33話:アドバイスその五、【利用できる者は敵でも利用しろ】
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ガディス西区の外れ、【竜骨洞】入口付近。
「ピギュウアア……」
「はい、これで終わりっと」
イレネが血払いをした曲剣を鞘へと収めた。
そこは海に隣接する岩壁に出来た洞窟で、普段は海の下にあるのだが引き潮の際は徒歩で入る事が出来る。まだ濡れているゴツゴツとした地面には、魚に手足が生えたような魔物の死体が積み上がっていた。
「こちらもあらかた間引いたぞ」
エリオスも、血に染まった槍を地面に立てた。
「まあこんだけやれば十分でしょ。しかし、こんなもん冒険者の仕事ではないと思うけど……」
イレネ達はリーデ捜索をシースに任せ、既に受けていた依頼をこなしていた。
それはこの洞窟に定期的に大量に湧くという【マルフィッシュ】という魔物討伐依頼だ。
この魔物自体はさして強い魔物ではなく、駆け出し冒険者――何なら子供でも簡単に倒せるのだが……放っておくと、漁に影響が出る上に、群れになると厄介な魔物を呼び寄せる習性を持っている為、こうして定期的に間引く依頼が来るのだ。
厄介な魔物――【バーバリアンクラブ】やら【擬態蛸】を呼び寄せている可能性がある為、討伐難易度自体は低い割に、依頼のランクは高く設定されていた。
とはいえ、ある程度腕の立つ冒険者であればさして難しい依頼ではない。ただ、依頼のランクが高いくせに報酬が安く、何十匹と同じ魔物を倒す必要があるので冒険者達には不人気な依頼だった。
しかし、シース達【白竜の息吹】はそういう皆が嫌がる依頼を率先して受けていた。一部の心ない冒険者達からはギルドの犬と揶揄されるが、シース達は気にしなかった。
「結局、こいつらだけだったわね。あーあ【バーバリアンクラブ】見たかったなあ」
「だな。念の為、火炎玉を持ってきたが無駄になったか」
エリオスがポーチから取り出したのは小さな玉だった。その中には火を吸わせすり潰した【火吸い花】の粉が詰まっていて、強い衝撃を加えると小規模な爆発と火炎を発生させる。
火の魔術が使えない冒険者には人気の道具で、火に弱い海の魔物討伐とあって一応エリオスは用意していたのだ。イレネの魔術もあるが、咄嗟に使えるこういった道具はいざという時に役立つ。
「腐る物じゃないし、また今度使えばいいわ」
「そうだな。ん? あれは……?」
エリオスが、洞窟の奥で何かが動いている事に気付く。
イレネとエリオスが警戒して奥へと進むと、突き出た岩の先端に、何かが引っかかっていた。
「ううむ……困った……」
見ればそれは一人の老人だった。着ているローブが岩に引っかかっており降りられず手足をバタバタさせていた。
「まさかこんな洞窟に転移するとは……ううむ……」
目を瞑り、ぶつぶつと独り言を呟いている老人にイレネとエリオスが訝しげに近付く。
「あんた、大丈夫?」
「ん? おお……ようやく誰か来たか。すまないがここから下ろしてくれんか」
「分かった、少し待ってろ。イレネ、手伝ってくれ――イレネ?」
老人を助ける為に岩を登ろうとするエリオスの腕をイレネがまっすぐ老人を見つめながら引き留めた。
よく見ればその手が微妙に震えてる。
「エリオス……駄目……」
「どうした?」
イレネの視線の先を追うエリオス。目を開いた老人の顔、特に濁りかけている瞳を見た時に、ようやくエリオスは――老人の瞳の白目と黒目が反転している事に気付いた。
それによく見れば小さいが額に角が生えている。
「魔族だと!?」
「逃げるわよ! すぐに誰かを呼ばないと」
「ううむ……それは困る……そこのお二人や、儂は確かに魔族だが……悪い魔族ではないぞ?」
老人が困ったような声で臨戦態勢になったイレネ達に投げかけた。
「はあ? どうせあんたも【種火】のろくでもない奴でしょ!」
