54話:白き墓標
「あんたは……もうほんとに……遅いんだから!!」
「……シースさん……」
イレネとリーデの視線が、白い鎧を纏い、凍てつく冷気を纏った斧剣を持つ少女――シースへと向けられた。
「あはは……ごめんね。もうあれこれありすぎてさ。リーデも……良かった。もう大丈夫みたいだね」
「すみません……ご迷惑をおかけしました……これについては――」
リーデの言葉の途中でシースは飛びっきりの笑顔を二人に向けた。シースの手の甲に刻まれた紋章が薄く発光している。
「うん、そういうのは全部後にしよう。今は――」
「ありえない……ありえないありえないありえない!!」
狂気の表情を浮かべたレザーリアがシースへとでたらめに血の刃を振るう。しかしそのことごとくがシースの背中へと届く前に凍ってしまい、砕けた。
「今は――とりあえずこいつを倒すね」
シースがその場で振り向きつつ、斧剣【白風】をレザーリアへと突き出した。
「くそっ……! 【血壁】!!」
咄嗟にレザーリアが血の刃を解除し、代わりに血によって防壁を生成する。
「無駄だよ――【錐穿つ竜氷】」
シースの言葉と共に【白風】の切っ先から、氷を纏う風が前方へと錐もみ状に放たれた。
防壁はその風に触れた瞬間にあっさりと凍結し、砕ける。風の勢いは止まらず、その螺旋状の形のまま氷の槍と化してレザーリアを襲った。
「アアアア!! ありえない!! たかが人間が!!」
床を蹴り、氷槍を避けようとするレザーリアの右手が凍結する。例え直撃を避けられたとしても、その氷槍は近付く事自体が死へと直結するほどの超低温を放っていた。
「魔族は冷気に弱い。師匠もそう言ってた――【凍夜白閃】」
シースが魔力を込めながら【白風】を横薙ぎに振った。地面を這うように白い斬撃が放たれ、レザーリアは足を斬られるのを恐れ跳躍。
「――【漂白せし極光】」
「貴様は!! 絶対に殺――」
空中へと逃げたレザーリアに切っ先を向けたシース。レザーリアの周囲に白く発光する冷気の帯が出現、レザーリアを空間ごと凍結させた。
逃げ場のないまま凍結したレザーリアが床へと落下――破砕音と共にその身体が砕け散った。
「うん、だいぶコントロール出来るようになったかな?」
嬉しそうにシースが右手の甲を見つめた。
「……あたし達があんだけ苦労したのに……あっさり倒しちゃった」
「シースさんから桁違いの魔力量を感じます。魔術適性を検査した時はあれほどの魔力はなかったはずですが……」
「うん。色々……あってね……思い出したくもないアレコレが……」
シースが心底嫌そうな表情を浮かべた。
シースが【白風】の力を解除すると、辺りに飛び散っていた氷が溶けていき、低温まで下げられていた周囲の温度が元に戻っていく。それに伴いレザーリアのバラバラになった死体から血が溢れ、血溜まりを作っていく。
「とりあえずこの先でエギュベルさんがもう一体の古竜が復活しないように監視しているから、僕らは師匠を迎えにいこう」
「そうね。気付けばもう時間、過ぎちゃってる。でも完全起動した様子はないし、無事止められたんでしょ」
「そうですか……ホッとしました」
リーデが回復魔術を自身とイレネにかけながら安堵した。シースがいるだけで、奇襲を心配することなく安全に魔術をかけられた。
「でも多分、元凶である古竜を何とかしないといけない」
「……? 封印されているんじゃないの? 放っておけばいいじゃない」
怪我が回復したイレネが若干ふらつきながら立ち上がって、そうシースに返した。
「それじゃあ駄目なんだ。既にこの神殿はある程度機能を復活させてしまっているから……また同じ事態が起こりうるってエギュベルさんが」
「それは確かに……そうですね」
「ま、いずれにせよまずは合流しましょ」
「そうだね。じゃあ上に戻ろう」
イレネとリーデが昇降機に乗り込もうとし、シースもそれに続こうと思った瞬間。
「っ! しまっ――」
「駄目よ? ちゃーんとトドメを刺さないと? アハハハハハ!! 勝った!!」
シースの肩を細い血の槍が、鎧ごと貫いていた。
その槍はレザーリアの血溜まりから放たれており、そこには辛うじてレザーリアだと分かる程度にまで崩れていた頭部が突き出ていた。
その頭部が口を開け声を放つ。
「アハハハハハ!! あんたの血と繋がった!! もはやお前は私の奴隷よ!!!」
「……油断したなあ……師匠に見られたら怒られる奴だ」
「シース!!」
