38話:対策会議
シースがブランの家を後にし冒険者ギルドに戻った時には辺りはすっかり夜になっていた。
シースを捜し回っていたエミーに手を引かれ、支部長室に連れていかれるとそこには見慣れた顔と――
「ま、魔族!?」
ソファに座って紅茶を飲んでいるゲルトハルトを見て、シースが斧剣に手を伸ばす。
「シース、落ち着け。気持ちは分かるが、こいつは……一応敵ではない」
「味方とは言ってくれんのな。儂は悲しいぞ……。ふむしかし……これはまた……因果な……」
ゲルトハルトがひょいと首を伸ばして、シースを一瞥すると瞳を細めた。その目線は、シースの手の甲へと注がれている。
「どういう状況なんですか!?」
そこからレドが状況を説明し、シースもリーデの事やエギュベルから聞いた話を説明した。
「……別方向からの類似情報。ディアス、これは確度の高い情報だと判断していい。しかし……古竜にドラグーンだと? またわからん事になってるな……」
「なんか……すみません……相談すべきでした……」
頭を抱えるディアスとレドに、シースが縮こまって頭を下げた。やはり早まった判断だったとシースは後悔しはじめていた。
「そうとも限らんの。そこの娘や、古竜に選ばれるというのはとても名誉な事だの。しかもあの炎賛竜にならば、それは強くなる……いや人外の領域へと踏み込むまたとないチャンスだの。まあ生き残れれば……だが」
ゲルトハルトが紅茶を啜りながらそう語った。
「ゲルトハルト、ドラグーンとは何なのだ?」
レドはそう聞くが、さして期待していなかった。この老人、教えたくない事は意地でも教えないタイプだとレドはここまでのやり取りで良く分かった。
「ふむ……まあこれはサービスという事で特別に教えてやろう。古竜とは、基本的に五百年以上生きた竜の事を指すのだが、その中でも千年越えの竜が数体おる。【炎賛竜エギュベル】もその一体だの。このレベルの竜になると、もはや天災その物。動けば山が崩れ、吼えれば空が裂ける。遙か昔、この星には旧世界と儂らが呼ぶ時代があったが、古竜達の戦いによって亡びたと言われておる。これに懲りた古竜達は、この星や文明に二度と被害を与えないように色々と枷を自分達に嵌めた」
ゲルトハルトの語りをレドは頭の中で整理していく。
ゲルトハルトによると、その枷は【盟約】と呼ばれる物で、古竜達はその【盟約】に縛られて生きているそうだ。
その中の一つに、【古竜以外へ能力の行使を禁じる】というのがあるそうだ。
これにより、古竜は他者に積極的に危害を加える事が出来ないらしいのだが……。
「でも、エギュベルさんはその辺りの判定は適当だって言ってました……。僕もリーデも攻撃されましたし……」
「奴等は次元が違い過ぎるからの。シース、だったかの? お前さん、誰にも危害を加えずに森の中を歩けるか?」
「へ? いや出来ると思いますけど」
「では、その対象に、お主が踏むかもしれない虫や植物を含んだ場合は?」
「それは……難しいですね」
「そういう事だの」
レドが解釈するに、つまりエギュベルがシース達にしたことは、攻撃にすら数えられないという事だ。
それは……あまりに化物過ぎないか?
「じゃあ別に、普通に攻撃出来るんじゃないの。あってないような物だわ」
イレネが頬を膨らませる。
「言っておるだろ、次元が違うと。実際それだけでも古竜にとっては大きな枷となる。そこで、古竜は自身が手を出せないから、その代わりとなる人間や魔族を選び、力を授けて自らの代わりに戦わせるそうじゃ」
「それが、ドラグーンか」
「歴史の表には出て来ないが……間違いなく英雄と呼ばれる類いの人間が選ばれる。ディランザルの建国者である【賢聖ベリド】もドラグーンだったと言われておるが……全ては歴史の闇の中だの」
「……なんか凄く適当に選ばれた感じがしたんですけど……」
シースは、ブランの部屋でのエギュベルとのやり取りを何度思い出しても、それは英雄譚に出てくるように厳かでも威厳のある感じでもなかった。
「案外そんなもんなのかもな。歴史や英雄譚ってのは、往々にして装飾過多になるものだ」
レドはそう言うが、それでもまだドラグーンとやらの存在を疑っていた。
本当に、シースを行かせていいのか?
