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27話:“それでもお前は勇者だろうが”


 セインがシース達を襲撃しているのを見て、レドは自分の中に湧き上がる気持ちが何なのか掴めないでいた。


 これは、怒りなのか憎しみなのか――諦観なのか。レドが追い付こうと足を動かすも、セインの攻撃でシース達が大通りへと追いやられていく。


 ほんの少しの距離がもどかしく感じる。


「くそ! セイン!! お前の相手は俺だろうが!!」


 叫ぶ声もこの戦場では無意味だ。爆ぜる音、苦悶の音、怒号。それらにレドの声は掻き消される。


「いでえええええ!! やめてくれええええ」


 レドの視界の端で、見慣れない女に首を掴まれた冒険者が叫びを上げていた。


「っ!! あれは!!」


 女が何かをその冒険者の胸に突き刺した。

 そして掴んでいた首を離すと、どさりと落ちたその冒険者が――燃え上がった。


「熱%$$&%い&%$&%!!」


 冒険者が異形と化していく。見ればその女は魔族特有の瞳をしており頭には角が生えていた。


「あいつか!!」


 レドは一瞬で二択を迫られてしまった。この襲撃の首謀者らしき魔族へと向かうか、シース達を救うか。


 異形と化したセインと魔族を同時に相手すれば勝機はない。今は逆にチャンスなのだ。セインがシース達に気を取られている隙に魔族を倒せば……。


 だがシース達が殺され、挟み撃ちになれば終わりだ。


 逡巡するレドだったが、その身体は自然とセインの方へと向かっていた。未知の相手より、既知の相手の方が早く止められる。そういう打算が合っての判断だが、心のどこかでシース達とセインを放っておけないのというのが本音だった。


「レドさん!! シースちゃん達が!!」


 レドの走る先にいたのは、満身創痍のエミーの姿だった。


「あの魔族が手当たり次第に冒険者や隊員を異形化させはじめました……私では止められません!」

「分かってる! だが、シース達が!」


 レドはもはや自分がどんな表情をしているか分からなかった。だけど、自分の気持ちは分かった。

 もう後悔するのは嫌だった。


 だから――何もかもが手遅れになる前に。


「行ってくださいレドさん。ここは()()()()()()()()()


 全てを察したかのようにエミーがそう言いながら微笑むと、ダガーを片手に魔族の女へと駆けていった。


「エミー! お前一人では!!」


 レドが叫ぶと同時に、黒煙の向こうから複数の影が走ってくる。

 

「援護しろ!! 私も出る!!」


 その先頭を走っているのはハラルドだった。全身が煤けて、至る所を負傷しているが、表情にはまだ気力があった。その後ろには防衛隊の隊員も付いてきている。


「ハラルド!」

「何をボサッとしているレド!! リントンが助太刀に行った! お前も行け!!」

「すまん!!」


 レドが頭を下げながら、セインとシース達が戦闘を行っている大通りへと走る。

 見ればシース達はまだ全員が生きている。銀の鎧を纏ってセインと相対しているのがリントンだとレドにはすぐに分かった。


「間に合え……!」


 リントンが吹っ飛ばされた。一瞬焦るがその後はシース達がセイン相手に防戦一方とはいえ善戦している。レドは何よりシースの動きが訓練の時以上になっている事に驚いていた。


 だが、セインが見覚えのある構えをした時にレドに怖気が走った。


「あの馬鹿! こんな街中であれを!」


 あれは、レドが知る限りセインが放てる最も威力が高く範囲も広い技――【竜風刃(リュズギャル)】だ。もっとも、レドが知っているのは風を巨大な刃とする物で、あれは風の代わりに炎を使っている。


 いずれにせよあんな物を放てば、シース達は死体すら残さずこの世を去るだろう。


 レドにはそれを想像する事すら耐えられなかった。


 だからもう、迷いはない。


「【大地隆起(ガイアリッジ)】」


 青い短剣を自身の足下に向け魔術を放つ。斜め前方へと隆起した地面に乗ってレドが加速する。


「グゥ……っ!! 【大地隆起】――【大地隆起】!!」


 あまりの加速に身体が千切れそうになりながらも、レドは宙を舞いながら無詠唱で魔術を二連続で放ち、極厚の壁をシースとセインの間に出現させる。


 振り下ろされた炎剣を受けて、壁が崩れると同時に炎剣も消失。

 

 そうしてレドはシース達の前に着地し、再びセインと対峙したのだった。



☆☆☆

 


 この時の記憶があったかとセインは問われると、たしかにあったとしか答えられなかった。


 魔族にやられた悔しさ。自分の無能さ。嫉妬。怒り。そういう感情がごちゃまぜになり炎となって自分の心を完膚なきまでに焼き切った。燃やす物を無くしてなお爆ぜるそのどす黒い炎を消したかった。

