48話:落下
「エリオス!」
レドが声を発すると共にエリオスは既にクロスボウを構え、猫背の男――ゾッドへアイアンボルトを放っていた。
ゾッドへと迫る短矢を、前へと出たリーデが大鎌で叩き落とす。疾走を開始していたレドとイレネがリーデへと肉薄。
「リーデ!」
二人の声にしかしリーデは虚ろな表情を返すのみで、大鎌を二人の首をまとめて刈り取るように振るう。
「っ!!」
屈んでその一撃を躱したレドはイレネへと一瞬視線をやり、そのままリーデの横を抜ける。
レドを阻止しようと動くリーデをイレネの曲剣が襲った。
「この馬鹿っ」
イレネの声と共に振られた曲剣をリーデが大鎌の柄で受けた。
「エリオス! 訓練した通りやるわよ!」
「ああ!」
レドがゾッドとの戦闘に入るのを見て、エリオスはクロスボウの矢をワイヤーボルトへと切り替えた。
「ちょっと手荒くなるけど――あんたが悪いんだからね!」
イレネがステップ踏みながら曲剣による乱舞をリーデへと叩き込む。巧みにそれを捌いていくリーデにイレネは違和感を覚えた。実戦形式での訓練していた時とリーデの動きが違う事に気付いたからだ。
「シースの言っていた通りだわ……いつものあんたならあたしをここまで踏み込ませない!」
イレネが身体を捻り、剣撃からの回し蹴りという連撃を放つ。曲剣は大鎌の柄で止めたリーデだが、イレネの回し蹴りをまともに横っ腹に喰らってしまう。
しかし、リーデはまるで痛みを感じていないかのように表情を変えず、大鎌の柄を床に立てて、吹き飛ばされるのを防いだ。
その隙にエリオスがワイヤーボルトを射出。戦っている二人の少女の間を通る短矢を――イレネがリーデの背後へと蹴りつけた。
短矢がリーデの背後へと軌道修正し、結果、リーデと大鎌にワイヤーが絡みつく。そのまま遠心力で短矢はリーデを中心に一周するように巻き付いていく。
更にエリオスはそのワイヤーが繋がっているボルトをリーデの左側へと放つ。飛んでいったそのボルトもリーデの左側を通り過ぎたと同時に引っ張られるようにリーデの身体を中心に回っていき――完全にその身体を拘束した。
リーデがもがくが、短矢の特殊な鏃がワイヤーに絡みつき、ほどけない。
「リーデ!! 貴様ぁ! どけ!!」
「どくか馬鹿」
拘束されたリーデを見たゾッドが激昂しレドへと襲い掛かるが、防御に徹するレドを突破出来ずにいた。
ゾッドは、苛立っていた。この目の前の男は剣術自体は平凡で体術もそれなりでしかないのだが、妙にやりづらかった。
既に人外の領域に脚を踏み入れているゾッドからすれば無理やり突破する事は可能だった。だが、なぜそれをしないかというと、ゾッドは未知を恐れていたのだ。これまで、何百何千という人間を狩ってきたゾッドだが、目の前の男からは底知れぬ何かを感じており、それは警戒すべきだとゾッドの勘が囁いていた。
ゾッドは百戦錬磨だからこそ、こういった勘は必ず当たる事を知っていた。何より、ゾッドも本来の実力を出し切れていなかった。その事実がゾッドを余計に苛立たせた。
格下の癖になぜ俺を止められる? ゾッドはその問いに答えを見つけ出せずにいた。
一方、レドはというと、相手を倒すのではなく、動きを阻害する事に注力していた。
思った通りだ……。レドは不敵な笑みを浮かべながらゾッドの大鎌による攻撃を捌いていく。
ゾッドの一撃は恐ろしく速く、そして重い。軌道も変幻自在で、並大抵の剣士であれば何合か打ち合ったあとに首か足を斬られて終わりだろう。だが、レドは違った。
剣士として上級者に一歩及ばないレベルのレドであれば、同じ末路を迎えていてもおかしくない状況だ。しかしそうはならないのには理由があった。
「お前の攻撃パターンは……悪いがもう見切った」
レドがそう宣言し、首を狙う一撃をひょいと躱し、更に追撃として迫る大鎌の柄を赤い曲剣で受けた。
「貴様……!!」
ゾッドの攻撃は確かに脅威だ。レドも初見であればおそらくとっくの昔に首が飛んでいたであろう。
だが、ゾッドの動きをレドは――嫌というほど見てきたのだ。
レドには、目の前のゾッドにリーデの姿が重なって見えていた。
何度も実戦形式で戦ったリーデの動き。特に、初期の頃の動きにそっくりだったのだ。ある程度の型が見えれば、あとはそれの派生でしかなく、観察力の高いレドからすればそこから予測し対処する事は容易かった。
速いし、重いが……来ると分かっていれば、いくらでも対処のしようがある。レドがかつてSランク冒険者パーティ【聖狼竜】に所属していた頃に一番得意とするのがこの――遅延や妨害を駆使した足止めだった。
相手の動きを分析し、相手が動きにくいような間合いを維持し受けに徹する。もし相手が嫌がって間合いを離せば、すかさず魔術で追い詰めるレドらしい戦術だ。
そうやって、後衛が大魔術や支援魔術を放つ時間を稼ぎ、優勢になれば他の前衛と攻勢に出るし、劣勢であれば殿を務める。
そうやってレドは何度も【聖狼竜】の危機を救ってきたのだが、結局最後までそれが評価される事はなかった。
予め、レドはイレネとエリオスに伝えていたのだ。状況によるが、リーデは二人に任せて自分は時間を稼ぐと。
