26話:異形と化したセインvs【白竜の息吹】
その敵意と悪意溢れる存在に、エリオスが反応出来たのはひとえに毎日の鍛錬のおかげだろう。
例えそれが不意打ちだろうが、防げなさそうな攻撃だろうが――そこへ盾を構えるのが自分の仕事だと、毎日身体にそう言い聞かせていた。
だからエリオスは反射的に盾をその赤い颶風へと突き出した。
「死%$##&%$6ね!!」
手が潰れたと錯覚させるほどの衝撃に、雄叫びと金属の悲鳴が辺りに響く。エリオスの盾によって紅蓮の炎を纏った風が散っていく。
「お前ら――逃げろ!!」
エリオスはその一撃を防いだだけで、手が痺れ、足の踏ん張りが効かなくなっていた。
それが何か分からないし、知りたくもないが、明らかに格上かつ絶対に勝てる相手ではない事だけは分かった。
故に、エリオスは背後の三人に逃げろと叫んだ。
散々レドに、エリオスは言われていた。勝てない敵に遭遇した場合にすべき事は、逃げる事だと。
そしてその際に、場に残り敵を足止めするのが――お前の役目だと。
だからエリオスは槍を盾の横から突き出した。当たるなんて思っていない。少しでもその異形の注目を集められればそれでいい。
だが、その異形がいとも簡単に槍を避けて、跳躍、そのまま自分の頭上を通り過ぎた時にエリオスは後悔した。
「しまった!」
敵が剣を振り下ろしながら、シースの目の前へと着地。ようやく我に返り斧剣を構えていたシースがその凶刃を防ぐも纏う風によって体勢を崩した。
「やらせないわよ!」
左右から挟むようにイレネとリーデがその敵へと迫る。
リーデが大鎌で足下を狙い、それを剣で無造作に弾いた異形へとイレネが曲剣を叩き込む。しかしその動きも見切られ、翻ってきた剣によって防がれた。いずれの一撃も肌を焼く熱気を纏った風を巻き散らし、思わずイレネもリーデも後ろへと下がってしまう。
そんな中、シースだけはなぜか世界がゆっくりと動いている錯覚に囚われていた。それは時々訓練や戦闘中に起こる現象だった。全てがゆっくりに見えるけど、思考だけはいつも通り。
目の前の異形を注視する。ここまでに見てきた【火の化生】と共通点はあるがこの異形は人間の原型を色濃く残しているし、何よりこの異形は他と違い、武器を使っている。
見れば胸に弱点らしき核もある。だけど――あまりに動きが速い上に一撃が重い。先ほど一撃受けただけで、斧剣が折れたのではと思ったほどの衝撃を受けた。
その上、魔術なのか刀身に熱風を纏っていて、刃自体は防げてもこの風が防げない。
目の前に迫るその異形の刃にシースは斧剣を合わせた。
怖い。今度は斧剣ごと斬られるかもしれない。
もう投げ出して逃げたい。エリオスは逃げろと言った。
だけど、こんな奴相手に一体どうやって逃げられるのだろうか。
世界に速さが戻る。
「くっ!」
手に衝撃。舞い散る火花が風で消え、そのままシースの体躯が宙へと浮いた。
「ギュ%&$#&ギャ&%$&アア&%$&%アア!!」
背後からエリオスが槍を異形に向けて突き刺すが、異形は物ともせず追撃を浮いたシースへと重ねた。
シースが空中で身体を捻り、何とか斧剣でそれを防ぐが、踏ん張りの効かない宙ではあっさり吹き飛ばされてしまう。
その勢いでシースは身体を建物の壁へと強かに打ち付ける。
全身がバラバラになるほどの衝撃を受けて、シースは地面へと落ちた。
目の前が赤い。
身体が起き上がる事を拒否している。
一瞬でエリオス達を置き去りにした異形が自分へと突きを放っているのが見えた。
腕を少しでも上げようとすると激痛が走る。
もはや防ぐ手立てはない。
それでもシースは目を瞑らなかった。
“いいかシース。絶対に目を瞑るな。どんな瞬間でも、常に見ておくんだ。勝機は必ず見える”
脳内に再生されるレドの言葉と共にシースは目の前に迫る“死”を睨み付ける。
「儂の孫弟子に何をしとるんじゃ貴様ああああああ!!!」
それは――大音量と共に上から振ってきた。
それは――銀色のプレートアーマーだった。
それは――手に細く長いロングソードを持っており、いとも簡単に異形の突きを弾いた。
その後、シースの目の前で始まった攻防は凄まじかった。
異形の剣撃を全てその銀鎧はロングソードで弾いていく。風も熱気も異形が打ち込む度に弱まっているせいか、まるで効いていないようだ。
シースは段々と目が慣れてきたのかその攻防が見て取れた。
異形の剣は速いし重いが……それだけだ。師匠のような綺麗さもないし教官のような実直さもない。
それに連続で攻撃すると剣の風も弱まるみたいだ。
その事に気付いて巧みにその暴力的な剣撃を捌いている銀鎧の正体がシースには分かっていた。
「教官!」
シースが立ち上がる。身体中が悲鳴を上げているが、関係ない。
「シース! 無事か!」
エリオス達が駆け寄ってくる。
「“さざめく光よ”【中位治療】」
リーデが回復魔術をシースに掛ける。先ほどまでの痛みが嘘みたいに消えていく。
「あいつ何なの!」
「わかんないけど、あの銀鎧はリントン教官だ! スケルトンってバレないように全身鎧を着ているんだ!」
「どうするシース。アレは俺らでは勝てない」
「――教官の援護をする」
シースが迷わずそう言い切った。
