2話:アドバイスその一【武器は身の丈に合った物を選べ】
2020/05/11
シースちゃんの描写を追加しました
「お前の顔忘れないからな! 覚えておけ!」
そんな捨て台詞を吐いて男達が去って行く。
「おう、いつでも来い」
シッシッとレドが手を払った。
「凄い……!! おじさん凄く格好いいです!!」
助けられたその子は身体をわなわなと震わせ、翡翠のような緑色の瞳をキラキラと輝かせている。少し癖のあるふわふわした金髪を見て、子犬みたいだとレドは思った。
「……おじさんじゃねえよ」
「さぞかし名のある冒険者ですよね!? 魔術と剣術どちらも使えるなんて見た事もありません!」
「あ、いや、うん。元冒険者だ。魔法剣士って奴だな。まあ器用貧乏って言われがちで、強みがないとかなんとかで不人気な職業だがな」
レドが参ったとばかりに頭を掻いた。ここまでぐいぐい来られるとは思わなかった。
「僕はミルカ村のシースです。あの、さっきはなぜあの人達から助けてくれたんですか?」
「俺は……レドだ。ただのレド。いいか、シース覚えておけ。冒険者登録をしないまま依頼の手伝いを絶対にするな」
「それは……なぜですか?」
「冒険者ギルドってのはな、元々は酒場で依頼者が冒険者と円滑に依頼を進められるように始まったもんなんだ。例えば同じ依頼を冒険者が重複して受けたりしたらトラブルになるだろ? そういった事が起きないように冒険者ギルドは発足して、依頼と冒険者を一括管理するようになったんだ」
「……要するにそこに所属せずに仕事をすると……横取りになるってことですか?」
シースが彼なりに理解したことを口にしたが、レドは首を横に振った。
「依頼主は別に誰が依頼を達成しようが構わないんだ。依頼で冒険者が死のうが怪我しようが知ったこっちゃない。だが、ギルドは違う。冒険者同士でいざこざ起こされるのも困るし、死なれたり怪我されたりするのも困る」
「なるほど。それとさっきの男達とはどういう関係が?」
「あいつらはお前を冒険者登録させないまま、仕事を手伝わせようとした。もしお前が登録していれば、その依頼中に怪我なり死亡なりしても、少なくともギルドはなぜそうなったかを調査する。報告書を書く必要があるからな」
「……もし僕が登録しないまま仕事に行って、怪我したり死んだりしてもギルドは調査しない……つまり悪い事をしようとする人には都合が良いってことですね」
レドは頷いた。どうやらシースは頭は悪くないようだ。
「そうだ。そうなると、お前を捨て駒にする非道な方法で仕事をするかもしれない。犯罪の片棒を担がされるかもしれない。お前が死んだり犯罪者になったところで冒険者でない限りギルドは助けてくれない」
「そうだったんですね……改めて、ありがとうございました。僕そんな事全然知らなかったです」
「だろうな……。まあ礼なら、あの給仕の赤毛のねーちゃんに言う事だな。じゃあ、頑張れよシース」
そう言って、言葉を締めるとレドはもう用はないとばかりにジョッキを煽って、魔術で煙草に火を付けた。
しかしシースはその場から離れない。
「礼ならもういいぞ」
「あ、あのレドさん! いや師匠!」
「は?」
「弟子にしてください! こう見えて結構身体を動かすのは得意なんです! どうか僕に冒険者としての生き方を教えてください!」
シースがいきなり床に座り込んで頭を下げた。
流石にこれにはレドも焦る。
「あ、いやいや待て待て! 弟子なんざ取る気はない! さっき助けたのはたまたまの気紛れだ! だから頭を上げろ!」
うっかり咥えていた煙草を落としそうになりながらシースの肩を揺さぶるレド。やけに肩が細い。
そして周りから、あいつあんな子供を土下座させてるぜ、という冷たい視線が自分に集中しているのが分かる。
なんならエミーまでそんな風にこちらを見ている。いやあれは分かっててわざとやってるな……。
「あーくそ! いいから頭を上げろ!」
「弟子にしてくれるまでここを離れません!」
「分かったわかった! いいからその姿勢をやめろ!」
「ありがとうございます師匠!」
ぱっと顔を上げたシースの顔には満面の笑みが浮かんでいた。
「……くそ、なんでこんな事に……」
シースを助けた時点でこうなると予想していなかった事をレドは今更後悔する。
そして舌を出しながらウィンクをこちらに送ったエミーを見て、謀ったな! と心の中で毒づいたレドだった。
☆☆☆
「よし、金はいくらある」
「すみません……1000ディムちょっとぐらいです」
酒場の一角。シースとレドが向かい合わせに座り、会話をしていた。
「登録料に500ディム取られるから、残り500ちょいか。持ち物は?」
「このダガーぐらいです……すみません」
シースが申し訳なさそうな顔をするので、レドはその頭を小突いた。
「いちいち謝るな。最初は皆、金なんてないんだ。無いなら無いなりにやりくりすればいい。とりあえずこの街は年中気候が良いから、適当に野宿して宿代を浮かせ。飲食代はケチるな、ただし飲み過ぎるなよ」
「野宿……いえ、そうします、師匠」
「その師匠はやめろ。俺はそんな大層なもんじゃねえ」
「分かりました師匠!」
「……はあ……もういい」
「クスクス……すっかり仲良しで。はい、これ私からのサービス」
会話を聞いていたエミーが笑いながら、美味しそうなソーセージとジャガイモの盛り合わせをレドとシースの前に置いた。
「気が利くじゃねえか」
「頑張ってね、シースちゃん、それとついでに師匠も」
エミーがにやにやしながらそう言って去っていく。
「あいつ絶対からかってるな」
「た、食べていいですか!?」
「……好きなだけ食え」
ガツガツとそれこそ犬のように食らい付くシースを見て、レドはなんだか自分の若い頃を見ているようで妙な気分になった。
「食いながら聞け。お前がまずすべきなのは武具の調達だ」
「もがごむ武具もぐもぐですもぐもぐか?」
「食うか喋るかどっちかにしろ」
「もが」
「そのダガーじゃ、魔物討伐は難しい。ゴブリン一匹すら苦労するだろう。あとは最低限の防具は確保しろ。特に足回りだ」
「ごくん……ダガー駄目なんですか?」
ジャガイモを飲み込んだシースが腰に付けていたダガーを外し、テーブルの上に置いた。シースの指の細さに引っかかるがこの歳の少年はこんなもんだろうとレドは気にしなかった。
レドが見るにそれは丁寧に作られたダガーだった。おそらく護身用にと誰かが授けた物だろう。その辺りの安物ではなく、一品物だ。
「ちょっと抜かせてもらうぞ」
「はい」
レドが慣れた手つきで鞘からダガーを抜いた。
「これは……ミスリルか?」
その刀身はひんやりと青く光っており、ただの金属製ではないことが分かる。レドは鑑定眼の初級技術を持っているので大体分かるのだが……このダガーを売るだけで50万ディムぐらいにはなりそうだ。
何より、その刃の付け根にある刻印が気になる。これは……飛竜か?
