30話:司書と死体
お待たせしました!!
というわけで第2章スタートです!
世界観の広がり、新しい登場人物、主要キャラの過去など1章にはない要素が増えてきます。
レドさんの出番が少し減りますが、序盤の最後辺りからまたレドさん中心に話は進みますのでご安心を!
レドの生活はガディス襲撃事件以降、随分と様変わりしていた。
まず午前中に行っていたシース達の訓練は週に一度に減った。シース達が名指しの依頼に追われているせいもあるが、【全環境訓練所】を大っぴらに使えなくなったというのもある。
シース達が無名だったからこそハラルドもレドの私用に目をつむれていたが、ここまでシース達が有名になってしまうと、じゃあ他の冒険者にも開放しろと言われるのが目に見えていた。
リントンが寂しがるだろうが仕方ない。週に一度、レドの実戦講義という形で【全環境訓練所】を開放し、その時にシース達もついでに訓練を行うという事で話がまとまった。
午後からは、相変わらずギルド酒場で講義を行っていた。英雄も薫陶を受けた講義という事で、最近は国内外問わず冒険者が殺到し、現在は予約制となっていた。
ぽっかりと空いた午前の時間に講義を入れる事をさりげなくディアスに匂わされたが、レドはする事があると、ばっさりとそれを断った。
レドが、活気溢れる大通りを北上する。
ガディス襲撃事件の傷跡はすっかり無くなっており、残っている場所も、“【白竜の息吹】が戦った跡”と看板が出ており、ちゃっかり商売に結びつけていた。
「流石は、商人が多い街なだけあるな……」
白竜饅頭なる土産物を見付けたレドが苦笑いを浮かべた。
自分ですら、うんざりしてきつつあるのだ。きっとシース達はもっとだろうなとレドは彼女らの心中を察した。
大通りから東に脇道に入り、坂道を登っていく。ガディスの東区はなだらかな丘になっており、閑静な住宅地が広がっている。その坂道を登ってすぐのところに、巨大な建物があった。古めかしい見た目でまるで神殿か何かかと思わせるが、表には【大図書館】と刻まれた石碑があった。
この国、カイラ自由都市同盟は、他国に比べれば比較的新しい国だが、この土地自体はこのエウーロ大陸最古の文明の発祥地とされ、国土には古代の遺跡や遺構が点在していた。
そういった遺跡の発見、調査、発掘――盗掘を生業とする者にとって、この国はこの大陸で一番の拠点だった。見付かった遺品や遺物、そして書物はしかるべき機関で調査、保存される。
その中でも書物に関してはこの【大図書館】が担当していた。
持ち込まれた書物は、内容に問題が無ければレプリカが作成され一般市民にも公開されていた。なので歴史学者や考古学者といった者達にとってはここはある種の聖地なのだが……レドはそんな事は気にせず大股で入り口の階段を登り、中へと入っていく。
目指す棚は歴史や考古学関連の棚だ。
図書館内は、本が隙間無く埋まった棚が壁のようにそそりたち、紙と微かなカビの匂いが漂う。
レドはこの匂いが嫌いではなかった。
「……また来たの? 暇なのね」
司書用の机の前を通り過ぎるレドに、そう気だるげに声を掛けたのはそこに座り一冊の本に目を落とす一人の女性だった。
後頭部でまとめられた緑色の癖のある髪に、銀縁の眼鏡。そのガラスの奥で茶色の瞳が眠そうにしている。見た目は幼いが、雰囲気は賢者のそれであり、老成しているように感じる。レドが見るに彼女は十代後半だろうが、最近とある事のせいで女性を見る目についてはあまり自信がない。
その女性はよれよれの茶色のローブを着ており、これでとんがり帽子を被っていたらまるでおとぎ話に出てくる魔女だなとレドはいつも思っていた。
しかし、確かに最近よくここに通っているとはいえ、暇人扱いとはな……。
「ご挨拶だな。これでも知的好奇心はある方なんだ。丁度良い、調べたい事がある。大灯台と魔族の関連性についてだ。歴史でも伝承でもおとぎ話でも何でもいい。ヨルネ、何か良い本はあるか?」
図書館の魔女、とレドが密かに呼んでいるヨルネが、ようやく顔を本から上げて、眠そうな瞳をレドへと向けた。
「なんで私の名前……知ってるの」
レドは図書館で情報収集をしはじめるようになって、時折ヨルネとこうして会話をする事はあったが、確かに自己紹介を交わしていない。
ヨルネから只者ではない何かを感じたので裏でこっそり調べた、などとレドは素直に言うつもりはない。
「デスクにご大層な名札プレートがあれば嫌でも分かる」
レドがそう言って、司書の机に上にあるプレートへと視線を向けた。そこには【二級司書ヨルネ・リリーヤ】と書かれている。
「ああ……そっか。うん、いきなり名前で呼ばれて……びっくりした」
「すまんな。ああ、俺は――」
「レド・マクラフィン。【白竜の息吹】を辺境の英雄へと導いたSランク冒険者。先の事件では活躍したものの、表沙汰にされていない。酒と煙草と女が好きと公言する割に浮いた話はなく、今はどの女性が本命なのかという話題が界隈で持ちきり。私はあのシスターが本命に賭けてる。理由は、ああいう幸薄い系が好きそうという偏見」
突然早口でまくし立てるヨルネに、レドが目を丸くする。……公表されていないはずの自分の動きまで把握している? いやそれよりなんだその賭けは。
というか何の界隈だよ! と思考が混乱するレド。
「その表情……凄くいい。ああ……それと……大灯台と魔族については……直接関連する書物はないと思うけど……十二番の棚にある大灯台関連の書物は……何かの参考になるかも……あと……大灯台を調べるなら……魔族との関連性よりも……古竜について調べるのが……おすすめ……」
「あ、ああ……ありがとう……」
レドは自分の顔が引き攣っている事が分かった。
「給料賭けてるから……よろしくね」
それだけ言うと、ヨルネは興味を無くしたかのように目を書物へと落とした。
こうなると何を言っても無駄だと言う事をここ何回かの会話で理解していたレドは、モヤモヤしつつ言われた通り十二番の棚へと向かった。
なんか色々と言われたが、忘れよう……レドは思考を切り替えた。しかし……古竜だと? 大灯台は古竜と何か関係があるのか? それと魔族がどう繋がるんだ?
