22話:火覚め
「レイン、さあそろそろ始めようか、そろそろ【火覚め】の時間だ」
「ああ、ベギム……もちろんだとも」
ガディスの街は港町かつ商業都市なので、それぞれの地区によって雰囲気が変わる。南のトゥーツ洋に面している港区では漁師や船乗り達の声が響き、そこから商業施設や冒険者ギルドがある中央区は商人や人が多く活気に溢れている。住宅街がある西区と東区は静かであり、役所や議事堂がある北区は警備が敷かれているせいか関係ない者達にとっては少し居づらいような雰囲気を出している。
辺境一の街だからこそ見所もたくさんあり観光客も多い街なのだが、その中でも一番人気なのが港区にある大灯台だ。
海に突き出た堤防に佇むこの大灯台は古くこの街がまだ小さな漁村だった頃からあるという。むしろ、大灯台が先にあり、その周りに漁村が出来たと言った方が正しいだろう。
誰が建造したかも定かではないこの大灯台は、夜になると眩いほどの光を放ち、漁師や船乗りをこの街へと導く。
大灯台の中には古代の技術や未知の魔術が詰まっていると言われている。その為、ごく一部の研究者や技術者のみが内部に入る事を許されているだけで、一般に公開される事は無かった。
ゆえにガディスに住む者達も観光客も、その巨大な建造物をただ外から臨むしかないのだが……その大灯台の頂部に、二つの人影があった。
一人は、背の高い細身の女性だった。陽光を受けキラキラと輝く腰まで届きそうなほどの金髪。すれ違えば十人中十人の男が振り返るであろう整った理知的な顔立ちに、スタイル。下半身にはぴっちりとした黒いスカートからタイツを履いた美脚が伸びている。上半身には爽やかな空の色のようなブラウスを着ておりその上から、白く裾の長い上着を着ていた。魔族の文化に詳しい者が見れば、それが魔族の医療者や研究者が着る、白衣と呼ばれる物だと分かるだろう。
一見するとただの美女だが、その瞳は白目と黒目の色が反転しており、頭部から二本の角が後ろ向きに生えていた。
そしてその美女の横に佇み、邪悪な笑みを浮かべているのはまだ十歳を越えたぐらいの見た目の少年だった。まるで貴族の子息のように、赤と白の縦ストライプの入った仕立ての良い服を着ており、銀色の髪と美しい顔立ちと相まって高貴な雰囲気を醸し出していた。
しかし隣の白衣の美女と同様に瞳の色は反転しており、角が一本額から生えていた。
「レイン、この祭りには目玉が必要だ。強くて……何より嫉妬の炎に狂える奴が欲しい」
少年が隣の白衣の美女――レインへとそう声を掛けた。
「目玉か……ベギム。その辺りの人間の物をくりぬいてくればいいんだな」
完全に理解したといった表情を受かべたレインに、少年――ベギムがため息を付いた。
「違うぞレイン。今僕が言った目玉ってのは本当の目玉ではなくてだな……今回の祭りの主役になる奴ってことだ」
「なるほど主役か……理解したぞベギム。――ん? 主役は我々ではないのか?」
顎に手を当てて思案するレイン。
「そうじゃないレイン。主役はあくまでも……どこまでも……人間だよ。人間と人間が争って罵り合って殺し合って……そして燃えればいい。全部全部燃えればいい」
「なるほどだベギム、燃やせばいいんだな。燃えるのはいい事だ。【火は全てを赦す】、そうだなベギム」
「そうだレイン。さあ、始めよう【火覚め】を。全ての人類を――火に目覚めさせるのだ」
くつくつと笑うベギムの嘲笑はしかし誰にも届く事はなかった。
☆☆☆
「それでレドさんどうします? まずはやっぱり現場ですか!? 捜査の基本!」
「んなもんを冒険者の俺がやったって意味ないだろうが。つうか部下ってお前かよ」
「酒場給仕のエミーの双子の妹のエミリアです!」
中央区の大通りを駆けるレドの少し後ろに付いて来ているのは、赤毛そばかすに、動きやすそうな服を身に纏ったスタイルの良い女性――つまりエミーだった。
「適当な設定作りやがって。エミリアなんだからエミーでいいだろ」
「初対面なのにいきなり愛称で呼ぶとかレドさん積極的! 流石女たらし!」
「めんどくせえな……つうかあのぴっちり黒服と白マスクはどうしたんだよ。あれが仕事着だろ」
レドとエミーが路地裏へと入っていき、左右のレンガ造りの建物の間の細い道を通っていく。
「いやあ、あれはちょっとダサいんで……前みたいな、【黒刃】が実は待機していたんだぜアピールの時以外は着ません」
「ミラゼルにチクるぞ」
「それはマジで勘弁してください」
レドがその路地の途中で立ち止まる。
エミーも止まると同時、手品のように取り出した小型のナイフを今来た道へと投擲。
「気付かれてしまいましたか。流石……流石はSランクに、【黒刃】」
エミーの投げたナイフが弾かれると同時にその男は姿を現した。赤いローブにフード。異様に長い手足。両手には大振りのダガーが握られている。
