28話:埋火のベギムレイン
「レド、奴は不可視の力で剣を防いでくる。あと【炎核】をどこかに隠している可能性があるぞ」
「魔族のやりそうな事だ。セイン行けるか?」
「任せろ……と言いたいところだが……そこの髪の短い女、お前も俺と前線に出ろ、手が足りん」
セインがそれだけ言うと、剣を構えてベギムへと疾走。その顔にはもはや迷いも何もない。
「……師匠?」
どうすればいいか分からずシースがレドへと問う。
「俺がサポートする、好きなように動くと良い」
「……はい!!」
シースが頷き、セインの後を追う。
「あたし達は?」
「俺と共に援護だ。下手に近付くとまとめてやられる場合がある。イレネ、お前は目が良い。あいつの一挙一動を観察して、なんでもいい、気になった事を伝えろ。魔術も適当にぶち込め。リーデ、お前は支援魔術と回復魔術で援護だ。エリオス、お前はこの二人を守れ」
矢継ぎ早に指示を出すレドに三人が頷いた。
「絶対に死ぬなよ! 魔族はもう一人いるから警戒を怠るな!」
レドが走り、リーデが詠唱を開始する。
「あはは、人間って面白いよねえ。群れると途端に強くなる――【不可侵領域】」
余裕そうにベギムが手を振る。そのたびに自分へと迫るセインとシースの連撃を不可視の壁で弾いていく。
「それがパーティの力だ、くそ魔族」
セインが剣を間合いの外で振った。剣から放たれた風が刃となり、ベギムへと迫る。シースはセインの腕のない方からその風刃へとついていく。
「ふーん……」
ベギムが風刃をサイドステップで躱す。そこへ突きを放ったシースだったが再び不可視の壁で弾かれてしまう。
そこへ追い付いた、レドが青い短剣を突き出しながら詠唱。
「“舞い落ちる風よ、巻き起これ吹き荒らせ――”」
警戒したベギムが回避行動に移る。シースはレドへと射線を譲ったが、セインは迷わず突撃する。
「――なんてな」
でたらめなレドの詠唱では何も放たれず、回避しようと動いたベギムに隙が出来る。
「面白い手だね……【不可侵――」
ベギムが手を振ろうとする前に、セインの剣が一閃。腕が切断された
シースは驚いていた。セインの動きが片手とは思えないほど鋭く、何より迷いがなかった。なぜレドの魔術がはったりだと気付いたのか分からないけど、その連携は流石だった。
セインが更に剣を返し、ベギムの首を狙うが今度は不可視の壁で防がれてしまう。
後方で観察していたイレネがある事に気付いた。
「ふーん、なるほど。ちょっと試してみようかしら」
イレネは詠唱し矢を生成、弓につがえ、放った。
レドに言われた通り前衛の動きを気にせず撃ったが、まるで背中に目があるかのように前衛にいた全員が察知してバックステップする。
ベギムも距離を取って、矢から離れた。
「やっぱり……もっと近付けば分かるかも……」
「エリオスさん、後ろから【火の化生】が来ていますね」
「あれは俺らで対処しよう」
「はい、では支援魔術を掛けます」
後方から迫る【火の化生】に対し、エリオスが盾を構えて待ち受けた。エリオスとイレネとリーデの身体を支援魔術の光が包む。
「じゃあそっちは任せたわ!」
イレネがそう言って曲剣を抜いて駆けていく。
その間もレド、シース、セインの三人による即席の連携攻撃をベギムがいなしていく。
「レド、そいつが防げるのは剣だけで魔術は止められないわ」
近付いたイレネがレドへとそう伝えた。
「やはりか。こちらの攻撃を避ける時と、あの不可視の壁で受ける時の条件があるとは思った」
「援護するわ」
「頼む」
シースが剣を振り、ベギムが防ぐ。セインが放った風刃はサイドステップで避け、レドの放った冷気魔術からも地面を蹴って跳躍して離れる。
「あーバレてきてる? めんどくさいなあ」
ベギムがそのまま建物の屋根へと降り立つと、余裕そうにそう言いのけて手を振った。
「レインもなぜかやられかけているみたいだし、そろそろ幕引きかな? 【炎幕颪】」
追撃しようと跳躍するレド達に炎が帯状になって襲いかかる。しかし飛んできた青い矢が宙で炸裂し冷気魔術が発動する
冷気で掻き消された炎を突き抜けて屋根へと着地した三人が、ベギムへと迫る。
「やれやれ、頭は悪いが良い素体だったんだけどなあ……仕方ない、“戻れ”【火種なき灰人形】」
「っ!!」
「離れろ!!」
レドとセインが真っ先にそれに気付いた。いつの間にか出現していたのは二本の炎を纏った鎖。それはベギムの身体からどこかへと繋がっており、その鎖がまるで巻き取られるかのようにベギムの体内へと入っていく。
レドが鎖の先を見ると、ジャラジャラと音を鳴らしながらこちらに向かって来ていたのは広場で見たあの魔族の女だった。
