21話:日常と不穏
訓練と依頼をこなし始めて約一ヶ月、シース達の生活に大きな変化はなかった。
午前中に、レドとリントンに交互に戦闘訓練をしてもらい、午後から依頼に精を出す。
魔族を撃退した新人冒険者パーティという噂はシース達が思っているより広がっており、他ギルドの依頼をこなす際も色々と聞かれた。
レドに言われた通り愛想良く丁寧に仕事をしていると、依頼人は喜び、そのおかげで色々と恩恵を受けられるようになった。
その一つが装備だ。
「うん、似合ってるわね」
「そうかな? ちょっと派手じゃないかな?」
「いえ、シースさんは元の顔が綺麗ですから。それに髪の毛も少しだけ伸びましたしね、女性らしさも出ていて良いと思います」
タルカ工房の試着室で、リーデやイレネに見えるようにくるっと回ったシースが着用していたのは、白い胸甲だった。細身の身体に合わせたデザインで、赤い線が入っていて身体のラインを引き立てていた。頭には赤い宝石の嵌まったサークレット、腕甲や脚甲も胸甲と同じデザインで揃えられているが、ほとんどの部位が軽量化されており露出も少なくない。ただその下には丈夫な魔獣の皮で出来た服を着ている為、ある程度の防御力が確保されつつも軽く動きやすかった。
斧剣もメンテンスと改修を行い、少し重くなった代わりにリーチが長くなった。
「作るのに時間かけ過ぎちゃったけど……質は良いと思う」
リュージュがにこやかにそうシースに告げた。
「うん、でも防具借りてたし大丈夫! うわー格好いいなあ」
試着室にある鏡を見てシースの顔がほころぶ。
「【魔工鉄】で出来てるから、サイズはまたその都度調整するね。胸が苦しいとかない?」
「今は……ない……」
がっくりうなだれるシースに、これからよと励ますイレネ。
イレネとリーデはサークレットではなく、耳飾りを付けておりシースと同じ赤い宝石が付いていた。二人共胸や足などを防具で固めていたが、基本的な見た目はさして変わっていない。
あくまで後衛なので防御力よりも機動性を重視した形だ。
盾を持たないシースは多少重くなっても良い防具を着けた方が良い、というレドのアドバイスを受けて作ったシースの装備だが、シースは満足していた。それにここ数週間はあえて重い防具を着て依頼をこなしていたので、逆に楽に感じるぐらいだ。
エリオスも、同じように鎧を纏っているがこちらは黒を基調としており、盾と槍も新調されていて、こちらはしっかりとヘルムも装着していた。槍は十字槍になっており、盾も魔術へと干渉する石を埋め込んであった。
「白黒で良いコンビじゃない」
シースとエリオスが並んで立っているのを見て、イレネが楽しそうに笑った。
「ああ、この鎧、凄く動きやすいな。これで、あの値段は安すぎるのでは?」
「いいってことさ。弟子の良い勉強になった。それに材料については鍛冶ギルドの依頼ついでに取ってきてもらった奴だから、うちは材料費がさして掛かってないさ」
エリオスにそうタルカは笑って答えた。
今回の装備についてはほぼ全てリュージュが作成した。勿論質の確認や最終調整はタルカ自ら行ったが、問題ないと判断した。
「タルカさん、リュージュ、ありがとうございます! これでもう少し難しい依頼も受けられるね」
「ええ。そろそろ東の森の依頼も受けて良いかと」
「あたしも賛成。下水道はもういいわ……」
「俺もそれでいいと思う」
タルカ達に別れを告げ、新装備をレドに報告しにシース達は意気揚々と夕暮れの中ギルドへと戻る。
ギルドに入ると、もはやこのギルドの名物となったレドの講義が行われていた。シース達はその近くにあるいつもの席へと座り、注文をする。
レドがそれに気付き、軽く手を挙げ、そのまま講義を続けた。
「質問ある奴は手を上げてくれ――はいじゃあ、そこの四人組」
「あ、僕ら【煌めくエズラ】です! 実は武器選択に悩んでいまして。こないだもフォレストウルフの群れに少し手こずってしまいました」
レドに当てられた四人組が立ち上がった。若い男女四人組で全員がそれなりに使い込んだ防具を装備していたが、武器はショートソードと短剣しか持っていない。
