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39話:レドの悩みと転換


「うっしじゃあやるか」


 ガディス防衛隊第三駐屯地、【全環境訓練所】内でレドの声が響いた。


「で、何をするの?」


 イレネが準備運動として、身体の各部位を伸ばしていく。


「一週間しかない。今からいきなり新しい事を覚えても使えんだろ。だから、閉所を想定した戦闘訓練とこれまでの技術の底上げだ」

「俺はどうすればいい?」


 エリオスがそうレドに聞くと、レドは顎の髭を撫でながら答えた。


「エリオスは、いち戦力として数えられる程度には腕を上げてもらう。ちと荒っぽくなるぞ」

「強くなれるならなんだっていい」

「ほほ、儂も手伝おう。特にそっちの娘。お前さんベイル式舞踏武術と魔弓術を嗜んでおるな?」


 付いて来ていたゲルトハルトがそう申し出てイレネへと視線を向けた。


「なんであんたが知ってるのよ」

「その腰に差してある曲剣は【アマルダの欠け月】で、背中の弓は【サハームの弓張月】。それで分からん奴はモグリだの」

「っ!! なぜその名を!」


 なぜかゲルトハルトの発言に過敏に反応したのはエリオスだった。


 エリオスは無意識でイレネの前へと出て、イレネは思案げな表情を浮かべ、じっとゲルトハルトを見つめていた。


「どちらもザウード家に受け継がれた秘宝。その持ち主が、ベイル式の戦闘技術を持たぬはずがあるまい。ほほ、レドとやら。そっちの娘は儂に任せてもらえんか? こう見えて、ベイルには……少々詳しくての」

「……イレネ次第だ」


 レドがイレネを見て、そう答えた。


 レドはイレネとエリオスがただの流浪の民でない事に薄々気付いていた。ディアスがおそらく完璧に過去を調べ上げているだろうが、特に問題視している様子はないのでレドも詮索するつもりはなかった。


 しかし、ザウード家だと? レドはその言葉に内心驚いていた。


 その名前は、ある程度歴史に詳しい者なら誰でも知っている名前だ。


 古の大国、ベイル宝樹国の王の血統を未だに守りしベイルの希望、それがザウード家だ。国がないのに王を名乗るのは滑稽だとばかりに彼らは王家を名乗る事はないそうだが、ベイルの民にとっては未だに崇拝対象である。


 そのザウード家の秘宝を持っているという事はイレネが、そしてエリオスがザウード家の血を引いているという事だが……。


「……レド、あたしはそれで構わない」

「ほほ、では、ちと場所を借りるぞ」

「……」


 ゲルトハルトとイレネが移動するのをエリオスは無言でじっと見つめた。


「心配するな。あいつの【炎核】は俺が預かっている。万が一何かあってもすぐに対応する」


 レドが安心させるようにエリオスの肩を叩いた。


「分かってる。しかし……あいつは一体何者なんだ……」

「さてな。魔族については謎が多いし分からない事が多すぎる。一緒にいる間に少しでも何か掴む事が出来ればいいが。今はそれよりも――訓練だ」


 そう言って、レドが青い短剣を抜いた。


「うっし、とりあえず、その盾は置いておけ」

「? 使わないのか?」


 エリオスは訝しげに背負っていた盾を下ろした。


「おそらくだが、【起動塔】地下突入は目まぐるしい展開になる。盾を構えてどっしり構える暇はないかもしれん。だから、お前に機動重視の戦い方をこの一週間でみっちり叩き込む。閉所での槍の扱い方、機動力を生かした戦術。そういうの全部だ」

「……ふふ、流石だなレドさんは」


 エリオスが嬉しそうに笑って、槍を構えた。


 元々エリオスが持っていたのは、ベイルの男子なら誰でも一度は手に取る、戦士の槍と呼ばれる極々一般的な槍だ。

 しかしそれをタルカ工房のリューズが十字槍へと強化してくれた。

 

