18話:初心者の館
「レド先生! 早速来て頂き恐縮です! ワタクシ、このたび新支部長の下、立ち上がりました新人教育課課長のランウッドです」
大声を上げたレドの背後から声を掛けたのは、ギルドの制服を着た一人の中年男性だった。少し薄くなった頭髪に、丸い顔には笑顔を浮かべている。
「ディアスの奴め……まさか一日と経たずに嫌がらせを仕掛けてくるとは」
「では、詳しく説明させていただきますね」
「俺はこんなの聞いてないぞ。そもそも今からこいつらの訓練をしなきゃならないんだ」
「まずは、初心者の館とはなんぞやから語らせていただきます。これは古く、七曜時代の宗教である聖狼教の――」
「おい、人の話を聞け」
ペラペラと話し始めるランウッドにレドは手を差し出し、言葉を遮った。
「その点については、新支部長より伺っております。えーっと確かこう仰っていました。“どうせ、弟子が依頼に行っている間は酒場で飲んだくれるだけだろうから、その時間使って新人を鍛えてくれ。何、場所は用意してやる。ああちなみにそれで得た収益は全て冒険者ギルドで回収する。代わりに酒場での飲食代は無料にするから好きなだけ飲むが良い”、だそうです」
絶妙にディアスの声真似が上手いランウッドに、レドは顔に手を当て天井を仰いだ。
「ちゃっかり儲ける気でいやがるな……」
「師匠……」
「そんな声出すな。当然お前らを優先――」
「凄いです!! ギルドお墨付きの講師ですよ!」
目をキラキラさせてこちらを見るシースに、レドはどういう表情を返せばいいか分からなかった。
「あ、いやそうじゃなくてだな、そもそもこれは嫌――」
「シースさんの仰る通りで!! こんなに素晴らしい御方を四人だけで独占するのはギルドの……いや世界の損失なのです!」
「僕もそう思います!!」
「おーい……」
なぜかレド抜きで盛り上がるランウッドとシース。
「よろしいのではないでしょうか? レドさんを私達だけで独占するのは確かに……気が引けます」
「えー別にいいじゃない独占したって。優秀な教師は囲んでおくのが基本よ?」
「魔族を撃退したとはいえ、新人冒険者の死亡率が高いのはどこの街でも一緒と聞く。それを俺達の我儘で見過ごすのは違う気がする」
「いや、待て、お前ら、そんな大事にす」
「仰る通りです!!!」
無駄に声が大きいランウッドがリーデ達へと首がもげそうなほど速く首肯する。
「新人冒険者の死亡、行方不明率を如何に下げるかは全ギルド職員の悲願! 昨日のあの子が次の日には屍になっているなどもう聞きたくありません!! そして同じ志を持ったレド先生――いや同志レド殿が、なんと新支部長に、俺が教育するから邪魔するなと直談判したという話を聞いた時にワタクシはもう感激しました!! これがSランク!! これが冒険者!! 素晴らしい!!」
大仰な手振りと声で、まるで三流役者のように語るランウッドに、レドを除く全員が拍手をした。
「くそ……ディアスめ……よく分かっているじゃないか……」
そう、レドは既にこのランウッドという男に苦手意識を抱いていた。
レドは口で相手を言いくるめるのは得意なのだが――こういう人の話を聞かず突っ走るタイプは苦手なのだ。
更に周りまで巻き込まれると、レドの退路が無くなってしまう。弟子達がそうすべきだと言っているのに突っぱねるのは……流石に体面上、格好悪い。
それに言っている事は間違ってはいない。そもそも今こいつに反論したところで無駄だ。後でディアスに多大な報酬をふっかけるとしよう。
「話だけは聞く! だが、俺はとりあえずこいつらの訓練を優先するぞ」
「もちろんですとも! 最大限サポートせよと仰せつかっておりますゆえに!」
「流石師匠です!」
「……この借りは絶対に返すからなディアス……。ランウッドだったか? 午前中はこいつらの相手するから、話は午後からだ」
