15話:ディアス
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「し、し――知らない人!」
師匠と叫びかけて言い留まったシースの言葉を、レドがテーブルの近くへと移動して、笑いながら返す。
「もうその設定はいいぞシース」
「師匠……聞いてください!」
シースが口を開けようとするが、レドは無言で首を横に振るだけだった。その顔には全て分かっているという表情が浮かんでいる。
「き、貴様は何者だ! 私を誰だと思っている!」
怒鳴りながら立つヘンリの姿を見て、レドは冷笑する。
「よお、元支部長のヘンリさん。初めましてか? 俺はレド。覚えておかなくて結構だ」
「リンダ! こいつを叩き出せ!」
ヘンリが背後に立つリンダへと振り返る。しかしリンダは無表情のままヘンリを見つめた。
「よろしいのですか? この方が、ジョン・ドゥですが」
「なに!?」
「我ながら酷い偽名だ。まあいい。さて、まずは、この契約書だが……」
シース達がヘンリの前の席を空けると、そこにレドがどかりと座った。そしてテーブルの上の契約書を読んだ。
「ふん、こりゃ酷い。さては、飼い殺しにする気だったな。魔族撃退の英雄として祭り上げて自らの政治に利用しようって魂胆だ。用が済めば、処分か」
「ギルドナイトとはそういう物だ! ギルドが体よく使える駒だろうが」
「……ヘンリさん、それをこの場で言うのは――悪手だ」
レドがチラリとリンダの方へと視線を向けた。しかしリンダの表情に変化はない。
「まあ、いずれにせよ――【魔灯】」
レドが魔術で小さな火を起こし、契約書を全て燃やしてしまう。
「貴様! 何をする!!」
今度はヘンリがテーブルへと乗り上げた。
「対抗魔術が発動しない。やっぱり契約魔術なんて掛かってないな。新人には通用する脅しだが……」
「っ! お前は……一体なんなんだ!」
憤るヘンリをよそに、レドが持っていた鞄から円筒状の筒を取り出した。
「えっと、今の名前はリンダだったか? ほらよ。怖い怖いお姉さんからの命令状だ」
レドがそれをリンダへと投げた。
リンダは瞬きせず片手でそれを掴む。
「レドが怖いと言っていたとミラゼル様に報告しておきます」
「……冗談だよ。まじで」
レドが珍しく本気で嫌そうな顔を浮かべた。
「貴方は時々喋りすぎる。気を付けなさい――【解錠】」
リンダが魔術を使うとその円筒状の物が発光しながら展開し、一枚の紙となった。リンダはそれに素早く目を通していく。
「おい貴様ら! 私を無視して話を進めるな! 待て……ミラゼルだと? おいリンダ! 今お前ミラゼルと言ったな!? まさか……情報統括部門長の、あの【血薔薇】ミラゼルか!?」
ヘンリから虚勢が剥がれ落ち、顔色が真っ青になる。
「レド・マクラフィン。確かに命令状を受領した。これより――状況を開始する」
リンダが命令状を投げ捨てると、それは宙でひとりでに燃え、灰となった。同時に、リンダがヘンリへと向かう。
「くそ! くそ!」
ヘンリがテーブルの上に立ち、レド達の方へと逃げてくる。
「お前ら! 絶対に動くな!」
思わず立ちそうになったシース達をレドは鋭い声で止めた。
「なぜだ! 何処で間違えた!!」
そのままヘンリはソファを乗り越え、部屋から逃げようとする。
「っ!」
しかしその扉の前に、そしてこの部屋の壁際に、謎の集団が並んで立っていた。
全員が体型的に女性で、身体のラインが強調された黒い服を身に纏っている。黒い薔薇のような紋様が刻まれた白いマスクで顔を覆っており、手には黒塗りのダガーが握られていた。
微動だにしないその黒い集団に、シースは驚きを通り越して、一種の不気味さを感じていた。
「い、いつの間に?」
「嘘……」
何か分からないけど……肌が粟立つような感覚をシースは抱いた。
あんな人達はさっきまでいなかった。まるで今この瞬間に現れたみたいだ。
「そんな……なぜ【黒刃】が……」
床にへたり込んだヘンリへとリンダが迫る。
「ヘンリ・アルノー。冒険者ギルド情報統括部門・情報収集戦略課課長である私、ディアス・エルライトの名において、魔族との取引の疑いがある貴様の身柄を拘束する。この時より貴様の支部長の肩書きは剥奪。権限は全て無効とする。抵抗は非推奨」
「うそだ……リンダ、お前まさか! ミラゼルのスパイか!」
「リンダという名はたった今無効となった。貴様の言葉に耳を貸す気はない――確保しろ」
リンダ――ではなくディアスが氷の目線で睨む。黒い集団の中から一人がダガーをヘンリに向けた。
「ま、待ってく――」
「【混濁】」
魔術が放たれヘンリへと命中、その意識を昏倒させる。
「本部へと連れていけ。残りの者は、調査を続けよ」
