間話1:勇者達、喧嘩する
【ダレオス鉱山B13F】
ゴツゴツとした岩肌に囲まれたちょっとした空間に四人の男女がいた。
セイン、エレーナ、ディルそしてグスタフの四人――つまりレドが抜けた後の新生【聖狼竜】だ。
「なぜ、我はウォーハンマーを使ってはいけない!」
グスタフが鼻息荒く、セインへと抗議する。
「危ないんだよ! さっきもブリックタートルを倒そうとした時俺に当たりそうになっただろ!?」
「しかしそれは勇者殿が我に近付き過ぎで……」
「いいからその無駄にでかい武器は使うな。俺の補助武器の短剣を使え。特別に貸してやる」
「短剣なぞ我は使えぬぞ!」
「あん!? 近付いて刺せばいいだろ!」
二人が半ば喧嘩のように言い争うのを見て、エレーナが目を伏せた。
レドがいなくなってからずっとこのパーティはギスギスしている。その空気がたまらなく嫌だった。心がぎゅっと縮こまる感覚が苦しい。
「ね、ねえディル。止めなくていいの?」
思わず隣にいるディルへと声を掛けたエレーナだったが、
「……筋肉馬鹿同士喧嘩していればいい。俺の魔法があれば全て解決する」
「そっか……」
ディルは喧嘩なんか知るかとばかりに突き放してくる。昔はこんな感じじゃなかったのに、とエレーナはため息を付いた。
「勇者命令だ。グスタフ。以降このダンジョンを出るまでこの短剣を使え。使えないなら、クビだ」
「……承知した」
受け取ったダガーを侮蔑の目で見ながらグスタフが渋々頷いた。
「ダークレイスすら切り裂く祝福済みの銀で作った短剣だ。まあレイスなんざこのダンジョンにはいないと思うけどな。いないよなディル!」
「知らん」
そっけなく返すディルにセインが苛立つ。
「調べておけよ!」
「そういうのはレドの仕事だ」
「いない奴を言い訳にするなよ! その代わりをお前がするんだろうが!」
「そんな話は聞いていない。俺は俺の仕事しかしない」
「ふん、魔術師なぞそんな物よ。さあ勇者殿よ先を行こうぞ」
鼻で笑ったグスタフにディルが青筋を立てた。
「なんだと筋肉馬鹿。魔術師舐めてると殺すぞ」
「我のハンマーでひねり潰してやる」
今度は違う二人が喧嘩しそうになって、エレーナが思わず声を上げる。
「喧嘩はやめて! それに何かの気配を感じるわ! 気を付けて!」
そう言ってエレーナが杖を先へと続く通路へと向けた。
そこからぞろぞろと現れたのは、二足歩行する亀だった。それぞれが黒く焦げた槍や斧を持っている。
「ちっ! トータス族がいるなんて知らないぞ!」
「さっさと迎撃しろ、俺が魔術で一網打尽にしてやる」
「我らに当てるなよ魔術師」
「お前だけには直撃させてやる」
そんな事を言いながら、グスタフとセインが敵へと飛び込む。
勇者はいつも通り剣で敵を切り伏せていくが、グスタフが苦戦していた。
「く、使い辛い!」
トータス族の長柄武器によってこちらの攻撃が届く前にチクチクと攻撃され、苛立つグスタフが体当たりをかました。
短剣だと攻撃が届かないせいで敵に近付かざるを得ず、自然と被弾が増え結果、動きに無駄が出る。
そうして隙だらけのグスタフの横を敵が通り過ぎ、魔術の詠唱途中のディルへと迫る。
「ディル危ない!」
支援魔術を中断し、エレーナは持っていた杖で迫るトータス族の攻撃を受けた。
「ちっ! おいさっさとこいつを処理しろ!」
殲滅魔術の詠唱を中断し下がりながら、ディルは詠唱無しで使える魔術を放つ。
しかしそれでは動きは止まらない敵が槍を振り払う。その槍の柄がエレーナへと当たり、衝撃で彼女は壁へと吹き飛んだ。
壁に当たったエレーナがそのまま地面へと倒れる。
「エレーナ! くそ! グスタフ何をやっている!」
「短剣では満足に戦えぬ!」
セインが急いで敵を突破し、倒れているエレーナへと駆け寄った。息はしているものの気絶しているのか意識はない。
「ディル! さっさと魔術を撃て!」
「それが出来ないから困っているんだろうが!」
「ええい、まどろっこしい!! ふんがああああ!!」
グスタフが短剣を投げ捨て、ウォーハンマーを振り回した。トータス族が数体まとめて吹き飛んでいく。その内の一体がまともにセインに当たり、彼は体勢を崩した。その頭の横を敵の斧がかすめる。
「ば、馬鹿野郎!」
「セイン! まだ来るぞ!!」
通路から続々とトータス族が現れる。
それもそのはず、すぐ近くに彼らの巣があるのだ。初めて潜るダンジョンは突入前に丁寧に下調べをしていたレドならそんな巣のすぐ近くで悠長に休憩もしないし、大声で喧嘩もさせなかっただろう。
しかし、いない者はいないのだ。
セインが苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。
回復役のエレーナが倒れ、グスタフは命令を無視して戦う。ディルは前線が崩壊しているせいで詠唱をやめて逃げの姿勢だ。頼れるのが自分だけとはなんと情けない状況か。
混沌と化す戦場で、セインが叫ぶ。
「くそ! なぜこうなった!!」
ギスギスしてる!
因みにこのダンジョンはさして危ないところではありませんが、無防備に突っ込むとこんな感じになります。
ちゃんと下調べしようね!