「では、午後にあちらに作りました【初心者の館】で打ち合わせをしましょう! それでは!」
そう言ってランウッドが去っていった。
「疲れた……」
「師匠は凄いです! だから他のみんなにも教えてあげるべきですよ!」
「……とりあえずこの話は忘れよう……ほら、依頼を探せ」
ちょっと凹み気味のレドに言われ、シース達が掲示板の依頼で良い物がないかを探していく。レドとしては、あからさまに怪しい物以外はなんでもいいと思っているが、まあとりあえず任せよう。
四人でどれを選ぶべきか悩んでいる間、レドは近くのテーブルに座って煙草を吸い始めた。
「なんだか大事になりましたね」
その横に立って笑っているエミーにレドが尖った声を出す。
「なりましたね、じゃねえよ。ディアスに言っとけ、絶対にこの借りは返すからなと。そもそもお前の誘導に乗らなければだな……」
エミーの正体がただの酒場の給仕でない事にレドは薄々気付いていたが、疑惑を深めたのは偽装依頼に気付いた時に彼女の口から魔族の言葉が出た時。魔族の仕業だなんて一言も言っていないのにエミーは先回りしてそう口にした。
勿論頭の回る者ならそれぐらいの推測は立つが……。
更に事件後、素人みたいな尾行でエミーが自分の後を付けていたのはわざとこちらに正体を暴かせる為だろう。尾行は素人っぽいくせに、その尾行をまいて逆に尾行してやろうとレドが後を追った瞬間に彼女は見事に消え失せたのだ。
レドは自分の尾行をまいて逃げられる人間、そしてその人物が所属するであろう組織は数えるほどしかないと自負している。
そしてあの時の状況から逆算して、それが【黒刃】であると分かったレドは、すぐさま王都に向かったのだった。
だが、エミーの誘導がなければあの事件に気付けなかったのは事実だ。
「はて? 何の事でしょう? さ、オシゴトオシゴト」
しかし、エミーはとぼけた顔でそう言いながらキッチンへと戻っていく。どうやら正体は一応隠すつもりらしい。
レドはため息をついて、思考を【初心者の館】に戻す。冷静に考えて新人冒険者の底上げは悪い話ではない。全員に正しい知識だけでも与えておく事は重要だ。問題は……。
「なんで俺がやらなきゃいけないんだ……」
自業自得……か。確かにディアスに邪魔をするなと言った。絶妙に邪魔じゃないラインで攻めてくる辺り、あいつは本当に性悪だと、レドは自身を棚に上げてそう思った。
新人教育ね。まずは、武器と防具辺りの話か、ああそういえばシースに上半身用の防具を用意しろって言わないと……。
なんだかんだと面倒見が良いレドは、半ば【初心者の館】を受け入れていた。
「師匠、この二つを受けようかと思います」
思考していたレドの元にシース達が掲示板に貼ってあった依頼書を持ってやってきた。
「ふむ。【キース商会】の倉庫整理に、下水道のゴブリン退治か。いいんじゃないか。先に倉庫整理を受けた方がいいな。下水の臭いを付けたままだと嫌がられるぞ」
「分かりました! では受けてきます」
そう言ってシースが代表して受付へと言って正式に依頼を受領する手続きを始めた。
「んで、戦闘訓練はどこでやるの?」
イレネがそう聞いてきたので、レドはにやりと笑った。
「ああ、良い場所がある」
☆☆☆
「……誰かと思えばレドじゃないか! 帰ってきてたのか!!……おや? その子達は?」
青いジャケットに赤い長ズボンを履いた男がレド達を見付けると、嬉しそうに声を上げた。青い髪に整った顔立ち、男性にしては全体的に細く頼りない印象を受けるが、腰にぶら下がるロングソードの柄や佇まいを見れば熟練の剣士である事は分かる。
ここは【カイラ防衛隊 第三駐屯地】
カイラ防衛隊とはカイラ自由都市同盟における軍の役割を担う組織である。
