16話:祝杯
「さて……大体はさっきディアスに説明した通りだが」
酒場に戻り、四人の前でビールを飲み、煙草をふかすレド。
「いや、全然分かんないわよ。あんた何者? シースとリーデの師匠ってのは聞いたけど」
「Sランク冒険者……そう言われていたな」
エリオスの言葉にシースとリーデが無言で頷いた。
しばらく思案していたレドが頭をがしがしと掻いて、頭を下げた。
「悪かった。別に隠しているつもりじゃなかった」
「あ、いえ! 何か事情があったのですよね師匠!」
「はい。私はむしろ納得がいきました。元冒険者にしてはあまりに仰る事が的確だったので」
シースが慌てた様子でレドの頭を上げさせようとする。
「俺はSランク冒険者……だった。なった途端にパーティを抜けたから名乗るのはおかしいと思って言わなかった。登録はまだ残っているので、確かにギルドからすれば俺はSランク冒険者のままだ」
「どこのパーティだったんですか!」
「それは聞くな」
「はい……」
落ち込んだシースの頭をぽんぽんと優しく叩くレドにイレネが目を細める。
「あんたがSランクなのは良いとして、結局あの廃墓地の依頼はなんだったの? あんたが戦っていた奴等は何者? あれが魔族なの?」
「そうだな。第一に最近この街での新人冒険者の死亡率、行方不明率が上がっていた。そして裏社会で新人冒険者の身柄が高値で取引されていた。それはなぜか」
「魔族が関わっていたからですね」
リーデの言葉にレドが頷いた。
「その通り。魔族にとって、冒険者ってのは厄介な存在なんだ。軍と違って大規模な組織的行動はないものの、個々の戦闘能力、経験値は無視出来ない。特に熟練冒険者のパーティともなると脅威だ。まともに戦えば被害が出る。だから、そういう熟練冒険者が今後出て来ないように、新人のうちに潰しておく」
「ひどい……」
「理にはかなっているさ。まあ俺からすれば、気の長い話だと思うがそもそも寿命や思考概念が違うのかもしれん」
その言葉に納得したエリオスが口を開ける。
「あの拘束された元支部長は魔族と通じ合っていたのか?」
「ああ。あのヘンリという男は金目当てに魔王の信奉者数人から金銭を得て、代わりに依頼調査を緩くした。そうして偽装依頼と呼ばれる物を普通の依頼の中に潜ませて、それを受けた冒険者を間接的に魔族に引き渡していたのさ。ギルド側でするべき依頼中の死亡者、行方不明者の調査もあまりしていなかったらしい。その辺りはディアスが調査していくんだろうがこれも支部長の仕業だろうな。こうして有耶無耶なまま新人冒険者が静かに減っていく。この街は冒険者が多いから、一見数が減っている事に気付きにくい」
「その依頼の一つがあの廃墓地アンデッド狩りだったのですね」
「俺のミスだ。あんな場所のアンデッド狩りなんて怪しい依頼、知っていたら受けさせなかった……すまない。危険に巻き込んでしまった」
レドは再び頭を下げた。自分の思い込みで招いた危機だ。
「いや、よしてくれレドさん。これは俺達が元々受けた依頼だ。偽装依頼だなんてそんな事を考えた事もなかった。確かに考えれば不自然だ。あんな廃棄された墓地の浄化をなぜ今更依頼するのか」
頭を上げたレドが説明を続けた。
「それに気付いた俺はすぐにお前らの後を追った。廃墓地手前で追い付いたが……リーデ、気付いていたな」
レドが視線をリーデへと向けた。それを受けてリーデはこくりと頷いた。
「はい。誰かが後を付けている事は分かりましたが、レドさんだったとは。イレネの悲鳴にレドさんが反応しなければ、きっと気付きませんでした」
その言葉に、レドが自虐的な笑みを浮かべる。
「俺とした事がうっかり気配をあの時出してしまった。しかし……お前らは探索が甘いな。鍵ぐらいすぐに見付けろ」
「あ、じゃああの鍵をテーブルの上に置いたのは」
「俺だ。お前らが見過ごしたところに鍵があったからわざと音を立てて置いた」
「なるほど……もしレドさんが敵だったら俺らは……」
「死んでいたかもね。……【驕る戦士の首は長い】、だわ」
ため息を付く兄妹。
「気にするな。こう言ったらなんだが、俺の尾行に気付ける奴なんてそうはいない」
「流石師匠です!」
