44話:狼と血の魔女
レド達が桟橋へと向かうのと同時に、前方に青い雷光が走る。
「レド、あれは――デュレスだの」
ゲルトハルトの声と同時に、桟橋の手前で青い雷光が獣の姿となった。
「……火晒し……貴様……」
低く雷鳴のような声を発したのは、二足歩行する狼――デュレスだった。胸には【炎核】があり、目は魔族のそれで白目と黒目が反転している。
「灰雷のデュレスか」
レドが、油断なく構えながらデュレスを観察する。雷を纏っているというゲルトハルトの情報は確かなようだが、どのように動くかは予想出来ない。
「ほほ、相変わらず犬臭い姿だの。どれ、儂らとお前さんが好きな闘争とやらを一つしてみんか?」
「……貴様らと……遊んでいる暇はない……」
ゲルトハルトが挑発するも、デュレスはそれだけを言い残し再び雷光となって桟橋を走っていく。
「……追うぞ!」
レドの声と共に全員が走る。
「ううむ。あやつが挑発に乗らんとは……ふむ……」
「気にするなゲルトハルト。相手が中央制御室を最優先するのは予想出来ていた」
レドとしてはここで仕留めたかった気持ちはあるが、相手が未知である以上は何が正解かなんて分からない。とにかく今は迷う暇があったら前に進むしかない。
レドが見たところ、この輪状になっている建造物へと繋がる桟橋は複数あった。ここでデュレスと鉢合わせたのはたまたまだろうが、まずは相手の姿を見れただけでも上等だ。話を聞いただけでは想像も付かないが、今ならある程度戦い方を絞る事が出来る。
「エリオス、ワイヤーは出来る限り温存しておけ」
「了解だ」
「ほほ、頼もしいの」
「ちょっと、余裕かまして喋るのはいいけど、また来るわよ!!」
イレネの声と共に、桟橋の左右で水柱が上がった。
「ったく! 騒がしい遺跡だ!」
レドの愚痴と共に水中から飛び出てきたのは先ほどまで戦っていたあのトカゲ達だった。しかし、ヒレがついていたり、少し流線形でスマートな姿は、あのトカゲたちとは別種である事を物語っていた。
次々と水柱が上がり、水棲トカゲ達が桟橋に上がってくる。
「突っ切るぞ! エリオス!」
レドがすぐ横に上がってきた水棲トカゲの前脚を斬り飛ばしながら叫んだ。
「分かってる!」
エリオスが返事と同時に、火の魔術が込められた短矢――ブレイズボルトを前方へと放つ。建造物への入口辺りに群がる水棲トカゲ達に着弾し、紅蓮の炎で周囲を焼き尽くした。
「ちょっとあれじゃあ、あたし達も入れないじゃない!」
イレネの言う通り炎が入口を塞いでいた
「ほほ、あれぐらいは儂が手伝ってやろう。そのまま火に突っ込むが良い」
ゲルトハルトがそう言って、スピードを上げてレドに並走する。
「よし、イレネは邪魔する奴は蹴飛ばしてでも排除しろ」
「任せなさい!」
左右から次々上がってくるトカゲ達をレドとエリオスは足を止めずに剣や槍で払う。イレネが言われた通りゲルトハルトへと迫る水棲トカゲに華麗なハイキックを叩き込んで、湖へと落とした。
まだ炎が残る入口へ近付くとゲルトハルトが手を翳し、そして捻る。
「ほいっと」
その動きと共に炎がまるで操られたかのように入口から離れた。宙に浮いたその炎は尾を引きながらレド達の頭上を通り過ぎ、背後に迫る水棲トカゲ達へと襲い掛かる。
ゲルトハルトが手を握ると同時に炎が爆ぜ、水棲トカゲ達が燃え上がった。
「……一瞬ヒヤッとしたわよ」
「ほほ、さあ早く行かないと先を越されるの」
背後で炭となる水棲トカゲ達を置いて、レド達が建造物内部へと入っていく。
内部も壁や天井が光っており、明るい。見たところ石造りの壁の内側といった様子だが、当然こんな石材をレドは見たことがなかった。
「とりあえず、地下もしくは隣の建物へと続く通路を探そう。手当たり次第行くしかないな」
「ほほ、とにかく、進めるところまで進むしかないの」
四人が再び走る。
「何か出てくるかと思ったが今のところ、特に何もなさそうだな」
床や壁が音を吸収しているのか、やけに辺りは静かだった。
途中で上階へと続く階段があり、レドは一瞬迷ったが階段の方へと進んだ。
「地下に向かうんじゃないの?」
「いや……考えてみればこの建物が地下であの中央塔と繋がっているとは限らないからな。湖面の下まで行ってしまうと、いざという時に柔軟な動きが取れない。であれば、少なくとも塔が視認できるこの階層で塔まで移動してそこから地下に潜る方が安全だ。そもそも……中央制御室はあの塔の地下にあるのかどうかも分からない。何もかもが不確定だ。出来る限りギリギリまでは選択の余地がある方へと行く」
