23話:火柱
「えーっと、ゴブリンが六体に……ゴブリンメイジが二体」
「シースさん、どうしますか」
ガディスから東に出たところに、【エルシアの古森】と呼ばれる大森林が広がっていた。そこには魔物が数多く生息しており、森の奥には古代の遺跡や遺構が点在している。
危険な魔物が巣くっている遺跡内部には、売れば高値が付く遺物もあり、それを発掘してくるというのも冒険者によくある依頼の一つだった。
ゆえに腕に自信のある新人冒険者が次に目指す場所が、この【エルシアの古森】だ。
例に漏れず、シース達もこの森の依頼を受けていた。
茂みに隠れながらイレネが、森の中にある広場を観察する。
広場には緑色の皮膚に身体の所々から枝が生えているゴブリンと、枝を杖のように持ち、葉っぱを編んで作ったローブを纏うゴブリンメイジがいた。
イレネの後ろで隠れているシースとエリオスが顔を見合わせた。
「依頼とは関係ないけど、後々遭遇して戦うぐらいなら先手の取れる今倒した方が良いと思う」
「そうだな。ゴブリンメイジは厄介だが」
シース達が【キース商会】から受けた依頼は、この森の遺跡付近に生えている【火吸い花】の採取だった。【火吸い花】はその名の通り、火を花弁に吸い取り溜め込む性質を持っている不思議な植物で、昔は火事が起きた時にこの【火吸い花】の花弁を火にかけて、鎮火させたという。
現在では火を溜め込む性質を利用して、火薬や榴弾の充填物として重宝されている。火をたっぷりと吸った花弁を乾燥させすり潰すと、上等な火薬となるのだ。
しかし、【火吸い花】の自生する場所は少なく、いまだに採取でしか手に入らない。なので、こうして時折冒険者へとその採取の依頼が回ってくる。
「ゴブリンメイジも先手が取れる今なら魔術を使われる前に倒せる」
目の前のゴブリン達を見ながらシースが腰の斧剣へと手を掛けた。
【火吸い花】が自生していると言われる遺跡までまだ少し距離があるが、目の前のゴブリン達が遺跡の方へ来ないとも限らない。採取中に戦うよりも先手が取れる今、戦った方が良い。シースはそう判断した。
「先制で火魔術を打ち込んでその隙に僕とエリオスが接近。リーデは支援魔術を温存させてイレネの援護」
シースが素早く戦術を組み立てていく。レドに言われたように必要最小限の動きで最大限の成果を得る方法を何度も模索する。イレネの魔術をここで使うのは時期尚早かもしれないが、魔術を行使するゴブリンメイジは放っておくと厄介だし、何より仲間を呼ぶ可能性がある。
であればその隙を与えずに一気に叩く方が良い。
エリオスが頷きながら言葉を返す。
「賛成だ。魔弓術が今なら最大限効果を出せる」
「一つだけ提案。ここは火魔術じゃなくて冷気魔術にしたらどう? 火は確かに威力が高いけど、煙も音も出るし目立つわ。周りにいる魔物を引き寄せるのは得策ではないと思うんだけど」
イレネが冷静にそうシースへ告げる。
「うん、確かにそうだね。ごめんそこまで考えてなかった」
シースが深く頷いて、謝罪した。
「いえ、シースさんは確実な方法として火を選択しただけで間違ってはいないと思います。ですが確かにイレネの言う通りかと」
「だな。イレネ、いけるか?」
エリオスの問いにイレネは妖艶な笑みを返すと同時に弓を構えた。
「“我は孤独な月、降臨せよ顕現せよ舞い踊り霜を散らす羽よ”【雹精乱舞】」
「グエルゲッギャ!!」
魔術の行使に気付いたゴブリンメイジが杖を掲げ警戒を発する。
イレネの手に青く透明な矢が現れ、イレネはそれを弓につがえた。
同時に、シースとエリオスが茂みから飛び出す。