「んで、お前らがスケルトンと戦闘しているのを見守っていたんだが……よくやった。それぞれが良い動きだったな。リーデの魔術も適切な選択だ。安易に攻撃魔術からではなく仲間を守る祝福を付与、その後万が一の逃げ場として浄化した場所を作る。良い判断だ。エリオスは前衛として合格、シースは良いところと悪いところが半々だな。んで、イレネ、だったか?」
褒められて嬉しそうにするリーデとエリオスだがシースは少し落ちこんでおり、最後に残ったイレネが緊張気味に答えた。
「何よ」
「お前は頭一つ飛び抜けている。魔術を弓で射るというやり方は初めて見たが……込められた魔力量、威力、範囲共に素晴らしい。更に、前衛としての動きもチラッと見たが、確実に中堅冒険者クラスだ。一対一なら俺も手こずるかもしれん」
「ま、まあね! あんた見る目あるわね!【石の価値を分かる者のみが富める】って奴よ!」
満更でもない表情を浮かべるイレネ。それを見てリーデとシースが微笑む。エリオスはまだ数回しか会っていないのに妹の事を良く心得ているな、と心の中でレドを賞賛した。
「とまあそこまでは良かったんだが……あの魔力震で俺は魔族がいると察した」
「やはりあれは魔族の魔術だったのですね」
「ああ。あれは召喚魔術だ。出てきたのは【火焰の古鉄兵】と呼ばれる魔物で、危険度で言えば……ランクC〜Bクラスだな」
「ランクB……確かに強かったです」
「むしろ良く倒せた。アンデッドの癖に火が効かない上に接近戦はこちらが不利になる熱気を纏っている。更に炎の壁を発生させて逃げ場を無くす能力も持っている。並の新人冒険者なら死んでいたな」
シースは思い出し、身震いする。あの燃える身体に剣。本当に良く倒せた。
「俺は、二つの選択肢に迫られた。お前らを助けにいくか……召喚した魔族を先に叩くか。はっきり言って複数の魔族相手に一人で勝負を挑むのは自殺行為だ。だが……結局俺には選択の余地はなかった」
レドはあの時の事を思い出す。
前には二人の魔族。シース達には明らかに格上の魔物。シース達に合流して素早く倒すという手もあった。しかし、炎の壁で阻まれた時点でその手は消えた。解除できなくはなかったが、それを魔族達が見過ごすとは思えなかった。
「だから俺は賭けた。お前らならやれると。魔族は一人が戦士で一人が魔術師だったから戦士さえ先に屠れば、お前らと数で押して魔術師は倒せると判断した。だから俺は一人で特攻して戦士だけを先に素早く倒す作戦に出たが……」
色々と策を弄したが、結果的に思い通りになった。だが、あれは本当にたまたま上手くいっただけだ。レドは自分の無謀さに呆れながらも、魔族を安全策だけで倒せるほど自分が優秀だと思っていない。
「結果倒せたからいいんじゃない? その後のギルドのゴタゴタに巻き込まれるとは思わなかったけど」
「俺の頭を悩ませたのがそれだ。【黒刃】が動いている事が分かったから支部長辺りが怪しいと踏んで、あとは昔のコネで何とか解決できた。おかげで厄介な奴に見付かってしまったが」
レドは、【黒刃】の隊長にして、新支部長となったディアスの顔を思い出しため息を付いた。
俺の知る限りだと、絶対になんかいらない事を仕掛けてくる。そういうアレコレから離れる為に、この街に来たのに。意味がないと分かりながらもそうレドは心の中で愚痴る。
「でも、僕らにも師匠にも手は出さないって言っていましたよね?」
「額面通りに捉えるなシース。直接は手を出さない……ってだけだ」
「では、どうすれば……」
シースとリーデが暗い顔をするので、二人にレドが笑顔を向けた。
「暗い顔すんな! ディアスは良い人間ではないが、ヘンリと違って基本的には冒険者の味方だ。普通に冒険者してたら問題ねえよ。さあ、話は終わりだ! お前ら! 飲むぞ! 共同依頼達成祝いだ! 俺の奢りだから好きなだけ食って飲め!」
「ふふん、あたし達相手に奢りとはいい度胸じゃない。ベイルの飲み方見せてあげるわ!」
「レドさん、飲む前に相談がある」
「なんだエリオス」
かしこまったエリオスが背筋を伸ばし、頭を下げた。
「どうか、イレネを鍛えてやって欲しい。俺ははっきり言ってイレネほどの才能はない。教えられる事は教えたが……ここから先イレネに必要なのは俺ではなく――良き師だ。レドさん、貴方がどういう人物かはまだ分からないが、少なくともシース達を見る限り、信頼出来る人物だと俺は思う。だからどうかシース達と同じように教えてやってはくれないか」