流石にその刻印の詳細までは分からないが……これは間違いなくただの駆け出し冒険者が持っていい代物ではない。
「村で僕に戦い方を教えてくれた狩人さんが餞別にくれたんです。困ったらまあ売っぱらって足しにしろって」
「そうか……いいかシース、こいつは肌身離さず常に身に付けておけ。俺含め誰にも預けるな、人へむやみやたらに見せるな。ましてや売るなんて絶対に考えるなよ」
「はい。あの、そんなに凄いんですかこれ」
「見ろ、この刻印。飛竜の紋章だ。刻印を武器に刻めるのはな、名のある名工のみに許される行為だ。つまりこいつはかなり、いや凄く良い武器だ。くれた奴が誰か知らんが感謝しろ」
「はい! ですがこれじゃ魔物は倒せないんですか?」
「シース、お前、こいつを振った事はあるか」
「何となくですが、素振りだけは……あと獣を捌く事は出来ます」
そう言って、シースは鞘に入れたままダガーを危なっかしく振った。
それを見て、レドがもういいと止める。
そして息を吸うと、こう言った。
「いいか、アドバイスその一、【武器は身の丈に合った物を選べ】、だ」
「身の丈に合った物、ですか?」
「そうだ。まず冒険者にはそれぞれが得意とする武器がある。というかそれがないと冒険者になれないが正解だな。それは剣かもしれないし斧かもしれない。弓かもしれないし魔術なのかもしれない。いずれにせよ、ダガーが主力武器だという冒険者はほとんどいない」
「いない?」
「ダガーや短剣ってのは、剣を振れない婦女子の護身用か……武器を持っている事を悟らせたくない暗殺者向けの武器なんだ。補助に持つ冒険者は多いが……主力武器にしている者はごく少数だ。なあシース、ダガーを使って能動的に相手を刺そうとするなら、どうすればいい?」
レドの問いに、シースが答える。
「リーチが短いので……近付くしかないですね」
「そうだ。近付くって事は……それだけ相手の攻撃が届く危険性が増えるってことだ。例えばお前がそのダガーで俺を刺そうとしても、俺の剣の方が先に届く。お前はそれを掻い潜れるほどの身体能力はあるのか?」
「あったとしても、多分動けません……」
「そうだな。だが、なぜか新人ほど、ダガーや短剣を使いたがる。なぜなら安いし軽いからだ。しかし実戦ではリーチ不足に悩み、むやみに突っ込んだ結果、怪我をするか下手すると死ぬ奴が多いんだ。ゴブリン如きと侮って、殺される奴を俺は何人も見た」
レドはため息を付いた。その原因は必ずしも冒険者側にあるわけではないが……それはまた別の話だ。
「では、やはりロングソードですか? 冒険者の定番武器ですし」
「それもまあ悪い手ではないが……ロングソードはそれなりに値段がするし、何より重いし扱いが難しくなる。俺ならオススメはしない。勿論これまでにそれを扱う術を身に付けているなら話は別だが……一般市民でそんな奴はほとんどいない」
「んー、では何を選べいいのでしょうか」
「話を変えるが、シース。お前の家は何を家業にしていた?」
急な話題転換に面食らったシースが首を捻った。
「僕の家ですか? 父親は木こりです。薪や木材を売って生計を立てていました」
「じゃあお前もその手伝いぐらいはしたことはあるな?」
「はい。街に出てくるまでは父と一緒に仕事をしていました。跡取りがいないんで村を出ると言った時は凄く喧嘩して……」
「ふむ……じゃあ鉈や手斧の扱いは慣れているな?」
「それはまあ……毎日使っていましたし」
やはりか。レドは読み通りだったので心の中でほくそ笑んだ。腕や下半身を見れば、大体分かる。間違いなくシースは何かしらの得物を日常的に振ったことがある身体付きをしていた。
「じゃあ、当面の主力武器は決まったな。ダガーは補助武器として持っておこう。よし、じゃあ冒険者登録してから買いにいくぞ」
そう言って、レドが立ち上がった。
「は、はい! あ、ソーセージまだ残ってる」
「さっさと食え」
「はい!」
こうしてシースの武器選びが始まった。
ロングソードや短剣が悪いわけじゃないよ! 考え無しでそれしか選ばない冒険者が駄目なんだよ!
ってレドが言ってた。