14話:ギルド支部長
魔族による偽装依頼そして新人冒険者狩り。その事件は冒険者ギルドのみならず、街の冒険者達にも激震を走らせた。
そしてそれを見事撃退した新人冒険者パーティの【白竜の息吹】と【弓張の月】の両パーティは一気に知名度を上げたのだった。
「なんかすげー武器を持っているらしいぜ。変形するとか」
「【弓張の月】はベイルの民らしいな。あの服エロいよなあ……」
「かわいこちゃんばっかで、あの盾持ち男が羨ましい」
廃墓地での事件から三日が経った。
レドによってこの事件はすぐさまギルドに報告された。
シース達はレドから、依頼は受けずに四人で常に行動しろ、しばらく目立つような事はするな、と強く言われたが、イレネが知らないオッサンの言う事なんて聞けるかと反対し、勝手に行動を始めた。
しかし、どこに行ってもざわざわと噂される事に辟易し、一日と経たずにシース達に合流してきたのだ。
四人は今日も酒場の片隅で隠れるように座っている。
「二人でいると、めちゃくちゃ誘われてうざい。全部断ったけど」
ため息を付きながらイレネがテーブルに突っ伏した。火傷はすっかり治っているが顔には疲労が浮かんでいる。
「分かります。今日だけで十回は他パーティに誘われました」
同じように疲れた顔をしたリーデ。
「はあ……そもそも僕たちの手柄じゃないのに」
「だが、片方の魔族にトドメを指したのは君だぞ」
シースとエリオスがビールを煽りながらこれからどうしたもんかと会話をするが、何も決まらない。
「そうだけどね……師匠はどこ行ったんだろ……」
レドはちょっと調べる事があるから数日離れると言って、ギルドでの報告後すぐに街から姿を消した。
「きっと必要な事なのでしょう。信じて待つしかありません」
「分かってはいるんだけどね……あー依頼受けたいなあ。ギルドからはなんか謝礼金がいっぱい貰ったからお金にはすぐ困らないけど」
「ねーお金あるんだから今夜こそ良い宿に泊まろうよ〜。たまにはベッドで寝たい」
イレネがそう言って、三人が力なく頷いた。
あれから三日間、四人は橋の下で野宿をしていた。シースが訓練だと言って野宿する事を強行したからだ。しかし、変な輩に後を付けられたり、寝込みを謎の男に襲われそうになってからシースも、今は宿を使ってもいいかなと思い始めた。
「【白竜の息吹】様、【弓張の月】様、少しよろしいですか?」
そんな四人に、近付いてきたのはギルドの制服を着た一人の女性だった。金髪を後頭部でまとめており、眼鏡をかけているせいで理知的な雰囲気を醸し出している。あまりこの街で見かけないタイプの女性だとシースは思った。
綺麗だけど、隙がない刃物みたいな人、そんな第一印象だった。
「あ、はい。どうされました?」
シースが代表して答えると、その女性がにこりと笑う。どうにも嘘っぽい笑顔だと感じた。
「冒険者ギルド、ガディス支部の支部長であるヘンリ様がお話したい事があると仰っております。なので、こうしてお迎えにあがりました」
「し、支部長?」
シースがただですら大きな緑眼を見開かせた。
「なにそれ偉い奴?」
「イレネ。支部長であれば、その街のギルドのトップだ」
「それで……そんな方がどういったご用件でしょうか?」
リーデが静かにその女性を見つめ返した。
その視線を受けてもなおその女性は笑顔を崩さない。
「それは、ヘンリ様から直接聞いていただければと。どうぞ、こちらへ」
そう言って女性がスタスタとギルド酒場の奥へと歩いて行く。
「行こう。支部長がそう言っているのなら断るわけにはいかないと思う」
「そうだな。俺もそう思う」
「それもそうね。報酬の上乗せかしら」
「……では行きましょうか」
女性の後を追って、四人が酒場の奥の扉を抜けていく。
リーデは、前を歩く女性を見て、目を細めた。
とても綺麗な歩きだけど……まるで足音がしない。
リーデはそういう歩き方をする者がどういうタイプの人間かをよく知っていた。少なくともただのギルド職員ではないだろうと推測し、油断しないように気を引き締めた。
廊下の横は事務所になっており、たくさんの制服を着た人が仕事をしていた。
「ギルドの奥ってこうなっているんだ」
「事務処理が多い仕事ですから。階段上がります」
女性がそう説明しながら階段を上がっていく。
そのまま廊下を抜けて、突き当たりにある扉を開けた。
「どうぞ。ヘンリ様がお待ちです」
「分かりました」
「お邪魔しまーす」
シースを先頭に部屋の中へと入っていく。
部屋に入る際、その女性とのすれ違い様にシースの耳に聞こえるか聞こえないかぐらいの囁きが届く。
「――師匠を信じなさい」
幻聴かと思い、シースはキョロキョロするが、目の前に広がる部屋に圧倒されてしまいそれどころではなくなってしまった。
その広い部屋はなんというか豪華絢爛という言葉が相応しい部屋だった。
