3話:タルカ工房
2020/05/17
レドのセリフ内の武器についての助言を加筆修正しました
防具について、加筆修正しました
「さあさあ! 今一番売れているのがこの銀のダガー! レイス系にも効くよ! 使いやすいので初心者にお勧めだ!」
大通りをレドとシースが並んで歩く。シースは冒険者登録をして渡された、冒険者の証であるギルドカードをにやにやと見つめていた。
海に面しているこの街の海風に乗った潮の匂いがシースの心を余計に掻き立てた。憧れの冒険者に……なれた。
それがシースにとって嬉しかった。
「そこのお兄さん! こいつを見てくれ! あのマディラ工房製のショートソードだ! 使いやすいし安いし冒険者にはぴったりの一本だ!」
冒険者が多い街なだけに、通りには冒険者向けの武具屋やアイテム屋が軒を連ねていた。表に立った呼び子がそこかしこで大声を上げている。
「あれも全部駄目なんですか?」
シースが覗きこむようにレドの顔を見上げた。
「駄目ではない。銀のダガーがレイス系……つまり実体を持たない悪霊系の魔物に有効なのは本当だ。だが……レイスが出るダンジョンも依頼も、ないとは言わないが少ない。そんな少ないターゲットの為に買うのは……悪手だな。それ以外の手段――例えば魔術師や聖職者などをパーティに用意できないのなら、そもそもそんな依頼もダンジョンも挑むべきではない」
「あー確かにそうですね」
「あとショートソードは悪くない。だが、やはり取り回し優先でしかなく、リーチ不足を補う何かがないと危険だ。武器を振った経験が一切ない者なら選択肢に入りはするが。シースであればリーチが同じでも使い慣れている手斧や鉈の方が良い」
「なるほど……武器選びは難しいですね」
シースが、それらの呼び込みに釣られてダガーやショートソードを買っていく新人らしき冒険者達を見てため息をついた。
「まあ仕方ない。商人側にも責任はあるんだ。まあその話はまた今度。よし、こっちだ」
レドがそう言って、大通りから細い路地へと入っていく。
「こっちに店はあるんですか?」
「店はないぞ。そもそも金もないのにあんな一等地にある店で買おうと思うのが間違いだ」
「え? だってあそこにあるのは大きいお店ですし変な物は売らないでしょ」
「質は良いだろうが、その分高い上に、客が多い店は最初のサービスはさして良くない。特に新人冒険者なんて掃いて捨てるほどいるからな」
「じゃあ、どこで買うんですか?」
「まあ黙ってついてこい」
細い路地を抜けた先は、煙突がついた建物ばかりが並ぶ通りに続いていた。それぞれの煙突から黒い煙が立ちのぼっており、建物の壁は黒ずんでいる。とてもじゃないが、こんなところに武器が手に入る場所があるとシースには思えなかった。
「ここは、【黒鉄通り】と呼ばれる場所でな。元々はドワーフ街だったんだが今じゃ種族関係なく、鍛冶屋や冶金関係の者が住んでいる」
「鍛冶屋……あっ! ということは武器を作ってもらうんですね! 凄い……冒険者みたいだ……」
この通りに来てちょっとがっかりしていたシースが、目の輝きを取りもどした。自分専用の武器を作ってもらえる。それはシースが憧れる冒険者に必須の要素だった。
「アホ。そういうのはもっと資金に余裕が出来て、かつ鍛冶屋と仲良くなってからだ。俺は何ならそんなのいらんまで言うぞ。量産品で十分だ」
レドがシースの頭をはたいた。何というかシースの頭が丁度良い高さにあるせいで、ついつい手が出てしまう。
「えー。でも師匠のその武器は量産品ではないですよね」
シースが見つめるのは、レドの腰の左右にぶら下がった二振りの剣だ。
青い短剣に赤い曲剣。
「めざといな……まあこれはほらあれだ……必要経費だ」
自分の説明が矛盾している事に気付いたレド。この武器については、魔法剣士という特殊な職業をやっている自分に合う量産品がないせいで仕方なく大枚はたいて作ってもらったのだ。
「僕だっていずれそうなる日が来るかもしれないですよ!」
「まずはその日とやらまで、生き延びる事を考えろ」
「……確かに」
「ほら、ここだ」
会話しながら辿り着いたのは、一軒の鍛冶屋だった。看板も何も出ていないが自分の家とばかりにレドが扉を開けてずかずかと中へ入っていく。
「よおタルカ。生きてるか?」
