55話:女王の間に集いし者達
「シース、この先か?」
「はい!」
レドとシースを先頭に、エリオス、イレネ、リーデそしてロアとヨルネがその後に続き、全員が鉄の通路を走っていく。目指すは【冥海神殿ウーガダール】最下層だ。
レドが見当たらないゲルトハルトについてイレネ達に聞いたが、イレネは首を横に振ってそれに答えた。
「レザーリアに多分やられたわ。おかげであたしもリーデも救われた」
「そうか……ゲルトハルトが……」
「大丈夫。アイツはきっと生きているわ。あたしには分かる。根拠はないけどね」
「……ならいい。いつか礼を言わないとな」
「そうですね……」
「湿っぽいのはまた後にしよう」
「うん。全部終わって、全員無事にガディスに帰ろう」
シースの言葉にレド達が頷いた。
「シース……だったか。お前から竜の匂いがするな」
「はあ……別に竜になったわけじゃないけど……」
ロアの問いかけにシースが気を抜けた返事をした。
「よし、俺と戦――なんでもない」
「この馬鹿! 空気読め!」
短杖で小突かれたロアと、怒りの表情を浮かべるヨルネ。
「……賑やかなのは結構だけど、ここからどうするのよ」
「古竜次第だ」
「戦闘になった場合はどうしましょうか?」
「……考えたくないな」
イレネとリーデの質問に険しい表情で答えたレドだが、内心ではどうこのメンバーで戦術を組み立てるかを思考していた。直接見てはいないが、魔族すらも圧倒する力を得たシースに、実力者であるロアという二人の前衛がいる事を考えればかなり心強い……相手が古竜でなければだが。
レドはこれまで何度か竜――特にエルダードラゴンと呼ばれる、長命の竜と戦った事があった。いずれも一歩間違えていたら全滅していたかもしれないほどの強敵だったが、それ以上の存在とされる古竜の強さは、はっきり言って想像すらしたくないというのがレドの本音だった。
「レド、心配するな。古竜は――人間には全力を出せない」
「んーそもそもエギュベルさんと戦う事にならないと思うけどなあ……」
レドを心配してなのか、ロアとシースがそう返してくるが、レドにとってそれは気休めにしかならなかった。
「いずれにせよ交渉次第だ。ロア、絶対にお前から喧嘩を売るなよ」
「……俺をなんだと思っているんだ」
ロアは不服そうにそうレドに答えた。
「ただのドラゴン馬鹿だな」
「どうにも誤解されている気がする」
「師匠! ここです!」
緩やかな下り坂は終わり、終着点の扉の奥に広がるのは祭祀場のような雰囲気の場所――【女王の間】だった。
「おー、これまた団体でやってきたな。おっす、あたしがエギュベルだ」
この空間の入口から入ってきたレド達へと、中央の玉座の横に佇むエギュベルが軽く手を挙げて挨拶した。
「あれか……」
「はい。色々アレですけど、基本的に話は通じると思います……通じればいいなあ……」
「なんで一緒にいたあんたが一番不安そうなのよ……」
レドの言葉に不安げに答えるシース。それにイレネが呆れたような声で言葉で返す。全員が、空間の中を進み、エギュベルへと近付いていく。中央にあるプールを挟んで対面するエギュベルとレド。
エギュベルが笑いながらシースへと声を掛けた。
「おいおいシース、一週間みっちり稽古付けてやったのにその言い草はないだろうよ。エギュベルさん大ショックだぞ?」
「……ほとんどリカールさん達のおかげですが」
「正論を言う奴に限って器がちっちゃかったりする……あたしはそういうのに詳しいんだ」
腕を組み、うんうんと頷くエギュベルへとレドが言葉を投げた。
「エギュベル……だったか? シースが世話になった。世話になったついでに頼みたい事がある」
「ん? あーお前がシースの師匠か。人間にしちゃあ悪くないが、まだまだ師匠としては半人前だな」
「レド・マクラフィンだ。師匠になって日が浅くてな。まだ修行中だ」
レドが自嘲しながら答える。いずれも嘘偽りのないレドの本心だ。
自身はまだまだ師匠としても、冒険者としても半人前だ。今回、レドはそれを痛感した。相手が魔族や古竜となってくるとレドに対処しきれない事柄が多過ぎるのだ。
「人間は成長出来るのが強みだな。まあ精進するこった」
「そうするさ。それで、おそらく気付いていると思うが――」
「――この神殿の完全起動を停止させろ……だろ? いやあ良く止めたよ。ぶっちゃけ完全起動する前提であたしはいたからね。賞賛に値する」