シースの最近の成長はレドの予想を大きく上回っていた。勿論まだまだ荒削りな部分もあるし、戦闘技術が成熟しつつあるリーデやイレネにはもう一歩届いていないが、おそらく経験と時間があれば簡単に追い抜くだろう。
まだまだ教えるべき事はあるが、それは後からでも学べる、どちらかと言えば技術面の話だ。今はそれよりも剣士としての実力を上げる方が大切だろうとは感じていた。
なのでもしこの話が全て本当だとすればまたとないチャンスだ。
そのエギュベルとやらを何処まで信用出来るのか。それが分からない以上、その判断をレドは下せなかった。
しかしそうやって迷うレドを置いて、あっさりとイレネが口を開いた。
「なんか知らないけど、強くなれるんなら良いんじゃないの? シースがその時それが最善だと判断したのならあたしに異議はないわ」
「ああ、俺も同意する。行ってこいシース。そして誰よりも強くなって帰ってこい」
「イレネ……エリオス」
イレネとエリオスが力強く頷いた。
「ま、お前らがそれで良いなら、俺がとやかく言う場面ではないな」
レドは、自分が危うく何か言いそうだったのを止めてくれたイレネとエリオスに心の中で感謝した。
結局、これは彼女ら四人の問題であり、自分が口を出す事ではない。
シースが決断しそれを他のメンバーが尊重するなら、他者の出番はない。
「……支部長としては、そんな天災を野放しにするわけにはいかないのだが……」
「だからと言ってどうする事も出来まい。むしろ、シースが共に行動するのならある程度こちらでコントロール出来るかもしれない」
ため息を付くディアスに、レドはそう口にしたものの、シースから聞くエギュベルの性格を考えるに難しいだろうと判断した。とにかく、今は古竜という不確定要素が少なくとも味方側に近い立ち位置だという事が分かっただけでも大きい。
「シースはその修行とやらに行ってくれて構わないんだけど、あたしはそれよりもちんたらリーデの事を一週間も放っておく方が我慢出来ないのよね」
イレネが腕を組み、ディアスを睨む。
ディアスが改めて、今後について説明した。
「一週間後の大灯台……いや【起動塔】か。これの周辺に防衛隊、冒険者を配置して魔族が近付けないようにする。だが、万が一突破された場合の事を考慮して、起動塔の完全起動を阻止する為に部隊を地下に送りこむ。これにはゲルトハルト公の協力が不可欠だ。そうなると必然的に君達も行動を共にする事になる」
ディアスが、現段階で出来る対策を並べていく。
「【起動塔】地下については未知だ。我らですら、調査しきれておらず、何があり何が潜んでいるか分からない。そんなところへ行くにしては……君らはまだ未熟だ。だからこの一週間は少しでも実力を上げられるように時間を無駄に使うなと言っているだけだ」
「……俺らも成長している」
ディアスの言葉にエリオスが反論する。
しかしそれに対し、レドがディアスの代わりに答えた。
「確かにお前らは成長しているが、今回の件はただの冒険者には荷が重すぎる。本来ならイレネもエリオスもシースもこの作戦から外れるべきなんだ」
レドだって言いたくて言っている訳では無いが、それが現実だ。
「だが、ゲルトハルトの協力を得るには、少なくとも俺を含めお前達も協力せざるを得ない」
「ほほほ、儂はあくまで契約を君達と結んでおるからの。知らん奴等に協力する気はない」
「分かってるわよ……」
イレネが渋々その事を認めた。
自分達はゲルトハルトのオマケ。そういう事だ。
「リーデについては、【黒の刃】を動かして探させる。君らはその間に準備をしておけ」
ディアスの言葉にイレネが首を傾げた。
「準備?」
「俺もしばらく講義を休む。一週間みっちり訓練するぞ。付け焼き刃になるかもしれないが、やらないよりマシだ。少しでも戦力を増やして、一週間後の魔族の企みを絶対に阻止する」
レドがイレネにそう答えた。それがレドとディアスが出した結論だった。
「儂もそれに賛成だの。この一週間を無駄に使うよりも割り切って戦力増強に使う方が賢いの」
ゲルトハルトの言葉にレドとディアスが頷く。
「えっとつまり、一週間は僕ら全員が訓練して、当日起動塔の地下に突入して地下神殿の起動を阻止する、って事ですよね師匠」
「ああ。お前は古竜の下で、イレネ達は俺の下でな。リーデについては……俺も時間あれば捜索に参加する」
レドだって、今すぐ飛び出してリーデを探しに行きたいのだ。
だが、今、それを出来る立場ではない事は分かっていた。
このガディスにいるSランク冒険者はレドしかいない。ガディスは辺境一の街とはいえ、しょせんは田舎なのだ。この大陸にいるほとんどのSランク冒険者は王都付近にいる。
であれば、今回の作戦は自分の動きに掛かっている。
