51話:陽晒し
「ゲルトハルト……なんでこれを……」
イレネの手にあったのは、中に燃ゆる炎を秘めた、琥珀色の丸い石だった。イレネはそれがゲルトハルトの【炎核】だという事に気付いた。
初めて出会った時に渡された物と見た目は全く同じだが……温もりが違う。
イレネは、これが間違いなく本物の【炎核】である確信がなぜかあった。
「……死ぬんじゃないわよ」
イレネの呟きと共に、乗っていた昇降機がようやく停止し、扉が開いた。
その先は円形の広い空間になっており、反対側には通路が続いていた。見ればそこかしこに破片が瓦礫が落ちており、イレネが上を見上げれば、遙か遠くに穴が開いているのが見えた。なるほどどうやらここはあの落ちてきた吹き抜けの底のようだ。
「なんで下行きなのよ……」
このまま乗っていればまた上に行くのだろうか? それが分からず、昇降機から降りずにいたイレネだったが、目の前の空間に佇む影を見てイレネは決意めいた表情を浮かべて昇降機から出た。
「あんた……生きてたのね」
「リーデは……無事なのか」
「感謝しなさい。気絶しているだけよ。お礼にこの洗脳を解いて欲しいのだけど?」
イレネはそう言ってリーデを扉の脇に降ろし、【アマルダの欠け月】を抜いた。
ゲルトハルトには無理をするなと言われたイレネ。確かにまだ身体はふらつくし、気を抜けば意識が飛びそうなほどに身体中が痛い。
だけど、目の前の男を放っておくことがイレネには出来なかった。
イレネが剣先を向けた相手――ゾッドが大鎌を構えた。
「馬鹿が……洗脳などという幼稚な物なぞ掛かってはいない」
「別に何でもいいわよ。とにかくリーデを解放しなさい!」
イレネが地面を蹴って、ゾッドへと迫る。イレネはゾッドが、上で一度戦った時ほど万全でないことに気付いていた。
「解放……か。お前はリーデの何を知っている? こいつは、お前らのような平穏な……光の差す場所で生きてきた女ではないのだぞ」
「だから……なに? リーデが何をしてきて、何をさせられてきたのか。そんなの知ったこっちゃないし興味もない。あたしが取りもどしたいのは冒険者であるリーデ。それだけよ」
「なんと自己本位な……お前はお前の理想をリーデに押し付けているだけに過ぎない」
ゾッドがイレネの返答を笑った。イレネが疾走から回転を取り入れたステップを踏み、ゾッドへと曲剣を叩き込みながら叫んだ。
「あんたにだけは――言われたくない!!」
大鎌の柄と刃が衝突し金属音が響く。
イレネが回転を上げ、更に連撃をゾッドへと叩き込む。ゾッドは攻撃に出れずに防戦一方だった。
イレネは願いながら、悲鳴を上げる身体を無視して動かした。足が千切れてもいい。腕が無くなったっていい。だから、今だけは……この男を倒す力が欲しい。
腰のポーチに入れたゲルトハルトの【炎核】の温もりだけが自分を応援してくれている気がした
「ガキが……調子に乗るな!」
ゾッドもまた負傷していた。魔術を使って落下の衝撃を弱めたといえ、高所から落ちたせいで、足も身体もボロボロだった。
イレネがもし万全であったならば……あるいは良い勝負になったかもしれない。
だがそもそもの実力が違い過ぎた。
ゾッドは柄でイレネの攻撃を跳ね返すと同時、一歩踏み込み、蹴りをイレネの腹へと放った。
「かはっ……!」
まともにゾッドの蹴りを喰らってしまったイレネが昇降機の扉付近まで床を転がっていく。
意識が一瞬飛んだイレネは気付けば、リーデのすぐ横に倒れており、ゾッドがすぐ目の前まで迫っていた。
「ふん……そうか……そうだ! 丁度良い!! これで儀式は終わる! リーデ!! 起きろ!!」
急に大声を上げるゾッドから逃げようとするイレネの足をゾッドは足で踏み付けた。
「っっ!!」
激痛が走り、イレネがもがくも、ゾッドの足は緩まない。
「さあ、起きろリーデ……【中級治療】」
ゾッドの大鎌から淡い光が放たれ、リーデの身体を包んでいく。
「……ここは?」
リーデが起きあがった。その表情は虚ろだ。
「リーデ!! あんたいい加減目覚めなさい!! なにこんな男の言いなりになっているのよ!」
イレネがリーデへと声を掛ける。リーデに聞いている様子はないが、一瞬だけ視線をイレネへと向けた。
「さあ、リーデ。あの夜の続きだ。逃げ出したお前がなすべき試練が再びやってきたのだ!!」
「はい……神父様」
「――やれ。やれ。いつものように、さっきまでのように、教えたように、殺れ」
「はい、神父様」
「俺の鎌を使え。さあお前の光を刈って、俺と共に闇を飲もう。そして黄昏を……竜の時代を共に迎えよう」