「イレネ、喋らせない方が良い。すぐに応援を呼びにいこう」
「儂らも一枚岩じゃない……儂は警告しに来たのじゃ……」
「警告?」
イレネが、その魔族の老人と会話しながら後ろ手でハンドサインをエリオスへと送る。このまま会話を続ける意志をエリオスに見せ、動かないように指示する。
こいつが何者か分からないし間違いなく敵ではあるが、情報を引き出せるなら引き出したい。それの真偽については後で考えればいい。
そもそも、なぜ魔族がこんな無防備に姿を晒しているのか。待ち伏せにしては、合理的ではない。
「儂の名はゲルトハルト。近々この街は未曾有の大災害に見舞われるであろう……」
「あんたがいる時点で起こりかけているわよ」
「儂はこの街の人間に危害を加える気はない」
「どうだかね。魔族の言葉を信用出来るとでも?」
「ふむ……見たところ君達はベイルの民か……これも因果か……」
老人――ゲルトハルトの顔には憐憫の表情が浮かんでいた。
「ベイルが何だっていうのよ」
「ベイル宝樹国が亡びた原因を知っておるか?」
「は? 何よ急に……。知ってるわよ勿論。確か宝樹が枯れ、国土が砂漠化した……と散々聞かされたわ」
この大陸の中央部に広がるベイル砂漠。そこはかつて、肥沃な大地に豊かな水源、そして巨大な木々が連なる大森林だったという。その中央に一際大きくそそり立っていたのが宝樹と呼ばれる大樹で、かつてベイルの王族はその大樹に城を作り、代々住んでいたという。
大森林に住み、狩猟を得意としたベイルの民は当時にしては高い文化水準を保っており、繁栄した。
しかし、二百年前に宝樹と水源が突如枯れ、一夜で砂漠と化したという。
ベイルの民はそれは【災干】と呼んで、それ以降宝樹のあった場所は忌み嫌われた土地として、誰も近付かなくなった。
残ったベイルの民は流浪の民となり、しかし砂漠から離れず順応し、今日に至る。
今も彼らはかつての栄華を夢見ているそうだ。王族の血は途絶えず、今もベイルの民の希望となっている。
いつかベイル宝樹国の再建をしてくれると、そう願っていた。
「それが今度は……ここで起こるぞ」
「危害加える気満々じゃない! エリオス、応援を呼びましょ!」
エリオスが頷いて、洞窟の入口へと走って行く。
「待て待て小娘。話は最後まで聞けと言われんかったか?【短気な者の頭は地に落ちやすい】、だ」
「……なんであんたベイルの言葉知っているのよ」
振り返ったイレネが訝しげにゲルトハルトを見つめた。
ハンドサインでエリオスには先に行くように伝える。
「ベイルに縁があったからの。儂は……それを止める為を来たんだが……うむちょっと失敗した」
「止める?」
「そうだ。話を聞かない馬鹿共が暴れようとしているのを止めに来た」
「ということはあんた以外の魔族が来てるって事?」
「そう。儂が知る限りでは……二人。それぞれ自らの騎士や姫を殺してでも野望を叶えようする頭のおかしい連中だ」
「それぞれの名前と特徴、居場所を教えなさい」
「取引が下手だの。こちらにメリットがないぞ。メリットは利点という意味だ」
ゲルトハルトの言葉を聞きながら、イレネは何処まで踏み込むべきか迷っていた。
今非常に危険な状態である事は分かる。この魔族から敵意や悪意は確かに感じないが、それで油断させるのが狙いかもしれない。
「……条件を言いなさい」
「ここから降ろしてくれんかと言っておるだろ」
「それだけ?」
「あとは出来れば、隠れ家を用意して欲しいの。人間に見付かると皆、大騒ぎする上にむやみやたらに武器を向けて来る」
「あんたがこちらを攻撃しない保証は?」
「君は、君の隣を歩く相手全員にそう聞くのか?」
「あんたが魔族でなければ聞かないわよ」
「元は一緒なんだがの……。ふむでは、こうしようか。【炎核】を君に渡そう。儂が敵対するような行為をすれば即割れば良い」
