5話:vsゴブリン
「師匠! ゴブリンです!」
シースが斧剣を向けた先の水路から、水の跳ねる音を上げながら現れたのは二匹のゴブリンだった。
子供ぐらいの小さな体躯で、シースよりも少し小さいぐらいだ。灰色の皮膚に長い牙、腰に布を巻いただけの姿で、手には折れた剣を持っている。
もう一体は長い木の棒を構えていた。
「剣に長柄武器か。都市に住んでるだけあって武器も色々持っているな……シース、一人で倒せ」
「……はい!」
「ケヒィ!!」
ゴブリン達が跳ねるように迫ってくる。
「むやみに突っ込むな。まずは攻撃を受けて、跳ね返せ、そのあと隙があれば攻撃しろ」
「はい!」
ゴブリンが折れた剣をシースへと振り下ろす。シースは低めに構えた斧剣の柄でそれを受けた。
金属音と火花が散る。
「ふっ!」
シースが斧剣で剣を弾き、体勢を崩したゴブリンに向けてそのまま斧剣を振り下ろす。
「ピギャア!!」
ゴブリンの脳天に直撃した斧剣はいとも簡単にその頭蓋をたたき割った。骨が砕け、肉が裂ける感触にシースが顔をしかめる。
それと同時、すんなり倒せたという喜びが込み上がってくる。
「やった!」
「油断するな!」
「え? っ!!」
レドの鋭い声と共にもう一体のゴブリンが長い棒をシースの足に向けて薙ぎ払っていた。油断したシースの脛に棒がしたたかに当たる。
しかしタルカ工房で付けた脚甲のおかげで、ちょっとした衝撃だけで済んだ。しかしその攻撃にシースは驚きそして本能でゴブリンへと突っ込み、斧剣を振り回した。
「うわあああ!!」
もはやめちゃくちゃに振り回しているだけで、狙いも定まっておらず、ゴブリンには当たらない。
「まあそうなるか……」
レドがさてどうなるかと見守っていると、ゴブリンが棒でシースの身体を槍のように突いた。
「ぐふっ!」
防具も何もなくまともに腹に突きを受けたシースが、痛みと共に後ろへと下がる。
「ケヒャケヒャ!!」
その姿をあざ笑うゴブリン。
「もうおしまいか?」
レドは曲剣で肩をトントンと叩きながらシースへ声を掛けた。腹を押さえるシースは顔をブンブンと横に振った。
「まだ……いけます!」
「頭を冷やせ。相手は棒を振り回しているだけのガキだ。冷静に対処するんだ。突きは見て避けられる。お前なら見えるはずだ」
「はい!」
シースが斧剣を構えて、じりじりとゴブリンに近付く。
「ヒャ!」
ゴブリンが叫びながら突きを繰り出してくるのを冷静に見ていたシースがそれをすっと横に身体をずらして避ける。
そのままゴブリンへと踏み込むと斧剣を横薙ぎに、まるで木へと打ち込むように振った。
「ピギャ」
丁度首の位置に当たり、そのまま切断。ゴブリンの頭が飛んだ。
「はあ……はあ……」
死んだ二匹のゴブリンから青色の淡い光が出てくると、シースに吸い込まれていき消えた。
「今のは……?」
「ギルドカードの機能だよ。魔物が死んだ際に放つ特殊な魔力を吸収しているんだ。これで何をどれだけ倒したかが後で分かる仕組みだ」
「便利ですねこれ……」
「まあとりあえず今の戦闘の反省会はあとだ。先を急ぐぞ」
「はい」
レドが駆け足で水路を進む。こういう水路の魔物退治はたいがい新人冒険者の仕事なのだが、最近新人が多いせいで魔物の数が思ったよりも少ない。
もしくは……どこか一カ所に集まっているか。
「師匠! あっちから音が聞こえます!」
「ならそっちだ」
隣の水路へと繋がる通路を二人が走る。
「この先だ」
通路を抜けるとそこは貯水槽なのか、かなり広い空間になっていた。
「これは……」
そこには、ゴブリンの群れがいた。ざっと見ただけで20体はいる。
「師匠! あそこに!」
シースが指差す先の壁際に背の高い少女が立っていた。銀色の長い髪に金色の瞳で白と黒のシスター服を着ている。何より、その手には少女の身体よりも大きな鎌が握られていた。刃は緩く弧を描いており、まるでカミソリのように鋭く研いである。
少女は背後の何かを守るように、ゴブリンの群れに向かって鎌をブンブン振って近付けないようにしている。
「おい! 君! 無事か!」
レドがそう声を張り上げた。
ゴブリンの一部がこちらに気付き、声を上げている。
