20話:ネズミ
「ありがとうございました!!」
「明日も来るんだぞシースにエリオス!!」
「はい教官!!」
「了解だ教官」
すっかり仲良くなったリントンとシース達を見て、笑っているレドの横でリーデとイレネがへばっていた。
「なんであいつらあんな元気なのよ……」
「体力は自信があったのですが……」
「お前らも頑張った方だ。飯食って休憩して午後に備えろ」
「はい!」
ハラルドの好意で昼食を用意してもらえる事になったシース達が宿舎へと移動する。しかし、レドは一人街へと戻ろうとしていた。
「あれ、師匠は? お昼一緒に食べないのですか?」
「ちょいと用事があってな。そのあとすぐにギルドに戻ってディアスに話を付ける。ギルドの為に無償で働く気は俺にはない。どうせあいつの事だ、俺が黙って受け入れれば御の字ぐらいにしか思っていない。妥協案が用意されているはずだ」
「はっ!? よく考えれば僕達もこんなに良くして貰っているのに師匠には何も払っていません!!」
目を見開いたシースが恐る恐るレドを見つめたが、レドは苦笑いを浮かべているだけだった。
「私としたことが確かに……すみません、ギルドの件もあの時反対すべきでした」
「まあ報酬は後払いでいいんじゃない」
「駄目だぞイレネ。……シース、依頼報酬のいくらかを渡すというのはどうだ?」
四人が真剣な顔をし始めるので、レドがそれを笑い飛ばした。
「お前らから取るつもりはないぞ。やる気が無かった俺を復帰させた……まあお礼みたいなもんだ。お前らが偉くなったらたっぷりと講師代を請求するから、今から貯めておけよ」
「師匠……いいんですか」
「良い、だから気にするな。その代わりギルドからはそれなりの報酬と情報を貰うさ。全く……勝手に人の名前使いやがって。商人ギルドで登録しておくか……」
レドはそう言いつつぽんぽんと不安そうなシースの頭を叩く。
「じゃあ俺は先に戻る」
「分かりました。依頼が終わりましたらギルドに戻りますからまたその時に」
「ああ。下水道は問題ないと思うが、用心は常にしておけ」
「はい」
シース達と別れ、街へと戻るレド。
相変わらず街は騒がしく、活気に溢れていた。王都とはまた違う、少し粗野な部分が残りつつも人間味溢れるこの街をレドは気に入っていた。
南の港から吹く風に微かに潮の匂いを感じながら、レドは大通りを南下していく。
途中で、小さく薄暗い路地へと入り進む。
何度か更に細い路地を曲がり、辿り着いた行き止まりには小さな木の扉があった。
レドはその扉のドアノブに触れると、【解錠】の魔術をかける。
かちゃりと錠が外れる音がして、扉が開いた。奥からむわっと漂うのは、酒と煙草の匂いだ。その先に続く階段を降りていくと、そこにあったのは小さな酒場だった。
暗い、隣に座っても顔がぼやけるほど光が抑えられた空間。
音楽も何もなく、客のぼそぼそと喋る声と氷同士がグラスの中でぶつかる音だけが響く。
迷わずカウンター席へと座るレドの前に、黒いローブを着て、深く被ったフードで顔の見えない男が現れた。
「久し振りだなレド。最近お前の噂はよく聞く」
ローブの男は、声量はないが聞き取りやすい声でレドへと話しかけた。
「お前らの耳にも届いているのか。大人しくしていたつもりだったんだがな」
「魔族を撃退した奴が何を言うか」
「魔族? 何の話だ」
とぼけた顔でレドが答える。
「まあいい。それで?」
「アグア酒をロックで。それと、カードを」
「……どれにする」
「【首吊り男】でいい」
「分かった。しかし……お前も老けた。いらぬ責まで負うと人は皆そうなる――【精氷】」
くつくつと笑いながらローブの男がロックグラスに魔術で作った氷を入れていく。
「説教臭いのは相変わらずだな」
