45話:空からの乱入者
「もうそろそろじゃないの?」
「ここを抜ければ……」
レド達が中央塔へと続く通路を走る。通路の壁と天井は半透明になっており、塔が間近に迫っているのが見える。
「きゃああああああああああああ!!!」
走るレド達の頭上から突如悲鳴が聞こえた。
レドが一斉に武器を天井へと向ける。
天井の向こう、遙か上の方に黒い影が見えた。
「おちるうううううう!!」
「落ちているのではないヨルネ、これは降下だ」
「一緒じゃないそれええええええ!!」
悲鳴を上げるその黒い影は徐々に大きくなっていき、空中から通路の天井へと落ちて来ているのが分かった。
黒い影は両足で天井に着地。衝撃で通路が一瞬揺れ、半透明の天井に蜘蛛の巣のようなヒビが入った。
「ほら、着地出来たぞ。なのでやはり降下で合ってい……ん? あっ」
みしみしとヒビが広がる音と共に、レドが声を上げた。
「全員、顔を守れ!!」
次の瞬間天井が割れ、細かい透明な破片が辺りに飛び散った。顔を庇ったレドが腕を下げて、このはた迷惑な乱入者へと視線を向けた。
天井を割って、通路へ落ちてきたのは半泣きのヨルネと、それをまるで荷物のように小脇に抱えた黒髪の青年――ロアだった。
「通路がなかったらどうする気だったのよ!! だから嫌だって言ったのに!!」
「……計算通りだ。結果、塔に近付けたし、いいだろ」
「届く確証もないのに飛ぶ馬鹿がどこにいるのよ!」
「古竜に出来たのなら俺にも出来る。あのガキも出来てた」
「あんな人外達と自分を一緒にするな!」
流石のレドも、こちらに視線すら寄こさない見知らぬ青年と、図書館にいるはずの顔馴染みな司書が目の前で喧嘩し始めたのを見て、どう対処したらいいか分からなかった。
「……あんたら何なのよ!!」
イレネが声を荒げた。
それにレドとエリオスとゲルトハルトが、仰る通りですイレネさんとばかりに深く頷いた。
「ん? お、ヨルネ、敵だ」
イレネの声で初めてこちらに気付いたとばかりに、ロアが振り向きつつ腰の黒い剣を抜き――地面を蹴った。
「っ!!」
全員がその動き自体には反応出来たが、それに対応した動きが出来たのはレドだけだった。
金属音が通路に響き、火花が散った。
「誰だお前?」
自分の剣を赤い曲剣で止めたレドに対し、驚いたような表情をロアは浮かべた。
レドにはその表情から、“俺の剣を止められる奴がいるはずがない”、という強者特有の、傲慢じみた考えが透けて見えた。
「名前を聞く時はまずは自分からって親に教わらなかったのか、小僧」
レドが不敵に笑いながら、ロアの黒い剣を押し返した。同時に青い短剣をロアの首へと突き出す。
「これは失礼した、俺はロアだ。【竜狩り】なんて呼ぶ奴もいる。それであんたは誰だ――オッサン」
ロアは青い短剣を首を振って回避しながら剣を下段から振ってレドの足を狙う。
「はっ、馬鹿正直に名乗る義理はねえよ」
レドは赤い曲剣で下からの一撃を逸らす。
レドは余裕ぶって受け答えしながらロアの剣を捌いていくが、相手が全く本気を出していない事が分かる。
こっちは必死だってのに……。悔しいが、相手の方が剣術だけで言えば上だとレドは認めざるを得なかった。
「そうか……なら――」
一瞬だけ殺気を纏ったロアが、これまでとは段違いの速さで剣を翻してレドの首を狙ったのが、その途中で刃が止まった。
見れば、ヨルネの短杖がロアの後頭部へと叩き込まれていた。
「はあ……はあ……この……馬鹿後輩……!!」
レドの目の前でロアが昏倒。そのまま後ろ向きに床へと倒れた。
「……昏倒魔術か」
それは名前の通り相手を昏倒させる魔術であるが、地味な割に高度な魔術であり、よほど訓練された者にしか使えない。それを無詠唱で放ったヨルネを見て、レドは目を細めた。
この場にいる時点では只者ではないし、レドがこっそり過去を調べた限り、ヨルネはなぜ図書館の司書をやっているのか不思議なほど、立派な経歴の持ち主だった。
レドはまだ警戒を解かない。
エリオスもクロスボウを倒れているロアへと向けており、イレネも臨戦態勢である。
「……ヨルネ。なぜここにいる」
「それは私が聞きたい……ここ何処なの……なぜ貴方がこんなところにいるの?」
「何やら、複雑な事情はありそうだがの……レド、ここで立ち止まっている時間はないぞ」
ゲルトハルトは、人間同士の諍いにまるで興味はないとばかりにそう言って、塔の方へと歩き始めた。