二人の頭上をイレネの矢が通り過ぎ、ゴブリンメイジと彼らを取り囲むゴブリンの真ん中に着弾。
着弾地点を中心に氷の欠片を巻き込んだ風が吹き荒れた。
「ギュギュア!!」
ゴブリン達の皮膚が霜で覆われ、裂けていく。その氷風が止むと同時に、シースが斬り込む。
目の前のゴブリンの頭を斧状態の斧剣で横殴りにすると同時に身体を捻り、回転。
振りぬいた遠心力で剣となった斧剣の回転斬りで更に二体のゴブリンが絶命する。
その横からエリオスが盾を構えて突進。ゴブリンの首が有らぬ方向に曲がり、小さな体躯が吹っ飛ぶ。その突進の勢いのままエリオスは十字槍を突き出した。十字の刃が目の前にいるゴブリンの首を裂いて、穂先が奥のゴブリンメイジの頭部へと命中。
シースとエリオスの攻撃が運良く当たらない位置にいたゴブリンが粗末な木の棒を振り回して、後方にいるイレネ達へと走るが、その横をリーデがまるで散歩しているかのようにゆっくりと歩きながら大鎌を構えた。
「ギャッ?」
一瞬の斬閃と共にゴブリンが突然前のめりに転ぶ。そのままリーデがスタスタと何事も無かったかのように過ぎ去っていく。
すれ違い様にリーデの大鎌によって足を切断され地面でもがくゴブリンの首を、イレネが曲剣で刎ねた。
「ッグッグググウウギャ!!」
唯一生き残ったゴブリンメイジの杖の先が発光。火球が生成されるが、シースの袈裟斬りで火球ごと叩き斬られ、燃えながら地面へと倒れ、もがく。その頭部へエリオスの槍が刺さり、動きが止まった。
イレネとリーデが周囲を警戒するも、特に何かが出てくる気配はなかった。
「終わり、かな?」
「ああ」
シースとエリオスは武器を構えたままだが、警戒を解いた。
「んー冷気魔術、やっぱり足止めにはいいけど、威力はイマイチね」
「レドさん曰く、冷気魔術で威力を出すのは適性ある者でも難しいそうですから仕方ないですよ」
自らの魔術の威力に不満を持つイレネをリーデが慰めた。
「よし、先に進もう。遺跡は地図によればもうすぐだよ」
シースの声に全員が頷き、森の中を進んでいった。
しばらく進むと、目の前がぽっかりと開けた場所に出た。
その広場の上には木々が枝を伸ばしておらず、陽光が差し込んでいる。中央には傾いた塔のような残骸が静かにその存在を訴えていた。
「あれがそうね」
「ええ。ということは、あの周りに咲いているのが」
「【火吸い花】だね。じゃあ二手に分かれて採取しよう。警戒を怠らずに」
「了解だ」
朽ちた遺跡の周りには、真っ赤な花が咲いていた。六枚の小さな花弁が風で揺れている。
シース達は持ってきた採取用の革袋へ摘んだ花弁を入れていく。
「これが火を吸うなんて不思議だなあ……」
「私は、この花は過去に酷い【炎災】が起こった場所に咲くと教わりました」
花弁をまじまじと見つめるシースにリーデが花弁を摘みながら答えた。
「【炎災】? 何それ」
「【黄金教会】の教えというか言い伝えなんですが、大昔にまだ魔族が普通に地上に暮らしていて、我々の祖先と戦争をしていた時に、戦場跡はいつも焼け野原になっていたそうです。そうして火と血を吸った大地に芽吹くのが……この【火吸い花】と言われています。真っ赤な花弁は火だけではなく血を吸ったからだとか」
「へー初めて聞いたわ」
「似たような言い伝えが各地にあるようですが……ベイルにあるかは分かりません」
リーデの言葉を聞いて、シースはなんだか急にこの可愛らしい花が不吉な物のように思えた。
火と血を吸って芽吹く……やっぱりそれは少し気味が悪い。
そうして警戒しながら四人はそれぞれの革袋がパンパンになるまで採取し終えると、帰路へとついた。