女の身体の半分が崩れかかっており、その目には光がなかった。
シースもそれを見て、思わずベギムから離れてしまう。
「まさか――ちっ!」
レドが何かに気付き、曲剣で鎖を切断しようとするが、間に合わずその魔族の女がベギムへと引き寄せられ、そして――ベギムへと取り込まれ、炎が爆ぜた。
「いやあ、この姿は久々だなあ……やっぱり欲張って単体行動するもんじゃないね」
見ると、ベギムの姿が変わっていた。面影はあるもののそこにいたのは少年ではなく、青年だった。
貴族のような服を着ており、片手には鎖の巻き付いた剣が握られていた。
「改めて、自己紹介しようか。僕の名はベギムレイン、【火種】における序列第五位で【埋火のベギムレイン】という名で通っているんだけど知っているかな?」
「知るか」
斬りかかるセインの一撃をその剣で受けた青年――ベギムレインが邪悪な笑みを浮かべた。
「行儀の悪い勇者だ」
ベギムレインはそのまま剣を振ると、鎖がセインの剣の先端部分へと巻き付き――あっけなくその部分を砕いた。
「馬鹿な!?」
「脆いなあ」
驚愕するセインへとベギムレインの蹴りが入る。骨が折れる音が鳴り、セインがごろごろ屋根の上を転がっていく。
そこへシースが飛び込んで斧剣を振るが、これも簡単に止められてしまった。同時にレドが冷気を纏わせた曲剣で横を狙う。
「いい連携だけど、まだまだ【炎の鉄槌】」
空いた方の手を無造作に振った瞬間に、レドが横殴りの炎に襲われ吹き飛ぶ。
「師匠!」
「人の心配をしている場合かな?【炎冷反魔】」
「っ!!」
ベギムレインを中心に屋根が凍りついていく、思わず跳躍したシースを今度は爆炎が襲った。
斧剣を前に出すもあまりに巨大な炎にそれは全く意味を成していなかった。
シースは迫ってくる炎の前でまた思考が加速される感覚に陥った。
どうすればいい。
どうすれば助かる。
魔術も盾もない自分には炎は防げない。イレネの矢もない、師匠とセインさんはまだ立ち上がってすらいない。
火を消すには……冷気……水……いやそんな物はない。
いや、ある。
シースは手を腰のポーチへと滑り込ませ、その中に入っていたある物を目の前の炎へとばら撒いた。
シースの目の前に赤い花びらが散る。炎はその花びらに吸い込まれていき、消えた。
「へえ、良い判断だね。全く……忌々しい花だ」
着地し、氷を踏みしめたシースへとベギムレインが迫る。辺りには炎を吸った【火吸い花】の花弁が散乱していた。
「余所見するとは余裕だな!!」
起き上がったセインとレドがベギムレインの背後から迫るが、それぞれの一撃が簡単に剣と魔術で止められてしまう。鎖を警戒してすぐに曲剣を離したレドがシースの側へと寄った。
セインは先端が折れた剣で何度も打ち込むもベギムレインには届かない。
「無詠唱の魔術もだが、あの剣と身体能力の高さが厄介だ」
レドが知る魔族は大体が二人組で、魔術師と剣士がペアになってる事が多かった。だが目の前のこいつは違う。素で両方を兼ね備えており、隙が見当たらない。
「それに【炎核】がどこにあるか分かりません」
シースが何度見ても服を着ているせいか【炎核】がどこにあるか分からない。
「とにかく攻めるしかない……そうか。セイン!」
屋根の上に散らばる【火吸い花】の花弁を見て、何かを思い付いたレドがセインを呼ぶ。
セインがすぐに反応し、バックステップしてレドの横へと戻る。
「まだ風は起こせるか」
「ああ。だが、当たるとは思えないぞ」
「考えがあ――」
「その前に死ぬといい」
レドが作戦を伝えようとした直後にベギムレインが強襲。
ベギムレインによる剣撃を二回受けきったレドだが、三撃目を受けきれず腹にまともに横薙ぎを喰らってしまう。鎖を巻いているせいで斬れはしないがその分衝撃が入り、レドが屋根の上に倒れた。
セインとシースがその間に攻撃しようとするが、空いた手による魔術の牽制で近付けずにいた。
「ぐ……【吸水】」
地面に倒れたレドが短剣を屋根に突き刺し、魔術を放つ。
「無駄な事を」
ベギムレインが蹴りを放ち、レドの肋骨が折れる音が響く
「ぐはっ」
セインが横薙ぎを放つが、それも剣で防がれてしまい返す刀で、腕を斬られてしまう。
セインの剣が屋根へと落ちた。
度重なる連戦や負傷が積み重なったせいで全盛期の動きとはほど遠いセインだったが、それでも一日のうちに二度も腕を斬られたのは初めてだった。
「お前にはもう用はないよ――【炎の鉄槌】」
横殴りの炎がセインへと直撃。そのままセインは吹き飛び屋根の上から落とされてしまう。
