25話:最悪の再会
「どうなってるのよ!?」
「分からない! とにかくギルドに向かおう!」
ガディス東門近く。炎の柱が各所で上がったのを見たシース達、逃げようとする人々と逆走するように街の中を走って行く。
「あれは!?」
大通りの真ん中で暴れている異形に気付いたシース達。
見れば、カイラ防衛隊の隊員が異形を取り囲んでおり、一人の男が後ろから冷静に指示を出していた。
「接近せず、クロスボウで胸の核を狙え!! 撃て!」
指揮官である男が手を下ろすと同時に、隊員達がクロスボウから短矢を放つ。
「ギュ”$##%ウ!!」
腕で胸を庇う異形に対し、後ろに控えていた隊員が前に出てクロスボウを放つ。撃った隊員は後ろに下がり短矢を装填し、再び前へと出る。
止まぬクロスボウの雨に異形がでたらめに腕を振るうが、その隙間を縫って放たれた一本の短矢が胸の核へと突き刺さった。
「ギ&%$6ュウ’&%……」
異形が灰となって崩れる。
「23C地区は制圧完了。次へ移るぞ!」
シース達がその指揮官へと駆け寄った。青と赤の軍服に身を包んだその指揮官はシース達がよく知る人物――ハラルドだった。
「ハラルドさん!」
シースの声に気付いたハラルドが振り返った。
「シース! 無事だったか!」
「はい、どういう状況ですか!? 今の魔物は!?」
「悪いが、作戦中でのんびり説明している暇はないんだ。冒険者にはギルドから指示出ているはずだからそっちで聞いて欲しい。とにかく、今の奴は胸の核が弱点でそれ以外の攻撃は大して効かない。それだけは伝えておく!」
険しい表情を浮かべるハラルドが早口でそうシースに伝えると踵を返して走り去っていった。
「とにかく冒険者ギルドに急ぎましょう」
リーデの言葉に全員が頷いて走る。
街は大混乱に陥っていた。各所から上がる炎が延焼し、いたるところから黒煙が上がっている。人々は逃げ惑い、反対に冒険者らしき者や防衛隊の隊員が鬼気迫る表情で黒煙の元へと走っていく。
「こんな大きな街に魔物の襲来なんて……」
「聞いた事がない! 戦争でも起こっているのか!?」
イレネとエリオスが信じられないといった表情でこの大混乱を見ていた。
「さっきの魔物、なんか似てるよね」
「はい……あの廃墓地で戦った燃える骸骨と――あの魔族達に似たような印象を受けました」
「まさかあいつらがまた攻めてきた!? 倒したんじゃないの!?」
「いや、レドさんもあれは本体ではないと言っていた。となると……俺らへの、復讐か?」
四人が様々な推測を口にする。しかしどれも確証がない。とにかく情報が少なすぎる。
「あーいたいた!」
大通りを走るシース達にそう声を掛けながら近付いてきたのはエミーだった。その顔は煤けており、額に汗を流しているが、顔にはいつもの笑顔があった。
「エミーさん!?」
シース達が気付き立ち止まる。
「君達無事だったんだね! いやあもう街はしっちゃかめっちゃかで大変! 私まで連絡要員として駆り出されるぐらいには混乱が生じてるよ!」
「一体何が起きているんですか! 師匠は!?」
必死な顔で迫るシースに、エミーは苦笑いを浮かべる。
「気持ちは分かるけど落ち着いて。まず、ディアス支部長からこの街の領内にいる全冒険者に緊急依頼が出たわ。内容は、街に現れた異形――ギルドと防衛隊が付けた呼称【火の化生】の討伐及び住民の避難。ただし討伐については基本的に防衛隊がいれば彼らに任せる事。下手に手を出して彼らの連携を崩してはいけないからね。それから――」
エミーが端的にすべき事、してはいけない事をシース達に伝えた。
「とにかく、絶対に孤立せず、必ずパーティで行動する事。今一番危険なのは、港区。まだ避難出来ていない住人や観光客が多くて人手が足りないの。これはまだ確定できる情報ではないけど、【火の化生】は港区へ集まりつつあるらしいから、あそこが一番危険ね」
「じゃあ僕達は港区へ行けばいいんですね!?」