「魔術師もしくは弓を使える者はいないか?」
「すみません……全員が素人で、これまでもこの武器だけで……」
「そうか。まあ無い物は仕方ない。まず一つの提案として、クロスボウを導入するかだな。訓練を多少すれば弓より安定して当てられる上に、筋力が少ない者でも使える。牽制、遠距離からの援護、狙撃、榴弾を投擲など、使い道はたくさんある。難点はボルト……つまり矢代だ。これに金が掛かってくるが、まあ必要経費だろう」
「なるほど、クロスボウですね。検討してみます!」
「それと、前衛を担当する二人の装備を盾と槍に変えて、一度敵の攻撃を弾いてからその隙に槍で突くという戦法も有効だ。フォレストウルフは素早いので、動きを見切って剣で斬るのは難しい。一度攻撃を受けて、隙が見えたところに畳みかける方が効果的だろう。この戦術に更にクロスボウでの射撃を組み合わせれば、より安定性は増す。色々と自分達なりに方法を考えてみるといい」
「はい! ありがとうございました! よし、明日早速買いに行くぞみんな!」
【煌めくエズラ】の四人が顔を突き合わせて、明日の段取りを始めた。それを見て、レドはそろそろ頃合いだなと判断。
「じゃあ以上か? 明日は魔術について詳しく解説する。魔術を使わない前衛も、魔物が使ってくる場合もあるので、知っておいた方が良いぞ。今日はこれで終いだ、解散!」
パチパチとまばらな拍手がなり、講義を受けていた冒険者達が騒ぎだす。
「クロスボウか。うちも導入を検討するか?」
「明日の魔術講義は聴いた方がいいな。魔術師ギルドは中々そういうのを教えてくれないし」
皆が真剣に自分達がどう成長出来るか議論しており、良い雰囲気だとシースは感じた。
「お前ら新装備か!」
講習を終えたレドがシース達の元にやってきた。その顔には嬉しそうな笑顔が浮かんでいる。
「はい! タルカさんのところで作成しました」
「そうか。そういえばそんな事言ってたな。よしとりあえずビールでも飲むか」
そう言ってレドがビールを注文する。最近、エミーをあまり見かけないが、その代わりに給仕が数人増えた。レドの講習のおかげで、酒場の売り上げも増えて忙しいようだ。
レドはシースが頭に付けているサークレットへと目を向けた。
「ふむ、そのサークレットよく似合っているな。その宝石は――」
「あ、ありがとうございます!! これは【干渉石】ですね。これで物理、魔術問わず多少は防げます」
嬉しそうにシースが解説する。
「私達は耳飾りにしたわ」
「はい」
イレネとリーデが耳をレドへと向けた。酒場の明かりを反射し赤い宝石が光る。
「俺は、ヘルムにしてもらった。物理防御を重視しておけと言われたからな」
「そうだな。よし全員装備は問題なさそうだ。そろそろ依頼の難易度を上げても大丈夫だと思うぞ」
レドがそう言って、給仕が持ってきたビールを煽った。
「そろそろ東の森へ挑戦しようかと思っています。丁度ウェインさんから、依頼も受けていますし」
「可愛がってもらっているみたいだな。こうなると、道具は高くてもそこで揃えておいた方が良い」
「まあ、お陰様で結構資金は貯められたしね。宿代が格安で夕食が無料だし」
支部長のディアスの好意で、シース達の宿屋代がないに等しい金額なのだ。そして夜はいつもレドに報告がてらこの酒場で食べるので、これも無料だ。
「しっかりと貯めておけ。いつ必要になるか分からんし、ランクアップしていくと出費が掛かる依頼も増えてくる。貴族の護衛なんて依頼をお願いされたら、全員分の服を仕立てないといけなかったりするからな」
「そういう依頼もあるんですね。ちゃんと貯めておきます!」
レドは、シース達の様子を見て、問題なさそうだなと判断した。真面目に戦闘訓練を毎日受けていて、全員が劇的に伸びている。
とくにシースについては、リントンも驚くほどだ。とにかく目が良い。一度見た動きを再現出来る身体能力もある。今は、一対一ではイレネに勝てないみたいだが、最近はベイル式舞踏武術の動きを少しずつ取り入れているようだ。
エリオスも堅実に成長している。とにかく堅さを追求させているが、順調にその効果は出ている。絶対に崩壊しない前線というのはそれだけでパーティの安定性を生む。