「セインさん!」
「シース……その剣を……拾え」
「え?」
「いいから早く!!」
シースは言われるがままセインの落とした剣を拾った。
「さてと、今度こそ、終わりにしようか。【魔造核】のデータも取れたし」
そう言って、ベギムレインが大きく二人からバックステップし距離を離すと、剣を掲げた。
「“灰の中に埋もれし種火の爆ぜる音に耳を澄ませろ”【灰空の炎卵】」
剣から鎖が空へと伸び、魔方陣を描いていく。
「シース、近付かなくて良い。思いっきり剣を振れ」
「――はい!」
シースにはこの距離で振ったところで意味のないように思えるが、きっと何か意味があるのだろう。
シースはセインの剣を力一杯ベギムレインへと振った。
セインの剣から風が発生するが、セインのように刃にならない。風は屋根の上に散乱している、なぜかカラカラに乾いていた【火吸い花】の花弁を巻き込んで、ベギムレインへと向かう。
「これじゃあ……」
「いや……これで良いんだ……」
満身創痍で、何とか立っているといった状態のレドが短剣だけをベギムレインへと向けた。
「無駄な事を。まるでそよ風だ」
花弁舞う弱い風に、馬鹿にしたような顔で笑うベギムレイン。
「教えてやるよ……お前の炎を吸って、俺の魔術で乾き切った【火吸い花】の花弁は――よく爆ぜるぜ……【魔灯】」
レドが放った魔術は、小さな火を起こすだけの魔術だが、たったそれだけの火で【火吸い花】の花弁は着火し、シースの放った風が爆炎となった。
「馬鹿め! 魔族に炎は効かぬ!!」
「お前はな。いくぞシース!」
爆炎を喰らってなお魔術を中断しないベギムレインの頭上で鎖の魔方陣が完成しつつあった。
疾走するレドとシースの前には無傷で立つベギムレインがいた。しかし着ていた服はそうとはいかず、燃えてぼろぼろになっていた。
「シース!! 見ろ!」
レドの視線の先、ベギムレインの露わになった腹部に【炎核】があった。
「貴様――!」
「やはり、【炎核】は動かせるとはいえ、外には晒さないといけないようだな! シース! チャンスは1度だけだ!」
「はい!!」
ベギムレインが魔術を中断し、鎖を戻す。
レドが近付いて振った曲剣を剣で受けたベギムレインが更に迫るシースへと魔術を放つ。
「【炎の鉄槌】」
レドの予想通り、ベギムレインはこの形態になってからあの不可視の壁を出さなくなった。
ならば、剣さえ止めてしまえば、襲ってくるのは火の魔術だけだ。ブラフの可能性もあるが、今はそれを考慮して慎重に攻める余裕なんてない。
「シース、花弁を使え!」
シースはその言葉と同時にまだポーチに残っていた【火吸い花】の花弁を放って目の前に迫る炎を無効化。
そのままセインの剣をベギムレインの腹部へと叩き付けた。
「貴様ああああああ!!!」
吼えるベギムレインの【炎核】にヒビが入る。
「炎しか使わない、いや使えないお前が悪い――【石化】」
レドが魔術を放ち、自らの剣とベギムレインの剣を石でつなぎ合わせた。ベギムレインがシースへと剣を振ろうとするも、それを力任せに剥がす為にワンテンポ遅れてしまった。
「くっ!!」
そしてそのほんの少しの遅れは、既にここまでのベギムレインの動きを見て、見切りつつあったシースにとって――叩き込んだ剣へ更に蹴りを放つには十分過ぎる時間だった。
剣が炎核へとめり込み――乾いた音と共に割れた。
「くそ……これで終わりだと思うな人間!! 我らはいつだって貴様らを――」
最後まで言い切る前に、ベギムレインが倒れた。目から光は失われ、身体から熱が無くなっていく。
「倒……した?」
「はあ……良くやったシース。お前がここまで動けたからこそだ……流石は俺の……弟……子」
そこまで言うと、レドも倒れた。
「師匠!!」
武器を捨てて駆け寄る。シース。しかしレドは気絶しているだけで小さく息をしていた。
「良かった……助かった……」
色んな感情がごちゃ混ぜになったシースは大粒の涙を流す。
その後、救助が駆けつけるまでシースはずっとレドの側で泣き続けていた。
よく頑張りました!
ベギムレインさんは、少し特殊なタイプの魔族でした。ペアを作らずその代わり自分の肉体を依り代とした魔術で作った者を連れていました。剣術も魔術も使えるタイプで、ある意味レドさんに似ている部分がありますね。
魔族の組織や内情などについては今後触れていくと思います。
というわけで次話からガディス襲撃編のエピローグ的なサムシングで、その後第2章が始まります。
ここからぐっと世界が広がっていく……予定です。
引き続きお楽しみいただければ幸いです。




