46話:人でも竜でもない者
「なんか急に雰囲気が変わったな。嫌な感じだ」
「ほほ、ようやくらしくなってきたの」
レドが中央塔内部を観察する。先程までの建造物内はまだどこか親しみのある雰囲気だったが、ここは違う。装飾などない剥き出しの鉄の通路に、細い管が束になって通路に走っている。
照明から放たれる光は妙に明るく、それが余計に闇を色濃くしている。
「ふむ……とりあえずその端末で地図でも見れないか試してみるかの」
ゲルトハルトが、向かった先にあったのは、壁と一体化した黒い板だ。ゲルトハルトがその黒い板の下部に触れると、そこから何やら凹凸のついた板が壁からせり出てきた。
「なにそれ」
イレネが興味ありげにそれを覗く。
「操作端末じゃ。コンソールと呼んでおる。これを使えばこの塔の情報が得られる……かもしれん」
そう言いながらゲルトハルトが慣れた手さばきでコンソールを操作していく。壁の黒い板から光が漏れ、それが空中に画像と文字を表示させていく。
「凄いな……どういう技術なんだ?」
見た事のないその遺物の力に思わずレドはそう聞いてしまった。
「ホログラフィックディスプレイだの。儂としては見づらいのであまり好みではないのだが……贅沢は言ってられんの――ふむ、やはり【欲災の竜星】のおかげか一部ロックが解除されておる」
そう言ってゲルハルトがいくつか操作すると、通路の真ん中にこの中央塔の構造図が現れた。しかし、塔の下部分は黒くなっており、どうなっているか見えない。
「ふむ……これを見るに……中央制御室はこの塔の上部にありそうだの。そしておそらくこの黒くエラー表示されている部分に……奴が眠っておるの」
「上か。厄介だな。かなり時間が掛かりそうだ」
「普通に登ればそうだの。昇降機を使うのも手か」
ゲルトハルトが構造図を大きく表示し、レド達がいる場所を赤く光らせた。
「ここが現在地だの。で、ここが昇降機だの。これを使えば一気に上まで行ける」
次に昇降機の位置を青く表示する。そこは同じ階層にあり、レドが見る限りさほど離れた位置ではない。
「ならさっさと向かいましょ」
「レド――用心した方がいいの。ここからは何と鉢合わせるか分からん。他の魔族も当然昇降機を使おうとするだろうし……おそらくそれ以外の者もおる」
「だろうな。ここからは全力で行くぞ。イレネも遠慮無く魔力を使え」
「そう? まあここまでで結構溜まったし派手に使えると思うわ」
イレネの持つ【アマルダの欠け月】の柄に嵌まっている透き通るような翠色の宝石が怪しく光る。
「よし、行こう」
レドを先頭に四人が通路を走る。先ほどまでとは違い、金属質の床で足音がやけに反響する。
「流石にここはすんなり通して貰えないか」
通路の先はちょっとした部屋になっていた。壁際にはレドにはそれを何に使うのか皆目見当も付かない鉄くずが並び、四隅には何やら光を反射する黒い物体が取り付けてあった。
なによりその部屋でトカゲが二体待ち構えていた。だがそれはこれまでに襲い掛かってきたトカゲ達とは雰囲気がまるで違った。
ついさっきまで水の中にいたかのようににその全身は粘液か何かで濡れており、何より姿がより人間に近付いていた。爬虫類の特徴を残した頭部と、全身の赤い鱗、背後に揺れる尻尾以外はほぼ人と同じと言っても良かった。
何より、白目と黒目が反転したその瞳には、知性が宿っていた。
「侵……入&%$……者……排&%$除」
「排除&%$%&――開&%始!!」
雑音混じりの声と共に、地面を蹴ったトカゲ達が部屋の入口に立つレド達へと襲い掛かる。
一体のトカゲが右手の爪をブレード状に伸ばし、一番先頭のレドへと水平に薙いだ。
「イレネ、エリオス、そっちは任せるぞ」
ブレードを赤い曲剣で受けながらレドが叫ぶ。もう一体のトカゲのブレードはエリオスが盾で防いでいた。
「了解だ!」
「やってやるわ!」