「何とか生きてるよレド。ん? その剣のメンテナンスはこないだしたばかりだろ?」
シースが中を覗くと、入口から部屋の向こうまで色んな武器や鉱石が雑多に置かれている。奥に作業台があり、火炉が真っ赤に燃えていた。
焼けた鉄の匂い、火の音と鉄を打つ音が聞こえる。
作業台には一人の女性が座っていた。頭にバンダナを巻いて、火が近いせいで熱いのか、額に玉のような汗を浮かべながら真っ赤な鉄を金槌で打っている。
「あの、こんにちは……」
「おや、おやおや……あのレドが……子供連れ?」
シースの存在に気付いたその女性――タルカが手を止め、顔を上げた。
灰で黒くなった顔は均整で、赤い瞳が印象的だった。顔を洗って化粧をすればさぞかし美人になるだろうとレドは推測するが、この素っ気なさが良いのよなあとか勝手な事を思っていた。
スタイルも良いし、ちょっとぶっきらぼうなところも好みだ。
俺ももう少し若ければな……。とレドは嘯く。
「俺の子供じゃねえよ。駆け出し冒険者だ」
「弟子のシースです!」
「弟子? あの飲んだくれのろくでなしレドが? あはは、いやあ面白い冗談だ」
「ろくでなしは余計だろうが」
「やっぱり間違ってないじゃないかそんな若い子捕まえて……」
「……そんな事はどうでもいい。お前の弟子の打った武器を見せてくれ」
その言葉にタルカは察しが付いたのか無言で奥を指差した。
「適当に見ていってくれ。リュージュ! 見せてやりな!」
タルカが作業場の横にある部屋へとそう言うと、一人のエプロン姿の少女が飛び出してきた。
「は、はい!」
長く赤い髪に大きな赤い瞳。小柄ながらも筋肉はそれなりに付いており、おそらく結構な数、金槌を振っているのがレドには分かった。
「あ、レドさん、こんにちは」
ぺこりと頭を下げた少女――リュージュが不思議そうにその横に立つシースを見つめた。その顔は次第に驚きと失望の表情へと変化していく。
「……そんな……子供がいたなんて……」
「なんでそうなるんだよ。まああれだ弟子みたいなもんだ」
「ぼぼぼ僕はシースです! ミルカ村から来ました!」
シースが緊張気味にそう言って笑顔をリュージュへと向けた。こいつ女性が苦手なのか? と心配するレドだった。
「タルカさんの弟子でこの工房で修行中のリュージュです。ではこちらに」
そう言ってリュージュは奥へと進んでいく。
奥は倉庫になっており、たくさんの武器があった。その一角に、他の武器と比べ見た目が少し不格好な物が並んでいる。
「えっと、この辺りは全部そうです」
リュージュが少し恥ずかしそうにその一角を指差した。
「ふむ。流石タルカの弟子だけあって悪くない。見た目は少々あれだが」
レドが剣や斧を手に取り、軽く振ってみる。まっすぐであるべき部分はまっすぐなので、扱いには困らないがまだ洗練さが欠けているなとは思う。
「これ、全部リュージュが作ったの?」
「うん。最初は見様見真似で。ある程度打てるようになったらタルカさんが色々教えてくれた」
「弟子は君だけ?」
「いっぱいいたけどみんな辞めちゃった。タルカさん厳しいから」
レドが武器を見ている間にシースとリュージュが会話をしていた。同じ10代前半同士ともあってすぐに仲良くなった二人だが、
「おい、シース。お前の武器だぞ。お前が選ばずにどうする」
見かねたレドがそう声を掛けた。
「そうでした! えっとそれで武器は……何が良いんでしょう?」
「手斧か鉈だな。使い慣れているだろ? 最初はそういうのでいい」
「なるほど」
リュージュがそれを聞いて、一本の手斧を取り出した。
「じゃあこの辺りはどう? これは【エンシャントハイパードラゴンころしハンドアックス】」
リュージュが嬉しそうにやたら長い名前を告げながらシースへとそれを渡した。一見するとただの手斧にしか見えないが、きっと何か凄い力が秘められているに違いないとシースは感じた。
「リュージュは師匠のネーミングセンスを見習った方がいいな……」
レドが鑑定眼で見てもただの手斧としか思えない。
「じゃあ、この【炎獄殺人鉈】とかは? この模様が炎獄っぽくて」
「へーなるほど……確かになんか火の力を感じる気がする……」
「なわけねーだろ……」
レドは諦めて自分で探す事にした。どれも悪くない出来だが……うん?