地下という場所柄、大人数を投入できない上、防衛隊はあくまで街を守る為に存在しているので、こう言った場合に動いてくれるかは微妙だ。なんせ、情報元が魔族なのだ。冒険者であるレドや、それを統括するディアスと違い、彼らはそう簡単には信じてくれないし、話がややこしくなる可能性がある。
それでもディアスは防衛隊の中でも精鋭の部隊を地下に投入出来ないか防衛隊の幹部に掛け合うつもりらしいが、難しいだろうとレドは思っている。
となれば、ディアスが今投入できる最大戦力は、やはり自分なのだ。
あとは、シース達がどれほど強くなれるか。一週間という時間はあまりにも短いが、ないよりはマシだろう。
「勿論、それまでに魔族を発見、討伐、そしてリーデの救出が出来れば万々歳だが……あまり期待しないでおこう」
「我らも目の届かない【貧者通り】や【ゴミ溜まり】についてはブランという男が情報を提供してくれる、目撃情報はすぐに共有するつもりだ」
ディアスの言葉に、シース達は少しだけ安心した。どうやらシースが仮依頼制度を使ったのを見て、エギュベルと会話している間にディアスがブランと交渉していたらしい。
「リーデ……ほんとにもうあの馬鹿……」
言葉と裏腹に心配そうにするイレネ。エリオスも表情を変えないが心の中でまだ迷っていた。
本当に割り切って訓練していていいのだろうか? そんな事をしている間にリーデに何かあれば……。
しかしそれを察したのか、シースがイレネとエリオスに視線を向けた。
「リーデの事は任せて、僕らは強くなることに集中しよう。絶対にリーデは取りもどす。だから、信じよう」
シースの力強い言葉にイレネとエリオスが初めて笑顔を浮かべた。
「ふん、言うようになったじゃない。あんたも古竜なんかに負けるんじゃないわよ」
「俺もシースを信じよう」
「ほほほ……若いってのはええの……」
それを見たゲルトハルトがしみじみと呟いた。
その後、細かい点を打ち合わせして、解散となった。
「じゃあ、明日の朝、【全環境訓練所】に集合だ。シース、頑張れよ。無茶はするなとは言わないが、絶対に死ぬな」
レドがそう言って拳を突き出した。
「必ず強くなって帰ってきますよ! イレネ達をよろしくお願いします」
「勿論だ。それじゃあ、一週間後に」
「はい、一週間後に」
シースはレドの差し出した拳に自分の拳をコツンと当て、笑顔を浮かべた。
こうしてシースはレド達と別れ、荷物をまとめる為に宿へと戻った。イレネ達は少しだけリーデの捜索をするようだ。
「僕は……集中しよう」
シースは手の甲に刻まれた紋様を見つめた。
微かにだがその紋様は光って、自分へと答えてくれたようにシースは感じたのだった。
☆☆☆
「ひ、お願いだ、やめて――」
男が最後まで言葉を言い切る前に、風船が破裂したような軽い破裂音と共に身体が爆発四散した。
男の血と肉片が部屋の中を真っ赤に染めた。天井、壁、そして、そして部屋の中心に立っている一人の女さえも。
血を浴びた女は、黒い鎧を纏っていた。女性らしいボディラインが強調された形で露出も多く扇情的だが、その顔にはおぞましいほどの笑顔が浮かんでいた。
本来は空のように青い髪が血で汚れており、頭の左右から角が生えている。瞳は魔族特有のそれで、手には剣の柄らしき物を握っていた。しかしその剣に刃がなく、柄だけの欠陥品に見える。
「んー少し脂質が多いか……二十点だな」
分厚い唇を真っ赤な舌で舐め、女が笑う。
「あの……その……レザーリア様?」
女――レザーリアの後ろにいた男が怯えるように恐る恐る声を掛けた。
「んー? なにー?」
振り返りながら、レザーリアが笑顔で柄をその男へと向けた。
「あ、待って、俺はただ――くそ、やってられるか!!」
レザーリアの持つ柄が床の血溜まりから血を吸い上げていく。まるで意志を持ったかのようなその血は赤い刃へと生成されていき、逃げようとする男の胸をあっさりと貫いた。
「痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い!!! 助け――ピギャ」
男が全身の穴という穴から血を噴き出して倒れた。
「あははは、こいつ死に方面白っ! 四十二点!」
レザーリアが狂気の笑いを上げると同時に、刃となっていた血がばしゃりと床へと落ちた。
「あーあ。また探さないと……」
レザーリアが窓から見える月へと視線を向けた。
「あと一週間かあ……楽しみだなあ……古竜の血はどんな味がするんだろうなあ」
レザーリアの言葉に対し、月は何も返さずただ優しく月光を放っていた。
ディアスさん、最近胃薬とお友達。ちなみに上司のミラゼルさんは、「知らん、全部お前に任せる」と言ったっきり連絡が取れないとか。ドンマイ。
そして……ひゃっはあ! 魔族のイカレたメンバーを紹介するぜ!!とばかりに登場した新キャラ。仕方ないね、そういうの好きだもんね……。
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