途中で、何度か魔物に遭遇したが、危なげなく撃退していく。
出てくる魔物とそれぞれの対処法、連係の仕方はレドに言われたように全員が熟知していた。
レドは口酸っぱくこうシース達に言ったのだ。
“いいか、情報は全員で共有しろ。誰々しか知らない、誰々がいないと分からないという事態はなるべく避けるんだ。リスクは分散させておけ。俺はそれで……失敗した。失敗させてしまったんだ”
その言葉はやけに重くシース達に響いた。
きっと、何かあったのだろう。シース達はそれに気付きながらも、その事について聞こうとする者はいなかった。
誰にでも触れて欲しくない過去はある。それはリーデもイレネもエリオスも良く分かっていた。無邪気なシースだけは分からないなりに、きっといつか話してくれるだろうとその事について言及する事はなく、ただ心に秘めるだけだった。
「そろそろ森を抜けられるかな?」
シースは、街に戻ってからどう動くかを既に脳内で組み立てていた。まずは【キース商会】へ行って納品してそれから……。
そんな事を考えていたせいでシースがその異変に気付いたのは、丁度森を抜けた時と同時だった。
「っ!! あれは……なにが起こってる?」
「どういう事……?」
「どう見たってヤバイわよ!」
「とにかく急ごう!!」
シース達は、目の前に広がる光景を信じられないでいた。だって、朝出てきた時は……こんな事になってはいなかった。
全員がそう思いながら街へと走る。
彼らの目には――紅蓮が映っていた。
☆☆☆
辺境の街ガディス。
「大灯台が灯る時、火は目覚める」
「大灯台が灯る時、火は目覚める」
「大灯台が灯る時、火は目覚める」
あるいは暗い路地で、あるいは部屋の中で、あるいは路上で。
男達が、女達が、同じ文言を呟いていく。
彼らは皆、楕円の形をした歪な玉を手に持っていた。中央部分が膨らみ、先にいくにつれ細くなっており、先端は尖っていた。それは、まるで燻るかのように赤く発光して消え、発光しては消えを繰り返していた。
彼らはただじっと大灯台を見つめていた。
そこに何かを見いだすかのように。
「大灯台が灯る時、火は目覚める」
「大灯台が灯る時、火は目覚める」
「大灯台が灯る時、火は目覚める」
まるで呪詛のようにその文言は連鎖していく。
通り過ぎる人々はそんな彼らを訝しげに見つめ、去って行く。
中には怪しんだ都市警吏に声を掛けられる者もいたが、何を聞かれても、同じ言葉しか繰り返さなかった。
逮捕されかけても、彼らはただ一方向をずっと見つめていた。
壁や建物があろうと、ただ、大灯台の方を凝視している。
おそらく、その異変に最初に気付いたのは観光客だろう。港区の一番の名所である大灯台。それを一目見ようと各国からやってきた観光客は、飲み物や屋台の食べ物を片手にその巨大な建造物を見つめていた。
そして――大灯台の頂部から、轟音と共に火柱が上がった。
それを見た者は悲鳴を上げ、あるいは何かの余興かと手を叩いた。
しかし、彼らは違った。
「【火覚め】だ」
「【火覚め】だ」
「【火覚め】だ」
彼らは歓喜を声を上げ、そしてその楕円形の玉を――自らの胸へと突き刺した。
シース達は前回の墓地の時と比べかなり強くなってますね。とはいえ、まだまだ改善の余地はあるのですが……。
装備、戦術、連係、そして個々の身体能力が向上したおかげで総合力はかなり伸びています。
このレベルに一か月ちょいでなるのは中々に難しい事ですが、まあ環境に恵まれたというが一番でしょうね。
次話からいよいよガディス炎上編(名前が不吉)がヒートアップします。
戦闘シーンが続きますが、お付き合い頂ければと