 

 だけど、レドの顔を見たときにその炎はいとも簡単に膨れ上がった。


 そうして初めてセインは気付いたのだ。


 ああそうか……俺は……レドに嫉妬していたのか、と。


 そこからは、炎に操られるようにセインはレドと有象無象を襲った。なぜ自分がこうなってお前達がそうなっていないのだ。それは理不尽な感情だと分かってはいたが止められなかった。


 気付けば冒険者を、軍人を、その手で殺めていた。


 もう、自分は人間に戻れない。そう思い知らされた時だった。そんな時に目の前に現れたのは、見るからに弱そうな冒険者だった。


 いかにも駆け出しのようなそいつらを殺してやろうと思った。

 だが、そいつら――特に変わった武器を持っていた少女は予想以上に手強かった。更に途中からやたら強い鎧姿の剣士が現れた。


 段々と苛立ちが募った。火種を見付けたどす黒い炎が一気に燃え上がった。


 もうめんどくさい。全部燃やそう。全部全部燃やそう。


 そう思って放った一撃も届かなかった。だが不思議と、少しだけ自分の中の炎が弱まった気がした。


 そうして目の前に再び――レドが立ち塞がったのだ。


 

 そこで初めてセインは言葉を出せた。

 それは自分の感情の赴くままの言葉だった。


「レ%&$ド! いつだって&%そう邪魔するのは&お前だ!! すかして、格好付けて!! 俺はお前が嫌いだ!」


 それを聞いたレドが目を丸くした。背後の冒険者共も驚いていた。喋ったぐらいで何を驚くんだとセインは思った。


「お前、理性を取り戻したのか!?」


 レドがそう言って剣を下ろそうとする。馬鹿が、そんな訳ないだろう。


 セインが吼えた。


「理性なら&%ずっとあったぞこのくそが!」


 それは嘘でしかなかったが、セインの精一杯の見栄だった。再び心の中でどす黒い炎が大きくなるのを感じた。


「お前ら全員――死%$#%&ね!!」


 セインが走った。剣術なんてどうでもいい。ただ力任せに剣を振って、風を起こせばいい。


 誰かに命令する必要もなく、誰の命令も聞く必要がない。ああ、なんて楽なんだろうか。このまま燃え尽きるまでただただ暴れていたかった。


「お前ら、援護しろ。あいつは――俺が何とかする!」


 セインの剣をレドが受ける。だが、剣からは炎が出るばかりで風が起きない。レドが青い短剣を突き出した。魔術が来る事を警戒してセインはバックステップ。

 

 しかし魔術は放たれなかった。それが釣りだとセインが気付いた時には後ろへと回り込んでいたシースが攻撃を仕掛けていた。


 身体の表面が切り裂かれる感覚。だが痛みはない。いや既に麻痺しているのかもしれない。


 剣を振って、シースへと攻撃するが、それを綺麗に流される。

 セインの攻撃はシースに見切られつつあった。


 まずい、とセインは思った。レドだけならともかく、もう一人自分の剣を受けられる存在がいて、風も出ないせいで間合いを離せない。


 盾を持つ男が突進してくる。まともに相手すれば隙を見せてしまう。


「あああ&%$!!」


 セインの中の剣士としての思考と、獣となって暴れたいという思考のせめぎ合いが一瞬の隙を見せてしまった。


 その隙を見たレドが放った鋭い突きを躱し、盾によるシールドバッシュをセインは足で受け止めたが、背後のシースへと迂闊に剣を振ってしまった。


 既にセインの動きはシースには見えていた。


 だからシースは冷静にその剣を持つ腕を叩き斬る。


 セインの剣が腕ごと落ちる。


 それが剣士にとって終わりだという事をセインは分かっていた。だからこそ、足掻きたかった。剣士でないならばせめて獣として。


 炎が燃え上がる。身体が熱い。もう虚無さえも燃やして、俺は死のう。


 強くなりたかった。認められたかった。


 それは叶えられたと思った。だけど、ほんの少しの事で全てが狂った。

 いや、分かっていた。分からないフリをしていただけだ。


 レドのおかげだった。

 全部レドのおかげだった。


 剣術ではレドは自分には勝てなかった。

 魔術の腕はディルとエレーナより下だった。


 だけどそれは、ただそれだけに過ぎなかった。


 ようやくそこで、セインは心の底から自分の気持ちを理解出来たのだった。


 何でも出来るお前が羨ましかった。隠れて真似しようとして何度も失敗した。

 