 銘は【交差するハウラ】。


 槍にも黒鉄を使用している為、着ている黒い鎧と統一されたデザインになっている。


 無骨な仕上がりの中に、優雅な曲線があり、リュージュらしさが見て取れる。それらの装備を見てレドは、リュージュも成長している事を実感していた。


「しばらくは実戦形式でぶっ倒れるまでやるぞ。その都度動きは修正する」

「分かった。本気で行くぞ、レドさん」 

「かかってこい」


 レドがくいくいっと挑発するように指を曲げた。それを見たエリオスが不敵に笑って、槍を構えた。


 そこからは、適度に休憩を挟みながら、何度も実戦形式で訓練を行った。

 閉所を魔術で再現し、その際の槍の使い方や動き方を教えていく。


 その後も再び実戦形式でレドがみっちりと前衛としての基礎を叩き込んだ。


 エリオスが険しい表情で鋭い突きを放ってくる。レドはそれを左手に持つ青い短剣で逸らしつつ、次の動きを観察する。


 レドは戦いながらも、悩んでいた。


 悪くない。悪くないのだが……。エリオスをここからどう伸ばすべきか。


 レドが見る限り、エリオスは筋が良い。幼い頃からどうやら槍術や盾を使った戦闘の訓練だけはしていたようで、慣れた様子で使っている。その辺りの冒険者には負けないぐらいの強さにはなっている。


 ただやはり、総合的な能力についてはシース、リーデ、イレネと比べると数段劣っているとレドは感じていた。


 そして、それを誰よりも理解しているのがエリオス本人だった。


 何合か斬り合った後、レドの赤い曲剣を喉元に突きつけられたエリオスが汗を拭って、もう一度柄を握り直した。


「もう一度お願いしたい」

「まあ、落ち着け。ちょっと休憩だ」

「俺が弱いのは分かっている。だから時間が惜しい、少しでも……足手まといにならないように強くならないと」


 エリオスは、ある意味達観していた。

 幼い頃から自由奔放で才能溢れる妹の姿を見ていたせいで、届かない高みというのを知っていた。


 せめて、シース達の足枷にならないようにと努力してきたが、同じ時間で彼女達は遙か先へと行ってしまった。

 悔しくないと言えば嘘になる。


 これまではどこかで仕方ないと諦めていた。


「がむしゃらにやっても意味はない。焦る気持ちは分かるが」

「レドさん教えてくれ……どうすれば強くなれる。シース達のようになれないのは分かっている。イレネやリーデのような魔力量もないし、前衛として動きもシースには敵わない。俺は……どうすればいいんだ。俺はもう……諦めたくないんだ」

  

 エリオスのその言葉に、レドは息を飲んだ。


 シースを始め、リーデもイレネも天才肌タイプの弟子だ。だからどこかで、エリオスにもそういった部分を期待していた。勿論、エリオスも伸びているのだが……凡人の域を出ていないのは確かだ。


 そしてレドはようやく理解したのだった。エリオスはどこか昔の自分に似ている。

 勿論、タイプは違うが……かつての自分も周りの天才に劣等感を感じ、焦っていた。


 魔術も剣術も中途半端に囓り、結局どっちつかずになっていた過去の自分を思い出す。


 結果として、両方を使いこなす【魔法剣士】として自身のスタイルを確立出来たが……。


 エリオスの魔術適性は調べたところ、雷という珍しい属性だった。これにはレドも一瞬期待をしたのだが、魔力量が絶望的に少ない為、魔術はほぼ使えない事が分かった。


 その異常なほどの量の少なさに、もう一度調べ直させたのだが結果は同じだった。同じ時にイレネが常人の二倍以上の魔力量を持っている事が分かって、レドは世の中の不公平さを改めて感じたのだった。