「そいつが噂の【竜狩り】か。ヨルネ、悪いが今は一刻を争う事態なんだ。ゆっくり話している暇はない。悪いが――俺らは先へ行く。付いて来いとは言わん。好きにしたらいい」
「ねえ……ここに来るまでにやばそうな連中を何人か見かけたけど……ひょっとして私……なんか凄い事件に巻き込まれてる?」
「ああ。とんでもなく厄介な事にな。さっさとそいつを起こして地上に戻れ」
「……忠告はありがたいけど……彼が素直に聞くとは思えないわ……」
「縛って、引きずってでも戻れ――この場所は君でも危険過ぎる」
「……努力してみる」
コクリと頷いたヨルネを見て、レドは先を行くゲルトハルト達を追った。
その背を見て、ヨルネはさてどうしたもんかと思考にふけったのであった。
☆☆☆
「はっ!? ――って痛いぞヨルネ!」
「アホ。馬鹿。考え無し。ロクデナシ。クズ」
「分かったから短杖で殴るのを止めてくれ」
目を覚ましたロアだったが、ヨルネが目を細めブツブツ言いながら短杖で頭を小突いていた。
「あんた本当は馬鹿でしょ? 敵味方の区別ぐらい付けなさいよ」
「……? こんな場所にいるのは全員敵だろ? さっきのオッサンは中々の手練れだった。見たところ剣士というより魔術師という雰囲気だったが……あの青い短剣が触媒か? 面白いな……本気で手合わせしてみたい」
「はあ……」
レドについて考察を始めたロアを見て、ヨルネはため息を付いた。古竜が所有していると言われる古書に釣られてここまで来たが、やはり自分の判断は間違っていた。どうにも本……特に稀少な物についてとなるとヨルネは考え無しになってしまう自分の悪癖を思い出したのだった。
「とにかく……上に戻りましょう」
「すぐそこに古竜がいるんだぞ? 戻る必要がどこにある? 歴史上でも数えるほどの人間しか遭遇した事のない古竜が二体、すぐそこにいるんだ」
「勝手にして……私は帰る」
そう言ってスタスタと歩き始めるヨルネを見て、ロアが声を掛けた。
「まあ、待てヨルネ。流石に一人では危険過ぎる。いくらあんたでもあのトカゲの群れをどうにかして地上に戻るのは不可能だ。古竜討伐を手伝えとは言わん。だから道中行動を共にして、事が済んだら上へと一緒に戻ろう」
「……それが嫌だって言ってるの」
「時間がないんだ。ヨルネの条件は全て飲む。俺としては、流石に姉弟子をこんなところに放っておく訳にはいかない」
ヨルネにはこのどうしようもない男の思考が全く理解できなかった。だが、一応、多分、自分の事を心配してくれているのはなんとかく分かる……気がする。
「条件を全て飲む……? 言ったわね?」
「ああ。男に二言はない」
真面目にそう返してくるロアを見て、ヨルネは思考する。
ロアにはああ言ったが、自分も古竜には俄然興味があるし、もし仮に旧世界関連の古書が見付かれば大発見だ。
そしてこの遺跡はどう見ても、どう考えても旧世界の物だ。
つまり、これはまたとないチャンスなのだ。ヨルネの学術的好奇心が鎌首をもたげはじめた。
ヨルネはここまでのロアの動き、実力を見て、さらに自身の力を合わせて計算すると――二人であれば、今のところ脅威は一切ない、と断言できた。
ただ嫌なのは地下なのですぐに逃げられない事と、この馬鹿後輩が暴走しがちな点だけだ。
もし後者をどうにか出来るなら……。
「ロア……今後は私に従いなさい……私の指示なしの行動は厳禁……破ったら敵の目の前で昏倒させてやる」
「……分かったから、それはもう勘弁してくれ」
そう言ってロアは、後頭部をさすった。
「……なら……行きましょう。まずは資料室がないか確認しにいくわ」
「……古竜に聞いた方が早いと思うが」
「あんたが剣を向けずにお喋りできるほど賢いならそれでもいいわ」
「……ヨルネ……あんたは俺をなんだと思っているんだ……」
走りながらロアが呆れたような声を出す。
それにヨルネが笑いながら答えたのだった。
「竜の事しか考えてないちょっと強いだけのただの馬鹿」
こうして中央塔に、この二人を最後として、役者が全員揃った。
神殿の完全起動の条件を満たすまで――後二時間。
ヨルネさんは本オタクです。本オタクの異常な行動力については某作品を読まれている賢明な読者様ならご理解いただけるかと思います。
あと、ロア君は割とポンコツです。でも、強いです。勇者候補に選ばれるだけの実力はあります。本気戦闘もお楽しみに!
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