「……こんな馬鹿に……負けてる場合じゃないわよ……リーデ」
イレネにはもはやどうすることも出来なかった。逃げる力は既に残っていなかった。
ゾッドから大鎌を受け取ったリーデがイレネを見下ろした。イレネは目を瞑らなかった。ただ、何かに縋りたい気持ちがイレネに、腰のポーチの中にあるゲルハルトの【炎核】へと手を伸ばさせた。
「え?」
思わず、イレネは声を出してしまった。なぜなら、掴んだ【炎核】が手の中でボロボロに崩れたからだ。そして、何か暖かい物が手のひらから身体の中に通っていくのが分かり、イレネの中に他人の記憶と感情が入り込んでいく。
何よりそれは濃厚な魔力となり、イレネを覆った。
そう――まるでヴェールのように。
「っ! リーデ! さっさと首を刈れ!」
「そうか……そういう事ね……“白日の天主よ、あまねく欺瞞と闇を払え”【陽晒し】」
イレネが詠唱し、【アマルダの欠け月】を掲げた。
曲剣の柄の宝石から眩い光が放たれて、ゾッドは思わず顔を手で庇う。そしてその光を、リーデはまともに受けてしまった。
「ただの目眩ましだ! リーデ!」
ゾッドが叫び、リーデが大鎌を振りかぶった。だが、イレネは既にリーデの目線が自分へとまっすぐに向けられている事に気付いていた。
「やれ! 早くその女を殺――」
「――嫌です。このクソ神父」
「――せ?」
リーデは振りかぶった大鎌をイレネではなくゾッドの首へと薙いだ。
ゾッドは自分の首が飛ぶ瞬間まで、なぜそれが起きたのか理解できなかった。
ゾッドは黄金教会を追放されるまでは神父として、シリス祭国の暗部である【収穫者】の一員として、文字通り全てを注いできた。特に後年は、その実力を認められて、新人を育てるという【収穫者】として最大の名誉職である【教育者】になった。
こうしてゾッドはとある孤児院の院長として、国が見付けてきた【収穫者】候補の幼い子供達を教育することになった。
そして十数年が過ぎ、ゾッドは自分の領域へと届きうる逸材を見付けた。
逸材の名はリーデ・レランディア。
魔術、そして暗殺術や殺人術の才覚があり、教えれば教えるほどに上達していった。
ゾッドは歓喜した。
だから執拗に、執拗に教育を施し、リーデという少女を歪めていった。完璧な【収穫者】として形成すべく骨身を惜しまずゾッドはリーデに自分の持ちうる全てを伝えた。
そして、リーデの完成が間近という時に、一つの計算外が起きた。
リーデが、同じ孤児院にいる少女を妹と呼び始めたのだった。
当然血は繋がっていない。だが、リーデはその少女を慈しみ、そして少女もまたリーデに妹らしく応えたのだった。それは、リーデをゾッドが望む形から徐々に遠ざけていった。それは結局ゾッドの偏った教育の弊害だったのだが、ゾッドは気付かなかった。
そしてそのちょっとした勘違いが、計算外が、リーデもそしてゾッド自身も――つまり全てを狂わせたのだ。
結果、ゾッドは孤児院にいるリーデを除く全ての子供を虐殺し、火を放った。
これにより、ゾッドは黄金教会から抹殺対象として追われる事になり、リーデは国外追放となった。
それから時は過ぎ――偶然ガディスでリーデと邂逅したゾッドは闇魔術の秘技を使い、すっかり変わり果てたリーデを自分の知っているリーデへと沈めたのだった。
過去の闇へと沈んだリーデは、当時のままゾッドの人形として行動していたが、落下の際に瓦礫に頭を打ち、気絶した事によってその魔術は解けかかっていた。
しかし、根強く残る過去の影がリーデを縛り、動けなくしていた。
だが、そこに光が差した。その光は強烈で、リーデに纏わり付いていた過去も闇も全て、白日の元に晒され、幻となって消えた。
リーデは、一瞬で今の状況を把握、倒れているイレネがいつもの勝ち気そうな視線を送っているのを見て、理解した。
ああ、そうか。私はまた同じ事を繰り返そうとしていたのか、と。
だが、今は違う。自分には力がある。自分には正しき道へと導いてくれる師匠がいる。
何より、愛すべき、信頼すべき仲間がいる。
だからリーデは躊躇無く大鎌を、かつての師であり、育ての親であったゾッドへと振れたのだった。
こうして、何を何処で間違えたのか、何も分からないままゾッドは――絶命した。
激おこリーデさんによってゾッドさん退場。仕方ないね。
結局彼が何を為したかったのか。その辺りはまたどこかで語られると思います。
ぼちぼち、二章ラストも見えてきました。最後までお付き合いいただければと
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