レドがブレードを弾き、青い短剣を突き出す。
「“空を裂き轟く主よ、光無き水面に枝葉を刻め”【雷火閃】」
短剣から青白い雷撃がトカゲへと疾走。命中した瞬間にトカゲの全身から火花と共に煙が上がった。
「ギュ%$&6ガア&%$&アア!!」
命中した瞬間にトカゲが絶叫。粘液を纏っているせいで、すぐに床へと流れるはずの電撃が残り、トカゲの全身を焼いていく。
狙い通りと一瞬油断したレドへと黒焦げになったトカゲがブレードを振るう。
「しぶとい――な!」
それを青い短剣で弾き、トカゲの首へと曲剣を叩き込む。
「ちっ! 硬い!」
狙い澄ました一撃だったが、それは僅かに首の鱗を削る程度に終わった。すぐに剣を引いたレドだったが、それよりも速くトカゲの足蹴りがレドの腹へと迫る。
「くっ!」
青い短剣で直撃を防ぐも、その衝撃でレドが吹き飛ぶ。壁際でレドは鉄くずへと着地。向かってくるトカゲをレドは観察する。
明らかにこの神殿で戦ってきたトカゲとは強さが違う。動きの速さもそうだが、何よりも硬いのが厄介だ。あれだけの電撃をまともに受けて動けているし、剣では傷一つ付かない。
レドがエリオスとイレネの方を見るが同じように苦戦しているようだ。トカゲが執拗にイレネだけを狙っており、魔弓術を使えていない。エリオスも盾を構えていては動きについていけないと判断したのか槍だけで接近戦を挑んでおり、上手くクロスボウを活用できていない。
「突破力が足りないか……」
そもそもこの金属に囲まれた空間は、レドにとって戦い辛い場所だった。レドは地属性が最も得意なので、岩や砂や土を含んだ床や壁があれば、得意の魔術も使えるのだが、ここには一切ない。なので、どうしても威力が低くなる他属性の魔術を使わざるを得ない。
とはいえ普段はそれで十分なのだが、ある程度の強さの敵になると、決定打を失ってしまう。
シースのような前衛特化が居れば、ある程度強気に出られるのだが……無い物をねだっても仕方がないとばかりにレドは戦術を組み立てた。
ゲルトハルトは後ろで、興味深そうにこちらを観察している。出来れば手伝って欲しいとばかりにレドが視線を向けるが、ゲルトハルトは深く首肯するだけだった。
お前らだけでやれって事か……。レドはそう受け取った。
「仕方ない、イレネ! こっちだ! エリオスはワイヤーを使え」
「っ!!」
目の前に迫ったトカゲのブレードを捌きつつ、レドが指令を出す。イレネがそれだけで反応し、レドへと駆ける。
「お前はこっちだ」
レドの読み通りもう一体のトカゲもイレネの後を追った為、余裕が出来たエリオスがクロスボウから特殊な形をした短矢――ワイヤーボルトを放つ。背中に目があるとばかりに反応したトカゲがそれを右に避けるが、その短矢にはワイヤーが結ばれており、そのまま短矢が壁際の鉄くずへと刺さり、トカゲの左側にワイヤーがピンと張られた。
さらにエリオスはもう一発ワイヤーボルトを放った。トカゲの右側へと飛んだ短矢には先ほど張ったワイヤーが結ばれている。
トカゲの左右を過ぎた短矢によって、その間に張られたワイヤーがトカゲへと迫る。トカゲはブレードでワイヤーを斬ろうと右手を振るうが、魔術に反応する特製ワイヤーは斬れず、逆に短矢に仕込まれた魔石によって発生した電撃がトカゲを襲う。
その電撃で力が緩んだトカゲがワイヤーに絡め取られる。そして、壁際に刺さった二本の短矢にまるで巻き取られるようにワイヤーが短くなっていき――結果トカゲは壁際までワイヤーによって引っ張られ、壁際の鉄くずに縫い付けられた。
「ギャ5$%#ガ!!ギャ$%#ルル!!」
もがくトカゲだが、両腕の上にワイヤーが通っているため、上手く力を入れられないようだ。
「よし!」
エリオスが思わずそう叫んだ時、レドが相手していたトカゲも防戦一方になっていた。レドとイレネの二本の曲剣による連撃を防ぐので手一杯のようだが、やはりダメージを与えられていない。
