間話4:集う者達
「……くそ! くそ! 下等生物如きが!!」
暗い……暗い……地の底。そこに、ベギムレインの地下研究室があった。
雑多に置かれた実験機材とそれによって出来た、なれの果てが無造作に部屋の隅に積み上げられていた。
その中で、一人の少年が怒りを露わにしていた。
灰で出来た身体に、胸の中心で、【炎核】が鈍色に光っている。
「くそ……また素体を見付けなければ……」
ベギムレインはガディスでの事件の際に、万が一本体が倒されても良いようにと脱出用の身体を用意していた。それは小さなミミズ程度の大きさの鎖だったが、何とか気付かれずにあの場を離れ、用意していた本物の【炎核】を埋めこんだ【火種なき灰人形】へと辿り着き、何とかここまで逃げてきたのだ。
しかし、この身体は灰と魔術で作った仮初めに過ぎない。王侯貴族達が使っている、憑依人形【灰体】よりも性能は遙かに劣る。
【炎核】について研究を行っていたベギムレインは、それを移動させる方法を開発した。しかしそれは精神や心を移動させるのと同じで、実験に使った下級魔族達はそれに耐えられず皆発狂した。
結局ベギムレインが成功出来たのは、己の【炎核】を動かし、他者に移植する事だけだった。
本体であるこの【炎核】は決して表には出さず、常に下級魔族から剥ぎ取った【炎核】を改造し自分の記憶と精神を植え付けた身体で行動していた。
ガディスに目を付けたのはいくつか理由があったが、最も大きな理由としては、【大灯台】がある為だ。
「くそ……上手く行けば、神殿を起動させられたのに……あれでは中途半端過ぎる」
ベギムレインがガディスを狙った理由は、戦闘能力の高い……そして高すぎない冒険者を異形へと変え仲間に引き入れる、という点ではレドの推測通りだった。
しかしまだその先があったのだ。それはあくまで手段に過ぎず、真の目的は結局未遂に終わってしまった。
ベギムレインの……強硬派の魔族【火種】達の真の狙いは【大灯台】……そしてそこから繋がるとある場所にあった。
「邪魔をしやがって……あの冒険者共は必ず殺す……いや素体にして永遠なる苦痛に……」
「冒険者がなんだって?」
研究室に、ベギムレインとは違う声が響く。
「っ!! 馬鹿な!! なぜここが!!」
「駄目だよーベギムちゃん。父上はあそこにはまだ手を出すなって言っていたでしょ?」
暗闇から現れたのは一人の少女だった。魔族特有の瞳に角。
見た目は幼く小さな体躯だが、魔族の見た目と強さが直結しないことをベギムレインは当然知っている。
何より――血よりも紅い……【炎核】が胸の中心で煌めいていた。
王族のみが持つという朱色の【炎核】を見て、ベギムレインはどうすべきか必死に思考を働かせていた。
逃げるべきか、それとも――抵抗するべきか。
「どっちも、無駄」
「僕は魔王様の為を思――」
思考を読まれたベギムレインが言い訳を口をするも、一瞬で間合いを詰めた少女の手刀が胸の【炎核】へと刺さる。
「貴……様」
「ばいばいベギムちゃん」
手刀によって砕けたベギムレインの炎核が周囲の空気を吸収し――そして爆発した。
それは研究室を木っ端微塵に吹き飛ばすほどの爆発だったが……その爆発の中心地でその少女は無傷で立っていた。
「グリム、やったか?」
少女――グリムの横に現れたのは巨大な大剣を背負った一人の大男だった。
「多分ね。これまでの【火種なき灰人形】の核とは手応えも違ったし。今の爆発も多分本命だからこそ仕込んでいたんだろうね。あーあ後でここ調べようと思っていたのにぃ」
「しかし厄介な事になったな。【大灯台】……いや【起動塔】の存在を奴等が知っていたとは」
「まあねえ……でもあの子達、本当に良い仕事してくれたよ。【火種】の中でも一番めんどくさい奴を処理できた。これで私達も少しは仕事しやすくなるね、ガルデ」
「だが、これで奴等も本格的にあそこを狙って動き始めるだろう。忙しくなるな」
「だねー。ええっと、今あの地域に潜んでいる中で要注意なのが……【火晒しゲルトハルト】に【灰雷のデュレス】に――」
「……【爆血のレザーリア】だ」