防衛隊という名の通り都市防衛に特化しているが、近年になり部隊練度が高くなりつつあると周辺国には評価、そして警戒されている。
そんなカイラ防衛隊の駐屯地はこの街の外にいくつかあるが、街の中にあるのは、この第三駐屯地だけである。
そこは街の北側にある高い壁に囲まれた場所で、中には広い運動場、宿舎とその横に大きな建物があった。
「よお、ハラルド。相変わらずお前は老けないな」
「レドが老けすぎなんだって。帰ってきているなら顔ぐらい出してくれてもいいのに」
シース達をよそに、子供みたいな笑顔を浮かべながらレドとその男――ハラルドは拳をぶつけ合った。
「紹介しよう。こいつらは俺の弟子のシース、そっちのシスターがリーデ。その子がイレネでこいつがエリオスだ」
レドが手を向けてシース達を順にハラルドに紹介していき、それぞれが順番に頭を下げた。
「弟子? そうか、ついにレドもようやくこちら側に来たか。いや嬉しいよ……おっと、自己紹介が遅れた。僕はこのカイラ防衛隊第三駐屯地教育隊隊長のハラルドだ。よろしくねレドの弟子達」
そう言ってハラルドが右手を胸に当て、カイラ防衛隊式の敬礼を行った。
「こいつは、俺の古い仲間でな。昔一緒にパーティを組んでいた事もあったぐらいだ」
「師匠とパーティを!?」
「そうだよ、えっと、シース君? いやシースちゃんか」
ハラルドが柔和な笑みを浮かべながら、シースの胸元で揺れるペンダントを見た。
「あ、シースで大丈夫です!」
「じゃあ、シース。僕と彼とあと二人でパーティを組んでこの街で依頼を受けていたのさ。今は解散して、それぞれバラバラの道を歩んでいるけど……しかしこの街に戻っているって知らなかったよ」
「色々あってな。色々ありすぎて、ギルドの新人共を鍛える事になった」
「あーなるほど。それでここに来たのか」
「そうだ。まさか拒否するなんてないよな? 冒険者のノウハウを軍事行動に入れる助言をしたの――」
「あー分かったから!! それを大声で言わないでくれ!!」
にやにやと笑うレドとため息を付くハラルド。やけに嬉しそうなレドに、シース達は初めて見るその姿に少し驚く。
「つまり、ここはカイラの軍を教育している場所というわけか」
エリオスは納得のいった顔でそう呟いた。確かにここならば戦闘訓練に最適だろう。
「そうだ。まあ街の中で何か有った時に真っ先に動くのもここだがな。んで、ここは他と違ってちょっと特殊でな」
「僕が案内しよう。こちらだ。そうだレド、リントンが寂しがっていたぞ。恩知らずの弟子がいつまで経っても帰ってこないって」
「はん、あの骨野郎。俺はあいつの弟子になんかなった覚えはねえよ」
「喧嘩するなよ?」
「しねえよ」
そんな会話をしながら、レドとハラルドを先頭に、運動場を突っ切っていく。
運動場では、薄い上下の服を着た男達が訓練を行っている。
それを教育しているらしき、ハラルドと同じ制服を着た男達がこちらへと敬礼を向けてくるのでハラルドもそれに返していく。
「お前も立派になったもんだ」
「そっちだってSランクだろ? 夢だったもんなあ……懐かしい」
「……まあな」
苦い表情を浮かべたレドだったが、ハラルドはそれ以上追求せず、宿舎の横の大きな建物へと入っていく。
「これは……凄いですね」
思わずシースがそう呟いてしまった。
その建物内は、壁が一切なく、天井も高い広い空間になっており、その中には――森があった。
森だけではない。まるで山肌をそのまま削り取ってきたような斜面が設置してあるかと思いきや、砂まみれの地面もあり、ゴツゴツとした岩が突き出たような形の床など、とにかく、色んな世界の光景をこの空間に凝縮しているような感覚にシースは陥った。
「ようこそ第三駐屯地自慢の【全環境訓練所】へ」