「逃げましょうシースさん。私達には他にすべき事があるはずです」
「そうね、それが賢いわ。レドだってそう言ってたじゃない」
逃げるのが正解だという事をシースは分かっていた。
「く、貴様、やるな!」
銀鎧――リントンが苦しそうに声を上げた。
「邪&%$&%魔す%&%$るな!!」
吼える異形が力任せに振った一撃で、リントンのロングソードが折れた。
「逃げた方が良いのは分かる。だから――みんなは逃げてあいつの事をギルドに伝えて!」
「お前はどうすんだよシース!」
怒声を発したエリオスにシースは優しい微笑みを浮かべた。
「僕は教官の援護をする。あいつの動きはもう見えてる」
「はああ!? あんた何言ってるのよ!」
「ごめん。パーティリーダー失格なのは分かってる。でも、あいつをここで誰かが足止めしないと大変な事になる。教官だけじゃ手が足りない。だから僕が行く」
シースのその目線に強い意志を感じた三人が押し黙った。
「ごめん――行ってくる」
シースが地面を蹴った。折れた剣で、何とかしのいでいるリントンのもとへ走る。
「あの馬鹿!! あんた置いて逃げられるわけないでしょ!」
「私達も行きましょう。少しでも敵の一手を減らす事が出来れば、勝機は見えます」
「ったく! 足止めは俺の役割だろうが!」
三人が頷き合って、シースの後を追う。
「この馬鹿弟子共が!」
気付いたリントンが罵声を浴びせるが、シースは気にせず異形へと突っ込む。
「雑%$#魚が調%$子に――乗るな!!」
異形が叫びながらリントンの剣を弾き、背後から迫るシースへと剣を横薙ぎに放つ。斧剣は悲鳴を上げるが、シースはその一撃を綺麗に受けきり衝撃を散らす。
その隙にリントンが折れた剣で突きの構えを取った。
「はあああああ!!」
異形の追加の攻撃もシースは冷静に弾いた。手が痺れるのを無視して攻撃を受けきる事に専念する。
「グ%&&$ギャアア!!」
リントンの剣が背中に刺さる。
「貴%$#様!!」
身体を捻りながら異形が剣をリントンへと薙ぐ。刺さった剣が抜けず、手を離してしまったリントンへとまともにその一撃が命中。
銀鎧を砕けさせながらリントンが地面を転がる。
「教官!」
倒れたリントンに動く気配がないが、シースは一瞬で思考を目の前の相手へと切り替えた。
今は心配している余裕なんかない!
「はああ!!」
シースが斧剣を変形させながら異形の胸を狙う。
突如リーチが伸びたシースの一撃も、異形が超反応で上半身を反らしたことで空振る。
そこから獣のように這いつくばった姿勢になった異形が低い斬撃をシースへと放った。
「させません!」
追い付いたリーデの大鎌が下から掬うような動きでその斬撃を弾く。
「シース、一旦下がれ! 今度こそ俺が止める!!」
シースの前にエリオスが出ると同時に盾を地面へと立てた。
「下がって!」
イレネの声と共に青い矢が飛来。異形へと当たる瞬間に、剣で切断された。
「斬っても無駄よ!」
空中で切断された矢から冷気魔術が発動。直接触れたせいで、剣が凍り付いていく。
エリオスが盾で冷気が後ろにいるシースとリーデに当たらないように防ぐ。
「小&%46賢しい!!」
異形が吼えると、全身から炎が吹き荒れた。凍っていたはずの剣も元に戻る。
「何とか胸を狙おう! 教官の刺さっている剣も押し込めば貫通してあの核を割れるかもしれない!」
手の痺れが取れたシースが再び前へと出る。
異形が大上段から振り下ろす一撃をエリオスが盾で防ぐ。その横を抜けてシースが異形へと接近、斧剣を胸へと叩き込むが、それを察知した異形が大きくバックステップ。
「もう$#5いい$#全員5死%$&%ね!!」
異形が両手で剣を構えた。掲げた剣から炎が立ち上り、それは巨大な刃へと変化していく。
「っ!! まずいですよ!」
「俺の後ろに下がれ!!」
「それじゃ間に合わない! 止めないと!!」
エリオスが咄嗟に前に出て盾を掲げるが、一瞬でそれが無意味な事だと悟った。
異形がこちらへと振り下ろすそれは、あまりに巨大で――絶望的だった。
「う……そ」
シース達の視界が炎に埋まる。
「――っ!!」
次の瞬間、シース達の前の地面が隆起しまるで防壁のようにその巨大な炎剣の前に立ち塞がった。
「え!?」
大音量の破砕音と衝撃波で視界が一瞬悪くなるがシースは目の前に、一人の人物が降り立ったのが見えた。
茶色の髪に、無精髭。手には青い短剣と赤い曲剣。
「――悪い、待たせた」
そう言って、レドが曲剣を異形へと向けた。
シースちゃんは目がとても良いんです。動体視力が良い為、ある程度見ていれば相手の動きが見切れるようになります。当然それに合わす為の身体能力も必要なのですが、元々の素質と一か月の訓練のおかげでかなり鍛えられたようです。あと、しれっと斧剣で受けきっていますが、あれ相当頑丈に作られているようです。リュージュの執念……。
また、異形と化したセイン=サンは身体能力自体は人間だった頃より上がっていますが、剣の技術的な意味では弱体化しています。またどうも剣の力も変化しているみたいで?
次話にて、vsセイン戦が終わります。どう決着が付くのか。色々と想像していただければと。