レドの狙い通り、リーデの捕縛は出来たようだが。問題は――ここからどうするかだ。
ゾッドを三人で押し切るというのも一つの手だ。だが、リーデに掛かっているであろう洗脳を解く為に出来ればゾッドは生かしておきたい。更に、こうしている間にも時間は刻一刻と無くなっていくのだ。
昇降機で確実に誰かが上層へと上がっている。既にもう出遅れている事をレドは看過出来なかった。
「一気に攻めるぞ!」
レドは素早く判断し、そうイレネとエリオスへと声を発した。二人は同時にゾッドへと向かう。
「調子に乗るなクズ共があ!! “光の忌子よ傷跡を隠せ”【闇鳴りの牙】」
ゾッドが詠唱しながら大鎌で床を引っ掻いた。悲鳴のような金属音と共に黒い煙のような物が大鎌の刃にまとわりついていく。
レドが警戒し、イレネとエリオスに制止のハンドサインを送りつつ、青い短剣を構えた。
「ああああ!!」
ゾッドが、レドがまだ大鎌の間合いの外にいるというのに大鎌を縦に振った。
「ちっ!」
大鎌が振りぬかれた後、その軌跡の形をした闇の刃が飛来。レドは魔術で受けるのを諦め、横っ飛びで回避。イレネとエリオスの間を抜けた闇の刃は背後の壁へと衝突し、爆発。醜い爪痕を壁へと残した。
「あれは受けるな!――くっ」
レドが注意を促そうと声を出すが、同時にゾッドが接近。大振りの横薙ぎがレドを襲う。レドはその一瞬のやり取りの中でも思考し、判断する。動きは一緒だが、剣で受ければあの魔術を喰らってしまう。
武器に魔術を付与するタイプの魔術はこれが厄介だった。そしてゾッドがこれを使ってこなかったのはおそらくやつにとっての切り札の一つだからだろう。
ならばここからがやつの本気か。レドは覚悟を決めると共に、ゾッドを生け捕りにするのは諦め、バックステップ。追うように闇の刃が迫り、レドは屈んでこれを回避。広く展開したイレネとエリオスが左右から挟み込むようにゾッドへと走る。
エリオスが牽制でアイアンボルトを放つ。ゾッドが身体を回転させながらそれを回避するが、その隙にイレネが肉薄。緩急を付けたステップと剣と体術を組み合わせたイレネの連撃をゾッドが苛立ちながら、大鎌の柄で防いでいく。
「エリオス!」
「分かった!」
レドが青い短剣を突き出し、エリオスが短矢をワイヤーボルトへと切り替えたクロスボウを構える。訓練で何度も練習した連携。エリオスは慎重にしかし素早く狙いを定め引き金を引こうとした。
「ぎゃはははは!! どっかーーーーん!!」
不快な女の金切り声と共に天井の一部が爆発。レド、エリオスとゾッド、イレネの間にあった天井が崩れ、破片が降り注ぐ。その隙間からみえるのは、青黒く染まった水の柱だった。
水柱が天井を貫通し、更に床も破砕。床に大穴を空けた。
「っ!?」
「な、なに!?」
通路の入口近くで戦闘を眺めていたゲルトハルト含め、全員がその状況をすぐに理解できなかった。
「あははは!! 間違えて床壊しちゃった!! うっかり!!」
狂ったような笑い声と共に、青黒い水によって天井に空いた大穴から落ちてきたのは青髪に黒い鎧を纏った女――レザーリアだった。
辺りから漂う強烈な血の臭いからレドは、あの青黒い液体は水ではなくトカゲ達の血だという事に気付く。
「レザーリアか! イレネ、すぐに離れろ!」
レドが素早く位置関係を把握しようと辺りを見渡した。
レザーリアによって出来た大穴で空間が分断されており、穴のこちら側に、レド、エリオス、そしてゲルトハルト。向こう側にはイレネ、ゾッド、レザーリア、そして拘束されたリーデ。
「まずいの!」
ゲルトハルトも慌ててこちらにやってきたが全ては遅すぎた。
「あれ? もしかしてやり過ぎちゃった?」
「貴様……!! 何を――っ!!」
「やばい! リーデ!」
元々、破壊尽くされていたこの空間。そこへ更に戦闘が続き、レザーリアによって上から大きな衝撃を受けた結果。
レド達の目の前で、穴の向こう側の床が――崩落した。
レザーリアが首を捻りながら、なぜこうなったと考えながら落下していき、ゾッドは落ちながら拘束されたリーデへと手を伸ばす。しかしそれよりも速くイレネがリーデの身体を掴んだ。
「エリオス! ワイヤーを!」
レドが叫びながらエリオスへと指示を出した。エリオスがワイヤーボルトを放つもそれが届く前に、レザーリアもゾッドも、そしてイレネとリーデも――大穴の闇へと消えたのだった。
あの女マジで迷惑!!
ゾッドさんについてはまた作中で触れますが、仕事柄、格下を相手にする事が多く、ガチ戦闘は実はさほど行っていません。なので舐めプする事が多く、ゆえに読めない相手や、やりづらい相手には慎重になるタイプです。レドさんとは相性が悪いですね。
次回、少しイレネさん視点になります。レドさんパートもあるよ!
誰が昇降機が使っているのか、なぜレザーリアは落ちてきたのか、シースちゃんは何しとるんや! 辺りを想像しながら読んでいただければと。
感想もお気軽に。
レザーリアちゃん可愛いやったーっていう感想だけでもええんやで