 いつしか唯一レドに勝てる剣術しか見えなくなっていた。 


 だから。 


 きっと俺は――


 お前に認められたかっただけなんだ。


「レドォォォォ!!」


 燃える涙を流し、叫びながら拳を振り上げたセインは、自らの瞳の色が戻っている事に気付いていなかった。


「セイン……お前は本当に……大馬鹿野郎だ!!」


 レドへと放った一撃を躱されたセインの顔面へと、レドの曲剣の柄が命中。衝撃でセインの視界がぐらつき、そのまま地面へと倒れた。


 セインは不思議と心地良い気持ちに包まれていた。


 起き上がる気力さえ、もはや出ない。心には炎はなく、ただ灰が燻っているだけだ。


「殺せレド。俺は何もかもを台無しにした。勇者という称号もSランクパーティという面目も、お前の努力も……何もかも。何より人を殺めた」

 

 自分を見下すレドをセインはまっすぐ見つめた。


 なんでこいつ泣きそうになっているんだ? セインはなぜかこんな状況なのに笑えてしまった。


「馬鹿野郎……馬鹿野郎!! くそ魔族に何をいいように操られてるんだよお前! さっさと起きろ! その程度の事でやられるお前じゃないだろ! 俺は知っているぞ。お前が誰よりも強くなろうとしていた事を。確かにお前は馬鹿だ! 人の苦労も知らねえで! その上、勇者になったら俺を追放だ? ふざけんな!!」

「分かってる。もう全部分かってる。レド、許せなんて俺は言わん」

「誰が許すか馬鹿! さっさと起きろ! 今はそんな事はどうでもいいんだよ!! お前には為すべき事があるだろ! すべき事があるだろ!! お前は何をしに来たんだ!! 言ってみろ!!」


 馬乗りになったレドが叫びながらセインの首を掴む。


「魔族を……倒す」

「そうだろ!! 例えお前が愚かで、向こう見ずの馬鹿だったとしても! 魔族に利用されていたとしても!!――()()()()()()()()()()()()()!!」


 レドの言葉がセインに刺さる。


 ああ、そうだ。俺は勇者だ。

 子供の頃から憧れていた勇者だ。


 歪な形だったのかもしれない。愚鈍で操りやすいと利用されていたのかもしれない。

 どうしようもない奴だと思われていたのかもしれない。


 それでも――俺は勇者なんだ。


 倒すべき奴がいるのに、()()にこうして発破をかけられているのに、俺はなんでこんなところで寝ているんだ?


 違うだろ。そもそもなんでこうなった。


「ああ、そうか――こいつが邪魔なんだ」


 セインは斬られていない方の手で自分の胸に刺さる歪な玉を掴むと、それを胸から引き千切った。

 忌々しいそれをセインは投げ捨てた。


 激痛が走るが、さっきのレドの柄殴りよりはマシだとセインは笑った。


「リーデ! 回復魔術を!」

「は、はい! ですが……いいのですか」

「大丈夫だ……こいつはもう敵じゃない」


 レドがセインの上から離れると、リーデが回復魔術をセインへとかけた。


 しかしセインの胸の傷も腕も治らない。


「これは私の魔術では……」

「良い……俺はこのままでも十分戦える」


 立ち上がったセインが片腕で剣を拾う。


 そして額から抜け落ちた角を足の裏で踏み潰した。

 もう心に炎はない。


「師匠……」

「シース、今は考えるな。全部終わってからだ」

「はい」


 レドの言葉にシースは一度はセインを見て、その後こくりと頷いた。


「なるほど……感情の揺れ幅……嫉妬……あとは素体の適性……考えるべき事は山ほどあるなあ。まさか正気に戻って更に自ら【魔造核(マギエルコア)】を引っこ抜くとは……いやはや勇者は凄いねえ」


 大通りにあざ笑うような声が響く。黒煙の中歩んでくるのは一人の少年だった。


「レド、あいつだ。あいつと女が今回の主犯だ。俺がやられたのもあいつらだ」

「そうか。探す手間が省けたな、行くぞセイン。シース、お前達にも手伝ってもらう」

「はい!!みんな行くよ!!」


 レドが剣を握り直し、セインが油断なくその少年を見つめた。

 シース達もそれぞの武器を構え直した。


「いやあさっきの茶番は中々だったよ――さあ遊ぼうか! 君達全員、良い素体になりそうだ!!」


 狂気の笑顔を浮かべた少年――ベギムとの戦闘が始まる。


男ってめんどくせ!

元通りには決してならないけど……二人の間の確執はきっとこれで無くなったのでしょう。


次話、決戦。

お楽しみに!

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― 新着の感想 ―
[一言] 男ってバカよねw
[良い点] 勇者セインの脇侍が見れて良かった。   こういうキャラの成長って結構好きです。
[良い点] セインがだいたい思っていた通りの人物像で安心した。 [気になる点] ざまぁというタグがあったので、もっとどうしようもないクズとして処理することになるのかと心配してましたが杞憂でした。 [一…
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