大男――ガルデが上げた名前を聞いてグリムが顔をしかめた。
「あの女苦手なんだよねえ」
「あの者を御せるのは魔王ぐらいだ」
「父上も持て余しているもん。しかしこうなってくると……古竜も表舞台に出てくるだろうねえ。いよいよ【黄昏の時代】が来るのかしら?」
「いずれにせよ我らのすべき事は一つだ、グリム」
「分かっているよ、ガルデ。さあ今度こそ行こうか、ガディスへ」
その場から二人は去った。
炎の残り香だけが、その場に漂っていた。
☆☆☆
王都ディザル貴族区、【エルデンシュラ邸】、迎賓室。
「困った困った、いやあ本当に困った。どうするのアイゼン? 君のとこの生徒だったろ?」
全く困った様子のない、一人の男が目の前に座る老人に語りかけた。男は仕立ての良い服を着ており、長い足を組み替えた。金色の髪に緑色の瞳、柔和で整った顔立ちと、まさにディランザル貴族の典型的な見た目だった
男の名は、マドラ・ヴォス・エルデンシュラ。
このディランザル王国における、【古き血】と呼ばれる大貴族の内の一つの現当主であり、代々冒険者ギルドや教育機関に多大な援助をしていた。
そして対魔族の英雄として勇者を古来より選定してきた決定機関【血盟】の現議長をも務めている。
セインを勇者に推したのは他でもない、マドラなのだ。
「そうは言われてものぉ……あやつを勇者にすると言いだしたのは其方だったと記憶しているが……」
マドラの前に座っているのは高齢の老人だった。髪は白く腰も曲がっており、杖を手に持っている姿は弱々しいが、その緑眼だけは未だ衰えない眼光を潜ませている。
老人の名はアイゼン・バドック。
名だたる政治家、軍人、そして冒険者を輩出してきた名門、【王立竜学院】の学院長であり、魔術師ギルドの本部長、そして【血盟】の前議長であるアイゼンは、この国の賢者と呼んで差し支えない人物だった。
そんなアイゼンが、後ろに控えて立っている一人の青年に声を掛けた。
「確かそうだった。のお……ロアや」
「……関与していない俺には回答不可だ、アイゼン公」
数々の冒険者を見てきたマドラですら、見当の付かない材質で出来た軽鎧を身に纏い、腰に剣をぶら下げているその青年――ロアが感情を一切滲ませない声で答えた。
灰色の髪に、黒い瞳。精悍な顔立ちで、身体付きもまさに戦士といった雰囲気を醸し出していた。
「間近で見るのは初めてだが……中々どうして面白い隠し球を持っているねえアイゼン。そいつが噂の【竜狩り】かい?」
マドラが値踏みするようにロアを見つめた。どうにも掴めない感じだが、強い事だけはマドラにも分かった。
「儂の弟子の中でも飛びっきり優秀でのお……儂はこやつを次期勇者に推すつもりじゃが……」
その言葉にロアが不本意そうに返す。
「……アイゼン公。俺は冒険者なんざになるつもりはないと伝えたはずだが?」
「勇者とは称号……別に冒険者である必要はないんだよ、【竜狩り】」
マドラが笑みを浮かべながらロアに言葉をかけるが、ロアは表情一つ変えない。
「興味無い。俺が興味あるのは――竜だけだ」
「困ったのお……」
アイゼンもまた言葉とは裏腹に全く困ったように見えない表情で呟いた。
「アイゼン。私はね、先日辺境の地で生まれた英雄とやらに興味があってね。次期勇者にぴったりだと思わないかい?」
「冒険者ギルドのいつもの手じゃろ。力なき者を担ぎ上げて……可哀想に」
哀れむアイゼンの声をマドラがあざ笑った。
「力がないかどうかはまだ分からないよ。それでも教育者だろ?」
「ふむ……しかしのお……ロアを見ているとのお……たかが辺境で魔族を倒したぐらいで……と思ってしまってのお」
「じゃあ、こうしよう。そのロアと、辺境の英雄。どっちが勇者に相応しいか、試してみない?」
マドラが微笑を浮かべたままそう提案した。
「もう一度言うが、俺は勇者にもその辺境の英雄とやらにも興味がない」
ロアが鉄の声でマドラを否定するが、それを聞いてもマドラは涼しい顔をしていた。
「面白い話があるぞ【竜狩り】、【炎賛竜エギュベル】と【暗渦竜アルドベッグ】を知っているか?」