高級そうな絨毯に、シャンデリア。金色と赤色がとにかくそこら中に散乱しており、目がチカチカするなとシースは思った。
部屋の中央にはテーブルとそれを挟むように置かれたソファがあり、奥のソファの方に一人の中年男性が座っていた。金色の髪に青い瞳。なんというかうさんくさい笑顔が張り付いており、シースはなんだかあんまり良い印象を持てなかった。何よりその不躾な視線が不快だ。
「やあやあ英雄諸君!! さあ座りたまえ!!」
少し肥満気味の身体を揺らしながら、その中年男性が声を上げて、シース達を自分の前のソファへの着席を促した。
「私はこの冒険者ギルドガディス支部を統括しているヘンリ・アルノーだ!」
「【白竜の息吹】のシースと隣がメンバーのリーデです」
「初めましてヘンリ様」
リーデがそう言って中年男性――ヘンリへと頭を下げた。
「俺は【弓張の月】のエリオスで、こっちが妹のイレネだ」
「……」
「おお! その肌、衣装、まさにベイルの民! ふむ……なんとも……」
舐めるような視線に眉をひそめるイレネ。
「それでヘンリ様。僕たちに話というのは?」
「まあまあそう焦らなくても良い。さあ、私に君達の英雄譚を聞かせてくれ!」
「……分かりました」
それからシースは、レドに、“こう聞かれたら、こう答えろ”、と言われた通りに説明した。もはや今日までに何十回と説明してきたせいで、シースの言葉に淀みはない。
「なるほど……突如現れた燃える骸骨を倒し、そして魔族二人にトドメを刺した……素晴らしい。結成からたった二日でその武勇。素晴らしいとしか言いようがない!」
ヘンリのわざとらしい賞賛に不快感を隠せないシース。
世間を知らない僕でも分かる、この人は言葉とは裏腹に……全く僕達の事を認めていないし、その視界に入れていない。
「たまたまです。運が良かったんです。もしあの時偶然居合わせた方がいなかったら僕達は――全滅していました」
「あー、あの元冒険者とかいう奴ですな。彼が証人となったおかげで君達の素晴らしい功績が認められたと言っても過言ではないな! リンダ、その者の名は?」
ヘンリの後ろに立っていた、シース達をここまで案内した女性――リンダが資料をヘンリへと手渡した。
「ジョン・ドゥ、という元冒険者だそうです。ですが、冒険者登録、死亡者リストを確認してもそのような名前の者はいませんでした」
「ふん、明らかな偽名じゃないか。探られたくない腹でもあるのか……それで?」
ヘンリがその先をリンダへと促した。
「……申し訳ございません。その人物を部下に尾行させていたのですが気付かれたみたいで……尾行をまかれ、そのまま姿を見失ってしまいました」
その言葉にヘンリが顔を歪め、苦い表情を浮かべた。
「ちっ……だから本部の人間は信用ならんのだ。君も鳴り物入りで本部から来た以上はしっかりと仕事して貰わないと困るよ」
「申し訳ございません」
リンダが頭を下げた。
それに満足したのか、ヘンリがシースへと視線を向けた。
「さて、シース、だったかな?」
「はい」
ヘンリが一瞬で笑顔を作ると、ゆっくりと胸の前で指を組んだ。
「その男……ジョンと、とりあえずここで呼ぼうか。ジョンの行き先に心当たりは?」
「知りません」
「ふむ。君達が依頼前にこのジョンと話していたという目撃情報もあるのだが?」
「出会ったのは二日前です。昨日もたまたまお話しただけで、それ以上の事は何も」
「あたし達なんてあの墓場で初めて会ったし何も知らないわよ」
シース達は、レドに言われたとおりに答えた。嘘は付いていない。
「なるほど……酒場の給仕による証言と一致しているし、信じよう」
シースは心の中で舌打ちをした。最初から分かっているのにこの人はわざと聞いてきたのだ。きっと何かズレた事を言えば詰められていたかもしれない。
「さて……本題に入ろうか。君達の今後の扱いについてだ」
「扱い?」
「困るんだよねえ……魔族絡みの案件はギルドの本部も国の軍部も暗部も皆敏感なんだよ。おかげで休み無しで調査を強いられて大変だよ」
そんな事を言われても……という表情を四人が浮かべた。
「君達を、今のまま冒険者として扱う訳にはいかないんだ。なんせ魔族を倒したのにEランクってのはねえ……冒険者ギルドの目は節穴かと怒られてしまう」
「それで? 俺達をどうしたいんですか?」
しびれを切らしたエリオスが言葉を返す。
「うん。君達を、特別にCランクに昇格させようと思ってね。一気に飛び級というわけだ。その代わり……君達には――ギルドナイトになってもらう」
その言葉に、シース達全員が衝撃を受けた。
冒険者のランクは当然ギルド側が決めるのだが、これまでの依頼達成実績や、実力、偉業、名声、そう言ったものを精査し、昇格に相応しいと判断されたパーティのみがランクを上げられるのだ。
シースがレドに聞いた話によると、冒険者の六割がEランク止まりだという。つまり、冒険者になってもランクを上げられない者が半数以上いるのだ。