イレネとリーデについては、元々の素質もあり前衛として出しても問題ないほどに成長したので今は魔術の特訓をさせている。今のところ炎の魔術しか使えないイレネにはその反対である冷気魔術を、リーデには光魔術の詠唱短縮の練習をさせていたが、どちらも安定してきているのでそろそろ次の段階に移っても良い頃合いかもしれない。
それぞれに絆も生まれ、連携も出来つつあった。レドが客観的に見ても、【白竜の息吹】は良いパーティになりつつある。
「いいか、安定してきたときが一番危うい。謙虚な心を忘れるな。あの廃墓地のような事が、また起こらないとも限らない」
レドは戒めにそうシース達に言った。特に深い意味はない言葉だが、全員が真剣な表情で頷いた。
その後、他愛もない話をして、その日は解散となった。
「あれ、レドさん帰らないんですか?」
「ああ、ちとディアスに呼ばれていてな」
「分かりました。ではまた明日!」
「おう」
シース達と別れたレドは、支部長室へと向かった。
「入るぞ」
「来たか。講義ご苦労だったな」
真ん中のソファにディアスが座っており、レドを手招きした。
「まあこれでちょっとはマシになるだろうさ」
苦い顔をしながらレドがディアスの正面へと座る。
「おかげで、いくつかの商店から苦情が出たが黙らせておいたぞ」
「商人ギルドからは?」
「ネチネチとお小言を毎日いただいてるさ」
どことなく疲れた雰囲気を出すディアスだが、レドは涼しい顔をしていた。
「それはご苦労様」
「お前が、そうやって私の仕事を増やそうとするのは目に見えていたし、好きにやって構わないと言ったが……全く」
「さて、何の事やら」
レドは、あえて【初心者の館】でシース達には教えていない事をまず大々的に講義した。
簡単にいえば、商人に騙されるな、という話だ。
これまで、冒険者ギルドと商人ギルドは互いに黙認していた事があったが、その中でも新人向けのアイテムや武具についてはかなり商人ギルドの影響が強かった。
新人冒険者が一番に受けるであろうゴブリン討伐の依頼。商人達がゴブリンとの戦闘に不向きな武具をそうと思わせずに売る行為なども、冒険者ギルドは黙認していた。レドから言わせれば、そんな事をしながら一方で新人冒険者の死亡率が上がるのを防ぎたいなどというギルド側の主張は悪い冗談だ。
だから、そう言った部分から徹底的にぶちまけたのだった。
当然、知識を持った新人冒険者達によって避けられはじめた商店は面白くない。
そう言った苦情が商人ギルドを通して冒険者ギルドにくれば、ちょっとはディアスへの仕返しになると踏んでレドはあえて過激な内容から講義したのだ。
「大手商店は既にレドの名を付けて武具を販売しているぞ。Sランク冒険者レド・マクラフィンのおすすめ武具だって謳ってな」
「ちゃんと使用料は貰っているから問題ない。おかげで懐が潤うばかりだ」
「相変わらずだな……」
不敵に笑って煙草を吸い始めたレドにディアスはため息を付いた。上手く利用するつもりが、結局レドのいいようにされていたが、ディアスは本来の目的が達成されているので問題無しとした。
座り直したディアスが口を開く。
「ここ数週間、驚くほど冒険者の死亡率、行方不明率が下がっている。下水道なんかはあの繁殖力旺盛なゴブリンがいなくなりそうなほどだ。依頼達成率も上がっている。私としては、評価せざるを得ない」
「んな簡単な事をしてこなかったギルド側の責任だ」
「その通りだな。上層部は新人なぞ勝手に育つと信じてやまないのだよ。さて……」
ディアスが一息置いて、目線をまっすぐにレドへと向けた。雑談をする為に自分を呼んだわけではない事はレドにも分かっているので、ここからが本題だろう。
「冒険者の死亡率は下がっているが、最近妙な事件が連続している」
「妙な事件?」
「自殺……なんだろうな。焼身自殺した者が今週に入って十人」
「ああなんかそういう噂だけは聞いたが……十人は多いな」
自殺だけならこれだけ大きな都市なら、ない事はない。
だが、今どき薬でも魔術でも簡単に死ねる時代に、焼身自殺?