「イレネ、使えるか!」
「ちょっとだけ時間頂戴!」
レドの後ろに下がったイレネが【アマルダの欠け月】を顔の前に立てて、詠唱。
「“木漏れる光よ対価を示せ”【舞姫の報酬】」
【アマルダの欠け月】の柄に嵌まった宝石から光が放たれ、それは帯状になってイレネをまるでヴェールのように包んでいく。踊り子のような装束と相まって、イレネの姿がまるで天女のような姿になった。
「【砂鉄塵】」
イレネの言葉ともに背中の黒弓【サハームの弓張月】の弦が淡く光り、イレネの左手の上に黒い矢が生成されていく。その矢はこれまでイレネが魔弓術で使用していたような単純な構造の物ではなく、黒い鉄に細かい装飾が掘られた、まるで芸術品のような矢だった。
魔弓術の矢の威力は、矢に込める魔力量、そして魔術操作の細かさで決まってくる。特に後者は、矢の見た目にも現れてくるので、分かる者には一目でその矢がどれほどの威力を持っているかが分かるのだ。
これまでのイレネは燃費の悪い矢の生成に、最低限の魔力しか込めておらず、そして魔術操作も大雑把にやっていた。だからこそレドはその矢を見て、それに尋常ではない魔力量が籠もっているのが分かった。
イレネがその矢を弓で放つのではなく直接手に取っているのを見て、レドは次の動きを読んだ。
纏うヴェールの光が薄くなっていくのと同時にイレネは地面を蹴る。
レドがそれに合わせてトカゲのブレイドを弾きつつ、バックステップ。入れ替わるようにイレネが前に出ると、がら空きになったトカゲの胸元へと左手に持つ黒矢を突き立てた。
黒い鏃があっさりとトカゲの鱗を貫通する。
「じゃあね!――【解放】」
イレネがバックステップすると同時に、空いた左手を振った。
その瞬間に刺さっている黒矢に込められた魔術が発動。刺さった鏃から黒い砂塵が螺旋状に放たれて、トカゲの胸元を体内からズタズタに引き裂いていく。
青黒い血を飛び散らせながらトカゲが絶命し、床へと倒れた。同時にエリオスが拘束されたトカゲの眼孔へと槍を突き立て、トドメを刺した。
「ふぅ……戦闘中にこれ使うのやっぱり難しいわゲルトハルト」
イレネが【アマルダの欠け月】を振ると、纏っていたヴェールが柄の宝石へと吸いこまれていく。
「ほほ、本来なら使うだけでも難しい技だの。よく使いこなしておるが、あとはまあ慣れだの」
のんびり部屋の中に入ってきたゲルトハルトがそうイレネに声を掛けた。
「エリオス、良い感じだったな。良く一人で倒した」
「今回はワイヤーが上手く嵌まったが、中々難しいな」
レドはエリオスをねぎらいながらも、既に移動を開始していた。
「さあ、行くぞ。こいつらがまだまだいる可能性がある。出し惜しみ無しで全力で倒すぞ」
こうしてレド達四人がその部屋から足早に去っていった。しかしレド達は、密かに自分達の戦闘を観察していた存在に気付く事はなかった。
ちょっとずつメンバーの力をお披露目回。
以下勝手にQ&Aという名の作者のセルフツッコミ&設定開示
Q:消耗品の短矢にワイヤー巻き取り機能付いてるのは流石にやり過ぎでは?
A:短矢には魔石(廉価品)しか仕込んでいません。ワイヤーに実は仕掛けがあって、魔力を通すと反応して縮む性質を利用しているので、一見すると巻き取っているように見えますが、実はワイヤー自体が縮んでいるだけです
Q:矢は弓で撃てよ!!
A:弓を背中から外して矢を番えて放つという動作よりも直接差した方が速いじゃないというゴリr……失礼イレネさんの判断です。あの状況ではレドがいつまで保ってられるか分からない状況だったので、仕方ないですね。
あのトカゲさん達の正体やらなんやらについても触れていく予定なのでお楽しみに。
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