レドが嫌そうな顔をする目の前で、ローブの男がビンから無色透明な液体を氷の入ったロックグラスへと注ぐ。
その後。マドラーでクルクルとグラスの中の氷を回転させ、それにより急激に冷やされたグラスの表面が白くなっていく。
「ほらよ」
そう言ってグラスを差し出したローブの男がカウンターの奥へと去っていく。
レドはゆっくりと、グラスへと口を付けた。冷えたアグア酒が口の中に広がっていく。
強い酒精に爽やかな香りが特徴のこの酒がレドは好きだった。
「誰かと思えば……レドじゃないか」
「よおモルディ。まだ生きていたとは驚きだ。とっくにくたばっていたと思っていたし、そうならなかったのはきっとこの世界が理不尽である何よりの証拠だろうさ」
悪態をつくレドの隣に座ったのは小汚い男だった。まるで浮浪者のような恰好だが、首には、一周するように赤い傷跡があり、目だけが爛々と輝いている。
「お前は口だけは若い頃と変わらずだな。顔は老けたが」
「うるせえ。会う奴会う奴に老けたって言われて余計に老け込む」
「腕も舌の回りも落ちてないようで何よりだ。派手に動いているみたいじゃないか」
「ち、お前みたいなネズミにも知れ渡っているってことは……嫌な感じだ」
「レド、うさんくさい奴等が最近増えている。俺らみたいなど底辺よりも更に下の野郎共だ」
乞食のような男――モルディが下卑た表情を浮かべながらもその声色には真剣さが含まれていた。
「火の臭いがするんだってな」
「要件はそれか。ああ、そこかしこで、火の種が燻っている」
「奴等は必ずペアで動く。男と女のペアだ」
「最近目撃されたのは……細い女に男の餓鬼だ」
モルディの言葉を受けて、レドは一切表情を変えずにグラスを持ち上げアグア酒を煽った。こういう輩に隙は見せてはいけない。
「なるほど。俺が前に聞いた話と違うな」
「情報とはそういう物だ。そんな事は……お前が一番良く知っているだろ?」
「勿論だ。しかしそうか……細い女に少年ね」
モルディがまるでカエルのような笑い声を上げると、舐めるようにレドを見つめた。
「ゲッゲッゲ……長年の付き合いだ。もう一個特別に教えてやる……」
「気前がいいな」
レドは少し身構えた。こういう情報を教えるのは決して善意からではない事をレドは良く知っている。
「これは王都のネズミから聞いた話なんだが――」
☆☆☆
「そっちはどうだった?」
「こっちも終わり! あー倉庫整理ってしんどい!」
「肉体労働ですね……」
「良い運動にはなる」
シース達が依頼の倉庫整理を終え、倉庫の外に集合すると、依頼主である一人の青年がビールをジョッキで持ってやってきた。すぐ横にある、ベンチに座る四人にビールが手渡された。
「やあみんなご苦労さん。ほら、ビールでも飲んで」
「あ、ウェインさんすみません! ありがとうございます!」
「いいよいいよ、うちも助かった」
「いえ!」
倉庫整理の依頼主でありキース商会の主人であるウェインが笑顔をシース達に向けた。
「うちの店は冒険者のおかげで成り立っているからね。特に君達みたいな優秀な冒険者には今から唾付けとかないと」
「優秀な? 僕らEランクですし、まだ新人ですよ?」
シースがビールを飲みながら疑問を抱く。このキース商会は、大通りに武具屋や道具屋を出すほど大きな商店だ。そんなところがなぜ自分達をこんなにも評価してくれるのだろうか。
「魔族、撃退したんだろ? ギルドが慌てて目撃しただけって訂正して噂を流していたけど、僕らには分かるんだよ。それに君らの今日の仕事ぶりを見ていたら少なくとも君達は信頼に足る人物だという事が証明された」
「ありがとうございます!」
シースは笑顔でお礼を言いながら、心中では師匠に言われた通りにしただけなのに……凄い、と思っていた。
