29話:炎は消えど、燻りは残る
シースは駆けつけたイレネとエリオスと共に気絶したレドを屋根の上から下ろした。
「リーデは?」
シースがリーデの姿を探す。
見ると、建物の壁際でもたれかかるように座っているセインにリーデが必死になって回復魔術をかけている。
セインは屋根から落ちた時の衝撃で骨が何本も折れており、火傷と合わせて酷い有様だった。
「駄目です……治りません。胸の傷が広がるのを止めるのが精一杯です!」
険しい顔で回復魔術をかけ続けるリーデに、意識を取りもどしたセインが力なく首を振った。
「もういい。大丈夫だ。死にはしない、それよりもレドを見てやってくれ……」
「ですが……」
「いいんだ。それより、あの女……シースだったか? を呼んでくれないか。俺の剣を取ってきて欲しいんだ」
こんな時まで剣の事かと一瞬リーデは思ったが、言う通りシースを呼び、気絶しているレドへと回復魔術を掛け始めた。
「セインさん……剣、勝手に使ってすみません……」
そう言って、シースは折れた剣を持って頭を下げた。
「それはいい。レドの指示だろ? むしろ良くやったよ……」
「はい……師匠も無事です」
「……お前、まだまだ弱いが……強いな」
ひゅうひゅうと荒い息をしながらセインがニヤリと笑った。
「僕は……」
「その剣は風を封じ込めた剣だが、持ち主の素質によって変化していく剣だ。俺は魔術の適性はからきしでな……結局風しか使いこなせなかった……それお前にやる」
「いや、でも!」
「刃を打ち直して好きな形にすると良い。もう俺には必要のない長物だ――そうだろ、あんた」
セインが、そう声を掛けたのはシースの後ろに立つ人物だった。
「勇者セイン=ザルファ、貴様には聞きたい事が沢山ある。ご同行願えるか? なに、終わればすぐに帰れる」
「お前ら情報統括部門に連れていかれて帰って来た奴なんているのか?」
シースが振り返ると、そこにはどこから現れたのか、ディアスと【黒刃】の隊員達が立っていた。
「ディアスさん! 違うんです! セインさんは!」
セインを連れていこうとする動きを察知してシースが立ちはだかった。
「邪魔だ、シース。そして良くやった。異形と化した勇者の暴走を食い止め、見事魔族を討伐した。報酬については事後処理が終わった後に交渉しよう。今はその時ではない」
鋭い眼光で睨んでくるディアスにシースは思わず一歩引いてしまった。先程まで対峙していた魔族とは別の圧を感じる。
それでも、シースはディアスの顔から目線を外さなかった。
「……違います! 暴走を止めたのも魔族を討伐したのもセインさんや師――」
「聞こえないな。私は貰った報告通りに事実を受け取るつもりだよ、シース」
「そんなガキに庇われるほど俺は落ちぶれちゃいねえよ。さっさと連れて行け。あーあと俺の剣は戦闘中に無くしてしまったよ。どこに落ちたのやら。あんたら探しておいてくれ」
無理やり立ち上がったセインが、ぐいっとシースを横に押すと前に出て【黒刃】の一人が放った拘束魔法を抵抗せず受けた。
「シース、レドに伝えておいてくれ。お前は仲間でもなんでもない――俺のパーティから既に永久追放されているとな」
「セインさん……」
ディアス達に連れて行かれるセインを止める事が出来ず、シースが棒立ちになってその様子を見守っていた。
泣いたらいいのか、それすらも分からない。
「シース、傷を見てもらいなさい。火傷もしているし、ね?」
イレネが優しくそう声を掛けてくれて、シースはまた泣いた。
なぜだか分からないけど、涙が止まらなかった。
こうして、多数の死者と被害を出したガディス襲撃事件は終わりを迎えた。
☆☆☆
それからガディスの街は冒険者や防衛隊の協力もあってすぐに復旧作業が始まり、そして一ヶ月もしないうちに見事に以前の活気を取りもどした。
しかし、何もかもが元に戻ったわけではない。傷付いた人も心もわだかまりもそう簡単には癒えなかった。
災禍の火は消えても、まだ燻っているモノはあった。
「師匠……僕は納得できません」
大灯台の近くにある【灯台広場】は最も被害が大きかった場所だが、その分すぐに復旧が行われ今は以前と変わらない雰囲気になっていた。
そんな【灯台広場】のベンチにシースとレドが隣り合わせに座っていた。
レドは煙草を吸いながら大灯台を見つめている。
潮風に乗って、カモメ達が雲一つない青い空を飛んでいた。
しかし、シースの顔は曇ったままだ。
「確かにセインさんは人を殺めました。でもそれは魔族に操られていたからで……」
「……それはこちら側の理屈だ、シース。殺された冒険者や防衛隊の身内がそれで納得するか?」
「それは……。ではせめて、魔族討伐を為した者のうちの一人にすべきです。あれじゃあまるで僕達だけが……」
ここ百年近く影は見えど動きのなかった魔族による街への襲撃。それは、全世界に衝撃が走るほどの大事件だった。
そしてその解決と同時に、その魔族を討伐した者達の名前が冒険者ギルドによって全世界に公表された。
Eランク冒険者パーティ【白竜の息吹】、特にそのリーダーである――【シース・アズラエス】
しかしそこに、レドと勇者セインの文字はなかった。
ギルドは完全にセインとその元パーティメンバーであるレドが関わっていた事を揉み消した。そしてEランク冒険者達による魔族討伐という事実を大々的に公表する事で、それを隠れ蓑としたのだ。
