37話:ドラグーン
「はっ!? リーデ!」
目を覚ましたシースが、辺りを見渡す。そこは暗い室内だった。比較的整頓されているが微かに異臭が漂っている。
見れば自分は簡素なベッドに横たわっており、窓際には一人の美女が窓枠に腰掛けて、ただ外を見つめていた。
「お? 起きたか? いやあ力加減が難しくてな。ついうっかり殺しそうになった。めんごめんご」
美女は起きたシースに気付いたのか、軽い感じに謝罪をする。
「ここは!? リーデは!? 貴女は一体何者なんです!?」
「落ち着け少年。ここはお前がさっき一緒にいた男の部屋さ。あいつは何やらあるって出て行ったよ」
「僕は女です!」
「ん? あーそうなのか。すまんすまん、人間の性別の差はイマイチ分からんくてな」
「貴方、人間みたいな見た目しているじゃないですか」
「確かに、そりゃあそうだな。ん? あれ、あたしが人間じゃないって言ったっけ?」
「目が……違います。それにあんな化物じみた動きを見せられたら嫌でも分かりますよ」
それを聞いてからからと笑う美女に、シースはどう対応したらいいか分からなかった。
魔族ではないと何となく分かるが……。
「あたしは、エギュベル。まあ人間じゃねえけど、そこはまあどうでもよろしい」
「あんまりよろしくないですけど……」
「お前らが魔族って呼んでるあいつらとは違うって事だけ分かってくれたらいいよ」
美女――エギュベルが窓辺から離れ、笑みを浮かべながらゆっくりとベッドのシースへと近付く。
それは、獲物に忍び寄る捕食者の動きにとても良く似ていた。
本能的に、恐怖を感じたシースが飛び起き、腰に差したままだったダガーを取り出す。
微かに青く光るそのダガーを見たエギュベルが一瞬目を丸くした。
「おんや……それは……ふむ……ますます面白いなお前。なるほどなるほど……。まあじゃあお前でいいか」
「何がですか! なんなんですかもう!!」
もはやシースには訳が分からなかった。冷静になれと叫ぶ自分がいる一方で、もう全部投げ出して師匠に泣きつきたい気持ちでいっぱいだった。
「いや、何、あたしらは色々めんどくさくてな。直接手を出すのはアウトなのよ。だから、自分の牙や爪の代わりに人間か魔族を選んでな、そいつにやってもらうわけよ」
「……はい? というか普通に手を出されましたけど」
シースは未だ鈍痛が残る首筋をさすった。
「まあその辺りのさじ加減は適当だよ適当。まあとにかくだな、私はとある知り合いとそいつを起こそうとする魔族共をぶっ飛ばさないといけないわけよ。でも直接はできないから、お前にやってもらう事に決めた。今決めた。大決定!」
エギュベルがまくしたて、パチパチと拍手した。
「あ、いや、ちょっと待ってください。全然状況が分かんないですし、僕はそれよりもリーデを」
「あー、あの人形な」
エギュベルがガタガタと音を鳴らしながら椅子を持ってくると、背もたれを前にして跨ぐようにそれに座った。
「あれは、中々難しい感じだな。そういう風に作られたとしか思えない」
「そんな……でも昨日までは一緒に冒険者をしていたんです!!」
「昨日までのそれが……偽りだったんだろ。いずれにせよ、あの猫背の男――ゾッドだったか? あいつを何とかしないとどうしようもないな」
エギュベルの言葉をシースは首を振って否定した。
偽り? そんな馬鹿な事があるか。
「リーデを元に戻さないと……あのゾッドという男は僕が倒す」
「元に戻す、ねえ……若いが故の勘違いか……。だがな、シース。今のお前じゃゾッドには勝てない。あれは極め切った人間の一人だ。あの魔族も相当な強者だが、それと対等に渡り合っていた。ゾッドは既に人外の領域に足を踏み込んでいる。お前も素質はあるし伸び代はあるが、今の時点では無理だ」
「……僕一人では無理でもみんなの力があれば……」
シースはとにかく今の状況をイレネとエリオスに伝えないと、と考えていた。そして師匠にも……。
「無理だな。あいつ単体ならまあ分からんでもないが、あの人形――失礼、リーデだったか? あれも一緒にいるわけだ。さらにオマケにあいつ多分、魔族と協力関係にあるぞ。流石にただの冒険者パーティだけでは手に負えないだろ」
「……魔族が関わっている以上は防衛隊や他の冒険者も動く」
「んで、敵側にいるリーデが殺されたら元も子もないだろ」
「それは……」
エギュベルが真剣な表情でシースを見つめた。
「いいか、シース。今、この街はお前が思っている以上にヤバイ事になっている。そして、お前の目的とあたしの目的は少し違うものの、ほぼ一致している。だから――あたしに手を貸せシース。そしたら、少なくともゾッドやあの魔族共にタイマンで勝てるぐらいには鍛えてやる」
「鍛える……?」
シースの言葉にエギュベルが笑った。
「おいおいシース……まさか、摩訶不思議パワーを貰って簡単にパワーアップ出来るとでも思ったのか? んな都合の良い話はねえよ。いやまあ……ある意味それに近いんだが」
パワーアップってなんだろうと思うシースだった。強くなるという意味だろうか?