数人がヘンリを抱えると、そのままふっと溶けるように消えた。残った者も同じように消えていく。
その中で、一際胸が大きな者だけが、顔をシース達に向けていた。
それにレドとシースとリーデが気付くが、すぐに消えてしまった。
「しかし、たかがあんな奴の為にこれだけの数を待機させる必要あったのか?」
「レド・マクラフィンの裏切りを考慮した場合、あれでも足りないぐらいだ」
「思ってもいない事を。しかし久しぶりだな、ディアス」
「ええ。随分と――楽しそうな事をしているな」
ディアスが笑いながらシース達を見つめ、ヘンリが座っていた場所――レドの正面へと座る。
「あの……師匠……何が何やらさっぱりでその……」
「結局あたし達はどうなったのよ」
「助かった、と思うが」
「はい。レドさん、出来れば説明をしていただけると助かります」
混乱する四人だが、レドは首を横に振った。
「お前ら、まだ終わっていない。全部あとで説明してやるから――少し待ってくれ」
レドが真剣な表情でディアスの微笑みを正面から受ける。
本当の交渉は――ここからだ。
「それで? あのロクデナシを連れて行って、ここはどうする?」
「業務を止めるわけにはいかない。ミラゼル様からは次の支部長を仕立て上げるまでは、私が指揮するようにと仰せつかった」
「じゃあお前が支部長か」
「とりあえずそうなる。さて……まずは先に貴方の話を聞きたい。たった三日で王都ディザルの本部にいるミラゼル様とどうやって交渉を取り付けた」
先ほどレドがディアスに渡したあの命令状は、冒険者ギルドの情報統括部門長であるミラゼル直筆の命令状だった。
この街から竜車を飛ばしても片道に半月は掛かる王都ディザル。
王都にある冒険者ギルド本部にいるミラゼル直筆の命令状を、たった三日で用意するのは物理的に不可能、そうディアスは判断したのだ。
「ん? あーそうか、お前らは使わないもんな、【転移陣】」
「……まさか、【拝火神殿】に潜ったのか? 一人で」
「通り抜けるだけなら余裕さ。まあそれでも最深部までは半日ぐらい掛かるが」
ディアスは表情を動かさないまま、心の中で驚愕していた。
この街の西方にある竜断の谷。その底にある古代遺跡【拝火神殿】は古の魔族が作ったとされる遺跡だ。現行の魔術や技術では再現不可能な機構が数多く残っており、命知らずの冒険者が宝を求めて挑み、そして死んでいく場所。
その最奥には、【転移陣】と呼ばれる機構がある。
それは転移魔術と呼ばれる古代の超魔術を再現出来る機構とされ、遠く離れた土地にある【転移陣】へと一瞬で移動できるのだ。
ディアスは情報統括部門の実行部隊である【黒刃】の長を務めているので、その存在自体は勿論知っていた。
「【拝火神殿】から王都に一番近い【転移陣】がある【巨人の監獄球】へと飛んで、そっから地上に出て王都に行ってミラゼルに状況説明して命令状書いて貰って、同じ方法で戻ってくる。往復に二日、王都に一日でギリギリ三日だ」
レドは簡単にそう言いのけたが、それは並大抵の者には真似できない方法だ。
そもそも【拝火神殿】の最奥まで潜る事も、【巨人の監獄球】の最奥から脱出することもAランククラスの難易度だ。その両方を一人で、しかも一日でこなすなど、常軌を逸している。
レド・マクラフィン――やはり野放しにしておくには危険過ぎる。ディアスは改めてそう認識した。
「ミラゼルの驚く顔が見れただけでも儲けもんだよ。なんでお前がここに、って顔は最高だった。すぐにいつもの鉄仮面に戻ったけどな」
「なるほど。では、なぜヘンリが魔族に繋がっている事が分かった? あれは我々が極秘に調査してやっと尻尾を掴んだところだぞ」
「知らんよそんなの。俺だって、魔族が関わっているかもしれないと推測できたのは事件当日だからな。ヘンリがそうだという確証もなかったし、そもそも誰が首謀者とかそういうのはな――俺にはどうでもいいんだ」
「……そうだったな。お前は昔からそういう男だ」
「とにかく、魔族に関わった……ましてや撃退してしまったシース達がろくでもない事に巻き込まれるのは目に見えていたからな。お前ら【黒刃】が動いている事に気付いたので、適当にその辺りではったりかましてミラゼルに書かせた。お前らがこんな辺境に来るぐらいだ。支部長クラスの不祥事だろうさ。見当もそれぐらいは付く」
レドが煙草に火を付けた。
「ミラゼル様にそんな交渉を仕掛けるのはお前ぐらいだ……」
「まあ、俺の話はどうでもいい。んで、ディアス、こいつらをどうする気だ?」
「魔族についての案件に関わった者は基本的に――確保する方針なのだが……」