 エリオスはなぜかそれについては特に落ち込んでいる様子はなかった。それが少しレドは気になっていたが、いずれにせよ、エリオスが魔術を使えない事に変わりはない。


 レドは考えを変えた。エリオスにはエリオスの道がある。それを自分も一緒に模索すれば良いだけだ。


「エリオス。ちと、方針を変えよう。前衛としての動きは及第点だが、これ以上先を求めるのは効率が悪い。勿論継続して訓練はやるが、メインの戦術を変更する」

「変更?」

「ああ。付け焼き刃かもしれないが、一週間で形にするぞ」

「……俺はレドさんを信じるよ」

「よし、じゃあ借りに行くか」


 そう言ってレドが曲剣を鞘に収めると、スタスタと全環境訓練所の隅にある倉庫へと向かった。


「借りる? 何を借りるんだ?」

「最近は便利な世の中になっててな。魔術が使えなくたって、それらしく戦う方法はある」

「魔術が無くても…か?」

「そうだ。というか俺がうっかりしていた。どうしても本人の実力を伸ばす事ばかりに囚われていた」


 なまじシース達が叩けば叩くほど実力が伸びる分、それに盲目的になってしまっていた。勿論、基礎能力があってこその発展なのだから間違ってはいないのだが、エリオスについては次のステップに行かせた方が結果強くなる可能性があった。


 それに早い段階で気付けなかったのは自分の過失だとレドは反省していた。


 レドが倉庫を開ける。そこには、防衛隊が使う装備や道具の予備が沢山置いてあった。

 勿論これらは自由に使う許可をハラルドから貰っている。


 これについては、こちらも対価として使い勝手や改善点、それらを使った戦術の考案を提案する事になるのだが、それぐらいはしても良いだろうとレドは思う。


「エリオス、お前にはこれらの使い方、それを組み込んだ戦術を俺が思い付く限り叩き込む。一週間で物にしろ」


 ピンを引くと、数秒後に火薬による爆発を起こす、小型爆弾。

 腕に装着するタイプの小型化された最新型の携帯クロスボウ。

 それで撃つことが出来る、各種ボルト。

 予め魔術を込められる魔力石によって雷属性が付与された、ワイヤー。


 それ以外にも使えそうな道具は沢山あった。


 先のガディス襲撃事件で、防衛隊の装備は大幅強化されている。最新のディランザル産の物まであったのはレドにとっては嬉しい誤算だった。


 レドが見たところ、全て既に市場に出回っている汎用品ばかりなので、持ち出しても問題ないだろう。おそらく精鋭部隊が使うような特注品はこんなところに置いていまい。


「火炎玉を使ったことはあるな? そういうアイテムを全部使って、遠中近、全てに対応できるようになれば――()()()()()()()()()()


 レドはそう力強く言って、エリオスの肩を叩いたのだった。


エリオス君がんばるの巻。

レドさんも色々と考えているようですが、バランス良く全員を最適解で育てるという事に中々苦戦しているようです。彼も弟子達を育てる事で少しずつ成長していってますね。


しばらくシースちゃんくんは退場しています。ところどころ何をしているかは入る予定ですが、レドさん中心で2章ラストまで突っ走るのでよろしく!!


ブクマ評価よろしくっす! 感想もお気軽にどうぞ!今なら作者の返信が付いてくる!やったね!

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新作! 隠居したい元Sランク冒険者のおっさんとドラゴン娘が繰り広げる規格外なスローライフ!

「先日救っていただいたドラゴンです」と押しかけ女房してきた美少女と、それに困っている、隠居した元Sランクオッサン冒険者による辺境スローライフ



興味ある方は是非読んでみてください!
― 新着の感想 ―
[良い点] レドとシースだけじゃない、レドは白竜の息吹の師匠なんだな。 [一言] 久しぶりの師匠パート、駆け出しシースに色々と教えたり橋の下で野宿とかしてた頃がもう随分と昔に感じる。
[気になる点] タルカ工房のお弟子さん、リューズ表記とリュージュ表記がありますが、どちらが本当の名前なんでしょうか。 単に愛称だったらすみません。 [一言] どんな武器でも自由自在に使える人、カッコい…
[一言] おもしろいです! 今後も期待してます
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