最高位であるSランクともなると、世界に数パーティしか存在しない。
それほどまでに、ランクを上げるというは難しいのだが……それを上げてくれるどころか、Dランクを飛ばしたCランクに昇格してくれるという。
Cランクになると、宿屋や商店などで特別待遇を受けられる。
更に、高額の依頼や、国が絡む案件が依頼される事もあるとか。
はっきり言って、Cランクにさえなってしまえば生涯安泰とも言われている。
つまり今回ヘンリがシース達に提示した条件は、冒険者にとって最高の報酬なのだ。
「すみません、ギルドナイトとは?」
ただし、後半部分についてはシースはレドから聞いていない。名前からして、ギルドの騎士……つまりギルドの職員のような形なのだろうか? そう思いながらシースはヘンリに質問した。
「まあ、職員みたいなものだよ。ギルド自体が出す依頼を優先的にこなしてもらう必要はあるが、はっきり言ってAランク冒険者よりも好待遇だ」
「ギルド自体が出す依頼?」
「冒険者ギルドも依頼を出したい案件はたくさんあるのだけど……信頼できる冒険者にしか出来ない依頼が多くてね」
その言葉を鼻で笑うイレネ。
「ふん、あんたらの犬になれって事でしょ」
「イレネ、それは失礼ですよ」
窘めるリーデだが、気持ちは同じだった。
「犬とは……言い方が悪い。さて、他に聞きたい事は? なければ手続きを済ませるが」
「え、いや待ってください」
シースが慌ててリンダに書類を出させようとするヘンリを止めた。
まだレドから指示を受けていない以上、勝手な事はしたくない。
「何をだね? 君達にこの提案を断る理由も必然性も利点も一切ないはずだよ。悪い事は言わない。黙って受けたまえ。もうこんな機会……ないぞ」
言葉の後半で声のトーンを下げるヘンリ。それには脅しのような成分が多分に含まれているようにシースには感じられた。
「ここで私の提案を断るという事は……君達はランクを上げる気のない冒険者だと判断せざるを得ない……そうなると……Eランクから上がるのは難しいだろうねえ」
「なんだよそれ。最初から断らす気ないじゃないか」
エリオスが顔をしかめた。
「これだから……冒険者は嫌いなんだ。粗野で無能で頭が悪い。いいか、Eランクのお前らにこうやってわざわざ私が会って話してやってる事だけでも、特例中の特例なんだぞ。お前らは黙って私の言うようにすればいい」
静かに凄むヘンリをシースは睨み返した。
「話にならないわね。“悪意ある交渉者の首は刎ねろ” だわ」
「……ヘンリ様、急な事で私達も今すぐは決められません。どうかお時間をいただけませんか?」
イレネが呆れたように首を振り、リーデが静かにヘンリへと訴えた。
「駄目だ。今すぐ決めろ。受けるか、受けないか。受けない場合は……冒険者としての未来はないだろうなあ」
「そんな……いくらなんでも横暴です!」
シースが思わずソファから立ち上がり、テーブルへと乗り出した。
「横暴? 君は……私を誰だと思っている。冒険者ギルドガディス支部の長だぞ。お前らみたいなゴミ虫はいつでも潰せる事を理解しろ」
「……ですが!」
「くどい、さあ、この書類に全員サインしろ。契約魔術が含まれているから、虚偽は通用しないし万が一破った場合は……死を覚悟する事だ」
四人の前にリンダによって書類が配られた。
リンダが、強い目線をシースに送るが、シースはそれに気付かない。
「シース……」
「……」
リーデがどうしましょうと視線を送ってくるが、シースにも分からなかった。
イレネとエリオスも困惑している。
あまりに事態が急すぎる。きっと師匠ならどうにかしてくれるだろうが、ここにはいないのだ。
……もう選択肢はないような気がしてきた。覚悟を決めたシースがペンを持ち、紙にペン先を落とした。
そのペン先で名前を書こうとした瞬間、
――部屋の扉が開いた。
そして同時に、今一番シースが聞きたかった声が部屋の中に響いた。
「やれやれ……アドバイスその四、【納得の出来ない契約書には絶対にサインするな】、だ」
この声は!!
さらっと冒険者のランクについて説明しましたが、定期的にギルド内でランク昇格の会議を行っています。ランクについては各国各支部の冒険者ギルドで共通するため、冒険者を不相応なランクに上げて、その冒険者が他支部でトラブルを起こすと昇格認定をした支部も責任に問われます。なので、どこの支部もかなり慎重に決めているようです。その中で二段階上げるとはいうのはかなり凄い事なのですが……
ギルドナイトについては、また作中で語りたいと思います。
「そうさね。総合ポイントは呪われたなろう作家の証。だからこのサイトではなろう作家は全てこれに捕われランキングを重視し、世界の終わりまで完結にしなくなる。おまえもそうなるんだよ」
ってならないように全力で連載していきます!
今後もよろしくお願いします!!