「リュージュ、あれもお前の作ったやつか?」
レドが指差したのは、上の方の棚に隠すように置いてある武器だ。
一見すると手斧だが、柄の右側に斧の刃がついているが、左側にも片刃剣のような刃が付いており、そちらは下の持ち手の方へと伸びている。よく見れば、柄の先端と刃の付け根に何やら機構が付いている。どうやらただの手斧ではなさそうだ。
「あ、それは……失敗作です……」
俯くリュージュを横目にレドがそれを取り出した。
大きさ的にもショートソードぐらいか。刃が多い分重心や重さが一般的な手斧と違うかと思い、振ってみるとそうでもない。
何より、他の武器より振りやすい上に、何というか洗練されていた。
「シース。振ってみろ」
レドがそう言ってシースへとその手斧を渡す。
「あ、これ振りやすい。見た目はゴツいですが手斧ですね」
「だな。見た目に反して重心の置き方が良い」
「あ、ありがとうございます……でもそれは駄目なんです……タルカさんには遊び過ぎだって……実はこっそり練習用じゃない金属を使ったんです。なので見た目より軽くなっています。あと秘密機能もつけちゃって……それ、変形するんですよ」
そう言って、その手斧を受け取るとリュージュが柄の持ち手部分にあった少し出っ張った部分を握りながらそれを振るう。
ガシャンという金属音と共に斧の部分が柄の持ち手の方へと下がり、その代わりに反対側にあった片刃が柄の先端を中心に遠心力で回り、柄の先で固定された。
斧部分と伸びた刃によって柄の右側が完全に刃となり、それは少し歪な形だがロングソードぐらいの大きさの片刃剣になった。
「手斧にも剣にもなる武器なんですけど……」
「なるほど。これは確かに失敗作だな。実用性はなくはないが……。だが、これが一番リュージュらしさを感じる。まだそれを全面に出すのは早すぎたんだろうな」
「僕、これにします!」
シースが目をキラキラさせながらその手斧を見つめていた。
気持ちは分からなくはない。レドももう35歳とはいえ、男である。
変形する武器なぞ聞いた事はないが、惹かれる気持ちは理解できる。
実用性がない――とも限らないがキワモノであるのは確かだ。斧剣とでも言うのか? まあ変形機能を使わなければただの手斧だし、物自体の質は良い。リーチが伸びるのは単純に汎用性が増す上に刺突が出来るようになるのは大きい。
気になるとすれば耐久性だが……逆に言えば機能からして定期的にメンテナンスが必要だろう。鍛冶屋に行く習慣が付くのは良い事だし、これから名を上げるかもしれないリュージュと関係を持つのは悪くない。
そもそも、そういう駆け出しの鍛冶見習いと知り合いになる為に連れてきたのだ。
そこまでを考えて、レドはシースに賛成した。
「うん、俺もそれがいいと思う、とはいえ良い金属を使っているならそれなりの値段になるぞ」
「……ですよね」
「それはでも……失敗作だから……」
「価値で言えば、ざっと二万ディムぐらいか、いやこの機能ならばもっとか」
「に、にまん!?」
レドの見立てにシースとリュージュが声を合わせて驚く。
「お前ら……もうちょい物の価値を分かるようになれ」
「……僕500ディムしかないから……諦める」
これでもかとションボリとしたシースを見かねてレドがため息をついた。
「はあ……金なら無利息で貸してやる」
「本当ですか! じゃあこれ買います!」
「あ、あの……それは500ディムでいいです……」
「え、いやでも」
「リュージュがそう言うならそれでいいさ。どうせそこで眠るだけなら使ってもらった方が良い」
タルカが現れ、そうリュージュに言った。どうやら一通り会話は聞いていたようだ。
「タルカさん! でも……」
「ちゃんとメンテナンスもしなよ? あんな複雑な機構付けちゃって。あたしは知らないからね。まあ顧客を作る良い勉強だ」
「は、はい!」
こうして、シースはレドの目論み通り、破格の値段で武器を手に入れたのだった。
鍛冶屋には大体弟子がいる。そして弟子の打った武器は、見た目が悪いと言うだけで売り物にならない物が多い。そういうのは買えば、鍛冶屋にも喜ばれるし、こちらも安く武器が調達できる。
そこまでを見越して連れてきたのだが……ちょっと武器がキワモノになってしまったがまあこれも縁だろうとレドは考える。
シースは500ディムを渡し、リュージュから変形機能の使い方を教わる。
その間に、おまけとばかりにタルカが、斧剣を腰の後ろに装着するベルトと軽鉄製の脚甲をシースのサイズに調整した物を用意した。半ズボンではなく、長ズボンで、金属板で強化された履き物も用意されている
「とりあえず下半身はこれでいいね。上半身は……また持ってきてくれたらその都度調整してあげる」
まずは下半身の防具を用意してくれる辺り、流石タルカよく分かってるとレドは心の中で賞賛した。
上半身については、金が入ったら用意しないとな。新人冒険者がよく相手する魔物であれば脚甲だけで最低限いけるが、それ以上となるとやはり厳しい。
「でもこんなに頂いて良いんですか?」
「未来への投資さ。あのレドの弟子だ、出世して返してくれたらいい」
「分かりました! ありがとうございます!」
嬉しそうに手を振って、タルカ工房を出たシースがウキウキ顔でレドにこう提案した。
「じゃあ早速依頼を受け――」
「駄目だ」
「ええ……」
わざとらしくため息を付いたレドが、再び来た道へと戻っていく。
「お前一人で何が出来る。次はパーティメンバー探し。アドバイスその二、【出来れば同じレベル同士でパーティを組め】、だ」
タルカさんとレドは古い付き合いなんだそうです。
こうして格安でスラッシュア〇クスと下半身用の防具手に入れたシースちゃんでした。めちゃくちゃお得ですが、これはレドのおかげですね。作中の物価については、何となく1ディム=1円ぐらいのふんわりした感じで思っていただければ幸いです。