわざわざここまで来てくれたんだ。歓迎してやれよ」
「地雷の上に自ら来といて、爆発するのは止めてくださいって……虫が良すぎない? だから人間って嫌いなのよ。大陸北部にあった奴もそのせいで潰されたし~」
やれやれといった表情を浮かべるアルドベッグに、レドは交渉の余地はないなと感じていた。
「……レド、古竜と交渉するつもりなら、止めとけ。価値観も倫理観も何もかも違い過ぎる。見た目だけ近いからそっちに引っ張られるが……無駄だ」
ロアがそう助言し、レドもその通りだと実感した。あまりにスケールが違い過ぎる。
「あーめんどくせーなー。小賢しい魔族はデータ盗んでくし、お前は起きるし……どうすっかなあ」
「また昔みたいにやろうよ、どっちのが早く大陸壊せるか勝負」
「アホ、あれのせいで死ぬほど他の連中に怒られたし、それのせいで仮死状態まで追いやられたのはどこのどいつだよ」
「そうだっけ? 忘れちゃった」
あまりに規格外の話についていけないレドはもはや理解する事を諦めた。
「悪いが、ここを起動させようとするなら街を守る為に俺らは全力で阻止するぞ」
そのレドの言葉を受けてエギュベルがアルドベッグへと邪悪な笑顔を向けた。
「だ、そうだ。で、どうするんだ? あたしのドラグーンもいるから手強いぞ?」
「……めんどくさー。羽虫に喧嘩売られてもやる気でないし。デュレス……さっさとこいつらを殺して。私は上行って動かしてくる」
アルドベッグが手を振ると、玉座の横に投げ捨てられていたデュレスを水の繭が包んでいく。
「あ、そうだ、久し振りに使ってみよっと――【水妖竜】」
更にアルドベッグが手をプールに翳すと、プールの水が宙に浮かび、その水がこの神殿でレド達が散々見たトカゲの形へと成っていく。
アルドベッグを囲むように床に降り立ったトカゲは全部で十体。
「行くぞ! ロア、望み通り古竜討伐だ! 好きなだけ暴れろ!」
レドの声と共に全員が動いた。
レドは青い短剣をデュレスを内包する水の繭へと向けた。どう考えてもあれを放置していて良い事はない。
「魔術を撃てる者はデュレスの繭へ火力を集中させろ! シース、エリオス、ロアは前衛だ! トカゲとアルドベッグを近付けるな!」
「了解!」
「ふっ、お手並み拝見といこう」
ヨルネとレドが雷の魔術を放ち、遅れてイレネが氷の矢を放った。
それと同時にシースとロアとエリオスが前へと飛び出す。
「こいつらに手を出したら盟約違反だから、あたしはさっきの魔族を追おうかねえ」
そう言ってエギュベルが跳躍、入口へと到達すると通路へと消えた。
トカゲたちと激突した前衛がそれぞれの武器を振るう。
レド達の放った魔術が繭へと命中するが、エギュベルの黒炎すらも飲み込むその繭には効果は薄かった。
第二射を放とうとするレドをあざ笑うかのように繭が弾けると、中から現れたのは一見すると傷が癒えたように見えるデュレスだった。デュレスはアルドベッグへと頭を下げ、そしてギラギラと目を光らせながらレド達を舐めるように見つめた。
「……我が主よ……我に闘争の機会を再び与えてくれて感謝する……さあ人間共よ! 我と闘争を!! 終わりなき狂騒を!」
「頑張ってねデュレスちゃん。私は上に行くから。あと、よろしく」
アルドベッグが床を蹴ると、あっという間にレド達を飛び越え、入口へと着地。
「くそっ!! 動きが速すぎる」
レドが冷静にアルドベッグへと魔術を放とうと入口へと振りかえるが、それよりも早く雷光と化したデュレスが先回りし、立ち塞がった。
「戦力を分けるぞ! ロア、シース、ヨルネ、お前らはアルドベッグを追え! この魔族とトカゲは俺らで片付けて後を追う! 絶対に中央制御室に行かせるな!」
「ですが、師匠!」
「俺らでは残念ながら古竜の相手は務まらん。お前らならやれるかもしれん。ヨルネは二人のサポートを頼む」
レドが素早く指示を出しながら、迫るデュレスへと赤い曲剣を振りつつ、青い短剣から雷の魔術を後方のトカゲへと放った。
「さっさと行きなさい! ここを完全起動させられたらガディスは終わるのよ!」
イレネが迫るトカゲへとステップから流れるように回し蹴りを放ち、プールへと落とした。
「すぐに追い付きます。だから――行ってください」
リーデが大鎌で一体のトカゲの首を刎ねつつ、そうシースへと笑顔を向けた。
「行けシース。あの魔族相手なら俺もやれる事はある」
エリオスが盾でトカゲのブレードと化した爪を弾きつつ槍を突き出す。
「シース、アルドベッグを追うぞ。レドの指示が最善だと俺も思う。不完全覚醒とはいえ古竜が相手だ、数で挑んだところで意味はない」
ロアがトカゲを蹴飛ばし、そうシースへと言葉を投げると入口へと疾走。
「……古竜と本当に戦う羽目になるなんて……まあ……ここまで来たらやるしかないか」
ヨルネもトカゲを一体雷魔術で黒焦げにしつつ、ロアの後を追う。
「我が主の邪魔をさせはしない!」
ロアとヨルネを止めようと動くデュレスへとレドが立ちはだかった。
「行かせるかよ」
シースの目にレドの背中が映る。どれだけ自分が強くなろうとも、まだまだ遠くに感じるその背中は、俺に任せろと無言で訴えてくる。シースは迫るトカゲへと【白風】を一閃しつつ床を蹴った。
「師匠――行ってきます!!」
真っ二つになり凍結しながら倒れるトカゲを置き去りに、シースがデュレスとレドの横を通り過ぎていく。
「……ええい邪魔だ人間!!」
「だろうな。すまんが、その闘争とやらは俺とやってもらおうか」
通路を駆けていくシース達を追おうとするデュレスへとレドは左右の剣で連撃を叩き込み、相手に動く隙を与えない。
「さあ、援護するわよ!」
「はい!」
「了解!」
イレネとリーデが最後の二体のトカゲにトドメを刺すと、レドへと向かう。エリオスは盾を背負い、クロスボウを構えた。
「いくぞ、お前ら! 対魔族戦だ!」
こうしてレド達対【灰雷のデュレス】の戦闘が始まった。
基本的に古竜はろくでもない奴ばっかです。
ちらっと話が出たこのウーガダール神殿は、実は各地にありましたが今はガディスの地下にある物が最後です。ベイルを砂漠にした神殿は既に破壊され、砂漠の地下に眠っているとか……
次話でいよいよレドさんチームVSデュレスちゃんです。
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