その発表はガディスのみならず世界中の冒険者を大熱狂させた。
なぜならそれは冒険者達が望んでやまない、まさに――英雄譚だったからだ。最近良い噂を聞かない勇者パーティの事など、冒険者達の頭にはもうなかった。
今は事後処理でギルドが忙しいらしいが、落ち着けばシース達の冒険者としてのランクも一気に上がるだろうと噂されていた。
しかしその噂とギルドによって広まった英雄譚が、シースを苦しめていた。
あの戦いは、そんなもんじゃなかった。
「シース。今回は前回の事件とは話の規模が違う。お前があいつを倒したのは事実だし、セインと俺の名前を出せないのは仕方ない。色々と……深い事情があるんだ」
「はい……。ですがせめて、剣を……」
シースは、タルカ工房に預けてあるセインの剣がいつも気になっていた。
「お前にやるとあいつが言ったんだろ? だったら貰っておけ。いずれにせよあいつはもう剣は振れないさ。殺されていないだけマシだ」
「全部魔族が悪いんですよ……」
その言葉にレドは何も返せなかった。
自分が気絶している間にセインはディアスに連れて行かれた。おそらくミラゼルの元で色々と締められたのだろうが、拘束はされているものの、どうやら死んではいないそうだ。
だがセインは勇者という称号も、Sランク冒険者という立場も剥奪された。Sランクパーティ【聖狼竜】も解散となった。どうやらセインの起こした行為に対する責任を負わされたらしいが、セインがガディスに来る際にパーティメンバー全員を永久追放したと主張したので、解散程度で済んだようだ。
それが、アイツなりのケジメなのだろうとレドは納得した。
「シース。もはやお前達がただの冒険者でいられる時期は終わった。ここからは英雄に相応しい行動……そして強さを求められる。甘ったれた正義は、内に秘めておけ。だけど、絶対に捨てるなよ」
「僕は……英雄ではありませんよ」
「周りはそうは思わないさ。今はそれが重しとなるだろうが、いつかそれを跳ね返すほどの力が身に付くさ。あの剣はタルカとリュージュに頼んで自分の武器にして貰え。それがセインに対してお前が出来る唯一の事だ」
「はい……」
落ちこむシースの柔らかい金髪をレドが笑いながらくしゃくしゃと撫でた。
「そんな顔をするな! お前は自分で思っている以上に成長している。これを機にもっと伸ばせばいい」
「僕は……魔族が嫌いです。あいつらを許せません」
「ああ。俺も人類の敵だなんて少し大袈裟だと思っていたさ。だが今回の事件で考えが変わった。あいつらは危険だ」
人を異形へと変える【魔造核】――マギエルコア、とあの魔族は言っていたが、レドが入手した物の解析は一向に進んでいない。
だが、もしあれが普及すれば……人類にとって脅威になる。
レドはあれから魔族について調べたが、調べれば調べるほど謎が深まっていく。
彼らはどこから来たのか。そして何処にいるのか。
遙か昔から戦ってきた割に、人類はあまりに魔族に対して無知過ぎた。
「あいつは魔族の中でも、人類を絶滅させようと動く強硬派である【火種】の更に序列五位と言っていた。もしそれが本当であればかなり大物を倒せた事になる。これは凄い事だぞ」
「はい……ですが、本当に倒せたのでしょうか」
シースにはそれが疑問だった。
確かに強かった。だけど、あれで終わりとは思えなかった。
「……楽観視はしない方が良いが、あれから魔族に表立った動きはない。倒した、と見て良いだろう」
「あんなのがもっといるんですね……【魔王】はもっと強いのでしょうか」
レドは当然魔族を統べる王、【魔王】について調べたが、目新しい情報は一切なかった。
名前も、存在を見た者すらも出て来ない。
だが、あれほどの力を持った魔族が組織だって行動している事を考えれば統率者がいるのは必然。
「強さだけではないだろう。リーダーに必要なのは必ずしも武力だけではないさ。魔族は、我々以上の技術や魔術水準があると判断して間違いない。ならば、知能、策略……そういった物に長けた存在なのかもしれない。あまり視野を狭めるなシース。未知はいつだって意外な形で現れるんだ。曇らせてはいけない」
「魔王……か」
そう呟くシースの頭をぽんぽんとレドは優しく叩いた。
「シース、お前が望むならだが、いつかお前が倒せばいい。俺達には出来なかった」
シースは、既にセインとレドの確執には気付いていた。
だけど、それ以上は聞く事はなかった。もう、あの時に全部終わっている事は分かっていた。
「僕達が魔王を倒す……か」
「お前が勇者になればいいさ。セインの剣と意志を引き継いでな」
「出来るでしょうか」
「出来るさ、なんせ良い師匠がついているからな」
そう言ってレドが笑った。それに釣られシースも笑う。
笑ったのは久々だな、と思ったシースだった。
というわけでガディス襲撃編はこれで終わりです。
次話は間話となり、その後新章となります。
そのため、執筆に少しだけ時間をいただきたいと思っています!
スケジュール:
・明日6月4日、間話投稿
・新章開始→6月8日(月)予定、以降毎日更新
少しお待たせしますが、その分面白い物をお届けしようと思っていますのでどうぞよろしくお願いします!!