レドは手当たり次第本を手に取ると、近くの机に上に積み、椅子に座った。
「さてと、どれだけ読めるかな?」
それからレドは午後までそれらを読みふけったのだった。
☆☆☆
一方、その頃シースはとある事に悩んでいた。
いや悩み事はいっぱいあるのだが、特に最近シースを悩ましている事があった。
「……ふう……」
何処に行っても声を掛けられるようになったシース達にとって唯一気が休まるのは宿屋の、もはや自室と化した部屋だけだった。
その部屋の同居人が最近やたらとため息が多いのだ。
「リーデ、どうしたの? 何だかため息が多いけど」
「そ、そうでしょうか!?」
目を丸くしたリーデが繕ったような笑みを浮かべた。
「うん。依頼中もどこか上の空だし。何か悩みがあるなら僕が聞くよ?」
シースはレドに、パーティメンバーについては人一倍気を遣えと言われた。それがリーダーの役目だと諭されたのだ。そしてそれに疲れたり悩んだりしたら自分に相談しろと。
最近、レドは忙しいせいもあるが、前ほどリーデやイレネやエリオスに干渉しなくなった。求められればアドバイスや意見をくれるが、自ら彼女達に関わろうとしてこない。
シースはぼんやりと、きっと僕の為なんだろうと理解していた。
今や、勇名轟く【白竜の息吹】のリーダーである自分に、背負いきれないほどの責任と重圧が掛かっているのが分かる。それでも自分は、彼女達のリーダーなのだ。上も下もないけど……少なくともみんなの頼れる存在にならないといけない。
きっとその為にあえて師匠は手を出さずに僕にやらせようとしているに違いない。
シースはそう考えており、その為に、最近上の空なリーデの様子が気になっていた。
「いえ、特に悩みがあるわけでは……。夏が近付いているので浮かれているのかもしれませんね」
そういってリーデがにこりと笑った。だけどシースはその言葉に嘘は無いものの、真実もまたそこに無い事に気付いていた。
「何かあれば、言ってね。僕はリーデにいつも助けられているから、何かで返したいんだ」
「私も助かっていますよシースさん。ですからお気になさらず」
「うん。じゃあそろそろ下行こっか。イレネ達が待ってる」
「はい」
さて、どうしたもんかな、とシースは悩みながらも次第に思考をこれからこなす依頼の方へと切り替えていった。
用意を済ませ、宿屋の入り口に行くと既にイレネとエリオスが待機していた。
「遅い!! 何をちんたらしてるのよ! 【砂時計を詠めない者の首を刎ねよ】だわ!」
「俺達が早く来すぎたんだろ。依頼の待ち合わせには余裕があるから気にするなシース」
イレネが眉を釣り上げ、エリオスがそれを宥めた。
「ごめんごめん。じゃあ行こっか」
「すみません、私がぼーっとしていたせいで」
謝る両者を見て、イレネはすぐに表情を緩めた。
「ふふふ……宝石オークション……ふふふ……さあ行きましょう!!」
今日の依頼は、東区にあるオークションハウスで行われる宝石オークションへ出席する商人の護衛だった。
なるべく人通りの少ない道を選んで進む四人だが、どうしても一緒にいると目立ってしまう。
「あれ、【白竜の息吹】だろ?」
通り過ぎる人が振り返ってそう口にする光景にシース達はもう慣れてしまった。
いつもならそうして噂されるのを嫌がるイレネが今日は変わらずに、にやついている。
「嬉しそうだねイレネ」
「側に突っ立っているだけで依頼が終わる上に色んな宝石が見られるのよ! 嬉しいに決まってるわ!」
「一応護衛だから油断はしないが……まあ俺らはただのアクセサリーだろうさ」
自嘲気味にエリオスがそう返す。
「そうですね。ですが、命のやり取りをせずにお金がいただけるのですから良い事です」
「うん。資金は貯まってきたとはいえ、多いに越したことはないからね」
最近こういった依頼が増えてきた。ただ自身の財力、権力をアピールする為だけに明らかに護衛なんて不必要な場にシース達を呼ぶ依頼。
自分達がただの飾りである事をシースは重々承知した上で、パーティーメンバーそれぞれの意見を聞いて、結果それらを快諾した。
これには、支部長のディアスも喜んでいた。なんせこういった依頼は依頼料が高い分、ギルドの取り分も多いのだ。特に冒険者を指名する制度は、有料であり、Cランクに上がったシース達【白竜の息吹】の指名料はかなりの高額……だとシースはレドから聞いた。