「儂も賛成だの」
「なら文句はないわ」
レド達が階段を駆け上がる。その階層も下と同じように、広い通路が一本延々と続いているだけだった。
「とにかく、最上階を目指そう」
その後も通路を進み、階段を見付けては上階へと上がっていく。
何層か上に進むと、レド達は屋上へと出た。
どうやレド達が今いる建造物が中央塔を除けば一番高くなっており、段々のように中心にいくに連れて、建造物の背が低くなっていた。
レドが素早く見渡すとそれぞれの建造物同士は数本の通路で繋がっており、中央塔までは徒歩で向かえそうだ。頭の中でレドは素早く通路の位置関係を頭に叩き込む。毎回屋上に出て確かめていては時間の無駄だ。
「ワイヤーが届けば……」
エリオスの呟きにレドは頷いた。
それはレドも一瞬考えた。しかし魔術を使って、岩の足場を限界まで伸ばしても届かない距離だ。もしくは、湖面をイレネの魔術で凍らせて渡る方法もあるが、湖面まで降りて、また上に上がる作業が手間であり、何より魔力をそんな事に使っている余裕はない。
それに湖面にはあの水棲トカゲ達がいる。やはり、その方法は無理だとレドは結論付けた。
「行こう。迷う時間が勿体ない。デュレスは見たところ機動性が高い。先に行かれると追い付けなくなる」
「ねえ、レド。あれを見て。……なんだろ……風船?」
イレネの指差す先をレドが見ると、同じ屋上のかなり離れた位置に何やら黒い人物が立っており、その上に赤い球状の物が浮かんでいた。
「っ!! レド!! ここから離れた方がいい!」
珍しくゲルトハルトが声を荒げた。イレネはその黒い人物が青髪の女性で、こちらに向かって手を振っているのが見えた。
そしてその上に浮かぶ球状の物が血だと気付いた。
その浮かぶ血の球から、赤い何かがこちらに向かって射出された瞬間にイレネも声を上げた。
「っ!! 逃げて!!」
全員が下へと続く階段へと飛び込んだ。次の瞬間、先ほどまでレド達が立っていた位置に轟音と共に赤い槍状の物が飛来し、屋上の床を破砕し突き刺さった。
「レザーリアだの! 今は避けた方がいい!!」
レドが見るに、その赤い槍は血液が凝固したような見た目で、忌避感を覚えるおぞましい姿だった。おそらく、魔力か何かを込めて槍状にしているのだろう。
突き刺さっていた血の槍は、込められていた魔力を失ったのか形が崩れていく。それはばしゃりと床へと落ち血溜まりを作った。
「くそ、いきなり攻撃してくるとはな」
「向こうは挨拶程度にしか思っておらんの」
階段を駆け降りながらレドが愚痴る。
「魔族は本当にろくでもないやつばっかね! あ、ゲルトハルトはまあ……少し違うけど」
「ほほ、儂もさして変わらんぞ?」
「……嫌な冗談だ」
レドはそう答えながら、レザーリアの位置から遠い方にある通路へと向かったのだった。
☆☆☆
「あーあ逃げちゃった。シャイなのかな? 照れ屋さんだなあ」
ケラケラと笑うレザーリアが手を掲げた。
すると、頭上に浮かぶ血の球が建造物の端に移動し、二本の触手を内側にある建造物へと伸ばした。
血の球は徐々に小さくなっていくが、やがてその触手は向こう側の建造物の屋上の端へと到達。建造物同士を結んだ触手の間に血が固まった板が現れ、それは即席の橋となった。
レザーリアがゆっくりとした足取りでその上を進んでいく。
「さって、ここで差を付けないと【核砕き】に追い付かれちゃう。怖いなー」
言っている事とは裏腹にまるで心配していなさそうな口調でレザーリアはそう呟き、血の橋を渡り切った。血の橋は球体に戻り、また同じように更に内側の建造物へと橋を架けていく。
「思ったより賑やかになりそうで楽しみだなあ……」
これから始まる狂騒にレザーリアは想いを馳せて、顔を歪めた。
「……とりあえず……ゲル トハルトだけは確実に殺さないと」
ゲルトハルトの名を口にしたレザーリアの表情が変わる。
その顔には、先ほどまで纏っていた軽薄な雰囲気は無く、激情が浮かんでいた。
魔族達も到着し、それぞれが中央制御室を目指しています。
レドさんの心労が増えていく……どんまい……。まだ登場してない人?達も続々出てくるのでお楽しみに!
実は更に新キャラ出そうかと思ったけどこれ以上はケイオスが過ぎるので止めた()面白変人キャラ書くの楽しくて……つい……。いつか日の目を見る事がある事を願う
ブクマ評価お願いしまーす。
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