「僕には時間がないんです!」
「だから、焦るなって。期限は一週間後だ。それまでにお前は強くならないといけない。強くなってこの街を、お前の仲間を脅かす奴等を、全部ぶっ飛ばしてハッピーエンドだ。それであたしの目的も達成される」
「なぜ一週間なんですか」
「説明してやるよ」
そこからエギュベルがシースに語った事はゲルトハルトがレド達に語った事とほぼ一緒だった。
「つまり一週間後、大灯台の地下にあいつらが集まってくるって事ですか?」
「ほぼ間違いなくな。それまではあいつらも隠れ潜んでいるだろう。だったら、追うよりも万全を期して待ち受けた方が良い。それに……敵ではないが、あの竜狩りの小僧もいる。あいつも人外の領域に足を踏み入れようとしている奴だ。きっとお前の前にも立ち塞がる」
シースは、あの広場で刃を交えたあの黒髪短髪の青年――ロアの事を思い出した。
「それでも……師匠に相談してどうするか決めます」
「おいおいおい……辺境の英雄様は自分で何も決められないのか?」
おどけるように返すエギュベルをシースが睨み付ける。
「貴方の言っている事が真実かどうかも分からない以上、そちらの条件は受けられない」
「賢しい振りはやめとけ。誰に相談したところで、あたしの言葉が真実かどうかなんざ分からんだろ。お前が考えるべきは、強くなりたいかなりたくないか。そしてあたしを信じるか信じないかだ」
エギュベルが嘘を付いているとはシースも思わなかった。なぜだか、シースは彼女の事は信用出来ると感じていた。言ってることもやってる事もはちゃめちゃなのだが――嘘が一切ないと思えたからだ。
それに強くなりたいと常に考えているのも事実だ。この美女が常軌を逸している強さを持っている事は嫌というほど分かっている。
だけど、良いのだろうか? 何か、致命的な間違いを犯してはいないだろうか?【白竜の息吹】のリーダーとして、この行動は正解なのだろうか。
分からない。結論は出なかった。
だけど、そこでシースはレドの言葉を思い出した。分からない時は……自分の心に従えと。
「僕は、リーデを取りもどす為なら何でもします。強くなる必要があるなら強くなるし、手段だって選ばないつもりです」
「なら、答えは一つだ。あたしのドラグーンになれ、シース」
ドラグーン。それが何かはシースには分からない。
けど、脳裏にちらつくのはレドの顔だった。
「僕には師匠が沢山がいます。一人目は父。二人目は村の狩人。そして三人目が……僕の冒険者としての師匠です。師匠を……蔑ろにしたくありません」
「心配しなくても別にあたしはお前の師匠なんざになるつもりはねえよ。お前は武器を買うのにもわざわざ師匠にお伺いを立てるのか? 依頼を受けるときにいちいち、これで良いですかって聞くのか? そういうのはな、師匠を立ててるんじゃねえ、甘えているだけだ。お前もいっぱしの英雄と呼ばれる人間なら、師匠師匠とガキみたいな事言ってないでちゃんと一人で立て」
「僕は……」
もう悩む時間はないように思えた。あと一週間しかないんだ。
「約束してください。僕を必ず強くしてくれると。誰にも負けないぐらい……誰も奪われないぐらい強くなれると」
シースの視線がまっすぐにエギュベルへと刺さる。それを見て、エギュベルは満足げに頷いた。
「はは、良い表情だ。それでこそ、英雄だ。勿論約束してやる。誰よりも強くしてやろう。ただし、生き残れたら、の話だが」
「訓練は慣れてます」
「なら結構だ。ほれ、手を差し出せ」
エギュベルに言われるがままに、シースは右手を差し出した。
そこへエギュベルが両手で挟むように包み込んだ。
「ちと痛いが我慢しろ」
「へ? 痛っ!!」
手のひらに激痛が走り、思わず手を引っ込めたシースが右手の甲を見ると何やら紋様が刻まれていた。炎のようにも見えるし竜のようにも見える。
「これで契約は成された。お前はこれであたしのドラグーンだ。喜べ、世界で四人目だぞ」
「何ですかこれ……入れ墨? 取れるんですかこれ!」
「あん? まあ細かい事はどうでもいいだろうが。それにちょっと格好いいだろ?」
「いや、別に……」
「ええ……うそん」
「あのお……ところで、というか今更なんですが……貴方何者なんですか……」
シースの反応に少し凹んでいたエギュベルがそれを聞いて思わず笑ってしまった。
「おいおいおい……ええ……気付いてないの? あいつ、さては何も伝えてないな……つうかお前、あたしが何なのかも分からずに決断したのか……凄いな」
「え、いや、あいつって誰ですか?」
「ああ……なるほど。まあいいや。改めて自己紹介しようか」
そう言って、エギュベルが椅子の上に立ち、まるで三文芝居のような大仰な手振りと口調で話し始めた。
「我が名は【炎賛竜エギュベル】、世界を三日三晩燃やし尽くし夜へと変えた黒炎の主、煉獄の覇者。我が前では太陽さえも灼け落ちるだろう……」
「はあ……」
シースの反応に、エギュベルが拗ねたような顔付きになった。
「んだよノリが悪ぃな。あたしの名声も地に落ちたもんだよ全く。まあいいや。さて、まあお前にも色々準備があるだろうから、今日は帰れ。んで、明日西門に集合な」
「はい!? どこに行く気ですか?」
「あん? んなもん、修行に決まってるだろ!!」
少年漫画みたい!
また作中でも出てきますが、古竜は色々とルールに縛られて生きています。
その中に“人に嘘を付いてはいけません(意訳)”ってのがあるので、言ってる事は大体本当です。これをシースちゃんは何となく察したのしょうね~。
弟子を取られた? レドさんの反応はまた次話辺りで~
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