そもそもこういった依頼をしてくるのはこの街の大商人や政治家、著名人など、裕福かつ一定の権力を持つ人達ばかりだ。それらの人と顔見知りになるのはメリットだとシースは感じていた。
だからシースは遺跡に潜ったり、旅したり、魔物を討伐するという冒険者らしい依頼をあまり受けられずいた。
当然その事を知っているレドはあえて、何も言わなかった。
そういった人物とのパイプは当然、今後冒険者ランクを上げていく事だけを考えるなら必須なのだが……それらが時に災いを呼ぶ事があるのをレドは身をもってよく知っていた。
火を触って火傷して初めてその怖さが分かるように……レドはここから先、シース達に手取り足取り教え、過保護に接するつもりはなかった。意見やアドバイスを求められれば与えるが、こちらから言うつもりはない。
ミスも、失敗も痛い目もあえばいいと思っている。そしてそれらに陥ったシース達に差し伸べる手をレドは常に持っていようと改めて思ったのだ。
上へ登ろうとするシース達を引っ張るのではなく、落ちてきても致命傷にならないように網となっておく……それが自分の役割だとレドは考えていたのだ。
それをシースは言われた訳でもないが、何となく察していたのだった。
結局二人は何処までいっても師弟だった。
シース達は裏路地を使い、オークションハウスの裏へと辿り着いた。
「ええっと、ちょっと遠回りしたけど、時間は間に合――っ!」
その異変に、シースはすぐに気付いた。
「血の匂いがする!」
全員がそれぞれの得物へと手を伸ばし、素早く臨戦態勢に入る。
見ればオークションハウスの搬入口となっている場所に血溜まりが出来ており、その中心に一人の男が倒れていた。
「リーデ! 回復魔術を!」
「はい!」
シースと声と共に駆け寄るリーデ。
「……無駄よ。もう死んでる」
しかしイレネは既にその男が事切れている事に気付いていた。
男の首が切断されており、その切断面を見るに、恐ろしく鋭い刃物、もしくは……相当腕の立つ者による斬首痕だとイレネには分かった。
あまりに鮮やかすぎて、まるでまだ斬れていないかのように見えるほどだ。
「誰が……こんな事を……」
険しい表情を浮かべながらエリオスがその死体を見下ろした。
よく見れば、首だけではなく足首も切断されており、足先があらぬ方向に向いていた。
「オークションハウスの人に知らせて通報しよう。僕らではどうしようもない。みんな何も触らないで」
「そうしましょう。犯人扱いされたら堪らないわ」
「しかし、なんでこんなところで?」
シース、イレネ、エリオスがそう話し合っていたが、リーデだけは何も発さずその死体を凝視していた。
その様子に気付いたシースが声を掛けた。
「どうしたのリーデ」
「……そんな……まさか」
「え?」
シースの声がリーデには届いていないように見えた。それほどまでにリーデは表情を変えていないものの、様子がおかしかった。
「リーデ! どうしたの!?」
シースが再び声を上げると、リーデがハッと我に返り、シースへといつもの微笑みを浮かべた。
「すみません……なんだか――似ていて。いえ、気のせいです」
「……大丈夫?」
「はい。とにかく、都市警吏を早く呼びましょう」
「うん」
シース達によって偶然発見されたこの死体と事件はすぐさま都市警吏に通報され、オークションは中止、シース達は形だけ取り調べを受け、開放された。
そしてその夜――リーデは短い手紙を残し……失踪した。
レドさんに手取り足取り教えられ隊、東区支部長ヨルネさん初登場です。嘘です。
そして姿を消したリーデさん……盗んだバイクで走り出したのでしょうか……心配です……
ここからそれぞれの立場、関係性が少しずつ変わっていきます。
彼ら彼女らの行動や考えが全て正解だと思いません。ですが、彼らなりに色々と考えています。そういう部分も含めて楽しんでいただければ幸いです。
ですが、根底にある物は同じなので、ご安心ください。
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