シース達の目の前にある森で、何人かの男が模擬戦を行っている。山肌では、重い荷物を背負った男が登坂しており、数人の男女グループが、砂まみれになりながら、砂漠のような場所を走っていた。
「この空間に限定的にだが疑似環境を再現させているんだ。規模が小さいとはいえわざわざ森や山で訓練しなくても一定の効果がある」
「なるほど……これは凄いですね」
「というかどうなってんのよこれ。全部から微かに魔力を感じるわ」
キョロキョロと辺りを観察するイレネの呟きにレドが反応する。
「流石だな。これは【再現魔術】が掛けられているのさ。というかこの建物自体に付与されている。だから魔術師がちょちょいと魔力を弄れば、大体どんな環境も再現出来る。例えば――【夢の再現】」
レドが手を振ると、シース達の目の前にギルド酒場のテーブルと椅子が出現した。
「凄いです……いつも使っているあのテーブルですね……。傷やシミまで同じです」
リーデがテーブルに触れる。質感も全く同じように感じた。
「ま、とはいえ持って3時間ぐらいだがな。【夢の終わり】」
再びレドが手を振ると、まるで幻だったかのようにテーブルと椅子が消えた。
「これを使って僕達は戦闘訓練や教育を行っているのさ。おかげで、色々な状況を想定できて便利なんだ」
「ですが……この【再現魔術】……明らかに現行の魔術理論から逸脱していませんか? こんな魔力量をどうやって維持出来ているのか……私には見当も付きません」
「詳しい原理は説明しないが、とある死霊術師と俺らの努力の結晶だ」
「なんだか分からないですが、師匠も関わっているのですか?」
「関わっているも何も、レドが考案したんだよ。まあその話はまた今度聞かせてあげるよ」
「はい!」
ハラルドに笑顔を向けるシース。それを頭をぽりぽりと掻きながら見つめるレド。
「つまりここで、私達も訓練するという事ですか? ハラルドさんが教えてくださるのでしょうか」
「いや、お前らに教えるのは俺と――」
リーデの疑問にレドが答えようとしたその時。
「今の魔力……さてはレドの野郎が来やがったな!!」
妙に乾いた声と共に、森から白い何かがこちらへと全力疾走してくる。
「あれは!!」
「なんでこんなところに!」
シースが斧剣を抜き、エリオスが背負っていた盾を急いで構える。
「今喋らなかった!?」
「はい、私も聞こえました!」
イレネとリーデもそれぞれ武器を構えると同時にその白い何かが地面を蹴り、飛翔。器用にクルクルと回転しながらそれはレドとハラルドの上を通り過ぎ、シース達の目の前に着地した。
それは、文字通り――骸骨だった。
真っ白に磨かれた白い骨に、眼窩には緑色の炎。
それと同じ姿を少し前に見たシースが声を上げた。
「師匠! スケルトンです!! 倒さないと!!」
新キャラが色々と出てきましたね。
レドさんの若い頃の話も少しずつ見せていく予定です(過去編とか長い回想をする予定は今のところありません)
さて、このトンデモ施設【全環境訓練所】ですが、現状、世界でここだけにしかありません。
作中でも詳しくは説明しませんが、アンデッドの不死性(バラバラにしてもまた元に戻る)に着目しあれこれしたっぽい感じです。レドさんの思い付きですが、実際に理論構築そして実行したのは別の人物です。
さて、諸事情により前話が投稿された時からなろうを見れていないので、おそらく前話の感想があれこれ来ていると思いますが……特に、「ここを見れば男女の判別が付くからレドさんは無能、のんだくれ、ろくでなし、ちゃらんぽらん」などという御指摘があるかと思います。
ですが言わせてもらいます。
仰る通りです!!!!! フィクションだし、許して!!
そしてついでにブクマ評価よろしくお願いします!!
感想については後日全てに目を通し感想返しさせていただきます。予めご了承お願いいたします。