「ちょっとお兄様! そんな言い方しないで! お兄様のおかげで今のあたしがあるんだから!」
慌てるイレネと頭を下げ続けるエリオスの二人を見ながらレドは煙草を吸った。
「ふむ。断る」
「っ! なんでですか師匠!」
「そうです!」
シースとリーデが目を釣り上げてレドへと食ってかかる。それをレドは冷静に観察する。
ふむ。絆はどうやら多少は生まれているようだ。
良い眼を持ち攻撃力に優れたシースに、光魔術に大鎌と遠近両用なリーデ。そこに前衛もこなせる魔術師に、冷静な盾持ちの前衛、か。
悪くない。むしろ上出来だ。
「断ると言った。まるで、“俺はいいからイレネだけでも鍛えてくれ”、みたいな物言いが気に食わん。エリオスよ、お前はどうしたいんだ」
レドがそう言い放った。それを受けて、エリオスが顔を上げた。
「俺は……俺はイレネを守る為に生まれた。幼い頃からイレネを守る事だけを叩き込まれた。だから俺は……」
「だから――なんだ?」
レドの言葉に対し、エリオスはその黒い瞳をまっすぐにレドへと向けた。その瞳は澄んでおり、決意が見えた。
「俺は――強くなりたい。イレネをこれからも守れるぐらいに強くなりたい」
「言えたじゃねえか。イレネだけなんてしみったれた事を言うな。お前もイレネもまとめて鍛えてやるさ。それでいいかシース、リーデ。それに――イレネも」
レドの言葉にシースとリーデが頷いた。イレネも小さく、はい、と答えた。
なんでこいつら泣きそうになっているんだ? と思ったレドだが、まあいいかと流した。
「名前はあとで決めるとして、改めてお前ら四人のパーティがここに結成した」
シースが嬉しそうに笑い、リーデは静かな微笑みを浮かべた。
イレネは不敵な表情で、エリオスは真面目な表情で頷いた。
「では、祝杯を上げようじゃないか――乾杯!」
酒場に、五人の乾杯という声が響いた。
こうして、後にレドの弟子として名を上げる四人が改めて、ここに揃ったのだった。
☆☆☆
「隊長。今後の私の任務は?」
「継続して情報収集。追加で奴の監視、誘導だ」
「……かしこまりました」
支部長室のデスクに座るディアスが前に立つ一人の赤髪の女性――エミリアにそう命令した。
エミリアは【黒刃】の制服であるぴっちりとした黒い服を身に纏っているが、あの白いマスクは外しており、そばかすの浮いた顔が見えた。大きな胸が嫌でも視界に入るほどスタイルが良く、その佇まいから隙は一切見当たらない。
「さてさてどうしようか……。剣術も魔術も権謀術数もこなすあいつが新人を育てるとなると……万能講師とでも呼べるな」
「新人教育には最適かと」
「我らの手の内にいる間はな。あいつみたいな弟子が量産されたらたまらんぞ」
ディアスの言葉にエミリアが微笑む。普段あまり冗談を言わないこの上司がレドの事となると少し崩れるのがおかしかった。
「仰る通りで。しかし、おそらく私の正体には気付いているかと思いますが。そのせいで【黒刃】が動いていると確信出来たみたいですし」
「気付かせたんだろ? 結果的に魔族の企みを阻止できたから良いが……知っていたらあの場にお前を晒す事もなかったが、それをも利用して監視誘導に役立てるとしよう」
「申し訳ございません」
「お前のそういうところは嫌いではない。さあ任務に戻れ。そろそろ仕事の時間だろ?」
「はい。それでは失礼します」
一人になったディアスが、思考をくゆらす。
エミリア・アルゼンバーグ。【黒刃】の中でも飛びきり優秀でかつ、あのミラゼルのお気に入り。
さて、私の手の内にいるうちに彼女をどう懐柔するか……そしてレド・マクラフィンをどう有効活用するか。
そんな事ばかりをディアスは考えていた。
というわけで何があったのレドさん!編でしたー
この事件はこれで一旦終わりです。
次話以降から、シースのあれこれや本格的な訓練と、レドさんのあれこれや過去が少し垣間見えたりするとか。
そして……「魔族とか不安よな……勇者、動きます」
「ポイントが力になる。キミが誰かを作品にブクマ評価すれば、キミもその相手も、満たされる。エタった者、アンチ感想を捨て垢で書く者、親しい者、会ったことの無い誰か、そして作者自身、全てを許し、全てを愛し、全てを理解した時、作品は新しく生まれ変わる」