「本当は逃げて、って言いたいけどその通りだよ。レドさんも真っ先にそっちに向かったわ。あと、これは私の個人的忠告――危なくなったら逃げなさい。貴方達が為さねばならない事はまだ先にあるから、こんなところで死んじゃだめよ」
エミーが真剣な顔でそうシース達に告げた。
それを聞いたシースが力強く頷いた。
「はい。師匠にも言われました。いざとなったら逃げろと」
「なら、行ってらっしゃい! 君達の活躍を祈っているよ!」
「はい!」
シース達は互いを見つめ合うと力強く頷き合い、そして、港区へと方向を変え走る。
その背を見て、エミーは願わずにはいられなかった。
どうか、彼女達を守りたまえ、と。
願う神など居はしない事を、自分が一番良く知っているはずなのに。
☆☆☆
港区は大混乱に陥っていた。
「早く逃げろ!!」
「皆さんこちらに!!」
冒険者や防衛隊の声が響く中、炎が巻き起こり、人々がバラバラの方向に逃げていく。
大灯台のある堤防に面した一帯は【灯台広場】と呼ばれた開けた場所になっており、普段ならたくさんの観光客で賑わっているはずだが今は炎と黒煙と混乱が場を支配していた。
ようやくその【灯台広場】に辿り着いたレドの目の前で、一人の男が歪な形の玉を自身の胸に突き刺そうとしているのが見えた。
「っ!!」
レドが一瞬で踏み込んで曲剣で玉を持つ男の手を切断。
「ああああ!! 邪魔をするな!!」
その男はよだれを垂らしながら目を剥いてレドへと迫る。その手には短剣が握られていた。
しかし、冷静に回避したレドが柄で頭を強打し、気絶させる。
「【束縛】――くそ、これが……原因か?」
レドが素早く男を魔術で拘束すると、切断された男の手に握られた歪な形の玉を拾った。
中には炎が宿っているのか表面が炭のように赤く燻っているが、触っても熱は感じない。
「【石化】――これで問題ないか」
レドは念の為その玉を石で覆い、擬似的な封印を施すと腰のポーチへと入れた。何かのヒントになるかもしれない。
「しかしまだ教徒共が潜んでいたか……」
レドは怪しい影がいないか辺りを警戒して広場を進む。異形が二、三体いるが、いずれも防衛隊もしくは冒険者が戦闘を始めていた。レドの情報が既に届いているのか危なげない様子で、的確に動いているのが見えた。
「やはり、大灯台か」
レドが大灯台を見つめる。既に何かしらの戦闘が行われたのか堤防が崩れかけている。
大灯台へと走るレドの視線に、大灯台の下でうずくまる影が一つ見えた。
「……!! まさか……」
その影が装備している鎧に見覚えがある。その脇に落ちている剣をレドは知っている。
苦労してレンジア大鉱国と交渉して手に入れたアダマンタイトで作った鎧。
骨竜峠の主である【亡風竜ジスガロス】の牙と竜核を混ぜ込んで鍛錬した【風剣カロン】。
両方とも並の冒険者では手に入らない逸品の中の逸品だ。あんな物を装備しているのはこの世にただ一人しかいない。
「セイン!!」
レドが声を張り上げながらうずくまる影へと駆け寄る。
「大丈夫か!?」
レドの言葉に反応した影が顔を上げた。
レドは、決して油断はしていなかった。セインが一人でうずくまっているという状況はどう考えても楽観できる状況ではない。
だがそれでも、レドはその歩みを止め、絶句する他なかった。
「セイン……お前……どうしたんだ」
それは紛れもなくセインだった。
しかし、竜に踏まれても傷一つ付かないアダマンタイト製の鎧の胸甲が無残に破壊されており、さらけ出された素肌には赤黒い核が埋めこまれていた。それはまるで心臓のように鼓動しており、そのたびにその周囲の肌は燻るように赤く発光する。
何より、セインの瞳の白目と黒目が反転しており、額から歪な角がまるで皮膚を突き破るように生えていた。
「熱い……熱い……なんだ……この火はなんだ……熱い……憎い憎い憎い憎い憎い憎憎憎憎憎!!」
セインが呪詛をまき散らす。焦点の定まらないセインの目が目の前にいるレドへと注がれた。
――レドはその目の中に業火を見た。
「アアアアアアア!!」
セインが咆吼しながら剣を振った。