借りた道具や触れる物は全て丁寧に扱う、来たときよりも綺麗にして出て行く。
会う人には元気よく挨拶し、とにかく新人だという事を忘れずに謙虚にいる事。
依頼では絶対に手を抜かず、特に肉体労働は戦闘の役にも立つので意識してこなす事。
そしてしっかりと報酬は貰う事。ときおり、依頼内容以上の事を頼まれる事があるがその際はきっちりと追加報酬について交渉をする。
これらをシース達は真面目に実践したのだ。一番嫌がりそうなイレネも黙って従っていた。
「まあとにかく、今度是非うちの店の方に寄ってくれ。君らみたいな有望な冒険者はどこの商店もお得意様にしたいのさ。このビールは……手付金ってとこかな?」
にやりと笑うウェインにシースは、優しそうに見えてもこの人が一流の商人だという事は忘れないようにした。
「また寄らせていただきます!」
そう挨拶してシース達はキース商会の倉庫を後にして、次の依頼へと向かった。
「冒険者って結構キツイわね」
「はい……ですが、頑張りましょう」
シース達が向かったのは街外れにある下水道管理局だ。
中から出てきたぶっきらぼうな男の案内で下水道への入り口へと案内された。
「ゴブリンがまた巣を作っている。適当に間引いてくれ。報告はギルドでいい」
男はそれだけを告げると去っていった。
「なんか随分と冷たいわね」
「慣れているからでしょうね。新人冒険者定番の依頼らしいですから」
「じゃあ行こっか。連携はさっき決めた通りで」
「了解しました」
シース達が、はしごを下り、下水道へと降りていく。
それから特に問題無く四人はゴブリンを20匹程度倒すと、ギルドへと戻った。
「まだまだだわ。あの時は剣じゃなくて蹴りを入れた方が効率的だった」
「そうですね。大鎌と杖をまだ上手く使い分けられていませんでした。あと50匹ぐらいは狩りたかったです」
「……二人とも凄かったけど」
「ああ。俺もそう思うが。あとあれ以上ゴブリンを狩るのは流石に時間の無駄だ」
ブツブツとお互いの反省点を言い合うリーデとイレネを見て、シースとエリオスは彼女達が今日の午前中に何をレドに吹き込まれたのかが気になった。
そうして夕暮れが差すギルドの前に四人が辿り着く。
「あれ、何でしょうあの人混み」
「まさか……」
ギルドの入口にはたくさんの人が群がっていた。
「本日の講義は満席の為、受付を終了しています!! 講義については明日も行います!!」
ギルドの職員と思しき女性が声を張り上げている。
シース達が人混みの中をかき分けて、ギルド酒場に入ると――
「ここにこんなに人がいるの初めて見ました」
「初日でしょ? どうなってんのよ」
「分かりません」
酒場にはぎっしりと人が詰まっており、奥にある例の【初心者の館】には立ってでも講義を聞こうとする者がいるほど、人で溢れていた。
その奥で、レドが元気に声を張り上げているのが見えた。レドがシース達に気付くと、にやりと笑って右手の親指を上げた。
「流石師匠です!」
「あの顔を見る限り、それなりの報酬ってのは手に入れてそうね」
「とにかく、終わるまで待ちましょうか」
「だな」
エミーによって空いてる席に通された四人はレドが講義を終えるのを待ったが、結局その講義は夜遅くまで続いたのであった。
初日から満席!
レドさん、強気な条件を提示するもあっさり受け入れられて拍子抜けしたとか。あと自身の名を商人ギルドで登録したそうなので、レドさんの名前を使った場合は使用料が発生するようになったみたいです。
色々ときな臭い動きが裏であるようで、レドさんは情報収集に余念がありません。
次話は久々に間話として勇者パート、そしてそこからまたアレコレが始まります!
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