マドラの言葉に、ロアが初めて表情を変えた。
「くだらん……おとぎ話だ」
「そうじゃないことは、【竜狩り】、君が一番良く知っているだろ? 奴等が――動くぞ。しかも何処でだと思う?」
嬉しそうに語るマドラの言葉にロアが続いた。
「ガディスか」
「その通り」
「どこでその情報を知った。古竜に関する情報は……完全秘匿されているはずだが」
「【竜狩り】……覚えておくといい。この世に完全なんて物はない……竜だってそうだろ?」
「……貴様の思惑に乗るつもりはない。だが、竜が動いているなら話は別だ。アイゼン公、俺はガディスに向かう」
「仕方ないのお……ガディスにはお前の姉弟子がおる。頼るといい」
「了解だ。俺はこれで失礼する」
ロアが足早に去っていく。
「いやあ、しかし辺境の地で良かったよ」
「ふむ……下手したら、地図が変わるかもしれんのお……」
「地図だけじゃない……この大陸、いや世界の情勢が一気に傾くさ」
笑うマドラと顔をしかめたアイゼンは、その後も密談を続けた。
☆☆☆
ガディスから西へずっとまっすぐ行ったところに、連なる山々があった。そこはバスティス山脈と呼ばれ、シリア祭国とカイラ自由都市同盟の境界に位置している。
高い山々の一部は火山となっており、黒煙を天高くたなびかせていた。
そんなバスティス山脈の中のとある火山の山頂から東――常人には見えないがガディスのある方角――を見つめる集団がいた。
「いやあ、もっと派手に燃えるかと思ったが……やるねえ人間」
先頭に立っていたのは長い赤毛の美女だった。荒涼とした周囲の景色と不釣り合いな真っ黒のビスチェドレスを着ており、その美女が魅惑的なボディラインをしているのが分かった。
しかしその人間離れした美しい顔は凶暴な笑みを浮かべており、艶めかしい唇からは牙が覗いていた。
何より目を惹くのは、金色の瞳だった。瞳孔が縦長であり人外の雰囲気を醸し出している。
その美女の後ろには、三人の男が控えていた。それぞれが整った顔立ちだが、どこか軽薄な雰囲気を全員が纏っており、美女と同じように金色の瞳に縦長の瞳孔だった。
その中の、長く伸びた金髪の男が美女へと声を掛けた。
「しかし、いいんすか? 姐さん、確か干渉するなって口酸っぱく言われてませんでした?」
「ちょっと遊びに行くだけならセーフだろ。それにこれは【盟約】に反してはいない」
美女がからかうようにそう答えた。
「いや、絶対遊びで済まないっしょ」
金髪男がため息をついた。
「……今度こそあの街は……消えるな」
黒髪短髪の男がそうぽつりと呟いた。
「ギャハハハいいじゃんそれはそれで面白そうで!!」
銀色の髪を持つ猫背の男が笑う。
「人間と魔族の争いなんざ知ったこっちゃないが……あいつが起きるとなると話は別だ。それに、こういう時はおもしれー奴等がわんさか出てくるんもんだ」
「姐さんそういう奴好きっすもんね」
「弱っちい奴は嫌いだけどな」
美女が笑いながら拳を鳴らす。
「さてじゃあ行ってくる。楽しい楽しい観光旅行だ。いやあ下山するの何年ぶりだ? 二百年ぐらいか」
「いいっすねえ。俺らも行きたいっすよ」
「目立つから駄目」
「いやいや……姐さんもめちゃくちゃ目立つでしょうが、駄目っすよナンパしてくる男殺したら」
「しねえよ! いいからお前らは黙って留守番しとけ。出番が来たら呼んでやるから」
「ほんとっすかあ? まあ期待しないで見ときますよ」
三人の男に見送られながら、美女が散歩感覚で下山していく。
まっすぐ、東を目指して。
こうして、世界はまるでさび付いていた歯車のように少しずつ少しずつだが着実に動き始めていた。
その中心が自分達だと、とある冒険者達が気付くのは……もう少し先の話だ。
新キャラ祭り!
新しいワードもたくさん出てきますが、また改めてきちんと出てきますので流し読みで大丈夫です。なんかやべー奴等がいっぱい来るやんぐらいのふんわりした感じが伝わっていれば幸いです。
色々大変そうなレドさんですが、2章も変わらずアドバイスしてシース達を導いていきます。