それにレドが反応出来たのは、セインが未だうずくまった状態で不安定な姿勢から放った一撃だったからだ。
鳴り響く金属音と火花。レドが曲剣でその一撃を防ぐも、その刃が纏う暴風をまともに身体に浴びて後方へと吹き飛ぶ。
レドが空中で体勢を変え、地面に着地。同時に短剣を突き出し【大地隆起】の魔術を放ち目の前の地面を隆起させる。
一瞬で間合いを詰めてきたセインの目の前に壁が立ち塞がるが、構わず剣を突き出した。
「くっ!」
横っ飛びで回避するレド。元いた場所に、吹き飛ばされた壁とその破片を巻き込んだ風が通り過ぎていく。
「死&%$&%$6ね&%$&%$&%$アアアア!!」
獣のように四足で地面に這いつくばるセインが雄叫びを上げながら地面を蹴って一瞬でレドの前へと現れる。
「くそ!」
低い体勢から放たれる剣閃に曲剣を合わせて弾く。先ほどと同じように風までは防げず、身体が引き裂かれそうになりながら錐もみ状に後方へとレドが再び吹き飛ぶ。
「かはっ!」
今度は体勢を制御出来ず、レドは広場の端の建物の壁に背中を強かに打ち付けた。
「なんだあいつは!! おい、お前ら手伝え、新手だ!」
近くにいた冒険者がセインの姿を見て、剣を向けた。
「ばか……やめろ!」
それを見たレドが力一杯叫ぶが、上手く呼吸出来ず、その声は届かなかった。
「邪%&$&%$&魔$%#%$#!!」
獣のように疾走したセインが剣を振るう度に、血が舞う。
「なんだこいつ速――」
言葉の途中で首を斬られた冒険者の身体が倒れ、血と炎がセインの剣から生じた風によって吹き荒れた。
「最……悪……だ」
レドが思わず呟いてしまった。そう最悪の状況だ。あまりの出来事に思考が回らない。
なぜセインは一人でこの街に来たのか。なぜ異形化しているのか。
何もかもが分からない。
元々の剣術と、前衛としての戦闘力の高さに加え、味方を巻き添えにしないようにと普段は封じている【亡風の加護】を全開で使用している。
思い付く限り最悪の敵だ……。
「……敵だと?……馬鹿野郎!!」
レドは自分の思考に怒りを覚えた。セインを敵だと認識した自分に反吐がでた。確かに納得のいかない別れだった。何度も喧嘩したし、衝突した。最後には殺すとまで言われた。
それでも。
それでもレドにはかつての仲間であるセインを心から憎めなかった。
「どう見たって、どう考えたってくそ魔族のせいだろうが! 何とかしてセインを止めないと」
レドは曲剣と短剣を握り直した。今この街に、ああなってしまったセインを止められる力を持つ者はほぼいない。
更にまだ見ぬ魔族もその背後にはいる。
「俺が……やらないと」
奥歯を噛み締め、地面を蹴ったレドが広場の中央で暴れるセインへと向かう。
――もしこの時点でレドが、とある冒険者達が大通りを抜けてこの広場へと飛び出して来た事に気付いたのならば、その先の彼らの運命は大きく変わっていただろう。きっとレドは、セインへと向かわず彼らの元へと走っただろう。
だが結果として、レドは気付かなかった。無理もない。黒煙と炎で視界は悪く、冒険者や防衛隊が入り乱れている状況だ。
セインが新たな獲物として運悪く飛び出して来た冒険者四人を狙い、広場を駆けていく姿を見て……初めてレドは絶望したのだった。
「っ!! やめろ!! セイン!!」
レドは走った。しかし、当然セインの方が先に彼ら四人へと迫る。突然の敵に、呆然としている四人の顔が見えた。
レドは叫ばずにはいられなかった。
「逃げろ!! 逃げるんだ!! シース!!」
再会。セインさん暴走していますが、レドの言う通りセイン単体の戦闘力はかなりやべー奴です。
今回のガディス襲撃編のテーマは【再会と激情】です。
見つめ合うと素直にお喋りできない二人の為に作者が用意した舞台です(ニチャア)
二人の再会、想い、そしてシースきゅんちゃん達の成長。そう言ったところをお楽しみいただければなあと思って書いています。
ここから戦闘に次ぐ戦闘が始まりますが、どんどん加速かつヒートアップしていくのでお付き合いいただければ幸いです。