ふうとため息をついてディアスがシース達一人一人を見つめていく。確保という言葉に込められた意味をシースは何となく理解した。用済みになれば――処分するという事なのだろう。
「新支部長として、新人冒険者のしかも即席パーティに魔族を討ち取れるとは思えない。よってジョン・ドゥの証言は虚偽と判断する。しかし魔族を目撃した程度ならば、情報提供者としてそれなりに丁重に扱う事にする、でどうだ?」
それはつまり、処分しないということだとシースは理解して胸をなで下ろした。
「魔族を目撃した、だけじゃあ駄目だ。表面上はそれでいいが、実は魔族を退かせたぐらいの情報は漏らせ。でないと、こいつらが嘘つきになってしまう。既に撃退したという情報を漏らしたそちらにも責任はある」
「であれば、戦闘を行った魔族の情報と交換だ。お前も戦ったのだろ?」
「ついでに、こんなのもあるが?」
レドが鞄から、革袋を取り出した。
「あ、それ、あの時集めていた灰ですよね?」
シースはそれに見覚えがあった。魔族が死んだ際に残した灰だ。レドに言われ、風で飛ばされないうちに集めたのだ。
「そうだシース。さて、ディアス、どうする?」
「……望みを言え」
「別にねえよ。こいつらが普通に冒険者やれて、お前らや魔族のゴタゴタに巻き込まれなきゃなんでもいい」
「ランクアップ、報酬、待遇強化……色々とあるのに、随分と無欲だ」
「身の丈に合わないランクも報酬も身を滅ぼすだけだ。知名度が上がっただけでも釣りが出るぐらいの報酬だからな」
「君らはそれでいいのか?」
ディアスが無表情のままシース達に視線を向けた。その視線には、嘘を見抜こうとする意志が含まれている事を全員が感じた。
「僕は、師匠の言う通りで大丈夫です」
「私もそれで結構です」
「えーあたし全部欲しい……」
「イレネ、【欲張りは首が長い】、だぞ。分相応が如何に大事かは……俺達が一番良く知っているはずだ」
「……いいわよそのオッサンの言う通りで」
「おっさんじゃねえよ……。まあいい、そういう事だ」
ディアスは全員をもう一度見つめ、そして息を吐いた。
「ではそれで手を打とう。それで? レド・マクラフィン、貴方にとっての報酬が含まれていないが?」
「あん? いらねえよ。お前らに借りを作ると怖いからな。俺は、しばらくこいつらの面倒を見るって決めたんだ。それの邪魔さえしなければいい」
「くっくっく……Sランク冒険者自らが新人を鍛えるか……面白い。良いだろう――邪魔はしないさ」
含みのあるディアスの物言いにレドは笑って返した。
シース達は、Sランクという言葉に驚愕する。
え、師匠が――Sランク冒険者?
そんな四人をよそにレドは、撃退した魔族についてディアスに教えた。
それを聞きながら、シースはふと違和感を覚えた。しかしレドの説明に嘘はない。
なんだろうか……意図的に情報を隠しているような感じだ。
「灰となって消えたか」
「あれは本体じゃねえ。本体だったら俺も無事じゃなかった」
「ただの下級魔族ならば良かったが……灰となると……」
「確実に上級魔族だ。気を付けろディアス。なんだかきな臭い」
「分かっている。その灰はこちらで預かろう」
「ほらよ。まあ魔族の事だ、何も残してはいないと思うが」
レドは革袋を渡した。
「魔術分析にかけるが……期待はしないでおこう」
「話は終わりだな」
「ああ。ご苦労だった。君達もな。冒険者ギルドの代表として謝罪する――すまなかった。そして、感謝する。魔族は我ら冒険者ギルド、いや人類にとっての最悪の敵だ。その目論みを阻止出来た事は大きい。我々はどのような手段を使ってでも奴等を駆逐する」
ディアスが四人に向かって頭を下げながらそう宣言した。その声には少し、憎しみが混じっているようにシースは感じた。
「じゃあ行くか。お前らも色々と説明がいるだろ」
「はい!」
レド達が立ち上がり部屋から出ようとすると、ディアスが口を開いた。
「シースだったか」
「はい」
シースが振り返った。
「そいつはどうしようもない、ろくでもない奴だが――冒険者として、師匠にするならおそらく世界で最高の存在だ。それに甘えず努力して、自力で上がってこい」
そう言って不敵に笑うディアスに、シースは飛びっきりの笑顔を向けた。
「勿論です! 僕の師匠は最高なんですから!」
あっという間に支部長退場からの新支部長。レドが早めただけでいずれこうなる予定だったんですけどね。
ディアスさんは割とこれからちょこちょこ出ます。あと
ギルド情報統括部門とはなんぞやというと、情報を統括する部門です(直球)ギルド内の不正や魔族絡みの案件について主に動くのがディアスさん率いる【黒刃】です。全員女性なのと謎の白マスクはトップのミラゼル様の趣味です。どんな人かお察しですね!!