レドはそれに妙な引っかかりを感じた。
「都市警吏の調査によると、全員が焼身自殺。それぞれが自殺を行った時間も場所も違うが、目撃情報はほとんどなかったらしい。彼らの年齢や性別もバラバラで、まるで共通点がない。ただ――」
「ただ?」
「ただ――全員が胸の中央にえぐったような跡があったそうだ。そしてもう一つ。全員が――」
ディアスの言葉から、レドは閃く。
焼身自殺……明らかに異常な形跡が残っている遺体。そしてネズミ達から手に入れた情報を合わせると……。
「炎を崇めていた……だろ?」
「……ああ。その通り……そして最悪だ」
この時代、宗教はいくつかあり、この国はそういった宗教についてはかなり寛容だった。
しかし、とある宗教だけは厳しく取り締まられていた。
それは――【拝炎教】
古い……古い宗教なのだが、いつの時代も迫害を受けていた宗教である。
なぜならば、彼らが神と崇める【炎】とは、人類にとって不倶戴天の敵である魔族の事を指すからだ。
「【拝炎教】教徒による不可解な連続焼身自殺。それに最近、防衛隊の幹部から【防衛時緊急徴兵令】について匂わされた」
「きな臭いな。そいつは確かに――最悪だ」
【防衛時緊急徴兵令】とは簡単に言えば、この街が危機に陥った時に防衛隊は、冒険者を戦力として徴兵する事が出来るという法令で、冒険者ギルドとそこに所属する冒険者には基本的に拒否権はない。
これに従わない冒険者は永久追放され、最悪捕縛される事もある。当然ギルド自体も重い罰則を喰らう。
冒険者への細かい命令権についてはギルド側にあるそうなのだが……いずれにせよ、防衛隊がそれを匂わせてきたという事は、そういう事態が現実に起こりうると判断したからだろう。
「レド、この街が――燃えるぞ。お前達が撃退した奴等はただの偵察だろう」
「用件を言え、ディアス」
レドが短くそう言った。もはやこうなると小細工も化かし合いも無しだ。
「冒険者ギルドガディス支部の支部長として正式にSランク冒険者レド・マクラフィンに依頼する。この連続焼身自殺事件の裏側にいる魔族の討伐をお願いする」
ディアスが取り出したのは、酒場の掲示板に貼ってある依頼書とは比較にならないほど立派な契約書だった。
レドはそれから微かな魔力を感じ取った。契約魔術が掛けてあるのが分かる。
「俺一人で何が出来る? 弟子達は成長したとはいえ、このレベルの話になると無理だ」
「これは吉報か悲報かはまだ読めないが……勇者セインが一人でこの街に来たという情報もある」
その言葉を聞いてもレドは無表情だった。
「そうか。ならそいつにも頼んでおけ。戦力は今少しでもあった方が良い」
「そう言うだろうと思ったよ。既に別の者に依頼書を渡しに行かせている」
レドは、ペンで契約書へと素早くサインをした。魔力を微弱ながら吸われた感覚と同時に、契約書が発光する。
「この街には縁がある。弟子も世話になっているしな。魔族に好き放題させる気は俺にはない」
「必要な物は全て言え。すぐに用意する」
「部下が一人。優秀な奴だ」
「それなら既に待機させている」
「なら、他はいらん。報告はその部下から受けてくれ。俺は早速調査に出る。講義は……しばらく中止した方が良いな」
「ああ、レド、頼んだ。私は凄く嫌な予感がするんだ。あの偽装依頼事件とは違う、もっと火の臭いのする奴だ」
「分かってる。じゃあ俺は行く」
「気を付けろ」
「そっちもな」
レドが立ち上がり、素早く部屋から出て行く。
「セイン……あの馬鹿なんで一人で……」
廊下で思わずこぼした自らの愚痴に、レドは苦い表情を浮かべた。
新装備! イレネとリーデについては、武器は変わっていません。
シース達は冒険者としてはまだまだ駆け出しですが、実力はかなり付いてきているみたいです。
そんな彼らの知らないところでまた何やらきな臭い事が起きてますね……
ちなみに、防衛隊の緊急防衛なんちゃらの拒否権は基本的に冒険者側にはないのですが、一点条件があり、それは【街の領地内にいる者に限り、有効】という物です。つまり、やばくなりそうならスタコラサッサと街の領地からトンズラすれば、適用されません。ただしギルド側もその辺りは把握しており、発令された際に恣意的に逃走した冒険者については著しく評価を下げます。
レドさん曰く、そんなのはどうでもいいから逃げる時は逃げろ、だそうですが。
冒険者達は、旅をして色んなギルドの支部を転々とする者から、一つの街のギルドにずっと所属し続ける者と様々ですが、大きな街ほど後者が多く、そういった冒険者は総じて郷土愛に近い感情を持ち合わせているので、いざという時に街の為に戦う事を厭う者は少ないです。
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