「やれやれ……めんどくさくなってきたな。エミー、後ろは頼めるか」
路地裏の先にも同じ恰好をした男が立っている。レドは静かに曲剣と短剣を抜いた。
「危なくなったらレドさんを裏切って私だけでも生き残るので大丈夫ですよ」
そう嘯きながらもエミーの立ち姿に隙はない。
「それは俺が全然大丈夫じゃねえよ」
鼻で笑うと同時にレドが石畳を蹴った。一瞬で加速するレドが青い短剣を前へと突き出す。
「【地の隆起】」
レドが無詠唱で放った魔術によって、赤ローブ男の立っている地面と左右の壁から突如岩が突き出してくる。
赤ローブの男は岩に圧死される前に地面を蹴ってレドへと接近。
「疾っ!」
赤ローブ男の異様に長い腕が振るわれた。手に持つのはダガーに液体が塗られているのがレドには見えた。
おそらく毒の類いだろう。
「後ろへと逃げなかった時点でお前は詰んでる」
レドがそう言いながら、赤い曲剣でそのダガーを弾きながら青い短剣を地面へと向けた。
「【無慈悲な岩槍】」
再び放った無詠唱の魔術によって、レドの前の床、壁、そして赤ローブの男の背後を埋めた先程の魔術によって出来た岩壁から、無数の岩で出来た槍が突き出る。
「がはっ……貴様、地属性使いか」
咄嗟に上へ逃げようと跳躍した赤ローブの男だが、壁の上部までに及んでいたレドの魔術によって空中で串刺しになっていた。
「一番得意なのが地属性でね」
「その情報は、ありがたくいただくとしよう」
「その前に死ぬぞ」
「どうせ我々は蜘蛛の操り人形。元より死んだ存在よ」
「っ! お前!」
レドが魔術を解除しようと思った瞬間に宙で赤ローブ男がひとりでに発火。燃えさかる炎に包まれ、灰となってぼろぼろと崩れ落ちた。
「レドさん! こっちも!」
振り返ると、首が掻き斬られた男が同じように燃え崩れた。
「ちっ、クソ、もう少し情報を引き出すべきだったか?」
「無駄だと思いますよ。こいつら、多分元から死体です」
エミーが燃え崩れた男を蹴飛ばしながらレドへと近付く。
「こんな直接的に出てくるって事はまずいな。時間がない」
「どうします?」
「防衛隊に協力を仰ぐ。俺らだけじゃ人手が足りない。絶対に魔族がどこかにいるはずだ。それを見付けないと」
「他の【黒刃】や高ランク冒険者も動いていますが、今のところ何も。魔族って見た目が特徴的なので分かりやすいはずなんですが、なんせこの街大きい上に人も多いです。ただ、【拝炎教】信者がこの街に集まりつつある事は確かですよ」
「教徒はともかく魔族の奴等はこそこそ隠れるなんて事はしない。いざとなったら堂々と出てくるさ。ただその時では既に遅いんだ」
レドは冷静に思考する。
まず魔族の目的はなんだ? 今回の事件の感じから推測するに新人冒険者を云々という前回の魔族とは性質が違う。今回のは、もっと邪悪で……ろくでもない事だとレドは直感していた。
更に防衛隊や冒険者ギルドにまで警戒されているという事は、かなり大規模な事を起こそうとしているに違いない。
この街の破壊――違うな。それはおそらく副産物だ。ついでに破壊出来ればいいぐらいの気持ちだろう。この街が燃えて喜ぶのは周辺国のみだ。となると例えば他国の関与も想定しないといけないか?
そもそもなぜガディスなのだ。
「考える事が多すぎるな。情報が足りない」
「とにかく、防衛隊本部に向かいますか?」
「いや、知り合いが第三駐屯地にいる。そいつを頼る」
「了解です。走りますか?」
「上を行こう。何か起こればすぐに分かる」
「おお、なんだか冒険者っぽい!」
「そうか?」
レドが地面を蹴って、今度は左右の壁を蹴って三角飛びの要領で左右の建物の屋根へと登る。
同じように軽々と跳躍し、エミーが付いてくる。
「天気は良いんですけどねえ」
屋根の上を走って行くレドの後ろでエミーが空を眺める。
雲一つない青空。視線を下げれば向こうには大灯台が見えてその先には水平線がある。
平和な光景だ。
「何も起きなければいいがな」
北に向かって進むレドの独り言はしかし、叶う事のない言葉だった。
というわけで新たな魔族です。
魔族は基本的にペアで行動します。【姫】と呼ばれる魔術師型と【騎士】と呼ばれる前衛型で組む事が多いようですが、例外もあります。彼らは文化水準や技術水準が人類よりも高くなっています。どこに住んでいるのか、なぜ人類と敵対しているのか。その辺りについてはまた作中で明かされていくと思います。
レドさん、割とガチっています。レドさんは土属性に先天的に適性がある為、中級、上級魔術も一通り無詠唱で使えるようにしていますが、閉所でないと見切られやすいのでここぞという時にしか使わないようです。閉所での戦闘が多い市街地戦では無類の強さを発揮するとか。
次話は、一方その頃シース達は……って感じでお送りします。
引き続きお楽しみいただければ幸いです!