ゲルトハルトがポンと手を叩いてそう言うと、手を胸元へと突っ込んだ。
「はあ? 【炎核】を外せるなんて聞いた事ないわよ。いやそういえば前の奴は出来たんだっけ」
「埋火のあれとは、まあ根本的に原理が違うが儂にも出来る。ほれ」
ゲルトハルトが胸元から瑠璃色の【炎核】を取り出した。
「それがあんたのって言う証拠は?」
「うるさい小娘だの……見てみ」
ゲルトハルトが胸元を晒すと、そこには、ぽっかりと穴が空いていた。炎核をそこに嵌める。隙間なく綺麗に穴が埋まった。
「どうだ? この炎核を先に渡そう。儂が何かしようとすれば割れば良い」
「……それを含めた罠の可能性もあるわ」
「そんな事まで疑っていたら話が進まん。そもそも考えてみろ。儂が君に危害を加えるだけの力があればとっくにこんなところから降りておるだろ。儂が君達人間を殺そうと思っているならこんな無防備に姿を晒さないだろ」
それは確かにその通りだとイレネは思った。
疑っていてはキリがない。それにイレネは直感で、ゲルトハルトの言葉に嘘はないと分かった。
何か、知らない間にまたろくでもない事が進行しているのは確かだ。そしてゲルトハルトがその情報を持っている可能性が高い。
どうするべきか。情報を引き出すだけ引き出して始末する……。それが一番だと理解していても、イレネはそこまで自分が非情になれる自信がなかった。
目の前にいるのは確かに魔族だが……ただそれだけだ。
イレネはベイル砂漠を離れてエリオスと旅をしていた時に痛感したのだ。肌の色の違いや国や信じる教えが違うだけで人々は同じ種族同士で醜く争い傷付け合っている。
魔族もそうではないのか? 本来は、手を取り合える相手ではないのか?
勿論、先日の襲来事件で多くの人が大切な人を奪われた。
もはや死んでしまったが、あの魔族を許すつもりはない。
だけど、だからと言って、全ての魔族がそうだと決めつけてはいないだろうか。
そんな事をふと思ってしまうほど、イレネは迷っていた。
「……いいわ、まずは炎核を寄こしなさい。変な事したら――殺す」
「ほほ、ええ表情だ。ほれ、落とすぞ。しばらくは君に預けるが、出来れば毎日乾いた布で磨いてくれ。そのあとは油で――」
「嫌よめんどくさい」
ぶつぶつと手入れの仕方を呟くゲルトハルトを無視して、下に落とした瑠璃色の【炎核】をイレネが警戒しながら拾った。
「……くっくっく……手に取ったな小娘」
「っ!!」
ゲルトハルトの低い声を聞いて、すぐに手を離そうとするイレネだったが、特に何も起きなかった。
「綺麗だろ? 儂はこう見えても昔は宝石職人でな。我ながら良き【炎核】だと思っておる。手入れもばっちり」
「紛らわしい声を出すんじゃないわよ!!」
怒りの声を上げるイレネ。
それと同時に背後から複数の足音が聞こえた。
「おや、人間がなんか一人増えておるが、頼んだぞ小娘。いきなり攻撃されたらかなわん」
「心配しなくていいわ。あれは――あたしの師匠よ」
イレネは振り返らずとも足音で分かった。一人はエリオス。
そしてもう一人は――
「リーデについて聞こうとお前らを探してみれば……これは……どういう状況だ?」
駆け寄ってきたレドが、イレネとその手にある【炎核】と岩に引っかかるゲルトハルトを順番に見て困惑の表情を浮かべた。
「言われた通りしただけよ。アドバイスその五、【利用できる者は敵でも利用しろ】、でしょ?」
そう言って、イレネが不敵な笑みをレドへと向けたのだった。
敵かな? 味方かな? な新キャラ登場。
そして、少しずつイレネ達についても掘り下げをやっていきますが、詳細は次章辺りですかねえ。
ベイルは元々森の奥にある国で……弓と魔術に長けた国民性……変な格言……
つまりベイルの民はエルフだったんだ!!!
ΩΩΩ<な、なんだってー
この世界には、エルフとかドワーフとかホビットはいません。一応。念の為。
でも褐色エルフって良いよね……