「……私は大丈夫です! フェルちゃんも無事です! ですがこの数は流石に手に負えません!」
少女はそう言いながらも、不用意に近付いてきたゴブリンの足を鎌で切り裂く。
見れば、少女の鎌の届く範囲にはそうして足を斬られたゴブリン達が何体も倒れている。
その手慣れた動きを見てレドは、あの子出来るなと心の中で思わず呟いた。
そもそもゴブリンの群れは中級冒険者でも下手すると怪我を負うほどの難敵だ。
良くここまで一人で耐えた。
だが、この状況では流石に自分も戦わないとまずいと判断。
「助太刀する! いくぞシース! お前はさっきと同じ動きでいい! 一体ずつ確実に倒せ! 欲張るな! 確実に一対一に持ち込め!」
「はい!」
レドがまるで獣のように姿勢を低くし、曲剣を低い位置で薙ぎ払う。近付いてきたゴブリン達の首を刎ねる。
ゴブリンの厄介な点はとにかく数が多い事と、体躯の小ささである。
本来剣術は、相手を大人の人間と想定している。なので、ゴブリンのように極端に背の低い者を倒す技術はそう多くない。そういった魔物相手向けの剣術は未だ少ないのだ。
相手が低い位置にいるせいで、攻撃が当てづらく、向こうの攻撃は足に集中しやすい。心臓や頭といった急所が狙われないからマシだという奴もいるが……レドはそうは思わない。
足を攻撃され倒れたところに群がってきたらどちらにしろおしまいだ。
そういう意味でゴブリンは決して侮っていい魔物ではない。
足をしっかりと防具で固め、なるべく一体ずつ相手し、リーチの長い武器で近付く前に殺す。それが一番の対処法なのだが……そこに気付く前に死んでしまう新人冒険者のなんと多い事か。
だから、シースにまずは足回りの防具を優先させた。
レドがちらりとシースへと目線を向ける。シースは言われた通り、近付いてきた一体の攻撃を受けて弾き、頭を叩き割っている。
問題なさそうだな。じゃあ、まとめて倒すか。
「“降り注げ数多の流雨よ”【雨矢】」
レドがゴブリンの胴体を数体まとめて斬り払いながら、詠唱。青い短剣を頭上へと掲げると、そこから水が何条にも分かれて宙へと射出。それは空間の天井辺りで翻ってまるで矢のようにゴブリン達に降り注ぐ。
「ぴぎゃあ!」
見事にゴブリンだけを狙ったその矢は脳天を貫き、ゴブリン達が絶命。
「今です!」
少女が残り少ないゴブリンの足を数体まとめて鎌で切り裂き、床へと倒れたゴブリン達の頭を刈っていく。
「はああ!!」
シースの斧剣で斬られ吹っ飛んだゴブリンが最後の一匹だった。淡い光がレド、シース、そして少女へと吸い込まれていく。
「よし、制圧完了だ。君は……怪我はなさそうだな」
「はい。そちらも……大丈夫そうですね」
少女がそう言いながら、鎌の刃を柄へと収納させた。どうやら折りたたみ式のようだ。
「ああ。君は……冒険者か?」
「まだ駆け出しですが。リーデと申します。助力感謝致します」
そう言ってシスター服の少女――リーデが頭を下げた。
「俺はレド、こっちがシースだ。ところで、フェルちゃんとやらは?」
シースがレドと言葉と共にぺこりと頭を下げた。
「はい、こちらに」
そう言うリーデの背後の隙間をレドが覗く。
「……それがフェルちゃん?」
「はい。首輪にもそう書いてあります」
そう言って、リーデが床で縮こまっていた毛玉のような物を抱き上げた。
「猫……ですね師匠」
「猫……だなシース」
「……? そうですよ?」
リーデが抱き上げたのは茶色の猫だった。確かに首輪をしており、そこにはフェルと書いてあった。
「……とりあえず上に戻ろうか……」
「はい……」
「同行しても?」
「もちろんだ」
こうして三人と一匹は無事下水から地上へと上がり、フェルの飼い主に泣いて感謝されたのだった。
というわけでゴブリンさんでした! 最初のゴブリンさんも木の棒の先を尖らせていればワンチャン、シースちゃんを戦闘不能に追い込めたのですが……。新キャラの使っている鎌ですが、あれは本来は農作物を刈る得物で低い場所を斬るのに適しているんですよね。なので背の低いゴブリンを狩るには最適ですね。
ギルドカードの謎性能については魔術が凄いという事でふんわり納得してください! 魔術師ギルドが全面協力しています。