「俺は何もしていないさ。止めたのは、そこの青年と女性、それに彼らが持っていたデバイスのおかげだ」
そう言って、レドはロアとヨルネへと視線を向けた。
それを聞いて、エギュベルが一歩前へと出た。
「ふむ……まあそもそもの話をしようかレド。そもそもだ、なぜ魔族如きがこの旧世界の兵器であるウーガダールの起動を出来たか。そしてなぜそれを止める事を出来たか。そのデバイスは誰から貰った?」
「これは……とある魔族から貰ったものだ」
ロアがレドの代わりに答えた。
「だろうな。今の人類の文明レベルでは、完全起動シークエンスが行われるはずだったのを不完全にとはいえ中断させるなんて絶対に不可能だ。旧世界の文明と機器を中途半端に継承している、魔族ですら無理だ」
「デバイスの中にあった竜魔術がそれを勝手に行ったんだ」
ロアの言葉をエギュベルが鼻で笑った。
「竜魔術ね……まあ魔術もプログラムも似たようなものか……。どうせその魔族とやらに中央制御室のコンソールにそのデバイスを差せと言われたんだろ?」
「ああ。元々は旧世界のデータを吸い取る為だ」
「なるほどなるほど。しかしあれだな最初の話に戻すが、そもそも魔族にはこの神殿の入口を開ける事すら不可能なんだ。ここが起動準備に入った事に気付いた時はビビったぜ?」
「つまり、どういうことだエギュベル」
レドがそう聞くと、エギュベルが顎を入口の方へと指を差した。
「あたしの口からより……本人達に聞いた方が早いな」
入口にはいつの間に現れたのか、デュレスが立っていた。見ればあちこちを怪我をしており、尻尾も半ばで切断され、目も片方が潰れていた。
「……まさか……こうなるとはな……我もこれまでか……だが……!」
デュレスが雷光となり、空間を駆ける。レド達が武器を構えるがそれを無視してデュレスがプールを越え、玉座のすぐ前で再び獣姿になると、膝を折って頭を下げた。
「……アルドベッグ様……我は……約束をお守り出来ませんでした……」
その姿は、まるで女王に傅く忠臣のようだった。すぐ横にエギュベルがいるのを気にせずデュレスはただ頭を垂れた。
「いやあ、伊達に長生きしているだけあって逃げ足だけは一流だね~」
その声にレド達が振り向くと、入口からグリムとガルデがこちらへと歩んできた。
これで、この塔にいる生存者全てがこの空間に揃った事になる。
「お前らだな……ここで好き勝手やってるのは」
エギュベルが目を細めてグリム達を睨んだ。
「うわー怖っ。古竜に睨まれちゃったよガルデ」
「グリムが悪い。色々とふざけすぎだ」
茶化すグリムに真面目に返すガルデ。
レドはこの状況でどうすべきかを思考する。魔族が三人。内二人は一応停戦協定を結んでいるが……。この状況であれば何がどうなるか分からない。少なくともデュレスは敵だが、先ほどから玉座の前に傅いてそれ以降動きがない。まるで、神に救いを祈る聖職者のようだ。
「うっし、とりあえず色々とお互いに聞きたい事はあると思うが……とりあえず戦うか」
エギュベルがそう言って、拳を固めた。
「エギュベルさんはすぐそうやって拳で解決しようとする! 駄目ですよ! リカールさんにも止めるように言われてますから!」
今にも飛び出しそうなエギュベルをシースが宥めた。
「あん? もう喋るのめんどくせーだろ。あたしとしてはあんまりここをガチャガチャ荒らされるのは――気に障る」
「古竜の癖に短絡的なんだね。とりあえず、私達としては今ここで古竜と事を構える気はないと伝えておくよ。私達が望むのは反逆者の首だけ。それさえ済めば大人しく帰る」
グリムがニコニコと笑いながらそう主張した。
「そうかい。この犬がどうなろうが知ったこっちゃないが……お前が盗んだデータは返してもらうぜ?」
「……んー? データを吸い出したのはそこの人間達だよ? そいつらから返してもらえば?」
「どうせ、渡したデバイスにデータ転送の竜魔術も仕込んでいるんだろ? 万が一デバイスでデータを吸い取った事がバレても、吸い取った奴が殺されるだけでお前に被害はない」
「……待って……つまり……私達は……利用された?」
ヨルネが持っているデバイスを見つめた。
「あはは、心配しなくてもそのデバイスにもちゃんとデータは残っているよ? 私の奴に転送もしてあるけどね」
どうやら、ロアとヨルネは身代わりとしてグリム達に嵌められたようだ。
会話から内容を咀嚼してレドが理解した事を口にする。