「シースさん!!」
イレネとリーデが叫ぶと同時レザーリアが勝ち誇ったような声を上げた。
「アハハハ!! まずは仲間を殺させて、お前はたっぷりと拷問してやる!! “巡り傅け”【血の隷属】」
レザーリアは血を操る魔術や技に長けている魔族で、彼女のみが使える【血の隷属】という魔術は、自身の血を相手の血に交える事で相手を支配する事が可能になる魔術だった。
これを発動されてしまうと自らの意志とは裏腹にレザーリアに操られてしまい、その支配を解く事は不可能だった。
「ギャハハハ!! さあまずはその仲間を殺――っ!?」
レザーリアが魔力を送り、シースの体内を巡る血へと命令を出す。
しかし、シースは【白風】で自らに刺さっている血の槍を切断し、肩から引き抜くだけだった。
魔力を失った血の槍が床へと崩れ落ちた。
「うそだ……うそだうそだうそだうそだうそだ!! なぜ【血の隷属】が効かない!! なぜお前の血は私に従わない!!」
「……血? あーもしかして僕の血を操ろうとしたの?」
「魔族ですら、完全にとは言わずとも操れる魔術なのに……なぜたかが人間であるお前が抗える!!」
レザーリアの魔術は、人間に近ければ近い生物ほど効果が高まる。人間ならば完璧に。魔族であれば動きを阻害する程度に。そこで、レザーリアはある可能性に気付いた。
「……うそだ……まさかお前……」
「うん、ごめんね? 僕の中には多分もう人間の血は流れていない」
「まさか……竜血?」
「さようなら――【永久氷墓】」
シースによって尋常じゃない量の魔力が【白風】へと込められ、恐れおののくレザーリアへと振り下ろされた。
「待って! まだ私にはやるべ――」
レザーリアの言葉の途中で、空気が引き裂かれるような鋭い音が響き、同時にレザーリアが凍結。更にまるで巨大な竜の牙のような氷柱がそれを覆っていく。
レザーリアを中心に閉じ込めたその氷の牙はさながら凍土に立つ白い墓標のようだった。
「氷の中で反省してね」
シースはそう言って今度こそ終わりだと確信し、【白風】を腰の後ろへと装着した。
「……シースさん、傷は?」
「ん? あー大丈夫。そのうち治るよ。ほら、もう傷口が」
シースが笑って貫かれた鎧の穴を見せると、傷は既に塞がりつつあった。
「……あんた、たった一週間で何があったのよ……」
イレネが呆れたような声を上げた。
「また今度ゆっくり話すよ。おかげでだいぶ強くなった!」
「強くなりすぎよ……あんなに強い魔族をまるで子供みたいにあしらってたじゃない」
「まだまだ使いこなせてないんだけどね……」
「いずれにせよ心強い事には変わりませんね」
そうして話していると、上から機械音が聞こえてきた。
「ん? あ、上から誰か降りてくるね」
「魔族かもしれないわ!」
隣の扉に昇降機が降りてきて――扉が開く。
シース達はすぐにでも攻撃を叩き込めるように武器を構えていた。
そしてそれは、その昇降機に乗っていた者達も同様だった。
「開くと同時に、魔術で牽制、俺とロアは突っ込むぞ!」
シースの耳に懐かしい声が届く共に、扉からこちらへと飛び込んできたのは……。
「師匠!!」
シースが歓喜の声を上げると共に、武器を構えていたレドの胸元へと飛び込んだ。
「っ!? シースか!?」
そのあまりの速さに、レドもロアも一瞬反応出来なかったが、全員が相手が敵ではないと気付き、武器を降ろした。
「師匠! それにエリオスも! みんな無事で良かった!」
「……何やら色々あったらしいが……まあ全員無事で何よりだ……」
抱き付いてくるシースにどうしたらいいか分からないレドの声が響いた。
こうして、ようやくレド達は合流出来たのだった。
<アップデートのお知らせ>
シースちゃんさんのステータスを大幅上方修正しました。
次章でいよいよアレコレが判明し、最終段階に突入です。
おそらく多分きっと、あと何話かしたら二章エピローグになるかと思います!
<作者からの大切なアレ>
二章終わった後は、しばらく連載を休止させていただきまして、また連載再開します。
ただし、作者の本業がリアルに忙しくなってきた+書籍化作業が本格化してきたので毎日更新は難しくなります。よって三章以降は隔日更新になる予定です。
今のところ毎週月、水、金の三回更新の予定をしております。ご理解いただきますようお願い申し上げます!
二章ラストまでは変わらず毎日更新なので安心してね☆
感想もお気軽にどぞー