「つまりだ。古竜がデータを盗まれたのに気付いて、盗んだ張本人であるロアやヨルネを殺してデバイスを奪い返しただけで満足すれば良し。仮にデータを転送されたと古竜が気付いたとしても、その時には既に逃走していると。そういう事だろグリム」
「正解~。ほんとはその役をレド君にさせたかったんだけどね~。予定変更しちゃった。丁度良い、カモがいたからね」
「……騙した……とも言えないか」
「停戦協定は守っているよ?」
「……やっぱり魔族を信じるべきじゃなかった」
ヨルネが悔しそうにグリムを見つめた。結局自分は利用されただけなのだ。
「あーごちゃごちゃうるせえ。とにかく、そのデータを欲しがるなんざお前らがろくでもない事を企んでいる事は分かった。とりあえずノコノコとあたしの前に姿を現した事を後悔して――死ね」
床を蹴る音が聞こえた時には既に玉座にエギュベルの姿はなく、入口にいたグリムに肉薄していた。振りぬいた拳がグリムの炎核へと突き刺さるとそのまま背中へと貫通。
「流石に強いね。しかもこれで全然本気じゃないとか……やっぱりまともに戦うのは悪手」
貫かれても平気そうにグリムが喋る。
「あーうぜえ。灰の方だったか」
「正解。古竜とまともにぶつかっても勝てないからね。じゃ、やることはやったし帰るね。デュレスの首はまあレド君が何とかしてくれると信じるよ。あいつ、死にかけだけど……まだ何か隠しているよ。気を付けてね~。まあこうなってくると、ぶっちゃけアルドベッグが復活しようがしまいが、どっちでもいいいんだよね~」
「うるせえ。消えろ」
エギュベルの言葉と共に黒い炎が上がり、グリムとガルデの姿が灰となって散った。
「ちっ。ああいう喰えない奴が一番嫌いだ」
エギュベルが吐き捨てるように灰を蹴った。
「……結果的に……奴らに感謝すべきか?……」
微動だにしなかったデュレスが立ち上がった。
「神殿の完全起動は……もはや今となっては不可能だろう。ならば……せめて……アルドベッグ様だけでも」
「っ!! シース!! そいつを殺せ!!」
デュレスの胸が不自然に輝いているのを見て、エギュベルが叫びながら床を蹴った。
同時にシースもプールを飛び越えデュレスへと迫るが、その前にデュレスは自らの胸を貫いた。
「っ!! 【錐穿つ竜氷】!!」
シースが氷の槍を、エギュベルが拳をデュレスへと叩き込もうとする前に、デュレスから飛び散った血が玉座へとかかった。
エギュベルとシースの一撃が届く前に、デュレスは玉座へと倒れ込んだ。
「まさか……!!」
もはや虫の息となったデュレスにトドメを刺さんと迫るエギュベルの目の前で、シースの氷の槍が玉座へと激突する。
しかしそれは直前でまるで溶けるかのように消えた。
「っ!! 何が起きている!!」
レドが青い短剣を構え、エリオスもクロスボウを玉座に向けているが、どうすればいいか分からなかった。
「離れろシース!!」
エギュベルが蹴りをシースへと叩き込んだ。同時にシースが立っていた位置を含め玉座の周囲に水の壁がそそり立つ。
レドの方へと吹っ飛んだシースをレドが身体で受け止めた。
「痛つつつ……」
すぐに体勢を立て直したシースが涙目でエギュベルを睨むが、エギュベルはそれどころではなかった。
玉座を囲んだ水の壁が上部でつながり、水の繭のような形になると、その大きさが収縮していく。
「お前が目覚めるには……まだ早いぞアルドベッグ!!」
エギュベルが水で出来た繭へと黒い炎を纏った拳を叩き込む。しかしその炎はいとも簡単に水で掻き消されてしまう。
そして、水の繭が突如まるで泡のように弾けると――
「ふわああ……随分と……良く寝た。それで今、何年? もう人類亡びた?」
玉座にはあくびをする長い黒髪の美女が座っており、愛おしそうに自分に倒れかかっているデュレスの頭を撫でていた。
それは人類に敵対し、世界を一度滅ぼしたと言われる古竜【暗渦竜アルドベッグ】――その人だった。
というわけで二人目の古☆竜が復☆活、しましたが、完全に目覚めたわけではないです。その辺りは次話で語るとしましょう。
結果デュレスさんは目的を果たせたので有能説
グリムさん達もまんまとデータを入手出来たので既にトンズラしているとか
そろそろ二章ラストバトルが始まります。バトルばかりでアレですが、あと少しなので最後まで是非お読みください。
この戦いが終わったら……三章はバトル無しの学園編にして、学ランレドさんがJKとイチャコラする話にするんだ……